四ノ伍
「こんなにボザボザでだらしない髪を見るのって久しぶり。アルテミスちゃんありがとう」
「ううん、こんな髪で役に立つならいくらでも使っちゃえ」
「あのう、僕の髪は貶されているんですか?」
ここは狐小路商店街にある「ヘアーサロン・Tair」
この美容室の娘「辻山亜矢」は来月美容師国家試験を受験するため勉強中で、その為に「カットモデル」を探していた。
「最近の男子って髪型にこだわりがあるから、カットさせてくれなくて困っていたの」
「その点、ストーカーの髪は伸び放題だからガッツリ切れるね」
「だーかーらー、僕の髪を貶さないでくださぁい!」
「あっでもこの人の髪っていじっくていない分、痛みがないわ」
「髪の毛も痛むとかあるの?」
「うん、アルテミスちゃんは天然金髪みたいだけど、染めた金髪は結構傷んでボロボロなのよ」
「あの~、ここは『痒いところはないですか?』って聞くとこじゃ……」
シャンプーチェアーに座らされた須戸河は、アルテミスと亜矢を睨みつけるが、アルテミスと亜矢は須戸河を無視して話し込んでいた。
1時間後――
「なかなか決まっているじゃん」
「そ、そうですか……?」
カットとセットが終わった須戸河に笑顔を見せるアルテミス。その笑顔に須戸河の顔が真っ赤になった。
「あれだけだらしない髪をここまで纏めるなんて、これなら亜矢ちゃん合格間違いなしだよ」
「そっちですか~」
アルテミスが褒めたのは亜矢の技術だと分かった須戸河は、ガックリと肩を落とした。
「ううん、須戸河くんがカッコイイからだよ」
「ホントッすか!?」
須戸河に亜矢が優しく声をかけると、須戸河は目をキラキラとさせて喜んだ。
「こんなにカッコイイのに、なんでボサボサにしていたの。絶対勿体無いよ。これからはアルテミスのアドバイス通りキチンとしたほうが素敵だよ」
「ハイ、頑張ります! ありがとうございます!」
カッコイイ、素敵、と連呼された須戸河は椅子から立ち上がると亜矢に向かって深く頭を下げた。
「アルテミスさん、カグツチさん、本当にありがとうございました」
カグツチの探偵事務所にアルテミスと帰ってきた須戸河は2人の前に立つと、そう言って深く頭を下げた。
マッシュレイヤーのすっきりとした髪と、センスの良い服を着た須戸河は、アルテミスの筋トレ効果で程よく筋肉のついた、イケメンになっていた。
この外見なら合コンに行っても女の子にモテるだろう。
「これからはこのスタイルを維持して、就職活動を頑張って一人前になります」
「そうだ、その気持ちを忘れずに頑張れよ」
「今回は外見を鍛えたけど、中身も大事だからね。もう下着とか盗んだら駄目だよ」
須戸河の決意に、カグツチとアルテミスはそれぞれ激励の言葉をかけた。
「勿論です。もう下着を盗んだり、匂いを嗅いだりしません」
「そんなことしたら火炙りの刑だからね」
「……天地神明に誓って致しません」
アルテミスが目だけ笑わずに話すと、須戸河は直立になって返事をした。
「騒動には疲れたけど、一人の人間を更正させるのって楽しいね」
「ってかお前、結構楽しんで須戸河を虐めていたんじゃねいか?」
須戸河が自分の家に帰宅した後、アパートの2階の居間で食事をしながらカグツチとアルテミスは今日までのことを話していた。
「よし、今度はもっとセクシーな下着を干してみようかな?」
「おい、これ以上犯罪者を増やすんじゃねえよ!!」
「冗談だってば。カグツチは真面目なんだから」
「お前の冗談は当てにならないからな……」
調子に乗って話すアルテミスをカグツチはキツイ口調でたしなめた。
アルテミスはちょっと膨れた顔をしたが、それ以上は拗ねずに黙々と食事と終えた。
……こうして、須戸河の改造計画は終わったのだった。