後日談その二 前日
あるイベントを前日に控えたその日、フィアが俺たちの孤児院にやってきた。
「静さん、お久しぶりです」
「ああ、フィアか。ずいぶん早かったな。本番は明日だぞ」
明日来てくれても構わなかったのに。準備はすでに終わっているし、フィアに手伝わせるような内容もない。
「ほら、私って王族ですから。当日になって何かが起こったら行けませんので」
理由になってるんだかなってないんだか分からない説明だった。しかし、これ以上の理由は聞けそうにないのでそれで納得しておく。
「まあいいさ。泊まるのか?」
「もちろんです。今日くらいはうるさい人たちから逃げたいんですよ……」
いや、王族なのにやたらと自由奔放なお前に原因があると思う。ずいぶん前に、お前んとこの家来に相談されたんだけど。
虚ろな目でブツブツつぶやくかけがえのない仲間と、胃を押さえながら俺に愚痴を吐いてくるその家来の方々。どちらに味方すればいいのか判断しかねる。
「……無茶もほどほどにな。お前だけの体ってわけじゃないんだし」
胃を押さえる方々の味方をする事にした。理由はあの哀愁漂う姿にシンパシーを感じたから。
「分かってますよ……。もう、静さんまでみんなの味方するんですね」
俺がどちらの味方をしたのか分かったフィアは頬を膨らませる。
「お前には俺も苦労させられたからな……。彼らの苦労が他人事には思えないんだよ」
主に戦闘とか、バトルとか、戦いとかで。お前の傍若無人な戦闘狂モードを制御するのは大変だった。
「う……。あの時はご迷惑をおかけしました……」
「まったくだ。あれから直す努力したんだろうな」
「…………てへっ」
二十歳越えた人が可愛らしく頭を小突くんじゃない。
「はぁ……。直らないだろうとは思ってたけど、直す努力すらしなかったか……」
「あっちの方が強いんですよ。ほら、今の私って慈愛の心に満ち溢れてますから」
自分で言うな。それに戦闘に入ったら、問答無用で戦闘狂になってるじゃないか。ノーマルモードのお前が剣を振ってる姿なんて見た事ないぞ。
「……剣って、女の憧れですよね? ほら、持つと気が昂ぶるような」
「知らねえよ」
俺は男だから。そして少なくとも俺はそんな気分にはならない。
「……この話、やめましょうか」
「事の原因はお前のような気もするが、賛成だ」
俺もこの会話に虚しさを覚え始めていたところだ。不毛過ぎる。
「えっと……。まずはご結婚、おめでとうございます」
「ああ。ありがとな」
フィアが祝福の言葉をくれる。俺もそれを素直に受け取り、頬を緩める。そして次に結婚する相手の事を思い浮かべて顔をしかめる。
「静さん……。祝っているのに、その顔はどうかと……」
「……うるさい」
フィアが眉をひそめて苦言を言ってくるが、俺は取り合わずさらに苦い顔をする。そんな事をやって現実が変わるわけないというのに。
「そもそも、そんな顔をしても結婚をする事に悪い気はしてないんでしょう?」
「……まあな」
さすがにあれだけ恥ずかしい思いをして言った事をウソにはしたくない。
「だったら、もっと喜べばいいじゃありませんか。私は嬉しいですよ」
「うーん……」
嬉しくないと言えばウソになるんだが、素直に喜ぶ気にもなれない。何でだろうか。
「それにしても……、あれから五年ですか……。時間というのはあっという間に過ぎていくものですね……」
何やらしみじみした風にフィアがつぶやく。まだ俺もお前も人生の最盛期だろうに。
ちなみにあれとは魔王を討伐してからの事だ。あの時の俺は十七歳だったから、現在は二十二歳という事になる。
「五年か……。子供たちも大きくなるもんだ」
俺も五年間で少しだけ身長が伸びた。成長期なんてとうに終わったと思っていたが、まだほんのちょっと伸び幅があったようだ。
「そうですね。三十歳の人が三十五歳になるのと、五歳の子が十歳になるのでは全然違いますもんね」
「まったくだ」
大人はいくら月日を重ねても大した変化はないが、子供は違う。たった五年でも、見違えるように成長する。
……父親の心境、か。まさかこんな早くに理解する事になるとはな。
「だから娘はやらんぞ」
最近、エナの容姿がずいぶんと大人っぽくなっているんだ。親としてのひいき目がないとは言わないけど、あれは将来美人になるぞ。
