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73.北の集落 3

すみません、遅れました……

「貴様! 何をしたっ!」


 森の外に化け物が現れたという報告を受けて、エルフの族長がびりびりと空気が震えるような声で叫んだ。

 それに呼応するように、ジハルに集中する族長衆の視線。

 その瞳の中には「事と次第によっては決して許さぬ」という強い意志があった。


 しかしこれまでがそうであったように、ジハルが怯むことはない。

 ジハルは微笑を湛えながら、ゆっくりと立ち上がり答えたのである。


「お前たちの決心がつくように、我らの力を見せようというだけのこと。

 ここに来るに際して、ワシには二つの役目があってな。一つはお前たちに支配下に入れという通達。もう一つは、我らの力を前にしてお前たちが何も考えず、ただ逃げ出すことをしないように留めておくことだ」


「何を!」


 頭に血を上らせ、ジハルに向けて一歩足を踏み出したのは牛族の族長と豚族の族長。

 だが次の瞬間、パンという耳をつんざく音が響いた。


 音というものは、ある一点を超えれば呪縛となる。

 激しい痛み、強烈な光景などによってその身が縛り付けられるように、その激烈な音は族長衆を竦めさせ、あるいは退かせた。

 音の正体は、ジハルが懐から取り出した黒いもの――銃口を空に向けた【9㎜拳銃】である。


「落ち着け。ワシは逃げはせん。まずは森に向かっているという化け物の正体を確認しにいこうではないか。

 それとも怖いのか? お前たちと同じ、人間でないワシが。ワシ一人を数に任せてなぶってみるか? 人間のように」


 明らかな挑発。

 ジハルは人間という言葉を巧みに使い、己に手を出させぬように煽ったのだ。


 これにより、牛族と豚族の族長は「ぐぬぬ」と唸り声を上げるばかり。

 他の族長も程度の差はあれど歯噛みする思いであった。


 もっともジハルの挑発に平静であった者もいる。

 鼠族の族長、その人だ。

 しかし、鼠族の族長は頭がいいからこそ、この場でジハルに手を出すべきではないと考えた。

 ジハルが持つ不可思議な道具、加えて化け物の来襲という不明の事態が、鼠族の族長に危惧の念を抱かせたのである。


 結局、ジハルの思惑通りに事は進んだといえるだろう。

 エルフ族の族長がすぐに武器を持った者を集め、さらに各部族の集落には「戦闘準備をせよ」と伝令を出すと、族長衆はエルフ族の兵を引き連れて、森の入り口へと向かった。

 無論、道中は垣をつくるようにジハルを取り囲んで、である。


「……あれか」


 森の入り口にたどり着くと、エルフ族の族長が呟いた。

 森の南の景色は、森に住む者ならば誰もが知るところだ。

 何もない、ところどころに木が立つだけの平野である。

 そこに六つの鈍い色を輝かせた四角いものが並び、停止している。


 距離は遠く、森の入り口からは豆粒のようにしか見えない。

 だが、周囲にある岩や木が、その並んだ四角いもの――【73式大型トラック】及び【馬運車】がいかに大きいものであるかを示していた。


「状況を説明せよ」


「と、突然南からあの化け物がやって来て、森の前をグルリと回ったらまた戻っていって、今の位置に……」


 エルフ族の族長が尋ねると、見張りの青年エルフが声を震わせて答えた。

 族長衆は、どうするべきかと口々に意見を出し合った。


「あれが化け物だと? あの外殻、とても生きものには見えんぞ」


「足もない。動いたということだが、張りぼての中に人を潜り込ませて動かしただけではないのか? なんにせよ、子供だましの小細工にすぎん」


 ハハハハ! と化け物の正体を見破ったとばかりに、笑い声が空高く響いた。

 そんな最中、鞄の中から新たに黒いものを取り出しすジハル。

「何をしているのか」という周りの声にも応じる様子はない。


「こちらジハル。送れ」


『こちらフジワラ。送れ』


 一同はギョッとした。

 ジハルが手に持つ長細い黒いものから、声が聞こえてきたのだ。

 その長細い黒いものは【トランシーバー】である。

 ジハルは周囲の反応に構うことなく、【トランシーバー】へと言葉を発した。


「こちらの準備完了。定位置まで前進求む。送れ」


『こちらフジワラ、了解。これより前進する』


「了解、終わり。……動き出すぞ、よく見ておれ」


 ジハルの言葉を契機として、視線を森の外に戻す一同。

 忙しくも、皆はまたもや目を丸くした。


 ――車両の疾走。

 ジハル以外の者にとってみれば、不気味な色をした四角いものが、馬が全力疾走するような速度で砂煙を上げながら向かってくるのである。

 車両というものを知らぬ族長衆にとって、あまりに異常な状況。

 見張りの者はいずれも化け物だと言っていたが、確かにその通りだと族長衆は驚愕した。


