表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/109

40.戦争 4

 先頭には俺が運転する装甲車、その後ろには二台のトラックが縦に並んで、夜の荒野を砂煙を上げながら走る。

 やがて到着したのは、サンドラ王国軍が補給地として利用していたという、南から数えて“二つ目”の人間の村。


 村については、町の防衛戦で捕らえた者から、一通りの話は聞いている。

 なんでも町を攻めるために、わざわざ下層の民を入植させて、町まで一本の線となるように村を幾つもつくらせたとのこと。


 ちなみに一つ目の村は、既に焼却済みだ。

 その際、村人に危害は加えていない。

 クラクションで村人をたたき起こし、サンドラ王国軍の末路を説明したのちに、急いで旅の支度をさせて村から出ていってもらった。

 一方的な話し合いではあったが、三台の大型車両の威容に、村人達も逃げないわけにはいかなかったと思われる。


 さて、今俺の目の前にある二つ目の村。

 木の柵で囲まれた敷地内に、天幕が幾つも並んでいる。


 俺は、まずは挨拶代わりに、クラクションを思いっきり鳴らした。

 静かな土地だ。これで起きない者は、そういないだろう。


 運転席の上部ハッチを開けて耳を澄ますと、人のざわめきが聞こえてきた。


 そして、次に取り出したるは、【拡声器】である。


『サンドラ王国軍は敗れたぞ! 村の長は出てこい!』


 拡声された俺の声が、夜の荒野一帯に響き渡る。

 暫くして、村人達がなけなしの武器や、武器とも呼べぬ農具を持って現れた。

 一番前にいる壮年の男がおそらくは村長だろう。


『お前が村の長か!』


 たとえ近くにいたとしても【拡声器】の使用はやめない。

 声の大きさによって、相手を威圧するためだ。

 すると男は、おっかなびっくりといった様子で頷いた。


『サンドラ王国の軍は敗れた! これは事実だ! お前達にはこの村から出ていってもらう!』


「そんな!」


 村長の悲鳴のような声。

 村人達もざわざわと騒がしくなる。


『お前達に与えられた選択肢は二つ! この地に留まって皆殺しにされるか、それとも荷物をまとめて北へ逃げ出すかだ!

 既に、南にある村は燃やし尽くしたぞ! さあ、どうする!』


 無論、彼らを殺すつもりはない。

 彼らは下層の民。

 国から援助を受け、開拓民としてこの地にやって来た。

 つまり、彼らはなにも悪くはないのだ。


 敵国の人間とはいえ、そんな者を殺すのはあまりに忍びない。

 とはいえ、俺の言葉を受け入れてもらえない時は、村に火をかけてでも、無理矢理に出ていってもらうことになるが。


 そして村長と村人達はその場で話し合い、「すぐに出ていく」と言って準備に戻った。

 やがて、村人達が去ったのを確認すると、獣人達が松明を持って各所に火を放っていく。


 空気が乾燥しているため、よく燃える。

 村は真っ赤な炎に包まれ、昼間のように辺りを照らし出した。


「お疲れさまでした」


 戻ってきた獣人達に、慰労の言葉をかける。

 空はもう、夜明け前だ。

 真っ暗だった空は、地平線の端から白い光を浴びて、その色を僅かに明るくしている。


「今から、一度町に戻ります。その前にここで休憩していきましょうか」


 俺はそう言って、装甲車の後部座席から【弁当】を下ろして、獣人達に渡していった。

 もちろん、はじめから用意していたものではなく、ついさっき【購入】したものだ。


【ハンバーグ弁当】【×63】5万円(定価500円)×63=315万円(定価3万1500円)


