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51.プロローグの終わり 3

 場所はサンドリアの王城。


 サンドラ王は、己が執務室にて机に山と積まれた陳情書やら報告書やらに向かい、悪戦苦闘の日々を送っていた。


「ううむ……」


 サンドラ王の顔は険しく、口からは唸るような声ばかりが漏れている。

 それもそのはず、北のロブタス王国との戦いは、激闘の果てになんとか勝ちを拾ったが、その隙に西側の諸侯が裏切り、シューグリング公国に帰順。

 これにより、新たに国境を任されることになった領主からの様々な陳情が増えた。


 さらに、先の戦争での出費が激しく、城の倉庫は枯渇しかかっている。

 そんな中での、減ってしまった収入と膨れ上がった支出の報告書の決済は、とても胃にくるものであった。


「どうしたものか……」


 弱音を吐きつつも、書類の一つ一つに目を通していくサンドラ王。

 余談ではあるが、書類に使われている紙は植物紙。

 某国にてここ数年の間に開発され、世に出回ったものであり、羊皮紙が一枚につき、新バーバニル銀貨2枚〜3枚(5600円〜8400円)ほどの値段であるのに対し、植物紙はその100分の1という安さであった。


 閑話休題。


「失礼します」


 執務室に入室する老年の男性。

 頭を悩ませるサンドラ王の下にやってきたのは最高顧問官である。


「なんの用だ」


 サンドラ王はその瞳を、ギロリと睨み付けるように書類から最高顧問官へと移す。


 自国の領土を奪われたサンドラ王の機嫌はもうずっと悪い。

 特に最高顧問官に対しては、諸侯の寝返りを予期できなかったのかという、恨みを含んだものが胸の内にあった。


 とはいえ最高顧問官のみならず、他の文武官も一切予見できていなかったのだから、それは八つ当たりに近いといえる。

 これまで、その野心をひた隠しにして来たシューグリング公国が流石であるという他なかったのだ。


「獣人の町へ向かった者から気になる知らせが届きました」


 王の態度をよそに、最高顧問官は素知らぬ顔で、ただ己の役目を全うする。

 その口から出た、獣人の町という言葉。

 それを聞き、サンドラ王は眉を寄せ、いっそう不機嫌な顔になった。

 西側の領主らの裏切りも、元をただせば、全て獣人の町が原因であったからだ。


 正直なところ、サンドラ王は獣人の町には、もうこりごりといった感情をもっていた。

 関わりたくないという思いが強く、次にあの町を攻めようなどと言い出す者がいたら、有無も言わさず斬り捨ててやろうか、などと半ば本気で考えているほどである。


「あの町の人口が大幅に増えたようです。城郭の外にあった住宅に収まらず、天幕まで建てているとか」


「いかほどだ」


「軽く見積もっても1000人は増えているとのこと」


「ふむ……」


 サンドラ王は、前屈みであった上半身を背もたれに預け、考え込む。

 獣人の町の人口が最小で1000も増えた。

 無視するには、いささか多い数である。


 獣人の生殖能力は低い。

 しかし、人口が増えれば生殖能力の低さなど関係ないほどに、出産数も増加する。


 そして1000という数は、人口増加の波に乗るための足掛かりになり得る数字。

 サンドラ王国にとって、あまり好ましくない事態であった。


 とはいえ、今はとる手段などないので、結局は放っておくしかないのであるが。


「西側から下ってきたのか」


「そのようです」


「しかし、どういうことだ。どうやって獣人の町の存在を知った。

 町の東を流れるルシール川。あれに沿って南へ向かい、たまたま町にたどり着いたというならわかる。

 だが、西からとなれば、町の存在を知らない限り、そこに向かおうともしまい」


 狼族ら古参の町の住人達は、人間に追いたてられ、巨大なルシール川を拠り所として南へと安住の地を求めた。

 しかし、西にある者が拠り所とすべきは海。

 町の在りかを知らなければ、はるか東へと進路をとろうとはせず、獣人の町へは絶対に辿り着けないはずである。


「シューグリング公国ですよ。

 獣人の町について、わざわざ教えたのでしょう。

 かの国は、なかなかしたたかなようですな」


 最高顧問官は、さも当然といった様子で言った。

 しかし、その中の“したたか”という言葉には、なんらかの含みがあるようにサンドラ王は感じた。


「……わからんな、何が言いたい」


 シューグリング公国が信秀に新たな住人を寄越すことで恩を売り、信用を得る。

 サンドラ王の脳裏にそんな考えが浮かんだが、その程度では最高顧問官が口にした“したたか”という言葉には足りないような気がした。


 他に思いつくのは、人口を飽和させて食料不足にもちこむというシューグリング公国の策略。

 しかし、そんなものは信秀が新たな住人の受け入れを断ればいいだけである。

 それに、サンドラ王国の1000に近い数の捕虜に対し、食事を日に三回も与えていたこと考えれば、町の食料は潤沢であることが予想された。


 あとは、獣人の町を内から崩す埋伏の毒くらいなものだが、これはすぐに打ち消した。

 人間の国であるシューグリング公国が、獣人の町に獣人を潜り込ませて反乱を起こさせるなど、あまりに馬鹿馬鹿しい話である。

 獣人が人間を信用するわけがないのだ。


 すると、最高顧問官は言う。


「魚族を見た、と言っておりました」


「魚族? あの魚族か」


「ええ」


 サンドラ王が“あの”魚族と言ったのには訳がある。

 獣人が恵まれた土地から追い出される原因となった、教会による『国家間での戦争を禁ずる』とした布告。

 その布告がなされるよりも以前――現サンドラ王が王位につくよりも前に、魚族にはサンドラ王国より追い出された過去があった。

 それは彼ら魚族が、無謀にも人間の村を襲ったためである。


「だが、それがどうした。あの町にいるのは獣人。獣人なら獣人同士、仲良くやるのではないか?」


「いいえ。魚族は卑怯で、傲慢で、悪辣で、凶暴で、非常に自己中心的です。

 最初はただ助けを求めるでしょう。

 襲われた村でも、そうやって近づきました。生活が苦しいと、助けてくれと懇願したのです。

 村人は、魚族に食物を与える代わりに、よく働かせました。魚族も最初の内は真面目に働きました。

 しかし魚族は、平穏を手に入れると、やがてその本性を現します。

 人間の指示で働かされていることに不満を持ち始め、受けた恩を忘れ、村を襲ったのです」


 まるで見てきたかのように話す最高顧問官。

 その舌は止まらない。


「欠片もなかった自尊心。それが、自身の身が保証された途端に大きく膨れ上がり、それを満たそうとする。

 こういった者には、種族の違いなど関係ありません。ただ欲望のままに、行動するでしょう。

 魚族とはそういう種族なのです。

 フジワラが魚族を引き入れてしまった以上、大きな混乱が起きるのは時間の問題でしょうな」


「なるほど、シューグリング公国の狙いはそれか。魚族は、まさに猛毒となりうるものだ」


 サンドラ王は納得したように大きく頷く。

 ロブタス王国との戦いに乗じて、サンドラ王国の西の領地を掠め取ったシューグリング公国らしい嫌らしい手であった。


 サンドラ王は続けて尋ねる。


「それでどうする?

