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五十一話

「オオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!」


 とにかく攻撃あるのみ。一回でも防御に回ったらその時点で終わりだ。


 薫から預かっているチート剣を手に持ち、左手には短剣を握っての二刀流で攻め立てる。


『ふむ、先ほどより速い……。やはり想いの力と言うのは偉大だな』


 何やら勘違いされている気がしてならない。これは魔法によるただの身体強化なのだが。


 魔法で目いっぱい強化しても薫には及ばない。そのため、このスピードが全力だ。この速度を少しでも落としたらデッドエンド確定。つくづく俺に無茶を強いる勝負だ。無茶なんてする柄じゃないってのに。


 そして俺は薫の剣の主ではない。つまり、この剣の恩恵は受けられないのだ。今のこれはただの強固な剣である。


「想いなんてこっ恥ずかしい事言うな! ただの魔法だっての!」


『謙遜するな。お前がこういった状況に強いのは分かっている』


 それは否定しない。俺はどちらかと言うと土壇場に強いタイプだ。


 ……まあ、本番に際して周りの人が緊張して力を発揮できなくなっている中でいつも通りの力を発揮できる、というだけなのだが。


「お前こそ、余裕綽々じゃないか! 俺の攻撃を抜いて、薫に向かう事くらい訳ないだろ!」


『それを誘っているのだろう? 我が後ろを見せた瞬間、お前が速度を上げて斬りかかってくるのが目に見えているわ』


 それこそあり得ねえよ。この状況を作るまでは良かったが、それ以降なんて一切合財考えてない。もう野となれ山となれの状態だ。


 ……本当、何であんな選択をしてしまったんだろう。一分前の自分がまったく分からん。


『さあ一分経ったぞ。そろそろこちらからも攻めさせてもらおうか』


 今まで俺の攻撃を黙って防いでいた魔王が攻勢に転じる。


「うおっ!?」


 それだけでこちらは防戦一方になってしまう。なんて理不尽。向こうは攻撃に腕一本しか使っていないというのに、いなすだけで精いっぱいだ。


 このままじゃ遠からずやられる。ここから長く持って一分。合計しても二分が限界。


 どうする? この絶望的に不利な状況をどう覆す!?


 起死回生の策を練る余裕なんて微塵もない。今は嵐のように迫る拳を避ける事だけで手一杯だ。


「ぬわっ!」


 ギリギリでいなし切れなかった一撃が頬をかすめる。浅くかすっただけなのに、頬はザックリと切られ、結構な熱を俺に与えてきた。


 傷口は灼熱するように熱いのに、流れる血は全身の熱を奪うと錯覚してしまうほど冷たい。


 ヤバい。マジに命の危機だ。


 今まで感じた命の危険とは格が違う。魂すら消されそうな恐怖に膝が笑いそうになる。




 ――でも、まだ生きている。




 腕もある。足もある。考える頭もある。何もかも失ってないんだ。成す術がないなんてウソだ。


 萎えかけた心を振るい起こし、前を見据える。輝きが戻った俺の瞳を見たのか、魔王がほぅ、とわずかな感嘆の吐息を漏らして後ろに下がる。


『残り一分半と言ったところか。つくづくお前には驚かされる。トドメを刺すつもりで放った一撃を避け、威圧で折ろうとした心すらお前は持ち直してみせた。人間にしておくには惜しい心根をしている』


「ハッ、お褒めの言葉どうも」


 ベタ褒めだな。そこまで大層な事はしてないと思うんだが。だが、わざわざ相手が俺の時間稼ぎに乗ってくれるというんだ。使わない手はない。


『……しかし解せぬ。何がお前をそこまで駆り立てる。お前の体は限界を越えて酷使されているはず。そこまでの労力を払ってお前が得るのは何だ? 我が手下からの情報では、お前が勇者であると知っているのはごくわずかのはずだ。仮に我を倒しても、名誉など得られぬぞ』


 却って有名になりそうなんだけど。無名の冒険者が魔王を倒したって事になって。いや、薫が倒した事になるのかな? 一応、王族側にも体裁とかあるだろうし。


 それと、魔王の言っている事はほぼ正解だ。魔法によって底上げはされているが、俺の体は結構ヤバい。魔法はしょせん、本人の限界以上の力を発揮できるようにはできていないのだ。


