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28.商人 3

「お願いや! うちに【砂糖】を売ってくれ!」


 土下座を敢行するエルザ。

 その両隣に座っている剣士の二人は、何事かとギョッとしている。

 ついでに、大きな声を聞きつけて再びやって来た狼族の者も、目をぱちくりとさせていた。


 俺は狼族の者に、問題がないことを伝えて下がらせると、エルザに言う。


「頭を上げてください。大丈夫、売りますよ」


「ほんまか? ほんまに売ってくれるんか?」


「ええ。ですが、売り物は【砂糖】だけではありません」


 俺は盆の上にある残り二つの器の蓋を取った。

 そこには赤い粉末と黒い粉末がある。


「さ、【砂糖】だけやなかったんか……!」


「どうぞ、舐めてみてください」


 ゴクリと喉を鳴らしてから、まず赤い粉末を指につけて舐めるエルザ。

 舌で味わうように、その口をモゴモゴとさせた。


「これは……ピリッとした辛さがある……。味わったことのない辛さや……!」


「それは【唐辛子】といいます。体を温める効能もあるんですよ」


 エルザが指を変えて黒い粉末を舐める。


「これは……辛いというべきなんか? 塩のしょっぱさを抜いた辛さというべきか……後からじわじわとくる味わいをしとる……! これも口にしたことのない味や……!」


「それは【胡椒】といいます。料理にかけると引き締まった味になりますよ」


「なるほど、【香辛料】か」


 エルザが頷くように呟いた。


「作物を、とも思いましたが、やはり距離が遠すぎます。種を売ったとしても、そちらで育つかどうかはわかりません。

 しかし、香辛料ならば日保ちするでしょう」


「確かにな。

 しかし、これは凄いわ。【砂糖】も衝撃やったけど、【唐辛子】と【胡椒】もまず売れるやろな。

 なにせ、料理の幅が広がる。食通気取りの金持ち達はこぞって財布の紐を緩めるで」


「少々値が張りますよ? なにせこれの生成をしてるのは私一人。他の者はなにも知りません。

 これらの一握りは、同じ重さの金塊と同等といっても過言ではないと私は思っています」


 俺の、金塊と同等という発言に二人の剣士は唖然として固まった。

 信じられない、という顔だ。


 うん、俺も信じられない。

 でも俺の世界の中世ヨーロッパじゃあ、【胡椒】と【金】は同価値とされてたんだよね。

 事実かどうかは知らないけど。


「……せやな。世の権力者達は、どんだけの金を出しても欲しがるやろ。確かにそれだけの価値があるわ」


 さすが商人のエルザ。

 剣士二人とは違い、この【砂糖】と【香辛料】にしっかりと価値を見いだしている。


「それで、幾らで売ってくれるんや?