 魚族についてフジワラに教えてやれば、奴の心も少しはこちらに傾くのではないか?」


「今は一先ず様子を見ておきましょう。内乱に合わせて、シューグリング公国も動きます。

 その時、漁夫の利を得るのです。

 獣人の町に敗れたシューグリング公国を背後から討ち、形だけでもフジワラを手助けしたように見せて、恩を着せればよろしいかと」


「ふむ」


 獣人の町に助けはいらない。

 それほどまでに強いことを、サンドラ王も最高顧問官も重々承知していた。


 しかし、いらぬおせっかいに等しいサンドラ王国の助けは、友好のための実績、ひいてはシューグリング公国を叩くことにもなる。

 信秀からの心証は間違いなくよくなり、うまくすれば【香辛料】などの価格も下げてもらえるだろう。


 そこまで考えが及ぶと、サンドラ王はニヤリと笑った。

 それは実に数ヶ月ぶりかの、心からの笑みである。


「よし、シューグリング公国への諜報を厳にせよ。うまくいけば、西の地を取り戻す好機となる」



 ――これは藤原信秀の日記である。


 5月×日。

 町の北より武器を手にした人間達が現れた。

 数は1000ほどであったが、彼我は不明。

 すぐさま、西の住宅群に住む者達を城郭の中に入れて、町は戦闘体制となる。


 相手の軍は前進してくるばかりで、勧告の使者などはない。

 よって、万が一敵でない場合も考え、砲撃は威嚇射撃より始まった。


 俺の「撃て!」という号令によって放たれた砲弾は、相手の軍の数百メートルも前に着弾し、その動きを止める。

 すると軍は八方に分散しつつ、町に向かってきた。

 すなわち明らかな敵性存在であり、もう容赦する必要はなかったのである。


 俺の号令により、敵へと容赦なく大砲が放たれる。

 そして敵は、たった数発を撃ち込まれただけで逃げ帰っていった。

 あまりにも拍子抜けである。

 おそらくは威力偵察のようなものだったのではないだろうか。


 逃げた敵に追撃はかけなかった。

 敵の装備はあまりに貧弱であったからだ。

 農民兵ばかりでは、捕らえても金にはならないだろう。


 とりあえず、残された敵の負傷兵から話を聞き、敵がシューグリング公国の軍であったことがわかった。


 5月△日

 シューグリング公国と戦ってから数日。

 あれ以来、魚族を始めとした町の外に住む者達が、石垣の中に住みたいと言うようになった。


 実際に敵が攻めてきたのだから、ワガママと断じるわけにもいかない。

 俺としても何とかしたいところである。

 しかし、生憎と全員を住ませる場所がなかった。


 烏族と蛇族のどちらかならば都合をつけてもよかったが、あちらを立てればこちらが立たず、という諺もある。

 同時期にやって来た種族の内の一方を優遇すれば、優遇されなかった者達には不満が残るだろう。


 というわけで、このまま我慢してくれとお願いしつつ、酒を振る舞った。

 こういう時、やはり酒は便利だ。


 5月○日

 魚族の族長から、烏族と蛇族には気を付けるように言われた。

 どういうことだと聞いたら、「彼らは、卑怯で、傲慢で、悪辣で、非常に自己中心的です。とても卑しく、よく嘘を吐きます」などと言っていた。

 酷い言われようである。


 その忠告は一応、心に留めておくと伝え、また決して口外しないように魚族の族長に言っておいた。

 町はせっかくいい調子であるのに、仲間内で争いごとになるのは勘弁願いたい。


 6月×日

 祝、5000億円突破。

 サンドラ王国との交易により、遂に【資金】が5000億円を突破した。

 このままなら二年も経たずに、【資金1兆円】は達成されるだろう。

 【時代設定】を『現代』にするためのもう一つの条件【人口1万人】についても、シューグリング公国に攻めこんでやろうかなと目下検討中だ。


 それにしても、もし【時代設定】が『現代』になったらどうしようか。

 胸の内には、獣人達に『現代』の素晴らしさを教えたいと思う俺がいる。

