38.戦争 2
夜襲までの主人公と佐野の視点となってます
町に攻めてきた数千ものサンドラ王国軍に対し、30門の【四斤山砲】が、けたたましい音と共に白煙を吐き出した。
砲身より撃ち出された弾丸は、大地にいる人間を虫けらのように殺し尽くしていく。
それを俺は、北門の上からじっと眺めていた。
一年。
サンドラ王国と交易を始めてから一年という長い月日。
ずっと戦いの準備をしていた。
サンドラ王国との交易で得た財によって、【四斤山砲】を北・東・西に30門ずつ、合計90門にまで増やした。
金の心配はいらず、弾薬となる【長榴弾】は撃ち尽くせない程に用意できる。
さらに、獣人達は訓練をしながら砲術を学び、また既存の武技についてもその練度を高めていった。
連携も鍛えており、各城門に配置した有線通信機によって、円滑な集団防衛が可能となっている。
これらのことからもわかるとおり、はっきりいって町の戦闘準備は万端といってよかったといえよう。
敵の戦力ついてもおおよそは把握している。
かつて捕虜であったローマットが、騎士団が如何に凄いかを自慢気に語っており、それにより人間の軍に何ができるのかを知ることができた。
この世界の戦いは、元の世界の中世時代とあまり変わらない。
確かに元の世界と人間と比べると、明らかに人間の限界を超える者もいるようだが、それでも数々の兵器に勝てるようには思えなかった。
だから、目の前の結果は当然のことであったのだと思う。
そして遂に敵は逃げ出した。
四方八方へと、蜘蛛の子を散らしたように。
しかし俺は、大砲射撃を止めようとはしない。
逃げ出した敵に向かって、さらなる榴弾を浴びせかけた。
徹底的にここで叩く。
やらなければやられるのだ。
大砲が依然変わらずに敵を殺傷していく。
そんな時、ふと、三日前に現れた同郷の者の顔が頭によぎった。
名前は佐野勉。
正直、うさんくさい男であったと思う。
言葉の端々に見えたこちらを窺うような言動が気になった。
もしかしたら、それらは俺の気のせいだったのかもしれないが、どのみち今は敵同士。
それに同郷の者といっても、かつては焦がれたかもしれないが、今となっては町の獣人達の方がはるかに大切である。
それはそうだ。
同じ故郷というだけで、結局のところ赤の他人でしかない。
何年も共に暮らしてきた者とでは比べようもないのだから。
まあ、でも一応縁があるわけだし、助かってほしいとは思う。
大砲を撃ちまくっている側の俺が言うのもなんであるが。
「撃ち方止めぇー!」
逃げた者の多くが大砲の射程を脱したところで、俺は漸く砲撃を止めた。
双眼鏡を覗いた先には、ただ死屍累々としたものが見える。
勝負は決した。
こちらの死傷者はゼロ。
おまけに敵は正面から向かってきてくれたおかげで、西の牧場や新住宅にも、東の農場にも、被害は出ていない。
完全な勝利といっていいだろう。
俺は獣人達に弾薬の回収を命じ、また一部の者を石垣に残し、他は北門裏に集まるように指示を出した。
ここからは略奪の時間である。
敵が身に付けている武器や防具など金目の物を奪うのだ。
あとついでに傷を負った敵兵には治療をしてやろう。
「では行きましょうか」
集まった獣人達に今から何を行うかを説明し、門を開いた。
反撃があったら堪らないので、俺は【96式装輪装甲車】に乗り込んでいく。
また、狼族の者には二台の【73式大型トラック】を運転させている。
俺が運転する【装甲車】を先頭に、獣人達は一団となって警戒しながらゆっくりと進む。
門を出て右手のすぐのところに敵将の死体があった。
名前は確かバルバロデムだったか。
その隣では大きな馬が主の死を悲しむように、バルバロデムの顔へと首を伸ばしていた。
俺にもカトリーヌがいる。
だからだろうか。
胸が少し苦しくなった。
そのまま前に進んでいくと、視界の端で何人かが立ち上がって逃げていくのが見えた。
その場にとどまって、大砲をやり過ごそうとしていた者達だろう。
たかが数人だ、追いかけるつもりはない。
やがて俺の目の前に惨憺たる光景が広がった。
俺は運転席の上部ハッチを開けて、そこから顔を覗かせる。
目を覆いたくなるような無惨極まりない景色。
それを、はっきりと肉眼で捉えた。
「うぅ……」
「痛い……痛いよぉ……」
いまだ生ある者からのうめき声が聞こえる。
目を逸らしはしない。耳を塞ぎはしない。
あれは戦いに敗けた際の、俺や獣人達の姿だ。
「サンドラ王国の人間達よ!