 わざわざ夜襲に参加させている者達である。

 少し位、贅沢させてもいいだろう。

 まあ、贅沢とはいっても、実際は高々500円のコンビニ弁当なわけであるが。


 それでも皆は、ソースがかかったハンバーグを口に運ぶと目を丸くし、次いで美味しそうに頬をほころばせた。


 食事の後、車両は進路を町へと向ける。

 町までの直線距離は80キロといったところだが、今はまだ敵兵に見つかりたくないので、川がある東側とは逆の西側に、大きく膨らむような進路をとって、町に戻った。


 夜襲に参加した獣人達には半日の休憩を与え、その後、再び出撃となる。



 ミレーユは、生き残ったサンドラ王国軍を率いて、川べりに沿って北へと歩いていた。

 その数は1000人余り。

 隊列は組んでおらず、烏合のように秩序のない人の群れである。


 そして、もう食料はなかった。

 少しでも歩く速度を上げるために、農民兵も騎士も鎧を脱ぎ捨てて歩く。

 だが、戦いによる心身の疲労に加え、空腹まで重なった行軍はそう易くはない。

 特に騎士の消耗が激しかった。

 飢えることに慣れていないのだ。


「騎士団長様、これを」


 ミレーユが先頭を歩く中、赤い髪をした農民兵が横にやってきて声をかけてきた。

 その手には、大きめの鼠が握られている。


 この撤退行進の最中に捕まえたのか、とミレーユは驚いた。

 そして、騎士にはないたくましさだ、とも思った。


「そうだな、少し休憩にするか。

 私はいい、それはお前が仲間達と分けあって食べよ。

 皆の者、休憩だ! しっかりと水を飲んでおけ! 暑さにやられるぞ!」


 ミレーユが叫ぶと、乱雑とした集団は歩みを止め、ある者は川へ、またある者はその場に座り込んだりと、思い思いの行動をとり始める。


 疲れたとミレーユは思った。

 声を出すのも億劫。

 座ってしまえば、もう立ち上がれないかと思うほどに、心身共に疲れ果てている。

 だが、軍を率いる者としての責任が、己の体をなんとか動かしていた。


 ぐぅ、と腹が鳴る。

 あまりの空腹に胃液が喉元まで迫り上がった。

 といっても、食べるものなどない。

 先程の鼠も断ったばかりだ。

 ミレーユは仕方なしに水辺まで下り、腹一杯に水を飲んで空腹を誤魔化した。


 すると、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

 先程の者かと見てみれば、少し状況が怪しいようだ。


「おい下民、それを寄越せ」


 農民兵達が、火を囲んで肉を焼いているところに、騎士の数人がそれを横取りしようとしていたのである。


「何をしている!」


 無論のこと、ミレーユが止めにはいった。

 だが騎士達は、一瞥をくれたのみで素知らぬ顔。

 そして、騎士達の中の一人が串に刺さった肉を手早く奪い、集団の後ろへと去っていく。

 農民兵達は恨めしそうに、それを見ていた。


 ミレーユはどうしたものかと考える。

 あの騎士達を斬ることは簡単だ。

 だが、そうすれば、騎士達が造反を起こすかもしれない。


 結局、ミレーユがやれることは、あの不埒な騎士達に成り代わって、謝ることだけだった。


「すまない」


「いえ……」


 しかしミレーユが謝罪しても、農民兵の返事は芳しくない。

 その顔は、少しも納得していないようであった。


 ミレーユはその場を離れ、本当にこれでいいのか、と自問する。

 仲間割れは避けねばならない。

 だが、そのせいで農民兵が泣きを見るはめになっている。


 多くの騎士は、もうミレーユの指示を聞こうともしない。

 ただ、人が多くいるところに、安心を求め、この集団に加わっているにすぎなかった。


 ミレーユが、ハァとため息を吐く。

 強くさえあれば、指揮官が務まると思っていた。

 だが、弱者に落ちた時、もう己にはなんの価値もないことを知ったのである。


 休憩が終わり、再び集団は歩き始める。

 身は軽いというのに、皆の足は重く、集団は前へと進まなかった。

 これでは次の村まで、一日ではつきそうにない。

 やがて夜となり、早めに野営をすることになった。

 前日は夜襲によって、皆ほとんど眠れていなかったためである。


 そして一夜が明け、翌日の昼過ぎのこと。

 荒野を頼りない足取りで歩くミレーユ達の前に、村の影が見えた。

 その外観は、近づけば近づくほどに、ハッキリとしてくる。


 ――村は、ただ黒い灰が舞うだけであった。


 すると、ミレーユの足からフッと力が抜けた。

 片膝と両腕を地につけて、その眼前にあったのは乾いた大地。

 そこに、ポツリポツリと雨のようにシミができる。

 それはミレーユの涙であった。


 嘆く気力すらない。

 ポキリと心の柱が折れてしまったように、もう無理だとミレーユは思った。

 涙でできたシミは、乾いた風にさらされて消えていく。


 ――その刹那。


「……て、敵だ! ば、化物だ!」


 集団の中から上がった声。

 ミレーユは力なく緩慢な動作で顔を上げた。

 そして見る。

 馬もなしに動く、四角い巨大な物体。

 それが三つ。


「なんだあれは……」


 ミレーユの口から漏れた驚愕の声。


 ここまでの行軍、ミレーユはただ皆を励ましながら歩いてきたわけではない。

 その途中、陣営地で敵の夜襲を知らせた物見兵より、敵について話を聞いていた。


 物見兵が見たものは、光の魔法を明かりとして、大きな馬車が三台あったのだという。


(大きな馬車? 違う。あれに馬などいない)


 それは独りでに走る、巨大な箱車であったのだ。


 驚くべきなのは、その大きさにもかかわらず、馬もかくやという異常な速度。

 あんなものに轢き殺されては一溜まりもない。

 太刀打ちする気など起きようはずもなかった。


「これまでか……」


 ミレーユは静かに立ち上がり、ただ一言呟いた。

 逃げる者はいない。

 誰も彼もが、心も体も消耗し尽くしていたのだ。


 すると、三台の箱車はミレーユ達をその車体で蹂躙することなく、一定の距離をおいて停止した。


 そして、一人の男が箱車より顔を出す。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