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74.幕間 小松菜芳樹 1

幕間と銘打ってますが、佐野の時のように必要な話ですので、何卒よろしくお願いします。

 ――これは、藤原信秀、佐野勉、永井昌也などと同じく、日本から異世界に誘われた者の話である。


 小松菜芳樹こまつな よしきは小さい男であった。

 体躯は小さく、知力体力など自身の能力も小さい。おまけに心も小さかったため、いつも何かに怯える日々を送っていた。

 高校生であり、通う学校は偏差値の低い誰でも入れるような底辺高校。

 小松菜は、その日の朝もびくびくと怯えながら、登校するために自宅を出発した。


 朝日を背に浴びながら自転車で駅まで行き、そこから電車に乗り換える。

 駅のホームで腕時計を確認すれば、七時十五分ぴったり。

 この時間なら、同級生は電車にいないだろうと高をくくり、小松菜はやって来た電車に乗り込んだ。

 だが珍しくも、次の駅で同じ車両に現れたのは、憎々しい同級生である。


(な、なんで。あいつはいつも遅刻してくるのに……!)


 相枝俊夫あいえだ としお。髪は金色に染めて眉は細く体も大きい。いつも小松菜をいじめてくる生徒の一人だ。

 小松菜はぞっとして、そっと身を隠した。

 見つかりませんように、と祈りながら。


 しかし、ちょうどその日、その時、その場所は、小松菜にとって飛躍の瞬間であった。

 ――電車の脱線事故。

 同じ車両に乗っていた数多の人間がそうであったように、小松菜も脱線事故に巻き込まれ、気が付けば真っ白い空間にて神を名乗る老人と出会い、異世界への転移を告げられたのである。


 神との間に色々あったものの、最終的に皆は現状を受け入れて話は進んでいく。

 カードを選んだ者から順に光の中に消えていき、ついには同級生の相枝もいなくなった。

 小松菜はただ流されるままにそれらを眺めていたのだが、心中は穏やかではない。


(皆、いなくなっていく。ま、まさか、僕が最後じゃないよな!?)


 自分を置いて人がいなくなっていくことに、段々と不安を覚え始めていたのである。

 だが、その不安は杞憂でしかない。

 不意に小松菜がパチリと瞬きをすると、もう目の前にはカードが並んでいた。

 いよいよ己の番がやってきたのだ。


(こ、これが運命の分かれ目だ……!)