 悪いけど、あんま手持ちはないで。こんなヤバイもんが出てくるとは思わんかったからな。

 つーか、ほんまにヤバイわ。下手すると、これを巡って国同士で戦争が起きるで」


 戦争。

 その言葉に剣士の二人がまたも驚き、身を震わせる。

 だが俺の心が揺さぶられることはない。

 まあ、そうだろうなと思うだけだ。


 食は、この世界において数少ない娯楽。

 他にやることがないからこそ、食の探究には余念がない。

 金が有り余っている奴等にとっては、まさに金の使いどころだろう。

 つまり大きな金が動く。

 戦争が起きるには十分すぎる理由だ。


 さしあたって、まずはサンドラ王国が、【砂糖】と【香辛料】を我が物にしようと再び軍を南進させてくることだろう。


「ちょっと待ってくださいっ!」


 突然大声を出して俺とエルザの会話に入ってきたのは、女剣士だった。


「なんやレイナ、あんたはただの護衛やろが、黙っとき」


 エルザが邪魔するなといわんばかりに、ギロリと女剣士を睨み付ける。


「いえ、なにか意見があるなら聞きましょう」


 俺はエルザの叱責を止めた。

 相手の腹の内を知るために、いざこざは願ってもないこと。


 それにエルザは確かに商人かもしれないが、二人の護衛剣士が別のところからの任を帯びた密偵である可能性も否定できないのだ。


「フジワラさん。あなたは人間なんですよね」


「ええ、人間です」


 レイナと呼ばれた剣士が俺の目を真っ直ぐに見据えて問い、俺もそれを両の目でしかと受け止めて答える。


「ではなぜ、人間のために行動をせず、獣人などのために行動するのですか」


 そうきたか。

 なんというか、その質問の元にあるのは感情的なもののように思える。

 彼女は、獣人がいい暮らしをしているのが気にくわないのだろう。


 確かに汚穢の話を聞いてもそうだが、人間の町よりこの町の生活の方が恵まれているのかもしれない。

 そして、今日披露した【砂糖】と【香辛料】によって町はさらに富を得る。

 そうすれば獣人達は、これまでよりも遥かによい暮らしをすることになる、とでもレイナは思っているのだ。


 さて、なんて答えるべきか。

 なぜ獣人のために、と言われても、最初は税金目当てで獣人を招き入れて、今ではそれなりに仲良くやれてるなぁ、といった感じでしかないのだが。


 うーん、と少しばかり考えてから、俺は口を開く。


「彼ら獣人達は、私のかけがえのない家族であり、友人であり、仲間でもあります。家族や友人や仲間を、助けるのに理由が要りますか?」


 決まった。完璧だ。

 すると襖の向こうから、「うぅっ……」という何か堪えるような声がした。

 おや? と思い、視線をそちらに向けると、襖がちょっぴり開いている。


 ああ、そうか。

 これまで狼族の者達は何度か乱入した。

 しかし、なんてことのないものばかりだったから、今度はそっと覗いたのか。


 うわっ、これは恥ずかしいぞ。


「だからなぜ、人間が獣人を家族としているのかと――」


「ええ加減にしい!」


 エルザの怒声が、レイナの発言を止めた。


「うちらは商売に来たんや! お前の言うことが、なんか商売に関係あるんかい! 大事な取引相手のいらん腹探って、商売を台無しにしたいんかっ!」


 それは、部屋の中がビリビリと震えんばかりの大喝であった。


「……すみません」


 レイナはうつむいて、それ以上なにも言わなかった。


「えらい申し訳ない。レイナもこれまで大変な人生を送ってきてな。悪気はないんや。

 後でしっかり言っとくから、許したってくれへんか、この通りや」


 ペコペコと頭を下げるエルザに、俺は「気にしていませんよ」とだけ言ってその話は終わった。

 むしろ、レイナがこれまでに送ってきた『大変な人生』というのが気になるところだ。


「では、話を進めましょう。

 まず、金額を設定する前に、取引にあたっての条件を述べさせていただきたいと思います」


「条件?」


「はい、この【砂糖】や【香辛料】がここで作られたことを、決して他の者には漏らさないでほしいのです」


「まあ、当然やな。

 こんなん金のなる木やから、この町が原産地なんて知れたら、世界中から商人から軍隊までいろんな奴等が殺到するで。

 ちゅうことは、直接貴族達にばらまくことはできへんな。

 他国の商人の仲介になるわけか……うん、うちにとってもええ話や。

 独占取引みたいなもんやしな。

 けど、そんな誤魔化しはいつまでも利かへんで。絶対にいつかバレる時がくる。

 うちだって流石に命には換えられへんから、どうしようもなくなったら喋るで」


「それならそれでかまいません。

 どのみち我々はサンドラ王国に恨みを買っていますので、どうしようもなくなった際には正直に話してくれて結構です。

 ただし、その時には私しかその生成手段を持っていないことを伝えてください。

 そしてできることならば、領主もしくは国に使節団を送ることを提案してください。

 相手が外交という手段をとるのならば、私がその利をもって説き伏せてみましょう」


 この貿易が攻められる原因になっても構わない。

 どのみち、また敵はやって来るのだ。

 それが少々早まるだけのこと。

 ならば、自重などいっさいせずに金を全力で集めに集めて、その金をもって敵を討つべきである。


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