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七話

 明らかに逃げられそうにない厄介事だったので、場所を移して細かい事情を聞くことにした。


 ……決して事情だけ聞いて放り出そうと思っているわけじゃない。二割ぐらいしか思ってない。


「つまり、お前は見聞を広めるために色々な国を見ていたが、その途中で国王の乱心を聞いて急いで戻るところをあいつらに襲われたんだな?」


 仮にもお姫さまにこんな言葉遣いでいいのか疑問に思わなくもないが、俺に厄介事を運んできた奴に払う敬意などない。


「はい……私が戦うと言ったのですが、聞いてもらえず……これでも腕は立つ方だと自負しているのに……」


 こいつの自慢はどうでもいいが、戦力になるならないは結構重要だ。カシャルへは結構遠く、徒歩で行くなら後一週間はかかる。それも真っ直ぐ行ってどこにも寄り道をしなかった場合だ。


 俺は途中の村で補給をしていこうと思っていたため、さらに時間がかかる。到着するにはだいたい十日ぐらいかかる。


 その間、まったく何もないというのはないだろう。……俺の経験則的に。


「まあ、それはいいとしてだな……お前、旅には慣れてるのか?」


「お恥ずかしながら、こういった旅は初めてです」


 むしろそれが当然なんだと思う。お姫さまが俺より旅慣れてて、サバイバルの知識が豊富だったら引く。


「それはいいとして……俺にも都合ってのがある。カシャルへ行くのは少し遅くなるがいいか?」


「はい、私を連れて行ってくださるのであれば構いません」


「よし、それじゃまずは――」


 盗賊から拝借した剣や槍を持って立ち上がる。


「どちらへ行くのですか?」


「さっきの奴らを埋葬してくる。死んだ奴は平等だ」


 死んだ奴はただのオブジェでしかない。そんな奴に憎しみや敵意を抱き続けるなど、ナンセンスだ。


「……私もお手伝いします。彼らは私の手で葬って上げたいから……」


「……ん、分かった」


 そんな感じに午前は穴掘りで過ぎていった。






 昼食を取ってから、由々しき事態に気付いた。


 俺一人分のつもりで持ってきた食料だが、このままでは二日しか持たないのだ。


 あらかじめ三日は持つように入れておいたのだが、フィアが連れになって減るペースが二倍になった。


 ……いや、こいつよく食べるんだよ。男の俺と同じくらい食いやがる。


「というわけで速やかに対策を立てる必要がある。何か意見は?」


 歩きながらフィアに聞いてみる。フィアはにっこり笑ってこう答えた。


「静さんが食べる量を減らせばいいのでは?」


「お前に聞いた俺がバカだった」


 笑いながら人に苦行勧めんじゃねえよ。


「冗談です。人間、水だけでも一週間は生きられますから」


「何も食わずに水だけ飲んで生きろってか? ふざけんなボケ」


 こいつは今どっちの立場が上か分かっているのだろうか。


「これも冗談ですよ。その時になったら考えましょう?」


「行き当たりばったりってあんまり好きじゃないんだが……それしかない、か?」


 最後が疑問形になったのは、道に血の跡を発見したからだ。


「これは……血の跡ですね」


「そうだな。しかも点々とじゃなくて垂れ流した感じだ。ということは……俺が切った奴か」


 血を隠した痕跡もない。余裕なんてなく、切羽詰まっていた証拠だ。


「え? 静さん、武器を持っていたんですか?」


 俺の姿をまじまじと見たフィアが驚きの声を出す。


 確かに見て分かるような武器は短剣ぐらいしかない。それも男の腕を斬り落とすような肉厚なものじゃない。せいぜい護身用程度だ。


「企業秘密、と言いたいところだがお前には言っとく。俺の武器はこいつだ」


 広げた手のひらに丸めた糸を乗せる。


「これは……糸?」


「そう。俺は糸を操って戦うんだ。その糸をあいつの腕に巻き付けて切った。分かったか?」


「え、ええ……それでも、ずいぶんと珍しいですね。私の知る限り、そんな武器を使っている人は見た事ありません」


 そうだろうよ。これ、人体破壊はできるけど魔物相手にはどこまで通用するか疑問だし。


「お前の疑問も解消したところで行くぞ。この跡を辿っていけば、盗賊のアジトに着くかもしれない」


「あじと?」


 俺の横文字に訳の分からない顔をするフィア。どうやら横文字はそのまま相手に伝わるようだ。中途半端に役立たないな。この翻訳能力。