 頭のあまり良くない小松菜であっても、このカード選びが異世界での生活を左右する重大な局面であることはわかった。

 緊張で歯がカチカチと鳴り、胸の下の心臓は、どこかへ行ってしまいそうなほどに暴れている。

 全て小松菜の意思とは無関係の事象である。

 しかしそれでも小松菜は震える指先でカードを選び、他の者たちと同様に光の中で目を閉じた。


 閉じた瞼の向こうから光を感じていたのはわずか一瞬のことだった。

 小松菜が恐る恐る目を開くと、その瞳に映りこんだものは――野原。


「ここが異世界……?」


 キョロキョロと辺りを見回せば、はるか向こうに大きな壁に囲まれた都市が見える。

 どう考えても日本ではない。


「そういえば!」


 ハッと思いついたように小松菜は叫んだ。

 生命線ともいえる神から貰ったカード。

 それを今一度確認するために、右手を顔の前に持ってきた。


「あ、あれ?」


 しかしそこにあるべきカードはない。

 右手じゃなかったのかと思い、カードの感触がないにもかかわらず、半ば現実逃避をするように、小松菜は左手を確認する。

 もちろん、カードは左手にもない。


「う、嘘だろ!?」


 どこへいったのかと、小松菜は尋常でない焦り具合で地面を探した。

 カードがなければ、のたれ死には必至。

 自分の弱さというものをよく自覚している小松菜は、それをよく理解していたのだ。

 するとその時である。


「な、なんだ、これ。体が、何か……何かおかしいぞっ!?」


 小松菜が気付いた己の体の異変。

 全身にあふれんばかりの力が宿り、心臓のさらに奥、魂の底から熱いものが湧きたっていた。


 原因は言うまでもない。

 小松菜のカードは【体力強化】【特大】【★★★★★★】。

 もはやカードがどこへいったのかは明らかである。


「は、ははは。す、凄い……凄いぞ! もう僕はかつての小松菜芳樹じゃない! ハイパーウルトラスーパーファイナル小松菜芳樹だ!」


 あまりの高揚感に、小松菜は空に向かってよくわからないことを口走った。




 小松菜が転移した場所は西の果てにあるイニティア王国。――別名、始まりの国。

『全ての聖なるものは西から始まり、全ての魔なるものは東から始まる』とはラシア教の聖典に記された言葉だ。

 聖とは人間、それに聖獣と呼ばれる生き物を指す。

 その言葉の通り、西の国には聖獣と呼ばれる生物が存在している。

 また大地は豊穣で、巨馬の生産地であり、これも聖なる地ゆえのことだと考えられてきた。


 異世界にやってきてから数ヵ月。

 小松菜は、イニティア王国の王都であるイニティウムにて力仕事をして暮らしていた。

 といっても、自分に自信がなく引っ込み思案な性格である。

 最初こそ勇気が足りず、誰かに話しかけることすら及び腰になるほどであり、そんな者が満足な仕事を得られるはずもなく、小松菜は所持品を安く買い叩かれて得たお金で慎ましく暮らしていた。


 だが金が底をつき、もう後がない状況に陥ると、小松菜もようやく積極的に行動を始めた。

 勇気を振り絞って仕事を探し、さほど苦労なく見つけたのは、その時期において一番きついといわれる河川工事の仕事である。


 河川工事とは、大雨により決壊した河川の堤防の修復作業のこと。

 犯罪者の労役や税としての労役にもなっている仕事であるから、その辛さ、厳しさは並大抵のものではない。

 もっとも、それほどきつい仕事だからこそ、小松菜ですら簡単に採用されたのであるが。


 しかし一度仕事についてしまえば能力の恩恵で、小松菜はなんら苦を感じることなく仕事をこなすことができた。

 むしろ一人で何倍もの仕事量をこなし、周囲からは小さな巨人などと畏怖されたほどである。


「お、今日も頼むぜ、小さな巨人」

「お前がいれば百人力よ、同じ班でよかったぜ」


 堤防の建設現場に今日も朝から顔を出せば、多くの者から声をかけられる。

 小さいという言葉は余計であったが、小松菜は快感だった。

 人の胴体ほどの石を抱えるたびに、おおお! という歓声が湧き、これまで満たされることのなかった自尊心が胸の内で溢れかえった。


 仕事を手にして以降の小松菜の異世界での生活は、毎日が興奮に満ちていたといっていい。

 びくびくと震えるだけの毎日は、もはや過去のこと。

 ここでは何かに怯える必要もない。かつての便利な世界を失っても余りあるものを小松菜は手に入れたのだ。

 だが、そんな小松菜に特に望んでもいなかった転機がまたもや訪れることになろうとは、この時の彼には知る由もないことであった。




 それは、河川工事も佳境に入った頃のこと。


「コマツナ、監督が事務所に来いってよ」


 その日の作業が終わってすぐに、同僚の者から伝えられた言葉。

 作業監督からの呼び出しである。


(なんだろうか?)


