5.町づくり 2
【資金】1000億円
→953億9994万4000円
家を購入してから数十分後、漸く現物ができた。
最後の方の、泥が色を変えて住宅になっていく過程は圧巻であった、と言っておこう。
《本拠地を選んでください》
そんな文字がまた目の前に浮かび、その隣の【地図】というコマンドを選択。
眼前に周辺の地図が現れ、そこには今しがた誕生した家がピカピカと点滅している。
俺はそれをタッチ。
すると《本拠地に設定しますか?》【はい/いいえ】という文字が現れる。
もちろん【はい】だ。
《本拠地が設定されました。次に町をつくってください》
こうして異世界に俺の城が誕生したわけである。
俺は『町をつくってください』という言葉を無視して意気揚々と家の中に入った。
「おおっ……」
感嘆の声が思わず漏れる。
まさに、現代住宅。
たとえ異世界にあろうとも、この現代的な室内が、とてつもない安心感を与えてくれる。
だが、まだ足りない。
俺は蛇口をひねる。
当然、水は出てこないのだ。
俺は『町データ』を呼び出し、【本拠地】を選択。
すると家の立体図が現れる。
さらに【カスタマイズ】というコマンドを選び、家を調整していく。
新たに家に加えるのは、【井戸】【ソーラーポンプ】【貯水タンク・500L】【上水道】【下水道】。
これらの設置に関しては、住宅とその周辺の立体図が細分化され、その光っている箇所が設置可能な場所である。
俺は、まず【上水道】を完成させようとした。
【井戸】をつくり、【ソーラーポンプ】を設置し、【配水管】でもって【井戸】から【貯水タンク】、【貯水タンク】から家へと繋げる。
これで【上水道】のできあがりだ。
だが、設備を完成させてから、ふと思った。
果たしてここの水は、硬水だろうか軟水だろうか、と。
硬水を飲むと腹をくだすと聞いたことがある。
おまけに、日本の石鹸も使えないのだとか。
それに実のところ、塩素を含んだ現代の水道水はともかくも、軟水は能力を使えばただで購入できるのだ。
【山の湧き水】0円
そう考えると【井戸】をつくったのは、少々軽率であったかもしれない。
まあ、後の祭りか。
俺は気持ちを切り替えて、次の設置に移った。
地図からすぐ近くに川があることを確認し、【排水管】を地中に通してトイレと川とを繋げる。
この時、川が近くにあったのは僥幸といってよかった。
なぜならば、画面の地図は俺もしくは本拠地の周辺しか映さないから、川が遠くにあった場合、俺自身が移動しなければならなくなり、かなり面倒なことになるのだ。
さらに家庭用水の排水に関しても【排水管】を通して、トイレの汚水同様、川に垂れ流しにしようと思う。
あまり川を汚すのもどうかと思ったが、純石鹸や合成界面活性剤が使われていない洗剤を使えばあまり問題はないだろう……多分。
こうして【下水道】ができあがった。
ここまで、1億3160万円。
一番高かったのが【井戸】と【ソーラーポンプ】のセットの1億円(定価百万円)だ。
次いで、住宅の中に無い家具も買っていく。
【エアコン】【冷蔵庫】【電子レンジ】【電気ポット】【炊飯器】【テレビ】【パソコン】【調理器具一式】【食器一式】【机】【椅子】【ベッド】
合計は2340万円(定価23万4000円)。
そして、遂にできあがったのだ。
現代と大差のないインフラを備えた俺の家が。
俺は「ふぅ」と息を一つ吐き、スーツの上着を脱いで、ソファーに腰を沈め考える。
別に大した労働はしてないが、なんとなくやりきった心地である。
とりあえず、住居は完成した。
残金はまだ950億円ほど残っている。
日本のサラリーマンの生涯賃金が2.5億円という話であるから、江戸の時代設定のままでも、彼らの生活より四倍近い余裕があるわけだ。
この能力さえあれば、これから先も何不自由なく暮らしていけるだろう。
しかし、気がかりなことがある。
それは外敵の存在。
神様は中世ヨーロッパに似た世界だと言った。