「に、にげ――」


「逃げるな。あれらを扱っている者は我が同族ぞ」


 誰かの怯える声を遮るように、凛然とした様子でジハルが言った。

 しかし、もうそんな言葉が通用する事態ではない。

 トラックの一台が、プーー!! とクラクションを鳴らしたのだ。


 大音量かつ音域の高い音である。

 その場にいた者は、化け物が鳴き声を発したのだと思い一瞬身を震わせたが、聞きようによっては間抜けな音でもある。恐れはそれほどでもない。

 だが、そう考えた一秒後には、他のトラックも同じくクラクションを鳴らし、それはまるで化け物たちが襲い掛かる合図のように思えて、皆は恐れおののいた。


「ひいいーー!」「化け物だーー!」


「おい、待て! 逃げるな!」


 一人逃げれば、二人三人とエルフの兵士たちは逃げていき、族長衆の制止の声も意味をなさない。

 族長衆を除けば、残ったのは腰を抜かして尻餅をついた者と見張りの青年エルフのみ。

 エルフの兵よりも事情を知っていたとはいえ、族長衆が恐慌状態にも陥らず、依然健在であったのは流石である。


「どういうつもりだ! なんなのだ、あれは!?」


 エルフ族の族長が焦燥に駆られながら、悲鳴のような声でジハルに問い詰める。


「力を見せるといったであろう。あれこそが、我らの、あの方の力だ。いいから黙って見ておれ。お前たちに危害を加えることはしない」


 ただ一人穏やかな様子で受け答えするジハル。

 族長たちが己を顧みれば、ジハルと比べその態度は恥ずかしい限りといえよう。

 ちっぽけなプライドを刺激されたというべきか、それぞれが心の中におびえを持ちながらも、己を保った。


「あの方といったな。それがお前の後ろで糸を引いている者か。何者だ」


 エルフ族の族長が、今度は平常心を心掛けながらジハルに尋ねた。

 対してジハルは、フフッと笑い、もったいぶるように一呼吸溜めてから口を開いた。


「――この領地を治めるフジワラ様よ」


「領地を治める……? まさか……まさか、まさか! まさか、人間か!」


 瞬間、エルフ族の族長は顔色を一変させた。

 他の族長たちも人間という言葉が出た途端に「何ぃ!」と叫んで、目の色を変えている。

 エルフ族の族長は鬼の形相となって、矛先をポリフへと向けた。


「ポリフ! 貴様! 人間に我らを、仲間を売ったのか!」


「父上、まずはジハル殿のお話を聞いてください。そののちに私を罰するというのなら、この首を差し上げます」


 目を血走らせて息子の胸ぐらを掴み、詰問する父親。

 だが、ポリフはあくまでも冷静であった。

 ジハルと何か取り決めがあったことは、明らかである。


 エルフ族の族長は、投げ捨てるように息子の胸ぐらから手を放すと、烈火のごとき怒りをそのままにして、今一度ジハルへと顔を戻した。

 ジハルは、その怒りを真っすぐに受け止めながらも気負うことなく言う。


「左様。確かにフジワラ様は人間だ。だが、ただの人間ではない。

 どのような方かと聞かれれば、ふふ、形容すべき言葉はあるぞ?」


 とても滑らかに、また己の宝物を自慢するように言葉を紡いでいくジハル。


「少し前、名前を出すのもおぞましい奴らが、あの方を救い主様といった。奴らにとってみれば心にもない言葉であっただろうが、その言葉はまさに正しい。

 あの方こそ我らが救い主、そしてお前たちをも救うことができるお方だ」


 ジハルは、信じ切っていた。敬虔で盲目な信者であった。

 だからこそ族長衆は、ジハルが嘘を吐いてはいないと、理解に及ぶ前に直観した。


 しかし、ジハルのいう“フジワラ”のことは信じられなかった。

 確かにジハルの言は本当で、彼の部族は“フジワラ”に救われたのだろう。しかしそれでも、ジハルが騙されているという可能性が残る。

 何か目的があって、“フジワラ”がジハルを助けているのではないか、という疑念。

 所詮は人間なのだ。

 理由もなしに、人間でない者を助けるということなどありえない。


 エルフ族の族長は少しでも情報が欲しいと思い、ポリフに顔を向けた。

 だが返ってきたのは、無常ともいえる現実である。


「ジハル殿が騙されているという可能性は否定できません。人間になんらかの策謀があって施しているだけなのだと。しかし現状、我々に手はないのです。この地にフジワラ様という人間の領主がやって来た。あの方は、ジャガイモを使い、この地を豊かにするでしょう。

 既にジャガイモは南の村には広まっています。近い未来、ジャガイモはこの国、いや大陸全土に広がるかもしれません。

 作物の育ちにくい土地が、育ち易い土地に変わる。人間が暮らしにくかった土地が、暮らしやすい土地に変わる、ということです。この意味がわかりますか?

 フジワラ様の支配下に入らないのであれば、我々はこの地から去らねばならない。しかし、今度はどこに逃げろと?