死にたくないのならば、抵抗をするな! 傷の手当てをしてやる! 抵抗すれば容赦なく殺す!」
俺は目一杯の声で叫んだ。
無論、これをつい先程、北門の裏にて獣人達に話した時には、皆反対の意見を口にしていた。
人間が一方的に攻めてきたのに甘いんじゃないかと、皆殺しにするべきだと俺に訴えた。
もっともだと思う。
だが、獣人達の意見に俺も幾つかの反論を述べさせてもらっている。
一つ、兵達の多くは徴兵によってここに来たわけであり、決して自分達の意思で攻めに来たわけではないということ。
彼らは王や領主の命令には逆らえない、自己決定権がないのだ。
だからこそ、農民兵達も被害者であると言えるかもしれない。
一つ、騎士を捕らえれば金になるかもしれないということ。
全ての騎士が、というわけではないだろう。たとえば佐野は騎士ではあったが貴族ではなかった。
だがローマットのように貴族である者がいるかもしれない。
一つ、怪我をした人間を看護しその命を救うことは、人間の中に獣人の理解者をつくることが出来るかもしれない、ということ。
現にローマットは、ここで捕虜になるうちに、獣人達と交友を持った。
もしかしたら見せかけの関係だったのかもしれないが、互いに笑い合える関係にはなっていた。
一つ、後遺症を持つ者を返すことは、国にとっていやがらせになるということ。
四肢欠損などの生活に支障がでるような傷を負った者を国に返すことは、それだけで国の重荷になると俺は思う。
元の世界と違い、社会福祉の制度なんてないだろう。
また、欠損者が行える仕事もほとんどないはずだ。
彼らは誰かを頼って生きていかなくてはならない。
傷を負った本人にも、その周囲の者にも、不平や不満は溜まる。
その負の感情はどこへ向かうのか。
ひょっとしたらこれは、誰かを殺すより、もっと残酷なことなのかもしれない。
そして、これらの考えに、獣人達は渋々ながらも納得したのである。
略奪と救助作業が始まった。
怪我人は、簡単な応急処置を施してから、ラクダがひく荷車に乗せて、西の新住宅地に運んだ。
剥ぎ取った鎧や剣はトラックにドンドンと積まれていく。
もうここは獣人達に任せていいだろう。
後は逃げ去った敵のことだ。
敵の陣営地は既に掴んでいる。
夜間、敵が寝静まった頃に攻撃を仕掛けるつもりだ。
もし、陣営地を引き払っていたとしても、追いかけて攻撃を加える。
簡単に許すつもりはない。
この地を襲えばどうなるかを、その身に刻みつけてもらわなければならないのだから。
◆
轟音と悲鳴が響く戦場に、一人息を潜めている者があった。
赤竜騎士団の佐野勉である。
佐野は死んだ馬の影に身を隠し、目を瞑ってガタガタと震えていた。
強烈な爆裂音がまたも近くで聞こえる。
その度に佐野は体をビクンと跳ねさせ、身をギュッと縮こまらせる。
なんだあれはと思った。
強烈な音が鳴り誰かが死ぬ。
何かの魔法かと考えたが、恐怖で思考はまとまらない。
とにかく早く終わってくれと願うだけであった。
やがて音が止み、暫くしても静かなままだったので、佐野はそっと顔を上げた。
数多の屍と負傷者の体が横たわっている。
立っている者が数人、それも辛うじてといった様子だ。
サンドラ王国軍の兵は皆死んだのかと佐野は思ったが、倒れている者の数があまりに少ない。
恐らくは逃げたのだろうと結論づけた。
佐野は仰向けに寝転んだ。
もう動く気力もなかった。
ただ生き残ったという充足したものだけが心を占めていた。
血溜まりの中でぼうっと空を眺めながら、思う。
(俺は生きている)
生き残った。あの地獄のような世界から生き残ったのだ。
周囲からは苦しみ呻く声が聞こえる。
動けないほどの傷を負った者達だろう。
だが佐野は手も足も動く。
五体満足でそこにいたのだ。
佐野の心に、己はやはり特別なのだという感情が沸々とわき上がり始めた。
すると周りの声に変化があった。
それは絶望するような声。
まさかと思い、上半身を起こすと、遠くに見える獣人の町の門が開いていた。
そして、そこから現れたのは――。
「車だと……?」
なんだ、どういうことだと佐野は狼狽えた。
車両が三台ゆっくりとこちらに向かっている。
その後ろには手に武器を持った獣人達。
(殺される……!)
