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八話
 翌日。俺とフィアは薬草の生えているという森へ向かった。

 昨日は同じ部屋だったにも関わらず、これと言って男と女の間違いは起きたりしなかった。

 ……というか、仮にも王族に手を出したら打ち首じゃ済まされそうにない。それに顔は綺麗でも、あのバーサーカーっぷりを見たら襲う気など微塵も湧き上がらない。

「それじゃ、薬草の特徴を確認するぞ。これだ」

 森の中に入ってしばらく歩いたところで薬草の絵が描かれた紙を見る。これを参考にしてどこに群生しているのか調べるのだ。

「一応、二枚もらってきたから二手に分かれよう。正午になるまで見つからなかったらここに集合だ」

 そう言ってそこにあった木に短剣で目印を付ける。どこからでも見えるようにぐるんと一周して横に線を引く。

「分かりました。見つかった場合は?」

「大声で呼べ。そんなに広くない森だ。きっと聞こえる」

 木々はうっそうと茂っているが、日の光が差し込まないほどびっしり生えているわけじゃない。それにこいつも薬草探しに夢中になって奥まで行くとかはやらないだろう。

 ……何か魔物でも出ない限り。でも、その場合も彼女の妙に高らかな笑い声が聞こえてくれるはずだ。

 俺は万一それを聞いたら逃げる。逃げてフィアが帰ってくるのを待つ事にする。

「んじゃ、散開」

 フィアと手を振って離れ、地面に目を落とす。

「……ふぅ、ようやく外に出られたぞい。あやつの前でも姿を現してはダメなのか?」

 しばらく外に出る機会がなかったメイが不服そうに頬を膨らませる。その姿を見れただけで俺は充電できますよ。胃に穴が開きそうな陰鬱な気分から晴れ晴れとした気分になれた。

