40.戦争 4
先頭には俺が運転する装甲車、その後ろには二台のトラックが縦に並んで、夜の荒野を砂煙を上げながら走る。
やがて到着したのは、サンドラ王国軍が補給地として利用していたという、南から数えて“二つ目”の人間の村。
村については、町の防衛戦で捕らえた者から、一通りの話は聞いている。
なんでも町を攻めるために、わざわざ下層の民を入植させて、町まで一本の線となるように村を幾つもつくらせたとのこと。
ちなみに一つ目の村は、既に焼却済みだ。
その際、村人に危害は加えていない。
クラクションで村人をたたき起こし、サンドラ王国軍の末路を説明したのちに、急いで旅の支度をさせて村から出ていってもらった。
一方的な話し合いではあったが、三台の大型車両の威容に、村人達も逃げないわけにはいかなかったと思われる。
さて、今俺の目の前にある二つ目の村。
木の柵で囲まれた敷地内に、天幕が幾つも並んでいる。
俺は、まずは挨拶代わりに、クラクションを思いっきり鳴らした。
静かな土地だ。これで起きない者は、そういないだろう。
運転席の上部ハッチを開けて耳を澄ますと、人のざわめきが聞こえてきた。
そして、次に取り出したるは、【拡声器】である。
『サンドラ王国軍は敗れたぞ! 村の長は出てこい!』
拡声された俺の声が、夜の荒野一帯に響き渡る。
暫くして、村人達がなけなしの武器や、武器とも呼べぬ農具を持って現れた。
一番前にいる壮年の男がおそらくは村長だろう。
『お前が村の長か!』
たとえ近くにいたとしても【拡声器】の使用はやめない。
声の大きさによって、相手を威圧するためだ。
すると男は、おっかなびっくりといった様子で頷いた。
『サンドラ王国の軍は敗れた! これは事実だ! お前達にはこの村から出ていってもらう!』
「そんな!」
村長の悲鳴のような声。
村人達もざわざわと騒がしくなる。
『お前達に与えられた選択肢は二つ! この地に留まって皆殺しにされるか、それとも荷物をまとめて北へ逃げ出すかだ!
既に、南にある村は燃やし尽くしたぞ! さあ、どうする!』
無論、彼らを殺すつもりはない。
彼らは下層の民。
国から援助を受け、開拓民としてこの地にやって来た。
つまり、彼らはなにも悪くはないのだ。
敵国の人間とはいえ、そんな者を殺すのはあまりに忍びない。
とはいえ、俺の言葉を受け入れてもらえない時は、村に火をかけてでも、無理矢理に出ていってもらうことになるが。
そして村長と村人達はその場で話し合い、「すぐに出ていく」と言って準備に戻った。
やがて、村人達が去ったのを確認すると、獣人達が松明を持って各所に火を放っていく。
空気が乾燥しているため、よく燃える。
村は真っ赤な炎に包まれ、昼間のように辺りを照らし出した。
「お疲れさまでした」
戻ってきた獣人達に、慰労の言葉をかける。
空はもう、夜明け前だ。
真っ暗だった空は、地平線の端から白い光を浴びて、その色を僅かに明るくしている。
「今から、一度町に戻ります。その前にここで休憩していきましょうか」
俺はそう言って、装甲車の後部座席から【弁当】を下ろして、獣人達に渡していった。
もちろん、はじめから用意していたものではなく、ついさっき【購入】したものだ。
【ハンバーグ弁当】【×63】5万円(定価500円)×63=315万円(定価3万1500円)
わざわざ夜襲に参加させている者達である。
少し位、贅沢させてもいいだろう。
まあ、贅沢とはいっても、実際は高々500円のコンビニ弁当なわけであるが。
それでも皆は、ソースがかかったハンバーグを口に運ぶと目を丸くし、次いで美味しそうに頬をほころばせた。
食事の後、車両は進路を町へと向ける。
町までの直線距離は80キロといったところだが、今はまだ敵兵に見つかりたくないので、川がある東側とは逆の西側に、大きく膨らむような進路をとって、町に戻った。
夜襲に参加した獣人達には半日の休憩を与え、その後、再び出撃となる。
◆
ミレーユは、生き残ったサンドラ王国軍を率いて、川べりに沿って北へと歩いていた。
その数は1000人余り。
隊列は組んでおらず、烏合のように秩序のない人の群れである。
そして、もう食料はなかった。
少しでも歩く速度を上げるために、農民兵も騎士も鎧を脱ぎ捨てて歩く。
だが、戦いによる心身の疲労に加え、空腹まで重なった行軍はそう易くはない。
特に騎士の消耗が激しかった。
飢えることに慣れていないのだ。
「騎士団長様、これを」
ミレーユが先頭を歩く中、赤い髪をした農民兵が横にやってきて声をかけてきた。