「あー……拠点って意味だ。そこに行けば食料が手に入るかも」


「なるほど、強奪ですね!」


 なぜ目を輝かせるのか不思議でならない。この子は本当に王族なのだろうか。妙に喧嘩っ早いんだけど……。


「平たく言えばそんなところだ。お前は何ができる?」


 血の跡を辿って首尾よくアジトに着けば、まず間違いなく戦闘になる。その時のためにも、相方の能力は把握しておきたい。


「私は見ての通り、剣が使えます。後は炎の魔法も多少は使えますね」


「他には使えないのか?」


「無理に決まってるじゃないですか。二つ属性が操れるだけでもエリートですよ。三つ使えれば宮廷魔導士だって夢じゃありませんね」


 意外な答えに俺は目を見開く。


 俺も薫も全属性が使えるため、他の人でも二、三ぐらいは使えるだろうと思っていた。


「へぇ……。っとと、伏せろ」


 急に森が開け、洞窟が見えた。見張りも一人立っている。


「あそこに“あじと”とやらがあるんですか?」


「よく見てみろ。あんな場所に突っ立ってる奴なんて不自然だろうが。それに……ほら、あそこ」


 俺が岩の一角を指差す。あの部分だけよく見れば色が変だ。


「あそこが入口だろう。上手く隠してあるみたいだがな」


「へぇー……。それで、どうします?」


 さりげなく俺の功績をスルーしたフィア。王族というのはみなスルースキルが高いのだろうか。都合の悪い事は聞かないのが政治家の必須スキルだとか聞いたことあるしな……きっと覚えさせられるのだろう。小さい頃からの刷り込みとか何かで。


「中に居る人数とか把握できれば最高なんだけど……フィア、何人くらいならいける?」


「狭い通路の中であれば、何人でもやれます!」


 頼もしいお言葉。歩き方などに隙がないから、そこそこ信頼はできるはずだ。


「じゃあ、お前が前衛頼む。俺は後ろから糸で援護する」


「……普通、殿方が前に出ると言うものではありませんか?」


「無茶言うな。役割が違う。役割が」


 そもそも、俺一人だけだったら諦めてたし。


「……それでは行きますけど、きちんと守ってくださいね?」


 不安そうにこちらを見つめる瞳に思わずうなずいてしまう。クソ、やっぱ女の瞳には抗いにくい魔性があるな。


 剣を抜いたフィアが目をつむり、精神統一を始める。俺も両手に鋼糸を作り、見張りに緩やかに巻きつける。もう指一本動かすだけであいつは殺せる。


「……行きます」


「見張りは俺が倒す。そうしたら続け」


 指を軽く振り、糸に指示を出す。


「ぇ――」


 軽い呼吸音と声になる一歩手前の音が見張りの口から洩れ、首と体が同時に地面に落ちる。


「――ハアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッ!!」


 気合の入った声を上げたフィアがすさまじい速度で茂みから飛び出る。うわ、俺より速いかも。


「ちっ、面倒だな! 《風よ 我が歩みの助けとなれ》」


 速度強化の魔法を唱え、フィアの健脚に追いつく。


 フィアに続いて中に入る。そこには恐るべき光景が展開されていた。


「ハーッハッハッハッハ! 豚のように鳴いて喚いて叫んでそして死ねぇ!」


 …………………………………………………………………………………………誰?


 ゴツイ剣を振るい、そのたびに盗賊の体がゴミ屑のように千切れ飛ぶ。馬鹿力なんてもんじゃない。明らかに人間の領域を超えている。


「この程度か!? もっと余を楽しませる奴はおらんのか!?」


 一人称変わってる!? というか何コレ!?


 フィアの目は血走り、口元は裂けたような笑みを張り付け、全体的には陶酔したような表情で剣を振るっていた。


 ……バーサーカー。今のあいつはそう表現するのがぴったりだった。


「世界はいつもこんなはずじゃない事ばかりだ……!」


 あまりの絶望に膝をついて崩れ落ちる。援護などする気になれなかった。むしろ援護したら敵と認識されそうで怖い。


 この子は……俺に厄介事を持ち込んだだけで、他はいい子だと思ってたのに……!


 こいつまで俺の心労になるのかよ……!


『……主、その……頑張るのじゃぞ』


 メイの気遣いだけが俺を救ってくれる。


 だが、胃がシクシクと痛み始めてきた。ヤバい、これは前の世界ではおなじみだったストレス性の胃痛!


 今は手元に胃薬なんて持ってないぞ! それにこの世界でも胃痛に悩まされる事になるとは……!