「何言ってんですか。私は女ですから娘なんていりませんよ」
「ウチの娘をバカにするな!!」
「じゃあどんな反応すればいいんですか!」
半分ぐらいは冗談だけどね。エナはまだ十一歳だし、誰かの嫁になんて出せる年齢じゃない。いくらこの世界での結婚年齢が低いと言っても、二次性徴すら始まっていない子供は対象外だ。
「とまあ、三割弱冗談の話は置いといて」
「七割以上本気じゃないですか……。というか、それのどこが半分ぐらいなんですか!」
「誤差二割だろうが! 充分“ぐらい”で済まされるわ!」
訳の分からない事で言い争い、果ては拳と拳の語り合いにまで発展する――一歩手前で薫に首根っこを掴まれた。
「二人とも、子供たちの教育に悪い事はしないようにな?」
『すみませんでした』
薫のキレた証拠である目の笑ってない笑顔を前に、俺もフィアも屈するしかなかった。
「あ、薫さん。ご結婚おめでとうございます」
「ああ。ご丁寧にありがとう」
頭を下げ合う二人。フィアもこういった礼は欠かさないな、とちょっと感心する。王族の肩書きは伊達じゃないか。
「そう言えば、クレアさんはどこにいるんですか? 挨拶をしておきたいんですけど」
「ああ、クレアなら――」
子供たちと遊んでいるぞ、と庭の方を指差そうとしたのだが、
「ここにいるわ……」
俺のほぼ真後ろから聞こえた声に遮られた。
「うおぁっ!?」
一切気配が感じられず、それでいて俺にぴったりとくっついていたため、尋常じゃなく驚いた。どこで覚えたそんな気配の消し方。野生の獣でもそうはいかないぞ。
「さっきからいたのに気付かれないなんて……。ウフフ、私に生きる価値なんてないんだわ。そうよ、きっとそう……さよなら」
「はいストップ」
俺が両手を掴み、薫が手慣れた動作で猿ぐつわを噛ませる。五年間も一緒にいればある程度の攻略法は見えてくる。
……どこがクレアのネガティブスイッチなのかは未だに分からないが。
「ふ、二人ともずいぶんと落ち着いてますね……。私なんて久しぶりだからビックリして……」
フィアの驚きは分からんでもない。俺たちだって驚愕を表に出してないだけで、クレアのネガティブには今でも驚かされているのだ。
「クレアの方は落ち着いたら話してやってくれ。薫」
「分かった」
薫と素早く目配せし、クレアを部屋から出してしまう。その際に黒い布で目隠しをして、精神を落ち着かせる事も行う。
「クレアさんは動物ですか……」
暴れた動物に対して行う目隠しをクレアに行っている事に、フィアがげんなりした声を出す。
「効果はあるぞ」
沈静作用のある香草のエキスを染み込ませたハンカチを口に当てたり、お香を焚いたりと色々試したのだが、結局あれが一番効果が高かった。やはりシンプルイズベストか。
「そ、そうなんですか……。分かりました。これに関してはもう聞きません。きっとあなたたちの方が詳しいでしょうから」
「賢明な判断だ」
理解しようとしても頭が痛くなるのがオチだぞ。お前もそうだが、変わっている連中の思考は理解できないものだと思っていた方がダメージが少なくて済む。
「ところで、招待状って何人に送ったんですか?」
「ん? あんま大勢でやるつもりもなかったからな。そんなに送っちゃいない。まず俺と薫の両親だろ」
「うんうん。当然ですね」
ぶっちゃけ俺の両親はどうでもいいが。薫の両親には娘の晴れ姿を見ておきたいだろうという理由で送ってある。
「次に一緒に旅したお前ら」
「……リーゼさんたちもですか?」
薫信奉者であるキースとリーゼを呼ぶのはできればやりたくなかった。俺だって命は惜しい。しかし、苦楽を共にした(俺が一方的に苦を押し付けられた気がしないでもないが)仲間を無碍にはできない。
「……薫に出せ出せ言われてな。仕方なくだ」
あれさえなければスルーしてたのに。俺の命日は明日か。
「うわっ、もう尻に敷かれてるんですね」
「歯をくいしばれ」
「あいたっ! もう叩いてるじゃないですか!」
人聞きの悪い。俺は断じて尻に敷かれているわけじゃない。仕方なくだ。仕方なく。
「尻に敷かれてる人はみんなそう言う――すいません。もう言いませんから拳を収めてください」