 疑問を胸に、ダムの横にある事務所とは名ばかりの掘っ建て小屋に入れば、監督と一緒に武具を身にまとった人間がいる。

 ただの兵士ではない。マントを付けており、装備も立派、髭を蓄えた顔にも威厳がある。

 加えて今日の作業中に何度か見かけた人間だ。


(国の偉い人かな。作業の進行具合を確かめに来たのか)


 小松菜はぺこりと、立派な身なりの男に頭を下げると監督に用件を尋ねた。

 監督は言う。


「お前の力は大したもんだ。それをこんなところで腐らせておくのは惜しい。今日は、お前を軍に推薦するために将軍様に来てもらった。軍に入ってその力を存分に役立たせろ」


 まさか、国の偉い人が自分を見に来ていたとは。

 予想外の事態に、小松菜はしばし瞠目した。


「今日のお前の働きをよく見させてもらった。本当に大したものだと思う。

 そういうわけで、お前を軍にスカウトしたい。もちろん末端の兵ではないぞ? とりあえずは騎士見習い。ゆくゆくは騎士になってもらうつもりだ」


 これは将軍の言である。

 小松菜はあまり気が進まなかったが、悲しきかな彼は小心者。

 監督の押しと、軍を預かるほど立派な者がわざわざ見に来たことに、ついつい首を縦に振ってしまった。

 こうして小松菜の軍生活が幕を開けることになったのである。


 翌日にも小松菜は将軍に連れられて、軍の営舎に入ることになった。

 鳴り物入りで軍に入隊した小松菜であったが、当初の周りからの反応はといえば、嘲笑の一言に尽きる。

 何か命令されれば二度三度聞き返すのは当たり前。

 鎧を着ることすら満足にできず、馬の轡の付け方すら知らない。

 とにかく小松菜という人間はどんくさかったのだ。


 騎士見習いにとって周りは皆、騎士になるためのライバルである。

 特に最近は教会からの『他国と争うべからず』という布告もあり、世は平和そのもの。

 手柄を立てることも難しく、騎士が足りなくなるということもない。

 そうなってくると、騎士見習いが騎士に昇格できるのは年に一人か二人。

 それゆえに、わざわざスカウトされて騎士見習いになったという小松菜に対して、他の見習い騎士が誹謗や叱責を緩めることはない。


 しかし、軍の中にあっても小松菜の才能は傑出したものであった。

 最初こそ生来の小心から目立たなかったが、小松菜はやがてその本領を発揮していく。

 武器の扱いなど知らずとも、小松菜が重く長いものをただ振るうだけで一撃必殺となったし、弓を引けば容易く弦を引きちぎり、見ている者を驚嘆せしめた。


 いつの間にか、小松菜に対する嘲笑は、感嘆や賛辞といったものに変わっていた。

 他の見習い騎士たちが、嫉妬するのも馬鹿らしいと思うほどの言語に尽くせぬその膂力で、小松菜はメキメキと頭角を現していったのである。


 それから二年、武器の扱いを含む騎士としての最低限のことを学んだ小松菜は、ついに騎士となった。

 イニティア王国において騎士の扱いは貴族と同等である。

 しかし、小松菜がその権力を笠に着ることは決してない。


 小松菜の性質は善といっていいだろう。

 日本に住む概ねの者がそうであるように、彼は常識的な道徳観念を持ち合わせていたし、日本で受けた同級生からの非道の数々が、人の痛みというものをよく知る機会となった。


 日本では「これ詐欺じゃなかろうか」と疑って募金などには抵抗があった小松菜だが、この世界において、いざ目の前で貧困に苦しむ者がいればよく施した。

 また上層部に飢えた者をなんとかしてくれと訴えたし、悪徳な行為をして民を苦しめる者には自らが出向き、騎士として法の裁きを与えた。

 そのため町の人々は小松菜の清廉ぶりを讃え、同僚騎士からの評判も上々。

 このように小松菜の騎士生活は大変良好であったといえる。


 だが何もかもが順風であったわけではない。

 小松菜は、この世界の常識に葛藤していた。

 この世界では命の価値があまりに軽く、人が容易く死ぬのである。


 騎士はその職務柄、人の死に立ち会うことが多い。

 小松菜は、誰かの死を見るたびに顔を歪めた。

 加えて、悪人を成敗するのも騎士の務めである。

 人を殺すという時に手が震える。これは騎士としては恥以外の何物でもない。

 騎士仲間たちが娯楽として噂する臆病騎士とは他の誰でもない、小松菜のことであった。


(僕が命を奪った人たちの生まれが、この世界ではなく日本だったのなら、彼らは悪事を働くことなく幸せに生きていたかもしれない)