 イメージとしてはリミッターを外すのと似ている。魔法によって人為的にそのリミッターを外しているだけだ。


 そのダメージも魔法で緩和する事が可能なのだが……ゼロには当然できない。


 少しずつたまったダメージは確実に俺を蝕んでいる。まだ致命的なレベルには至らないが、それも時間の問題だろう。ひょっとしたら後遺症すら残るかもしれない。


 そして、そこまでの対価を払っても、俺の手元に戻ってくるのはあまりにも少ない。名誉は薫に奪われ、富やら何やらも薫にほとんど奪われるだろう。俺の仲間だってフィア以外はそんな大層な身分の持ち主ではない。


 ……そもそも、あの連中は俺と一緒に旅をして魔王を倒したいと言った連中だ。俺に感謝するいわれはないだろう。


 こうして見ると、つくづく良いとこなしだな。我ながら呆れてしまう。


 それでも、やる気は一切減らない。むしろ燃え上がるくらいだ。


『答えろ。――なぜお前はそこまでして戦う』


 適当な答えは言えない空気だった。はぐらかす事も、ごまかす事も不可能。なら、本音を言うしかない。




「むしろここまでして手を引く理由が分からんね」




『……どういう事だ』


 俺の言ってる事の意味が分からず、怪訝そうな顔をする魔王。そんな奴に俺はニヤリと皮肉げに口元を歪めて言ってやる。


「そりゃ、俺だって自問自答したさ。ここまでする義務はない。そもそも、これは薫の役目で俺はもとの世界に帰る方法を探すつもりだった」


 これは真実。そしてその答えも薄っすらとではあるが見えている。もとの世界に帰る方法は――存在する。


『しかし、お前は我の前にいる』


「まったく、何でこうなっちまったんだか。自分でも涙が出てくるね」


 肩をすくめる。まあ、理由は分かっているのだが。


「放っておけなかったんだよ。何かと危なっかしいあいつらをな。んで、色々と無茶をした」


 戦闘に入ると性格が変わる変わり者で、でも民の事を一心に考えている優しいお姫様を助けようとして、国一つを相手取った事もある。


 俺のせい……なのかどうかは分からないが、国を丸々包囲されて、それに巻き込んでしまった人を助けるために死地に飛び込んだ事もある。


 俺のせい……なんだろうな。立ち寄ったエルフの里で魔族に強襲されて、知り合った人たちを見捨てられずに戦った。


 ……あれ? こうして考えると俺のせいって結構多くないか? むしろカイトとクレアって関係ない?


「まあ、それはさておき……。その時その時で俺の戦う理由は全部違う。それはメイを介して見ているお前が一番良く分かっているはずだ」


 その時、はっきりと魔王が驚愕を見せた。そんなに驚くような事だろうか。


『……どこで気付いた?』


「この城に入ってから、かな。どう考えても納得いかなかった。人間側にあれほど強力な武器があるのに、魔族がそれを狙わない事に」


 城の中にある以上、強固な守りである事は間違いない。だが、魔王軍がその程度を破れないわけがない。物理的手段に訴えなくても、時間をかけて内部から腐らせていく方法くらい、こいつならいくらでも思いつくはずだ。使い手を選ぶその性質だって、数撃ちゃ当たる理論で問題ない。