二発目を手加減抜きで打とうとしたところ、フィアが謝ってきたので渋々収める。
「じゃ、じゃあカイトさんはどうなんですか? あの人も呼ぶんですか?」
「呼ぼうとしたんだけどな……」
居場所が不明だった。この前戻ってきた時に「今度は火山に住む竜の心臓を見てみたい」と言ったのが間違いだったかもしれん。適当に無理難題を出せば諦めると思っていたんだけど……、真に受けて実行するとは思わなかった。
「……まあ、あの人なら来るんじゃないですか? 妙な第六感が働いたりして」
「あながち否定できないから怖い」
それに俺が結婚するなんて事を知ったらどんな行動に出るか予測できない。予測できない存在は俺の中で一番警戒すべき相手になっている。
……その点で言えばフィアたちもそうなんだけど、カイトは別だ。あいつは直接的に俺を狙ってくる。俺の貞操というたった一つのモノを。
特に変態補正がかかる仲間はあいつだけだ。あの補正がかかっている時のカイトは何をやらかすか、マジで予測できん。
「……来ますね。確実に」
「……そうだなあ」
そしてフィアも俺もあいつが来る事を微塵も疑ってないのが泣けてくる。俺もあいつに慣らされたなあ……。
「ところで、聞きたい事があるんですけど」
グダグダと話していたところ、急にフィアが真剣な顔をする。
「何だよ急に」
俺との雑談をしている時には見られない顔なので、少し身構えて聞き返す。ひょっとしたら厄介事かもしれない。
「これだけは聞いておかないといけない事なんです。真剣に答えてくださいね」
「あ、ああ」
なぜだろう。嫌な予感らしきものが背筋を撫でる。だが、肉体的危険はないと俺の本能が言っている。本当に何だ?
フィアが旅の間ですら見せた事のないほど緊迫した顔で、そっと口を開く。
「プロポーズはどちらからしたんですか?」
「…………」
「聞こえませんでした? プロポーズはどちらから――」
「聞こえたよ! 聞こえたけど、あまりに予想外だったから反応できなかっただけだよ!」
もう一度言おうとするフィアを遮り、その頭を叩く。男なら顔面潰してるところだぞ。
「ううぅ……、痛いじゃないですか」
「黙れボケ。いきなりトチ狂った事を言い出すからだ」
真剣な顔をするからどんな内容かと思ったら、下世話過ぎるだろ。
「だって気になるじゃないですか。私は静さんがしたと思いますけど」
「……理由を聞こうか」
俺の質問にフィアは顎に手を当てて理由を考え始める。いや、すでに頭の中で出ている答えに対し、明確な言語化――肉付けをしようとしていると言った方が正しい様子だ。
「んー……。あれです。静さん、何だかんだ言ってもそういうところは外しませんから。きっとプロポーズは男からするものだー、とか思ってるのでは?」
怖いくらい当たっていた。脂汗が背中をダラダラと伝わるのが分かる。
「……チッ」
素直に認めるのも負けた気がして、俺にできたのは舌打ちをする事だけだった。
「わぁ、本当に静さんからプロポーズしたんですね」
当然、俺の行動はフィアに確信を持たせるだけで、何の意味も成していない代物だ。フィアが目をキラキラさせて追及してくる。
「……そうだよ」
これ以上認めないのは無様な気がしたので、諦めてしまう。
「で、で、どんなプロポーズをしたんですか?」
これ以上ないというほど目を輝かせたフィアが詰め寄ってくる。俺に羞恥プレイさせて楽しいか。そしてお前はそんなに下世話な話が好きなのか。
「絶対言わねえ」
「えー」
拷問されても言わない覚悟で口を閉じる。フィアは不満げに口をとがらせるが、こればっかりは譲れない。
プロポーズというのは相手に向かってのみ言うものであって、他の第三者に聞かせるものじゃないはずだ。それに――
(あいつに同じセリフを誰かに言うな、って約束させられたしな……)
強引な約束とはいえ交わしてしまった以上、きっちり守るつもりだ。
未だに口をとがらせるフィアの矛先をどうやって変えようか考えながら、俺はその日の事に思いを馳せた。
番外編の最終話です。これを書き終わったら、今度こそ完結させるつもりです。
そして、これが完結したら地球での二人の出来事を別の小説として出そうと思います。短編集みたいな形で、ネタもなく更新も遅くなりがちでしょうが、よろしくお願いします。