 人間の暮らしにくい土地はジャガイモによってなくなる。それにより、我々の住むことのできる土地がより限られていく、ということなのです」


 ポリフの話に、まずエルフ族の族長と鼠族の族長が膝をついた。

 人間が動いた。それも領主が。これだけでも問題であるのに、ジャガイモの存在が森に住む者たちを逃げ場のない袋小路へと追い込んでいた。

 エルフ族の族長と鼠族の族長は、もう打つ手がないことをはっきりと理解したのである。


 他の族長もエルフ族の族長と鼠族の族長の様子をを見て、鬱勃とした表情になった。

 ザーザイムだけは何か手はないかとずっと考えていたが、答えが見つかることは決してない。


「幸いにも、フジワラ様は我々が支配下に入るのならば、この地に住む権利と多大な支援を約束してくれました。私は、フジワラ様に下ることこそが最善であると考えます」


 ポリフが己が父親を、族長衆を、優しく諭すように言葉を締めくくった。

 するとそれを後押しするように、ジハルの手元の【トランシーバー】からまたもや声が聞こえてきた。


『こちらフジワラ。予定の位置に停止した。これより砲撃演習を行うがよいか。送れ』


 車両は既に、森の入り口から百メートルほどの位置に停止していたのだ。


「こちらジハル。お願いします。送れ」


『こちらフジワラ、了解。これより砲撃演習に移る。終わり』


 一列に並んだ車両の前に運ばれたのは、筒を載せた二台の人力車。

 言わずもがな、【四斤山砲】である。

 そして巨大な音が大地に轟いた。

 全身を叩きつけられるようであり、また骨の髄にまで響くような、そんな音。

 はるか西の方でも音が鳴り、族長衆がそちらへ瞳を向ければ、砂煙が舞っている。

 森からはどこにそんなにいたのかという数の鳥がバサバサと一斉に飛び立ち、音から逃げるように北へと去っていった。


「わかるか。あの筒より放たれた攻撃が。

 我らはあの武器を何十と持っている。あの武器で何千もの敵を――人間の軍を撃滅したこともある」


 族長衆は虚ろな意識のままジハルの説明を聞きつつ、【四斤山砲】が火を噴く姿を茫然とただ見つめる。

 それは恐ろしい武器だった。

 飛距離は弓の比ではない。巻き上げられた土と、激しい音は、いかに威力があるかを示している。

 狙いが付くかどうかは甚だ怪しいところであるが、対集団など的が大きければ、そんな話は些細なことである。


 ――数を揃えられたら、己が集落などひとたまりもない。


 それが族長衆が導き出した結論であった。


『砲撃演習終わり。事後は連絡があるまでここで待機する』


【トランシ―バー】から、新たに声が聞こえた時、砲撃の音は止んでいた。

 されど族長衆は、いまだ定まらぬ意識の中、夢うつつのように正面を見つめている。

 いや違う。

 彼らが見ているのは正面などではない。

 ぼやけてもう何も見えなくなった己が部族の未来を、彼らは見つめていたのである。


「手段はないのです、父上」


 どこか慰めるようにポリフはエルフの族長に声をかけた。


「わ、わかっている。だが……だが……」


 エルフ族の族長の声は震えている。

 従う以外に道はないことを、もはや彼はよく理解していた。

 しかし、だからといって心は納得できるものではない。

 部族の者たちは苦しみに苦しみ抜いて、この地に生活圏を築いたのだ。

 それを今更、元凶ともいえる人間に従うなど、エルフ族の族長は考えるだけで身が張り裂けそうであった。


 沈黙がその場を支配する。

 野生の動物が逃げていったせいか、あまりにも静かで、虫の鳴き声すら聞こえない。

 ややあって静寂を破ったのはジハルである。


「信頼にたるものになるかどうかはわからないが、少し昔話をしよう。我々がフジワラ様とどのように出会い、どのようにして今日まで歩んできたのかを」


 ジハルはおもむろに語った。

 それは、この地よりはるか南東の果ての話。

 ある人間の男と出会い、その男がつくった町にジハルの部族は住むことになった。

 段々と仲間が増えていく。彼らは、ジハルの部族同様に人間でない者たち。

 さらには人間たちの侵略にも立ち向かい、打ち勝った。

 皆が手を取り合い、とても豊かで、そこが天国ではないかと思えるほどに幸せだった。

 そして、町の住人は男を裏切った。男に大恩があるにもかかわらず。

 しかしそれでも、その男は狼族と共にあった。


 全てを聞き終えた時、エルフの族長を含む森の六部族は信秀への恭順を示した。

 完全に信用したわけではない。したわけではないが、ジハルの語りは真に迫っていた。

 話したことは全て事実なのだろうと族長衆は思ったのだ。


 現状、森に住む者たちに手立てはない。

 手がないならば、せめてほんの少しでも信頼のできそうな人間に下るべきだ。

 彼らは族長である。時には己の誇りをかなぐり捨て、部族の者たちの誇りすらも蔑ろにした決定を行わなければならない。

 それが、彼らが族長たる所以なのだ。


 かくして、フジワラ領の平定が無事なされたのである。


 この後、信秀は北の集落の慰撫に努め、信頼を得ようと尽力した。

 人間への恨み、ことさらに強く持つ者たちである。

 彼らの中には、まだまだ力で押さえつけられているという感情があった。

 しかし、とりあえずのところは、信秀という人間を見極めようという考えに落ち着いたらしい。


次回は他の転移者の話となります。

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