102.建国より四カ月(秋)、その頃大陸では
内政編の幕間みたいな話です
秋も中ごろ、草木はどれも赤と黄に色づいて、虫たちはこれが最期とばかりに、今日まで磨き上げた歌声を披露する。
そんなある日のこと、フジワラ郷に遠方からの珍客があった。
「エド国の王フジワラ殿。サンドラ王国の使者、ミレーユ・サン・サンドラがここに謁見する」
場所は、異種族居住区の役所内にある畳張りの大広間。
一段上がった上座にて胡坐をかく俺に相対するのは、五メートルほど離れた位置にて胡坐をかいて挨拶をするサンドラ王国の姫君――ミレーユ。
町の有力者たちが左右に座して見守る中でのことである。
端から見れば、時代劇の大名にでもなったようなこの状況。
ミレーユとは知らぬ仲ではない。
されど公の使者であるということで、こういった儀礼の形を取って迎えることとなった。
「その態度は、いささか問題があるのではないか」
左右に並んだ者の内から、警備隊長の一人がミレーユに叱責の言葉を飛ばした。
胡坐は皆も同様であるため問題ない。
しかし、ここまでミレーユは大きく頭を下げることをしていない。
これは、王に対する態度としてはいささか問題ありと、当該の警備隊長は判断したのだろう。
なお、普段態度の悪いイーデンスタムに対して、彼が何かを言ったことはない。
「悪いがこちらも王の代理なんだ。他国の王にぬかずくわけにはいかない」
すました顔で言うミレーユ。
警備隊長は、うっ……と口ごもるしかなかった。
「それで、ここにやって来た目的は?」
「うむ、その前に聞きたいことがある。イニティアと連合の現在の戦況について、そちらはどこまで把握している?」
俺が用件を尋ねると、逆に質問を返された。
内容は、イニティア王国軍と東方諸国連合軍との戦いにおける、現在の状況について。
もちろん、ポーロ商会の情報網によって、ある程度のことは把握している。
「つい先頃、ドライアドの北東の都市と砦の幾つかが連合の手に堕ちたという話は聞いた」
「その通りだ。しかし、それだけか?」
他に何かあったかな、と考えるが、特に思い当たることはない。
ちらりとレイナの方に視線をやっても、知らないとばかりにレイナは左右に首を振った。
「ふむ、あまり詳しくなさそうだから、順を追って説明しよう」
ミレーユの話はこうだ。
固く城を守るイニティア王国軍に対して、東方諸国連合軍は周辺の村々を占領し、さらに輸送路を断って、兵糧攻めを行っていた。
しかし、これはあまり功を奏していなかったという。
戦端が開かれる以前より、現在の状況を予想していたであろうイニティア王国軍は、東の防衛戦を担う各城・各砦に豊富な食糧を運び込んでいたからだ。
ある城では、イニティア王国軍が遠巻きに囲む連合軍に対して、丸々と太った豚を陣中見舞いに贈ったというのだから面白い。
これに連合軍の兵士たちは「兵糧攻めなど意味があるのか。もしかしたら自分たちよりもよっぽど恵まれた食事をしているのではないか」と口々に話して、その士気は駄々下がりであったそうな。
状況は、まさに千日手。
じきに冬も訪れる。
そうなれば、連合軍は寒さという自然の脅威に襲われることになる。
一度包囲を解き、また来春に戦いをすべきという意見が、連合軍の将軍たちからもぽつりぽつりと上がるようになった。
だが、容易には変動しないと思われた膠着は、あっさりと打ち破られることになる。
ドライアド北東に位置するイニティア王国占領下の城郭都市カーデリアが、連合によって陥落したのである。
この大戦果を納めたのは、カスティール王国の精鋭部隊――哭奇隊。
数カ月もの間、どれだけ犠牲を出そうとも地下に穴を掘り続け、遂に城壁を崩し、城内を制圧したとのことだ。
「哭奇隊。犯罪者ばかりを集めた死を恐れぬ兵……いや、少し語弊があるな。背後にある確実な死を恐れるために、奴らは目の前の死を恐れず必死に戦う。
率いるのは、首刈り将軍アカリ・タチザワ」
ミレーユの言葉に俺は、自然と自身の眉が動くのを感じた。
――アカリ・タチザワ。どう考えても日本人だ。
だが、心に大きな動揺はない。
これは、今まで敵味方に限らず、多くの同郷の者と関わってきたからに他ならない。
「知り合いか? 名前の語感が似ているとは思っていたが」
俺のわずかな反応を見逃さなかったミレーユ。
流石というべきか、なかなかに目ざとい。
「厳密にいえば、知らない。そのタチザワについて何か情報はあるのか?」
「出身などは不明。将軍としては、ここ数年で突然頭角を現してきたようだ。歳も二十代とまだ若い。
連合の将軍たちが軍を集めて一堂に会したことがあり、その時に奴を見た。
