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町をつくる能力!?〜異世界につくろう日本都市〜 作者:ルンパルンパ
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29.エルザ、レイナ、ライル

 商談はそう時間もかからずに終わり、信秀と狼族の者達は玄関で靴を履いて去っていった。
 エルザはそれを見送ると、ふぅーと肩の荷を下ろすように息を吐く。
 そして次の瞬間には、「くっくっくっ」と湧き上がるものを抑えきれずに笑いだした。

 信秀との商談は成功。
 それも、これ以上ないほどに。

 信秀の提示額は、エルザの予想していた通り破格の高さであった。
 これに対しエルザは、思い付く限りの不測の事項を並べて減額を要求した。
 扱う物の価値があまりにも高過ぎて、もしものことがあれば、即座に破産しかねないのだ。

 すると信秀は二つ返事で減額に応じた。
 あまりに、あっさりと要求が受け入れられたため、エルザ自身拍子抜けしたほどだ。
 まあ、それでも莫大な金額には違いなかったが。

 さらに信秀の提示額に対し、エルザの持参していた資金は全く足りないものであった。
 しかし気前がいいというべきか、信秀は足りない分は後日でいいといって、ありったけの【砂糖】及び【香辛料】を譲ってくれることになったのである。

「さあ、部屋に戻るで」

 緩む頬をそのままに、エルザはレイナとライルに声をかける。
 するとレイナはブスッとした、ふてくされたような顔をしていた。
 レイナの信秀に対して行った、なぜ獣人に施すのかという分を越えた詰問。
 その答えにレイナは納得がいっていないのだ。

 だが、こればかりはどうしようもないとエルザは思った。

 レイナとライルは姉弟だ。
 元は貴族であり、落ちぶれた。
 彼らに責はない。
 されど、彼らの両親が罪をおかした。
 この世界において、親の罪は子の罪でもある。
 連座で打ち首にならなかったことだけが、唯一の救いであった。

 二人は身分を平民に落とされ、財も全て失った。
 平民の生き方など知らない元貴族のボンボンだ。
 当然、他の平民などよりも苦しい生活を強いられた。

「レイナ」

 二階の畳の間に戻ってすぐ、エルザがレイナに声をかけた。

「……なんですか」

「あんたの気持ちはわからんでもない。
 フジワラさんの獣人に対する厚意。
 それが人間に向いたら……いや、あんた自身に向いたら、家の再興も夢やないからな」

 エルザの言葉に、レイナは羞恥で頬を赤く染めた。
 心中にあった獣人への嫉妬心を、エルザに言い当てられたからである。

 レイナが信秀にぶつけた、『なぜ人間ではなく、獣人のために力を使うのか』という問いかけ。
 しかしレイナの本当の心は別にある。
 それは、『獣人などではなく、不幸な私を助けてくれ』という賎しい心であった。

「世の中は不平等なもんや。王、貴族、平民、下民。この世には身分があり、生まれついた時には、大体そいつの人生は決まっとる。
 うちは平民やったが、幸いにも商人の家に生まれた。ま、あんたも知っとる通り、店は継げずに家を飛び出したんやけどな」

 エルザはヨウジュ帝国という、大陸で竜の下顎に位置する国の出身だ。
 商家に生まれ、長子ではあったが、長男ではなかった。
 だから商会を継げずに、妹と共に家を飛び出した。
 そして行商をしながらサンドラ王国にまで渡り、自分の店を開いたのだ。

 レイナとライルの姉弟と出会ったのはその途上のことであり、二人がエルザ相手に盗賊の真似事をしようとしたところ、エルザが諭して自らの護衛としたのである。

「まあ、何が言いたいのかというとやな。これからうちは、あらゆるものを踏み潰して天辺とったる。成り上がりや。
 金さえあれば爵位が買える国もある。あんたも護衛だけやなくて、そろそろ商売を学んだらどうや、ちゅうことやな」

 学だけはあるんやから、とエルザは白い歯を見せて笑った。
 貴族に未練があるのなら、自分の手で掴んでみせろ。
 エルザはそう言っているのだ。

「……少し考えさせてください」

 レイナは陰鬱そうな顔でペコリと頭を下げると、エルザの返事を待たずに部屋を辞した。

「すみません、エルザさん」

 レイナの不明を詫びたのは、弟のライルである。

「気にせんでええよ。
 ま、レイナにとって殻を破るいい機会やろ。それに信用できる人材は、これからどんだけおっても足りん。あんたにも気張ってもらうで、ライル」

「ええ、わかってます」

 姉のレイナとは違い、ライルは既に貴族という身分に見切りをつけている。
 ゆくゆくは自身も商人になろうと、これまでずっとエルザを見て学んできた。
 そのことはエルザもよく知るところだ。

「ちょい、こっち来て窓の外を見てみい」

 エルザが窓の側に寄って、そこにライルも呼んだ。
 窓の向こうには数百の建物が均等に並び、そこかしこから獣人の子供の笑い声が聞こえてくる。

「大したもんや、そう思わへんか」

「そうですね」

 人間にとって獣人とは種族の違う縁遠い存在だ。
 だが、こうして眺めていると、人間も獣人も何も変わらないのではないかという気に二人をさせた。

「……今回の話、本当に大丈夫なんでしょうか」

「ん? なにがや」

「戦争って言ってましたけど……本当に起こるんですか?」

「確実に起こるやろな。
 とりあえずうちの国が、もっぺんここを攻めにかかるのは間違いない。
 だから、そうなるまでの時間を目一杯引き延ばすのが、うちらの仕事や。
 引き延ばせた時間が諸々うちらの利益になる」