なればこそ、獣は勿論のこと、野盗、さらにこの土地の領主など、俺を害そうとする相手をあげたらキリがない。
うーむ。
安易にここに住居を作ったのは失敗だったかもしれない。
もっと周辺の情報を集めてからでもよかったのでは、と今更ながらに反省する。
いや、まて。
神様の『地盤を作れる場所に送る』という言を信じるならば、やはりここに住居をつくったのは正しいのではないだろうか。
なんにせよ情報が欲しいところだ。
よし、と俺はソファーから立ち上がり、家を出る。
そして新たに【双眼鏡】35万円(定価3500円)を購入して辺りを見回した。
しかし、360°見回しても、人の気配もなければ建物の影すらもない。
それどころか、広大な大地にポツンとある家だけではどうにも頼りなく、不安に思えた。
だが、俺にはその不安を取り除く手段がある。
俺は家に入ると、ソファーに腰掛けながら『町データ』を呼び出し、【商品カタログ】から【石垣・前門後門・櫓付き】【20メートル】を選ぶ。
そして家を囲うよう100メートル四方に設定し、購入。
窓の外をみれば、重厚な音をたてて、泥がゆっくりとせり上がっている。
見本映像ではまるで城郭のような石垣で、相当に分厚かった。
これならば、そう易々と外敵から攻撃を受けることはあるまい。
さて、20メートルの巨大建築物である。
できあがるまでには、優に一時間はかかるだろう。
なので、とりあえず石垣ができるまではのんびりしようと思う。
俺は、映画BDにポテトチップスとコーラを購入して、映画鑑賞に勤しむことにした。
【『ワールド・オブ・ザ・デッド』ブルーレイディスク】45万円(定価4500円)
【ポテトチップス】8000円(定価80円)
【コーラ・500ミリリットル】1万円(定価100円)
――そして二時間後。
「やっぱゾンビモノは最高だぜ」
死体が蘇り仲間を増やして世界を恐怖のどん底に陥れる。
そんなやりつくされた設定だからこそ、視聴者は心にストレスを感じず簡単に物語の中に入っていけ、なおかつ各作品ごと僅かばかりの設定の違いが心地よい刺激となって視る者を飽きさせない。
――なんて、評論染みたことを考えながら、窓のそばに近寄り外を見る。
そこには家よりも遥かに大きい、高さ20メートルの巨大な石垣ができていた。
「石垣が崩れても平気なように家とはかなり距離を開けている。その分、金はかかったが、雄大だな」
俺は見惚れるように呟いた。
家を囲む高さ20メートルの石垣。
つくって正解だった。
とてつもない安心感がある。
たが、支払った対価は安くない。
【石垣・前門後門・櫓付き】【20メートル】120億円
資金はまだ大丈夫、と心に言い聞かせながらも、どうにも心配である。
なにせ1000億円あった資金が、異世界にきた初日にもう832億円にまで減っているのだ。
この先、様々な問題が起きれば資金はすぐに底をつくことだろう。
では、どのように資金を得ればいいのか。
それには現地の物を俺の所有物としたあと、コマンドの【売却】を行い、その所有物をデータ現金化する必要がある。
この際、他人の物を【売却】することはできない。
契約を交わし、売買を成立させて初めて俺のものとなる。
そういう能力、そういうルールなのだ。
そして、俺の能力は『町をつくる能力』である。
やはり町をつくり、そこに暮らす人々から税金をとるのが一番効率的なのではないだろうか。
というわけで、人こそいないが、まずは町をつくろうと思う。
人を集めてから能力でもって町をつくるべきではないか、とも考えたが、それはノーだ。
『町をつくる能力』ははっきりいって異常な力である。
たとえるなら、俺は金の卵を産み出す鶏。
人前で自身の能力をさらし、権力者などに目をつけられてはたまらない。
それにもうここに住居を作ってしまったのだ。
他の場所に町をつくるという選択肢はもはやありえないだろう。
――こうして俺は、町をつくるために再び『町データ』を呼び出した。