佐野はそう思い、無意識のうちに剣を抜いた。
その剣はもちろんのこと、鈴能勢の【かなりいい剣】である。
されどそこで感じたのは、一瞬の違和感。
佐野は剣を見て、そして驚いた。
抜き出した剣は半ばから折れ、刀身の上半分がなかったのである。
何故、と思った。
だが、腰の鞘を見て、すぐに理解する。
鉄の破片が、鞘に突き刺さっていたのだ。
「なんだこりゃあ」
榴弾は炸裂し、死の破片となって佐野を襲っていた。
この【かなりいい剣】が、その破片から佐野を守っていたのである。
「糞、このポンコツが!」
佐野は【かなりいい剣】を叩きつけるように投げ捨てて、さらに腰のベルトから鞘を外すと、後はただひたすらに走った。
途中、死体から剣を奪って、北へと駆けに駆けていく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
どんなに肺が苦しくても、走ることをやめない。
やがて、体が限界を迎えた頃、佐野はその場に突っ伏した。
(なんだ、あれは! なんなんだ、あれは!?)
佐野が見たものは明らかに車。それも軍用車。
息を整えながら考える。
今だからこそわかる。
敵の攻撃が魔法でもなんでもなく、元の世界の兵器――大砲であったことが。
(クソ! あの藤原のクソが! 俺を騙しやがったな!)
佐野は強く憤った。
己は騙されたのだと、信秀が銃の他にも武器を持っていたのだと、怒りを激しくさせた。
もっとも、信秀は別に騙してなどいない。
ただ、なにも言わなかっただけである。
「絶対に許さねぇ……」
佐野の心に恨みだけが積もっていく。
だが今はその恨みを晴らす術はない。
とにかく生きること、これが最優先だ。
しかし、これがなかなか難しい。
もう赤竜騎士団には戻れないことを佐野はよく理解していた。
降伏勧告の使者から戻ってきた日。
銃は僅かしかなく、とるに足らない存在であると佐野は指揮官らに言った。
敵は貧弱だと、銃以外に特別な武器はないのだと言ってしまったのだ。
(大砲があるなんてわかるかよ! あんなの反則じゃねえか!)
佐野の中に再び信秀への怒りが湧いた。
(そもそもあいつのカードはなんなんだ。【銃】に【大砲】に【車】。どんだけのものをあいつは貰ってるんだよ!)
己が神から貰ったのは【剣の才】【小】【★】。
これだけ。
ズルいじゃないかと、佐野は、信秀、さらには神に向かって怨嗟の声を胸の内で吐き出した。
暫くして佐野は、とにかく北へ帰ろうと思った。
食料については、村で軍がいない時を見計らって奪えばいい。
馬についても、川沿いを歩いていれば、はぐれた馬の一頭や二頭が見つかるはずだ。
佐野がゆっくりと荒野を歩く。
怪我はしていないのに、体は重い。
それでも、歩かなければ死ぬだけだ。
だから歩いた。
やがて夜になった。
地面に尻をつけ、腰の袋を漁る。
袋の中には半日分の食料がある。
佐野は取り出した干し肉を少しだけかじった。
新たに食料を得るまでは、節約しなければならない。
ひもじさが、信秀への憎しみを増幅させていく。
(藤原、あいつだけは絶対に許さねえ……必ず殺してやる……)
いや、信秀に対してだけではない。
この世界に送り下等なカードを寄越した神にも、馬鹿正直に正面から攻めて敗れた指揮官にも、この戦いを計画した王を始めとする城の者達にも怒りを覚えた。
現状の不幸を誰かのせいにする。
それが佐野という男であった。
そんな時、佐野の脳裏に鈴能勢の頼りない顔が浮かんだ。
(そうだ、鈴能勢のところに一旦戻るか)
鈴能勢には大きな恩を貸している。
鈴能勢がこの世界で生きていけるのは己のおかげだ、と佐野は真面目に考えていた。
(しばらくはアイツの下でほとぼりが冷めるまで――)