 夜、寝付けない時、小松菜は時折考えるのだ。

 その度に、胸を錐で突き刺されたかのような激しい痛みが小松菜を襲った。

 それは、小松菜が望郷の念を感じる唯一の時間であったともいえる。


 だがそんな苦しみも、やがて平気になった。

 きっかけは、北方から流れこむ大河を根城にした川賊集団――通称バイキングの討伐。

 彼らバイキングは商売を生業とする傍らで、村落を襲うなど、悪行の限りを尽くしており、その討伐命令が小松菜の所属する騎士団に下されたのである。


 騎士団の指揮は、小松菜が軍に誘われて以来、何かと縁のある将軍が執った。

 しかし討伐の結果だけをいえば、失敗。

 敵の計略にかかり、騎士団は空のアジトを攻撃し、そこをアジトもろとも火攻めにされた。

 敗因はバイキングが想像以上に大規模で、組織だっていたこと。さらに、王国内にバイキングに情報を漏らした者がいたであろうことが大きい。


 真っ赤な炎が辺りを包み、騎士たちは煙に巻かれた。

 だが、一ヵ所だけ火の手が弱いところがあった。

 罠だとわかっていても、将軍はそこに懸けた。


 しかし、やはりというべきか、待ち受けていたのは敵の伏兵である。

 雨のように矢が降り注ぎ、軍は半壊した。

 将軍ですら矢に頭を貫かれて、息絶えたのだ。


 そんな中で小松菜だけは、その力でもって血路を開いた。

 味方が殺されていくその隣で、敵を殺戮し、命乞いをするものですら、肉を裂き、骨を砕き、頭を潰して絶命させた。

 共に笑いあった仲間の死が、小松菜から迷いというものを取り除いたのだ。

 騎士団が敵の包囲を抜けた時、その数は半分にも満たなかったという。


 王都に戻ると、小松菜は騎士団を救った功績を認められて、この度の討伐戦で没した将軍に代わり、その任を引き継いだ。

 小松菜が任ぜられたのは聖騎三将軍の内の一角である、左将軍。

 聖騎三将軍とは国王直下の将軍たちであり、前将軍、左将軍、右将軍からなる。

 後将軍はおらず、彼らの背後にあるのは王ただ一人。

 中央に守るべき者を置かず、王を後将軍としたイニティア王国最強の布陣である。

 そんな将軍職の一角に二十足らずの若輩者が据えられることは、イニティア王国の長い歴史を見ても前例のないことであった。




 将軍位を戴いてからの小松菜の多忙ぶりは生半可なものではないといっていいだろう。

 あまり頭の回転がよくない小松菜であるからして、仲間の力を借り、ようやく業務をこなすことができるというのが、彼の将軍としての状況であった。

 さらにかつての敗戦の雪辱として、バイキングの再討伐作戦を決行し、その忙しさに拍車をかけた。

 討伐作戦の結果はといえば、先頭に立った小松菜の獅子奮迅の活躍により、バイキングは全滅。

 バイキングの裏には東の小国が関わっていたようであるが、ラシア教会の布告によって、大胆な行動は起こせなかったのは悩ましいところだ。


 そうこうしているうちに、異世界にやってきてから四年が過ぎようとしていた。

 この頃には小松菜も仕事に慣れ、月に一度程度は休みを取れるようにまでなっており、今日はその休みを利用して教会のシスターがやっている町の孤児院を訪れるところである。


「ここに来るのも久しぶりか。皆、元気にしてるかな」


 一言呟いて、小松菜は孤児院の扉を開けた。

 入ってすぐの礼拝堂では、幼年の者が文字の読み書きの練習をしており、また年長の者は孤児院の運営費の足しにするために針仕事をしている。


「あっ、ちっちゃい兄ちゃんだ!」

「お兄ちゃん!」「ちっちゃいお兄ちゃん!」


 子どもたちは小松菜の姿を認めると、手を休めて駆け寄った。


「こら、ちっちゃいはやめろ!」


 注意しつつも満更でもない様子の小松菜。