その手には、大きめの鼠が握られている。
この撤退行進の最中に捕まえたのか、とミレーユは驚いた。
そして、騎士にはないたくましさだ、とも思った。
「そうだな、少し休憩にするか。
私はいい、それはお前が仲間達と分けあって食べよ。
皆の者、休憩だ! しっかりと水を飲んでおけ! 暑さにやられるぞ!」
ミレーユが叫ぶと、乱雑とした集団は歩みを止め、ある者は川へ、またある者はその場に座り込んだりと、思い思いの行動をとり始める。
疲れたとミレーユは思った。
声を出すのも億劫。
座ってしまえば、もう立ち上がれないかと思うほどに、心身共に疲れ果てている。
だが、軍を率いる者としての責任が、己の体をなんとか動かしていた。
ぐぅ、と腹が鳴る。
あまりの空腹に胃液が喉元まで迫り上がった。
といっても、食べるものなどない。
先程の鼠も断ったばかりだ。
ミレーユは仕方なしに水辺まで下り、腹一杯に水を飲んで空腹を誤魔化した。
すると、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
先程の者かと見てみれば、少し状況が怪しいようだ。
「おい下民、それを寄越せ」
農民兵達が、火を囲んで肉を焼いているところに、騎士の数人がそれを横取りしようとしていたのである。
「何をしている!」
無論のこと、ミレーユが止めにはいった。
だが騎士達は、一瞥をくれたのみで素知らぬ顔。
そして、騎士達の中の一人が串に刺さった肉を手早く奪い、集団の後ろへと去っていく。
農民兵達は恨めしそうに、それを見ていた。
ミレーユはどうしたものかと考える。
あの騎士達を斬ることは簡単だ。
だが、そうすれば、騎士達が造反を起こすかもしれない。
結局、ミレーユがやれることは、あの不埒な騎士達に成り代わって、謝ることだけだった。
「すまない」
「いえ……」
しかしミレーユが謝罪しても、農民兵の返事は芳しくない。
その顔は、少しも納得していないようであった。
ミレーユはその場を離れ、本当にこれでいいのか、と自問する。
仲間割れは避けねばならない。
だが、そのせいで農民兵が泣きを見るはめになっている。
多くの騎士は、もうミレーユの指示を聞こうともしない。
ただ、人が多くいるところに、安心を求め、この集団に加わっているにすぎなかった。
ミレーユが、ハァとため息を吐く。
強くさえあれば、指揮官が務まると思っていた。
だが、弱者に落ちた時、もう己にはなんの価値もないことを知ったのである。
休憩が終わり、再び集団は歩き始める。
身は軽いというのに、皆の足は重く、集団は前へと進まなかった。
これでは次の村まで、一日ではつきそうにない。
やがて夜となり、早めに野営をすることになった。
前日は夜襲によって、皆ほとんど眠れていなかったためである。
そして一夜が明け、翌日の昼過ぎのこと。
荒野を頼りない足取りで歩くミレーユ達の前に、村の影が見えた。
その外観は、近づけば近づくほどに、ハッキリとしてくる。
――村は、ただ黒い灰が舞うだけであった。
すると、ミレーユの足からフッと力が抜けた。
片膝と両腕を地につけて、その眼前にあったのは乾いた大地。
そこに、ポツリポツリと雨のようにシミができる。
それはミレーユの涙であった。
嘆く気力すらない。
ポキリと心の柱が折れてしまったように、もう無理だとミレーユは思った。
涙でできたシミは、乾いた風にさらされて消えていく。
――その刹那。
「……て、敵だ! ば、化物だ!」
集団の中から上がった声。
ミレーユは力なく緩慢な動作で顔を上げた。
そして見る。
馬もなしに動く、四角い巨大な物体。
それが三つ。
「なんだあれは……」
ミレーユの口から漏れた驚愕の声。
ここまでの行軍、ミレーユはただ皆を励ましながら歩いてきたわけではない。
その途中、陣営地で敵の夜襲を知らせた物見兵より、敵について話を聞いていた。
物見兵が見たものは、光の魔法を明かりとして、大きな馬車が三台あったのだという。
(大きな馬車? 違う。あれに馬などいない)
それは独りでに走る、巨大な箱車であったのだ。
驚くべきなのは、その大きさにもかかわらず、馬もかくやという異常な速度。
あんなものに轢き殺されては一溜まりもない。
太刀打ちする気など起きようはずもなかった。
「これまでか……」
ミレーユは静かに立ち上がり、ただ一言呟いた。
逃げる者はいない。
誰も彼もが、心も体も消耗し尽くしていたのだ。
すると、三台の箱車はミレーユ達をその車体で蹂躙することなく、一定の距離をおいて停止した。
そして、一人の男が箱車より顔を出す。