「……はぁ」


 目の前で繰り広げられる血みどろのフィア無双を見ながら、どこかの海溝よりも深いため息をついた。






「はぁー、気持ちよかった……。あれ、静さん、どうかしました?」


「いや、ちょっと胃が痛くて……」


 敵が一人残らず殺されてからはフィアが元に戻ってくれたので、胃の痛みはだいぶ引いてきている。だが、あのまま戦闘が続いていたら間違いなく胃がダメになっていた。


「……お前、どっかで体洗ってこい。その間に俺は中を探ってみる」


「それもそうですね。ちょっと血に汚れちゃいましたし」


 いやいやいやいや、ちょっとってレベルじゃないだろ。あんなに綺麗だった白い服は真っ赤に染まってますよ? 白が見当たりませんよ?


 アジトから出て行ったフィアを見送って、俺は探索を始めた。かなり無惨な斬られ方をした死体がいくつも転がっていたが、この時の俺に沸いた感情は嫌悪感よりも同情が強かった。


 出会う奴ら全てに黙とうを捧げ、食料をいただく。


「本っ当にありがとうございます……そして、あいつの犠牲にして申し訳ありませんでした……!」


 どちらにせよ全滅させるつもりだったのだが、あんな殺され方をした盗賊たちの成れの果てを見ると、無性に謝りたくなった。


 なんというか、本当、ごめん。


「ただいま戻りました……って何をしてるんですか?」


「……ちょっと黙とうを捧げてた」


「静さんは死者を悼む気持ちを持っていますね。では私も……」


 フィアはアジトに向かって両手を合わせ、黙とうしようとする。


「やめて。いや、マジに」


 普通に悪霊とかが出てきそうだ。


「まじ?」


「本当に。切実に。とにかく、行こう?」


「? はい……?」


 首をしきりに傾げながらもついてきてくれた。フィアの後ろから何も見えない事にちょっと安どした今日この頃。






「意外とたくさん食料ってありましたね。そのおかげで飢える事なく村にも到着しましたよ」


「そうだねー……」


 元気いっぱいのフィアとは対照的に俺はげっそりやつれていた。


 なんでか知らないが、俺たちが向かう先々に狙ったように盗賊やら魔物やらが出やがった。


 そのたびにフィアが狂戦士モード(命名俺)に入り、俺が胃痛に苦しめられていた。身の危険は特になかったのだが、胃がいつ壊れるか分からない危険にさらされていた。


「それじゃ、どうします?」


「そうだな……ギルド行くか。まずは金稼がないと」


 盗賊たちから多少は奪ったが、大した事はなかった。あいつらの稼ぎは悪かったみたいだ。


「こんにちは。今日はどのようなご用件ですか?」


 受付の人がにこやかに応答してくれる。しかし野郎だった。あんまり嬉しくない。


「依頼を受けたいので来ました。Gランクですが、何かできそうな依頼はありますか?」


 こちらも対応する。俺の丁寧な対応を見てフィアが信じられなさそうな顔をした。そんなに傍若無人に見えるだろうか。


「それでは、Eランクまでの依頼はこちらになります」


 そう言って受付の人が依頼表を持ってくる。


「ふむ……」


 討伐、とかの単語はこういう時に使いそうだと思って覚えておいたので、かろうじて読む事ができた。


「フィア、どれがいい? 一応、俺はここの薬草採取を勧めたい」


「そうですか? 手早く終わる退治の方がいいと思いますよ。ほら、Fランクのウルフ討伐とかなら、私と静さんなら楽勝です! 報酬も薬草採取よりいいですし、早く終わりますよ?」


 ……胃を犠牲にしてスピードを優先すべきか、はたまた胃を労わるべきか。究極の選択だな!


「……なあ、最終判断は俺にあるんだよな?」


「ええ、そうですけど」


「じゃあさ、涙目で睨むのやめてくれない? 引き受けにくいんだけど……」


「気のせいじゃないですか」


「当事者が何をほざく……あ、やめて。そんな捨てられた子犬のような目で見ないで」


 そして俺は選んだ。




 ――薬草採取を。




「ひどっ!? 乙女の涙を見てなんとも思わないんですか!?」


「戦闘狂の涙なんて痛くもかゆくもありませーん」


 むしろこっちが泣きたいわ。主に胃の痛みで。


「うぅ……じゃあ、明日出発ですね」


「そうだな。今日は宿に泊まろう」


「やたっ! 久しぶりのベッド!」


 フィアの喜びっぷりを見て少しだけ頬が緩んだ。こういう部分だけを抜き出せば癒しになるんだけどな……。


 早く行きましょう、と急かすフィアに苦笑しながら、俺は宿屋を探して歩き始めた。 

戦闘狂なお姫さまの登場です。

頼りにはなりますが、主人公の胃が持つかどうかは疑問です。

余談ですが、静の予想はいつも悪い方へ覆されます。

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