「それで、ようやく思い至った。それを狙えないんじゃない。狙う必要がないって事に」


 あとは簡単だ。狙う必要がないって事は、必ず魔王側にメリットがなければならない。それを考えたら、驚くほどあっさり答えが出た。


「つまり、お前はこの剣やメイを介して俺たちの位置を逐一知っていたわけだ」


 それなら薫が罠にかけられた事も、俺が行く先々で魔族に襲われたのも納得がいく。


『……その通りだ。しかし、分かっていてなぜそれを手放さない? お前たちは、いつでも居場所が割れているのだぞ』


「メイは仲間だ。薫も、この剣を仲間と言う。それだけだ」


 おそらく、メイはこの事を知らない。知らされていた上であの態度が取れたのなら、大した策士だ。まあ、その時は俺の人を見る目がなかったとしてキッパリ諦めるが。


『……話を戻そう。お前は、なぜそこまで戦う?』


「ま、長引かせちまったからな。一言で言ってやる。良く聞けよ」




「ここまで来たんだ。結果が気になるのは当然じゃないのか?」




 実に単純な理由だ。ここで手を引くというのは、エンディングだけ見ないドラマと同じだ。そんな事、もどかしくてできるわけがない。


 なら、見届ける。


「なに、ここに来るまで苦労はさんざんしてきたんだ。今さら魔王を倒す苦労くらい――どうってことないさ」


 自分で言って気力を体に満たす。体が軽い。まだ、戦える。


「それよか、お前の方こそどうなんだよ。お前だって何の理由もなしにこんな事をしているわけじゃないだろう?」


 とはいえ、戦いは最終手段だ。俺の成すべき事は時間稼ぎただ一つ。あいつに啖呵切った三分間はどのような手段を用いてでも稼いでやる。


『うん? ……ああ、我の理由か。そうだな……こうして言われてみると、意外に難しいものだな。自分の信念の言語化……』


 別にそこまで難しく考えるほどのものでもないと思うけど。根底にある自分の思いを言えば良いだけだし。




『ああ――ないな』




「……理由は?」


『我は生まれた時から魔王として生まれ、魔王として育てられた。そして、今も魔王としてお前たちと対峙している。強いて言うなら魔王だから、か?』


 予想外の答えで俺も一瞬、思考が真っ白になる。


「……まあ、それでもいいんじゃないか? 自分で決めた事だ」


 そしてすぐに気を取り直し、俺なりの持論を述べてやる事にする。


『……我らは相容れぬな』


「当然の結論だが、言われるとその通りだな」


 魔王だからという理由でこの戦いを起こし、俺は俺が選んだからという理由でその魔王と敵対する道を選んでいる。


 もしかしたら、俺たちは根底が似ているのかもしれない。本当に深い、根っこのところで。


 だからこそ分かる。俺とこいつの道は絶対に交わらない。線と線同士がぶつかり合って片方をへし折るのが見えている。


『話す事ももうない……。残り一分、終わりにしよう』


「……チッ」


 このまま残り一分稼ぎたかったが、ない物ねだりしてもしょうがない。今ある全てを尽くして目的を達成するだけだ。


 そう思い、神風特攻隊の気分で足を動かそうとする。




「静さん、無茶のし過ぎじゃありませんか?」




 その時、ドアの方から聞き慣れた声がした。優しく芯の通ったお姫様の声だ。


「正直、お話は途中からしか聞いてないんで、中途半端な事情しか分かりませんが、」


 お姫様――フィアが剣を構え、魔王に向ける。


「あの方から、一分間稼げばいいんでしょう?」


「安心してください。何もフィアさんだけに任せはしません」


 フィアの後ろからカイトが姿を現す。その手にはすでにレイピアが抜かれ、握られている。


「私も……祭りの本番には間に合ったようね」


 クレアが弓を携えてゆっくりと歩み出る。その姿にはいつもの暗い雰囲気はみじんもなく、自信に満ち溢れた立ち姿をしていた。


「まったく……薫さまに手傷を負わせるなんてその体、ズタズタに引き裂きますよ? ……まあ、今まで薫さまを守っていた事は感謝しますが」


 杖を携えたリーゼが三人の後ろにつく。そしてさらに後ろに控えるようにキースがいる。


 照れ隠しに俺の体ズタズタにされちゃうの!? とか思いもしたが、彼女たちなりに感謝してくれているのだろう、とプラス思考に捉える事にする。そうしないと泣きたくなるから。