ジャリ、という地を踏む音が鳴った。
心臓がにわかに跳ね、佐野は剣を手にとって、飛び上がるように立ち上がる。
そして顔を音のあった方へ向けた。
そこにあったのは無数の光る目。
リンクスと呼ばれる大型の猫である。
「食事の心配はいらなそうだな」
佐野はニヤリと笑い、剣を抜いた。
その双眸は暗闇でありながらも、はっきりとリンクス達の姿を捉えている。
その両耳は明らかなリンクス達の気配を感じ取っている。
剣を縦には構えず、横に倒した。
複数の敵。
横の切り返しこそが、重要であると佐野の本能が、【剣の才】が教えてくれる。
ジリジリと四匹のリンクスが間をつめる。
だが佐野には余裕があった。
これまでに獣を何十とほふっており、熊ですら佐野は倒しているのだ。
敵ではないと佐野は思った。
「お前らに名前をつけてやるよ。
お前も、お前も、お前も、お前も……お前ら全部、藤原だ。
ぶっ殺してやる」
途端、四匹のリンクスが一斉に佐野へと襲いかかった。
「雑魚が!」
気合いと共に、左から右へと横一文字に剣を払う。
それは一匹目の前足と喉仏を斬り裂き、二匹目の頭蓋を砕き、そして三匹目の――。
「――え?」
間抜けな声が、佐野の口から漏れた。
剣は二匹目の頭蓋を切断できず、その頭に食い込んだところで止まっていたのだ。
両腕に持った剣の先に、二匹目のリンクスの体重が乗り、佐野はその重さに振り回されるようにつんのめる。
この時、三匹目のリンクスは、横から二匹目のリンクスがぶつかり体勢を崩している。
――そして、四匹目のリンクスが佐野に猛然と飛びかかり、その左上腕部に食らいついた。
「ぐああああああああ!」
リンクスにのし掛かるように噛みつかれ、体勢を崩す佐野。
痛みと衝撃で、剣は思わず手放した。
「この糞が! 離れろ離れろよ!」
佐野は倒れながらも、両腕でリンクスを必死に引き剥がそうとする。
だがリンクスはその体を佐野にピタリと密着させて、たとえ殴り付けようとも離れはしない。
佐野の腕から血がどんどんと流れ出る。
段々と力が抜けていく。
すると佐野の目に、三匹目のリンクスが近寄るのが見えた。
「マジかよ……」
三匹目のリンクスが、佐野の首を狙って駆ける。
佐野は空いた右腕で首をかばい、その前腕部を相手の口許に差し出した。
二匹のリンクスに噛みつかれたまま、ただ時間が過ぎていく。
肉食動物は一度獲物に噛みついたら離さない。
止めをささずとも、血を出しつづければ死ぬとわかっている。
それは自然の残酷さ。
そのため、二匹のリンクスに噛みつかれてなお、佐野は容易には死ねなかった。
死をゆっくりと感じていったのだ。
「嘘……だろ。いやだ……死にたくねえ……こんなところで……」
佐野は剣の素人でありながらも、猪を、熊を倒している。
その分厚い肉を、その分厚い骨を断ち切っている。
通常、猪はともかくとしても熊を倒すことは、剣の熟練者でも難しい。
では、何故それを佐野ができたのか。
全ては【かなりいい剣】と【剣の才】【小】の両方があってなせる業であった。
佐野の剣術は【かなりいい剣】に慣れすぎていた。
剣の質に頼った速さばかりの剣、それが佐野の剣術だった。
そのため、【かなりいい剣】が切れ味の鈍い【普通の剣】になった時、佐野の剣術は、ただ速いだけの三流剣術と成り果てたのである。
「誰か……助けて……神様……」
呟くように、夜空に浮かぶ星の海を眺めながら言った。
もう一度チャンスをと、神に祈った。
「藤、原……鈴、能勢……」
助けてくれるのならば誰でもいい。
もう復讐なんて考えないから。
そう思って、信秀の名を呼んだ。
今度はお前が助けてくれ。
そう思って、鈴能勢の名を呼んだ。
「……助、け……て……」
けれど、その声は誰にも届かない。