「うーん、そろそろいいかもな。あいつには折を見て話すよ」

「頼むぞ。ところで主、その……胃は大丈夫なのか?」

 もじもじと恥ずかしそうに俺の体を心配してくれるメイ。大丈夫。君がいるから俺は戦える。

「お前の顔見たら楽になったよ。ありがとな」

 これからは定期的にメイを外に出そう。あの生活を送っていたら胃が壊れる。

 フッと頬を緩めながら、メイの頭を親指で撫でてやる。さすがに手のひらで撫でると彼女の頭を覆ってしまう。

「あ……そ、そんなに気にする事ではない! 主の心配をするのは当然じゃからな!」

 そこはかとなく嬉しそうな顔をしながら、メイが嬉しい事を言ってくれる。

 もう薬草採取なんて放っておいてメイと戯れていたかったが、そうは問屋がおろさない。そろそろ真面目に仕事しよう。

 左手で紙を持ちながら右手で草をかき分ける。むぅ、難易度はGランクなのに、全然見つからん。

「たかだか草の分際で俺に歯向かうか……小癪な!」

「なにを草相手にムキになっているのじゃ……」

 草のくせに生意気な。絶対に見つけてくれる。





「くっ……なかなかやるではないか」

 しばらく時間が経った。そこにはムキになってペース配分を考えずに動いたため、体力を使い過ぎてへばった俺がいた。

「二時間も探して見つからなんだとはのう……妾も少し驚いたぞ」

 メイが俺の腕時計を見ながら少しだけ驚いた顔をする。

「そうだなあ……書類に書いてある限りじゃ、すぐに見つかるって書いてあるんだけど……」

 比較的多く群生しており、発見は容易って書いてあったから今日中に終わらせる予定だった。しかし、予想は悪い方に裏切られた。

 ……良い方に裏切られた事なんて滅多にない。状況はいつも俺の考えうる最悪を斜め上にぶっちぎってくれる。

「そろそろ昼なのではないか? 太陽も高くなってきたぞ」

「っとと、そうだな。いったん戻ろう」

 これでフィアが見つけてくれればいいんだけど……、声がない以上、期待はできない。

「フィアー、見つかったか?」

 待ち合わせ場所に戻ると、フィアがすでに座っていた。

「いえ……私の方は見つかりませんでした。静さんは?」

 フィアの首がふるふると力なく振られる。こっちもか。

「俺の方もそうだ。けどおかしいな……二時間も探して手がかりなしなんて……」

「そうですよね。この紙を見た限りでは、簡単に見つかりそうですから」

 なのに、見つからない。

 ……嫌な予感がしてきた。具体的な展開までは読めないが、このまま仕事を続けると間違いなく修羅場がある。俺の勘がそう言っている。

 正直言えばもう帰りたい。仕事なんて放り出して先に進みたかった。

 だが、こういう仕事は信用商売だ。堅実な実績の積み重ねこそ成功の秘訣である。それを最初っから躓いていたのではやってられない。

「……昼食ったら二人で奥まで行ってみよう。もしかしたら奥の方に生えているのかもしれない」

「そうですね。二人っきりで森の奥に行く……変なこと、」

「するかボケ」

 フィアが妙な事を最後まで言うまでに断言する。

「お前を押し倒すだと? 無茶言うな。そのゴッツイ剣でなます切りにされちまうわ」

「そ、そこまでひどい事はしないと思いますよ? ……せいぜい峰打ちぐらいで」

「その剣両刃だぞ」

 峰なんてないわ。どっちで叩いても俺は死ぬ。

「と、とにかく! 襲わないで下さいよ! 大声出しますからね」

 そうだね。高らかな笑い声を上げて俺に斬りかかりそうだね。

「はいはい、メシ食うぞ」

 フィアの戯言は無視して食事を始めよう。こいつの二面性に付き合っていたら身が持たん。

「これなんです?」

「昨日の宿屋で出たメシを少し拝借してきた。日持ちはしないから残さず食えよ」

「それって泥棒じゃ……」

「違うって。ちゃんと俺達に出された食事からもらってきた」

 フィアの懸念を苦笑で振り払う。手元にある食事は朝食の残りであるパンとちょっとした野菜ぐらいだ。

 野菜の描写は避けたいと思う。一目見たら三日は夢に出そうな外見をしているから。味は美味しいんだけど。





 食事を終え、奥への道を進む。その道中、メイを紹介しようと思い立つ。こういうのは思い立ったが吉日だ。

「フィア、俺がこいつを使って鋼糸を操るのは知ってるよな?」

「はい。それがどうかしましたか?」

「んー、ちょっとな。メイ、出てきてくれ」

 メイの小さな体が俺の肩に座る。

「紹介するよ。この手袋の精霊であるメイだ」

「よろしく頼むぞ」

 メイの姿を見てフィアは硬直していた。驚いているのだろうか。

「か……」

「か?」

「可愛いです……」

 目が血走って妙に怖いフィア。自分でも気付かないうちに足が一歩下がっていた。

「さ、触ってもいいですか!?」

 そんなに鬼気迫った顔で来ないでほしい。あまりの恐怖で足が震えそうだから。

「メイに聞け。俺に聞くな」

「は、はいっ! メイさん、触ってもいいですか!」

 すでにクエスチョンマークすら入ってない。拒否しても無理やり触る気だ。

「う、うむ、よいぞ」

 フィアも俺がしたように親指の腹でメイの頭を撫でる。メイは心地よさそうに目を細めていた。

「はぁ……可愛いです……癒されます」

 こいつに癒しなんて必要あるのだろうか。戦っていれば癒されている気がする。

「こいつは俺の連れでな。お前と会った時も俺の中に居たんだ」

「そうなんですか……最初に言ってくれればよかったのに」

「悪いな。こっちにも事情があったんだ」

 いきなり会った奴を信用できなかったという本音は言わない。関係が悪化しかねない事を進んで言う趣味はない。

 などとメイを紹介しながら奥へ進む。だんだんと闇が濃くなり、光が差し込まなくなってくる。

「ちょ、ちょっと怖いですね」

 フィアが俺に寄り添いながらそう言ってくる。俺としては敵を見た瞬間暴走するお前が怖い。

「メイは平気そうだな」