「これだけいるんです。一分くらい訳ないでしょう? ……私は十二秒です」


「僕は十五秒です。……静が応援してくれるなら一時間でも持たせますよ」


 カイトが俺に対して熱っぽい視線を向ける。こんな時にまで変わらないかお前は。


「私は八秒ね。接近戦はこなせないから」


「俺は十六秒だな。ここに来るまでほとんと戦ってないから力が余っている」


「私は九秒。これで一分間、稼げます」


 リーゼが締め、こちらに笑いかける。俺の稼げる時間は? と聞きたいのだろう。


「……悪いが、俺はもう二分間時間稼ぎをしたんだ。一分くらい休ませてくれ。その代わり、薫が復帰したら俺も戦うから」


「しょうがないですね。いいですよ。少しくらい私たちに任せてください」


 フィアの許可をもらったのを確認すると、力の抜けた足がもつれて尻から倒れ込んでしまう。その瞬間、足とか腕にビキビキとひどい痛みが走る。


 無茶した代償か、と苦笑しながらそれに治癒魔法を施していく。片手間に薫の方ににじり寄り、荒く息を吐く。


「……おい、意識あるか」


「ああ」


 薫に声をかけるとしっかりした返事が返ってきた。どうやら傷もだいぶ治っている様子。これなら残り一分で余裕だな。


「やはり、私たちは仲間に恵まれているな」


「まったくだ。あんな状況でも来てくれるんだからな」


 魔王が放つオーラによる威圧感はとんでもないものだ。それにも臆さずに来て、立ち向かってくれるあいつらは最高の仲間だと胸を張って言える。


 ……でも、俺の仲間って背中は預けたくない奴が多いんだよな。信頼はしてるんだけど。


「……次だ。次で終わらせる」


「当然だ。策はある」


「ほぅ? どんな作戦だ?」


「ちっと耳貸せ」


 薫の耳に口を寄せ、作戦内容を教える。ふむふむ、と薫は何度かうなずいて最後に大きくうなずいてみせた。


「それでいこう。……どうやら、最後の最後で勇者は二人になるみたいだな」


「はは……伝説に名を残すかもしれねえな」


 俺みたいな凡人がそんな事になるなんて、つくづく世の中って分からんものだ。


 顔を上げると、そこにはフィアたちが必死になって戦っている姿が目に映る。


 カイトとフィアが前に出て、キースが二人の攻撃を援護するように走り回る。


 クレアとリーゼがお互いに理想の位置取りをして、前衛組の三人に的確な補助をする。リーゼは時に補助、時に攻撃と魔法を変えてみせ、クレアは拡散と収束の矢を巧みに使い分けて魔王の移動範囲を削いでいく。


 俺、薫、一人ずつ入ったらあの中でひき肉にされる自信がある。それほど五人の連携は巧みで、隙がなかった。


 それでも、魔王に届かない。さすがに両手は使っているが、その攻撃は魔王に当たっていない。


 ……どんだけ上にいるんだよ。あれだけやって、まだ同じ土俵に立てないか。


 辟易しながら、ゆっくりと足に力を込める。そろそろ立ち上がらないとやる気が萎えそうだ。薫も同じ意見のようで、立ち上がろうとしている。


「――フィア!」


「ここから先は任せますよ! 勇者様!」


 一分稼いだだけなのに結構満身創痍なフィアがこっちに来る。まあ、俺も一分で満身創痍になっていたから人の事言えないけど。


「あとはお願いします。静」


「私が見出した希望……見せつけてやって」


「薫さま、これが最後です。決めてやってください!」


「しがない一般兵の言葉です。頑張ってください!」


 フィアに続くようにみんなが下がり、俺や薫に何か一言投げかけてから後ろに下がる。


「任せてくれ。必ず応えて見せよう」


「……まあ、あそこまで言われたんだ。失敗するわけにはいかないよな」


 立ち上がり、薫は俺にメイを。俺は薫に剣を返す。


「じゃあ……第二ラウンドといこうか!」


『……まずは非礼を詫びよう。そして――我の名はミトゥレイアだ』


 初めて名乗ったミチュ……ごめん。言いづらいから心では魔王って呼ばせてもらうよ。


「私は冬月薫。お前を倒す勇者だ」


「俺は秋月静。同じく勇者だ」


『舞台は整った! さあ、最後の勝負と洒落込もう! いざ――!』


「尋常に――」




『勝負!!』




 最後の決戦が、始まった。

まだ魔王のターン。そして勇者パーティー全員集合です。


旅の最終地点。そこまで歩いてきた静の心情は書いたとおりです。どこかで障害の残る大けがをしても、彼はむしろそこまでやったんだから結果ぐらい見ないとダメだ、と言います。



受験受験言ってますが、正直、ここまで持ってきたら完結まで書いてしまおうと思います。残り三話も切ってますし。

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