あれは強い。戦わずともわかる。
瞳は深淵を覗くような、ぞっとするものがあったな。相当な修羅場をくぐって来たのだろう。
剣を佩いていたが、体中に暗器を仕込んでいるようだった。だから奴の前には絶対に立つなよ。徒手空拳であっても何が飛び出してくるかわからないぞ」
タチザワが得た力は【剣の才能】か、【暗器の才能】か、はたまたその両方の才能を有する【武器全般の才能】か。
もし関わることがあれば、ミレーユの言う通り注意が必要だろう。
というより、これから先、同郷の者に出会ったなら、それらは皆敵であると考えた方がいいかもしれない。
俺たちは皆、神様から特別な力を授かった。
その力ゆえに、どこぞの勢力に所属していると考えるのが自然。
俺自身も大きな勢力の中心になっており、敵対勢力には事欠かない状況だ。
なればこそ今現在、不明である同郷の者を敵であるかもしれないと考えるのは、当然の帰結であろう。
「さっき言っていた首刈り将軍というのは?」
「ああ、敵を前にして退く味方の首を、雑草を刈るがごとく眉一つ動かさずに刎ねることから名付けられたものだ。
その“しつけ”のおかげで哭奇隊の元凶悪犯罪者たちは、奴の前では従順な番犬に成り下がる」
なんだろう。
そのアカリ・タチザワという人間は、本当に現代日本の生まれなのだろうか。
話を聞く限り、どう考えても生まれる時代と世界を間違えている。
「哭奇隊というのはわかった。それで、戦況の続きは?」
「イニティアは奪われた都市を取り戻そうとはしていない。それどころか完全に放棄する構えを見せている」
ミレーユは以下のように言葉を続ける。
イニティア王国は、カーデリアの周辺の砦から兵を撤退させ、防衛線を大きく後退させた。
さらに北方の守りにドライアド領主の軍を集結させるが、大砲の設置は行っていない。
その代わり、西から南にかけてはイニティア王国の正規兵のみで万全の防備を敷いたとのこと。
「――わかるか。イニティアは連合に対し、北への道をつくった。その道の先はこのエド国だ」
ミレーユの突然調子の変わった迫真の声、そしてその内容に、場はざわりと波打った。
イニティア王国の狙い――いや、レアニスの狙いともいうべきか。
それは、帰順して間もないドライアド領主たちの兵と東方諸国連合の軍を戦わせて、双方の力を削ぐこと。
これまさに一石二鳥の策略。
レアニスにとって旧ドライアド王国の領主など、不穏分子でしかないのだろう。
さらに、ドライアド領主たちの後方にあるのは我がエド国。
レアニスは、俺がどの国にも加担しないことを見抜いている。
つまり、最初からこのエド国に東方諸国連合軍をけしかける算段なのだ。
表向きは実に正当。されどその裏には、したたかでいやらしい手が隠されている。
全く、レアニスもよく考えるものだ。
「連合がここまで軍を進めれば、エド国に対して必ず協力を要請する。それもかなり高圧的にな。断れば、エド国と東方諸国連合国は戦争に発展する可能性は大いにある。それこそがイニティアの狙いだ。
サンドラ王国としては、フジワラ王がどういう決断を取ってもらっても構わない。
ただし、我々サンドラ王国は、連合国の中にあっても決してフジワラ王に敵対するものではないということを伝えに来たのだ。
幸いにして、我が国は後方支援に当たっており、前線に出ることはなく、互いに矛を交えることもない。
その証拠といってはなんだが、ここにエド国樹立を承認するサンドラ王の親書を持ってきている。生憎と早馬を飛ばして来たため、祝いの品は持ってきていないがな」
俺の横に立つミラに言って、その親書とやらを受け取ってきてもらう。
封を開けて一読すれば、そこにはサンドラ王によるエド国樹立の承認と祝辞が述べられていた。
「確かに。サンドラ王の意思はわかった。他には何かあるか?」
「いや、用件はこれだけだ」
「そうか。ならば宿に案内しよう。疲れているだろう、ゆっくり体を休めるといい。ミラ、案内を頼む」
眉間に小さな皺をつくりながらも、「わかりました」と返事をするミラ。
本当はそんなに嫌ってないくせに、という心の声を俺が出すことはない。
ミレーユは退室し、それに付き添うようにミラも部屋からいなくなった。
さて、なかなか貴重な情報を得ることができた。
今後の大陸の趨勢を占ううえで、非常に役に立つことだろう。
さし当たっての問題は東方諸国連合軍。
来るなら来い、という思いはあるが、戦いを避けられるならばそれに越したことはない。
「よし、今手に入れた情報をもとに早速会議に移る」
最善手はなんであるか。
それを考えなければならない。