 昔はよく訪れていた孤児院であったが、左将軍となってからは忙しく、顔を見せたくとも来ることができなかった。

 ただし、その忙しさの代わりに、軍を預かるものとしてより多くの者を救うことができていたが。


「今日はな……」


 小松菜は言葉を区切って、再び外に出ると、今度は大きな箱を抱えて中に入ってきた。


「ジャーン! 美味しい果物をたくさん持ってきたぞ! さあ、おやつにしよう!」


 小松菜が抱えた箱の中には色とりどりの果物がある。

 子どもたちは、目を輝かせて喜んだ。

 そんな子どもたちの様子を見ると、小松菜の心も嬉しくなり満足した表情を浮かべた。


「そういえばシスターが見えないが」


 シスターはこの孤児院のただ一人の大人であり、孤児院を経営する老婆のことである。


「婆ちゃんはねえ――」


「おや、あなたは?」


 子どもの声を遮って、入口から声が掛けられた。老婆の声ではない。

 誰だろうかと思って、小松菜は振り返り――そしてドキリとした。

 修道服姿の、長く美しい銀色の髪をした女性。

 見つめられただけで心臓が高鳴り、血流が巡って小松菜の顔は赤くなる。


「ああー! ちっちゃい兄ちゃんの顔が真っ赤だー!」

「ほんとだー!」


 囃し立てる子どもたち。

 だが、それを注意することはできない。

 小松菜の視線は目の前の美しい女性に釘付けだった。

 一目ぼれ。

 これまでに美しい女性を見て性的欲求に囚われることはあったが、これは違う。

 邪な感情よりも、ただ美しいという思いが先に立った。


「あの、もし?」


 話しかけられた。

 だが、小松菜の頭の中はまるで凍結してしまったかのように働かない。

 なんて話せばいいのか。

 女性と付き合ったことすらない初心な小松菜に、気の利いた言葉は思い浮かばなかった。

 だがちょうどそこで、小松菜の耳に入ってきた言葉がある。


「あちゃー、これはコマツナの兄ちゃんも騙されてるなあ」

「ちっちゃい兄ちゃんの顔を見てよ。絶対惚れちゃってるよ。相手は男なのに」


 子どもたちのぼそぼそとした話し声。

 その中にあった不穏な単語。

 ――男。

 嘘だろ? と小松菜は思いつつ、失礼だと自覚しながらも目の前の相手の胸を見た。


(……膨らみはないように見える。でも胸が小さい女性なんて幾らでもいるだろ。なら今度は……)


 小松菜は股間を見る。

 だが、彼女の着ている修道服はフード付きのゆったりとしたロープ。股間の膨らみの有無などわかるはずもない。

 駄目だ。わからない。

 子どもたちが嘘をつくとは思えないが、だからといって目の前の相手が女ではないというのは、美への冒涜ではないかとさえ感じている。

 小松菜は「ええい、ままよ!」と心の中で叫びながら、本人に確かめることにした。


「ええっと、し、シスター?」


「いえ、ブラザーですが」


 なんということか。彼女は、いや彼は男だったのだ。


「ああ、そんな……」


 初恋が一瞬にして敗れ去った瞬間である。

 小松菜はその場に崩れ落ちた。


「あの、何か私が粗相をしたみたいで、すみません」


 謝る美しい女性のような男性。

 彼は別に悪くはない。

 己が勝手に勘違いをしたのが悪いのだ。

 小松菜は気を取り直して立ち上がり、言葉を返した。


「あ、いや、こちらこそ。僕は小松菜。ヨシキ・コマツナっていいます」


「これはご丁寧に。私はレアニスといいます。よろしく、小松菜」


 コマツナではない、はっきりとした発音で小松菜と彼は言った。


イニティア王国は、地図の西の空白地に当たります。

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