「……」

 ライルは何も言えなかった。
 戦争が起きる。
 この平和な町に。
 そう考えると、ライルの胸にはズキリとした痛みが走るのだ。

 自らが貴族という地位から下層へと落ちてから、ライルには人は人でしかないという考えがあった。
 王も国を失えばただの人になり得る。
 逆に奴隷ですら天の時を掴みさえすれば、やり方次第で王になれるのではないか、とライルは思っていた。
 これは正しく、過去には羊飼いから大国の王になった者も、この世界には存在している。

 そんな達観したライルであったから、獣人達に対し蔑むような感情はなく、ただ知識として獣人のことを知っているだけであった。
 だが今、窓から見える獣人達の生活を見て、人も獣人も変わらないのだということをライルは知った。

 獣人達はこの町で幸せに暮らしている。
 それが戦争で壊されるかもしれない。

 かつてライルが何も知らず、家族に囲まれて幸せに暮らしていた頃。
 不意にそれは壊れてなくなった。
 今、ライルは心のどこかで自分と獣人達を重ねていたのだ。

「心配か? この町が、獣人達が」

「ええ、まあ……」

「優しいやっちゃな。でも気にすることないと思うで。
 フロストはんも言うとった。赤竜騎士団が負けるのは必然やったってな。
 たとえば、この家を見てみい」

 窓から視線を外し、部屋の中に目を向けるエルザとライル。

「うちらんとことは建築様式もまるで違う。立派なもんや。
 フロストはんが言うには、これはフジワラさんが獣人に造らせたんやと」

 この大陸にはない技術。
 建築以外にもそれがあると思うのは当然のことだ。

「たった一人の人間が、何百人、いや何千人かもしれへん獣人を従えるなんて、並大抵のことやないで。
 そんだけのもんがフジワラさんにはあるっちゅうこっちゃ。
 ま、うちらはうちらができることをやるだけやと思うわ。
 あちらさんも、全部わかった上で商売を望んどるみたいやしな」

「……そうですね」

 話を終えると、エルザはどかりと座って信秀が置いていった酒を飲み始める。
 ライルはもう一度窓の外を眺め、子供の楽しげな声を暖かな気持ちで聞いていた。



 商談が終わったその夜。
 狼族の族長ジハルの家に、本日信秀の護衛を勤めた者達が集まっていた。

「――その時、フジワラ様はこうおっしゃられた。『彼ら獣人達は、私のかけがえのない家族であり、友人であり、仲間でもあります。家族や友人や仲間を、助けるのに理由が要りますか?』ってな」

「うむ……」

 護衛を勤めた狼族の男が話を終えると、ジハル族長はなにか感じ入るように瞑目した。
 シンと静まりかえる部屋の中。
 別室にいる孤児達のこそこそとした話し声がハッキリと聞こえるようだった。
 やがて、ジハルは目を開けてその重い口を開く。

「……もう一度、フジワラ様の言葉を聞かせてくれ」

「またかよ! もう何回目だと思ってんだ!」

 狼族の男は怒った。
 なぜなら、彼が『彼ら獣人達は〜』のセリフを言わされた数は、もう十を超えているからである。
 テープレコーダーのように何度も言わされて、いい加減うんざりとした狼族の男であった。

「いいじゃないか、減るもんじゃなし」

「ちっ……、これが本当に最後だぞ。絶対にもう言わねえからな」

 だが文句を言いつつも、わざわざ信秀の声色を真似るような演技をするあたり、狼族の男もそのセリフ自体は気に入っているようである。

「家族であり、友人であり、仲間か……いい言葉よのう。
 さすがはフジワラ様。他の人間共とは訳が違う」

 信秀が口にしたという言葉を最後にもう一度聞いたジハルは、腕を組みながら染々とした様子であった。

「それで、どうするんだ? 問題なのは、フジワラ様が人間と商売をする話だ。品物は人間達の中でも相当な貴重なものらしい。
 また人間が攻めてくるぞ。フジワラ様に忠告しなくていいのか?」

 狼族の男からの進言。
 それに対し、「必要あるまい」とジハルは首を横に振った。

「人間の軍をただ一人で退けたフジワラ様だ、全部わかっているだろうよ。
 ただし、我々も人間と戦う心構えだけはしておかねばならん。
 特に訓練でサボろうとする者には罰も考えておる」

 ジハルは睨み付けるように狼族の男を見た。

「う、うむ……」

 狼族の男としては、別に訓練でサボっていたつもりはないが、それでも訓練の最中、ずっと気を張っていたかと問われると否定せざるを得ない。
 こうしてジハルにギロリと睨まれると、痛くもない腹が途端にキリキリと悲鳴をあげるようであった。

「さて、では先程の言葉を紙に書いて各所に貼るか」

「おいおい、字なんて族長とガキんちょ位しか読めねえだろ」

「む、それもそうか」

 何かの役に立つかと思って、信秀はジハルに文字を教えていた。
 もちろん日本語ではなく、この大陸の文字である。

 それが漸く実になり、最近ではジハルが教師役となって子供達に文字を教えていたのだ。

「では、明日は皆を集めて、フジワラ様の言葉を伝えようぞ」

「おいまさか、また俺が……!」

「そのまさかじゃ、光栄に思え」

 その後、ジハルは文字を学びに来た子供達にたびたび“これ”を暗唱させ、たまたま近くを通りかかった信秀は大いに赤面することになる。
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