 現代技術の利便性に、それによって得られる生活の豊かさに、獣人達は驚くに違いない。

 元の世界で『現代』に生きていた俺だからこそ、それは誇らしく、さぞや気持ちがいいことだろう。


 6月▽日

 烏族の者から魚族と蛇族に気を付けるように言われた。

 曰く、「魚族と蛇族は、卑怯で、傲慢で、悪辣で、非常に自己中心的です。とても卑しく、よく嘘を吐きます」とのこと。

 どこかで聞いたような台詞である。


 6月□日

 最近、夏の暑さのせいか、町の者がだらけているように感じられる。

 ジハル族長が言うには、朝、畑仕事に遅れる者が散見されるとか。

 これはよろしくない。

 俺は各部族の長を集めて、気を引き締めるように注意した。


 いや、まあ、一番だらけているのは俺なので、どの口が言うのかと、ちょっと思ってしまったが。


 6月▲日

 蛇族の者から魚族と烏族に気を付けるように言われた。

 内容は、以前に魚族と烏族が言っていたものとほぼ同じである。

 正直、またかという感想しかなかった。


 今のところ、彼らが忠告したようなことはない。

 三者が共に互いの足を引っ張り合うようなことを言うのだから、あながち嘘でもないのだろう。

 しかし、俺が目を光らせている限りは大丈夫だと思う。


 6月日

 牧場から駱駝が減っているのでは、という報告を狼族の者から受けた。

 各種族の者達に尋ねると、何頭か逃げ出してしまったのだという報告が返ってきた。

 まあ、駱駝は温厚とは言い難い気質であるし、逃亡も止むなしか。

 周りは荒れ地、腹が空いたらそのうちに戻ってくるだろう。

 今度からは、何かあれば直ちに報告するようにとだけ言っておいた。


 そういえば最近、町の雰囲気がピリピリとしているように感じた。

 時折、喧嘩も起きているようだ。


 6月○日

 ジハル族長からの報告があり、町で賭博が行われていることがわかった。

 主催は魚族。

 毎夜毎夜、遅くまで酒と博打を行っており、それが町の者がだらけていた理由であったのだ。

 町の者達の雰囲気が悪かったのもこれが原因であろう。


 俺はもちろん賭博を禁止にした。

 魚族の族長は頭を地面にこれでもかと擦り付けて、「もう二度とやりません」と誓った。


 7月×日

「いつまでこの家に住めばいいのか」

「町の中に住まわせてくれ」

「人間が怖いから、酒を飲んで気を晴らしたい。だから酒をくれ」


 魚族を含めた町の外に住む三種族は、ここ最近、俺に要求ばかりを突きつけてくる。

 町に来た当初の謙虚な姿勢は、もうどこにもなかった。


 おまけに彼らはあまり働いているようには見えない。

 流石に俺も頭にきて、働かないのなら食事を減らすと言った。

 すると返ってきたのは「他の種族も働いていないじゃないか」という反論。


 魚族らの言う通りであった。

 酷いのは魚族ら新参の者達であるが、以前からいた獣人達も、昔の勤勉さはなくなっていた。

 また夜遅くまで賭博をやっているのか、と思ったが、それを皆に尋ねると誰もが首を横に振る。


 賭博ではない。

 ならば与えられることに慣れ、勤労意欲を無くしてしまったのだろうか。


 とにかくも、これでは駄目だ。


 俺は最も信頼している、狼族の者達を自警団に任命する。

 そして少し強引な手ではあるが、再三にわたり命令を聞かない者は、棒で打ち据えてもいいという触れも出した。


 あくまで“再三”である。

 本当は俺もこんなことはしたくない。

 しかし、言っても聞かないのならば、なんらかの刑罰を処すしかないのだ。


 これで皆の心が引き締まればいいのだが……。


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[一言] 面倒なの取り込んだなぁ
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