「まあな。このぐらいの景色、昔はよく見たものじゃ」

「さすが年の功……痛いから髪引っ張るな。悪かったよ」

 でもメイって絶対に俺より年上だ。否定できない事実なのに、言われるとキレる女性の不思議。

「あ、フィア!」

「ひゃぅ! ど、どうかしましたか?」

 ひゃぅ! という声を笑おうかと一瞬だけ思ったが、さすがに悪いと思ったので黙っておく。

「下見ろ。これじゃないのか?」

 どうやら今の俺達は群生地を歩いているみたいだ。下を見ると、目当ての薬草がびっしり生えていた。

「わ、すごい……こんなにあるんだ」

「ここで採っていこう。これだけあれば十分なはずだ」

 しゃがんで採取を始める俺とフィア。これでこの依頼は終了か。奥へ進む以外は何もなくてよかった――

「あの、静さん?」

「…………嫌な気配がする」

 やはりと言うべきか、予想通りか、魔物特有の気配を感じた。

 魔物の気配は一般人でも読める。あの寒気がするような独特の気配は一度感じたらこびりついて離れない。

「……静さん、下がってください」

「分かった」

 フィアの言葉を受けて素直にフィアの後ろに下がる。何が起こってもいいように、鋼糸を両手に付けておく。

 俺達の睨んだ先から魔物がのっそりと歩み出てくる。見た目は熊っぽい。三メートル近くあって見上げる必要があるけど。

「これは……!」

「知ってんのか?」

 隣のフィアが驚いた顔をしたので、聞き返す。魔物とかの知識はまだ疎い。

「Cランクの魔物です。確か名前は――」



「――ベアウルフ」



 フィアが慄いたようにその名前をつぶやいた瞬間、ベアウルフが飛びかかってくる。

 その速度は確かにウルフの名を持つに相応しい速度だった。

「うぉっ!? 《風よ 我が歩みの助けとなれ》」

 初撃の跳びかかりを横に跳んで避けてから、移動力を強化する。隣のフィアはすでに剣を抜いている。

「なぁ、Cランクってどのくらい強いんだ!?」

「小さな村一つなら壊滅できます! こいつがあの村に向かっていったらマズイですよ!」

 じゃあここで倒すしかないか……! あそこには一宿一飯の恩がある。恩を仇で返すような真似はできない。

「フィア、お前は前で注意を引け。俺はあいつの急所を狙ってみる」

「分かりました! ――フハハハハ! 余を楽しませてみよ!」

 狂戦士モードに入ったフィアを見て、俺の話が通じているのか果てしなく不安になった。

 苛烈極まりない剣技でフィアがベアウルフの振るう爪を弾き飛ばす。

「――くぅっ! やるではないか!」

 だが、口ではいくら傲岸不遜で怪力を持っていても、フィアは人間でしかない。力の差は歴然だ。

 あのままじゃ五分持たない。その間に打開策を考えないと……!

「《風よ 我が意を汲む糸となれ》」

 まずは切れ味重視の風の糸で試してみる。

「いけっ!」

 肩、足の付け根、首に巻き付かせ、指を動かす。

「グアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!」

 しかし、分厚い皮に阻まれて軽い切り傷を付けただけに留まる。

「これじゃ効果が薄いか……次だ!」

 風の糸を素早く消し、本物の鋼糸を纏わりつかせる。

「《風よ 轟け》」

 轟く、という言葉で風が雷に変換される。雷が糸に落ち、ベアウルフの体に電気を走らせる。自分の魔力で生成した雷なので、俺に触れても被害はない。

「フィア、そいつに触れるな! 感電するぞ!」

「くっ、今回はお前に手柄を譲ろう!」

 要らねえよ。平穏下さいよ平穏。

 それに電気を浴びせてもこいつの動きは遅くなっているものの、止まった気配はない。

「ちっ、フィア、援護できるか!?」

「任せろ! 《炎よ 剣となれ》」

 隣からすさまじい温度を感じる。見ると、炎の剣がフィアの左手に握られていた。右手の剣は地面に突き立てられている。

「トドメ頼む! 俺じゃ倒しきれない!」

「ハハッ、お前の血は何色だ!?」

 フィア怖いです。きっとお前には血も涙もないだろう。

 フィアの炎剣がベアウルフの首を焼き切る。初めっからそれを使えば楽に勝てたんじゃないのか……?

「む、これはそう便利なものではないぞ。所詮炎は物理的に圧縮などされないからな。相手の攻撃もほとんど防げないのだ」

 疑問が顔に出たのか、説明してくれるフィア。それといい加減狂戦士モード解除してください。怖くて近寄れません。

「はぁ……なんでCランクの魔物がこんなところに出るんだよ」

「それは私も分かりません……村の規模を考えると、Cランクの魔物なんて出たら真っ先に討伐対象ですから」

 急に戻られると対処に困るんだけどなあ。

「まさか……いや、そんなはずは……」

 何やら考え始めたらしく、顎に手を当ててぶつぶつとフィアはつぶやいている。俺はそんなフィアを横目で見て、薬草採取に戻る。

 薬草採取も終わり、そろそろ帰ろうとしたところでフィアもようやく顔を上げる。

「ひょっとして……魔王の脅威がそこまで迫ってきている?」

 ………………………………………………………………………………………………ゑ?

「大変です! 急いでギルドに戻って報告しないと!」

 フィアは一人森の出口目指して走り出してしまう。

 一人取り残された俺はポツンとその場に立ち尽くしていた。

「…………冗談じゃねえよ」

 旅に出て早々に国の一大事に巻き込まれるし、気楽な気持ちで引き受けた薬草採りが今度は魔王に関わる?

 ……なんでこうも厄介事が向こうからやってくるんだ。

「こういうのは勇者の役目だろ……?」

 俺は地面に膝をついて、今後の展開に涙した。
ようやく魔王の影がちらほらと出始めます。
静は関わるまいと思いながら、向こうから厄介事がやってきます。
次回はようやくフィアの要求を叶えてカシャルに到着します。


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