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五十二話
 体が軽い。今なら何でもできそうな高揚感がある。

 まあ、ぶっちゃけてしまうと魔法で極限まで己を強化したからなんだけど。

「重ね掛けか……。考えはしたが、実行できるとはな」

 薫が感嘆したようにつぶやくが、これはそこまで難易度の高いものじゃない。

 己にかける強化系の魔法は同じ内容で二度かけてしまうと、最初の効果が消えてしまう。筋力強化と速度強化を両方かける事はできるが、筋力強化のみを二度使うのはできないという事だ。

 だったら、一回の魔法に使う強化の魔力の密度を上げれば良い。詠唱はそのためにあるものだと思う。

「《炎よ 集え集え集え集え 我が力を強化せよ》」

 と、こんな風に強化を施したのだ。このおかげで俺は今も戦えるし、薫に限りなく近づく事もできる。

 ……反動も段違いに強いのが難点だが、それも水魔法で軽減が可能だ。

 というか、それもすでに目いっぱい行っているので、今は最終手段を取っている。



 痛覚を消せば、とりあえずの痛みは消える。



 これなら致命傷を受けても戦えるし、全身ズタズタになっても動ける。こんな事をしていると誰かにバレれば即刻戦線離脱させられる事は間違いないので、誰にも言わずにひっそりと施した。

 薫と一瞬の目配せをして、作戦を実行できる機を待つ。今までの戦いで魔王の攻撃の癖もいくつか読めてきたし、あの驚異的な体捌きの源は何かも理解できてきた。

 あれはおそらく、俺たちの攻撃を読んでいるんだと思う。でなければ、あの五人の攻撃を初見であそこまで避け切れるわけがない。仮にもここまで生き残ってきた連中だぞ。人間の尺度で見れば最高クラスの力はあるはずだ。

 糸を操って、ひたすらに援護に回る。もはやペース配分とか余裕かましていられないので、全てに雷を宿して動かしている。さながら雷のムチだ。

 薫が前に出て剣を振るう。どうもこの戦いの最中ですら成長しているらしく、動きがさらに速くなっている。相変わらずチート過ぎる。

『くっ! まだ速くなるか!』

「静にあまり無理はさせたくないんでね!」

 どうやら十年来の幼馴染にはバレていた模様。それでも俺を下げようとしないあたり非常にありがたい。

 俺も糸で魔王を捕らえるべく動いているのだが、いかんせん速過ぎる。糸の円軌道では魔王の動きについていけない。それに間違って薫を捕らえてしまうわけにもいかない。

 どうにも難易度が高い。というか、残像すら置いてけぼりにして動く相手をどう捕まえろと。

「このままじゃなぶり殺しだぞ!」

「分かっている! 何とかチャンスは作ってやる!」

 薫がチャンスを作ると言った。ならば俺はそれを手助けし易いように動くだけだ。

 糸の動きを変え、お互いの動きを制限するようにする。薫も動きにくくなるが、戦闘フィールドは小さくなるため、このままではジリ貧確定の薫にしてみればプラスに働くはず。

 それに見ていて気付いたのだが、薫が魔王と拮抗するスピードを出しているのは一瞬だけだ。しかも直線距離のみ。足とかに一瞬だけ雷みたいなのが見えるため、それで足を動かしているように思える。その代わり、そのスピードに目が追いつかないから直線限定なのだろう。

 その一瞬を駆使して魔王と互角に渡り合っているのだから、あいつの戦闘センスには舌を巻くばかりだ。

『ぬっ!?』

 魔王が一瞬だけ俺の糸に引っ掛かり、電流を体に流される。やはりどれだけ強かろうと人の体に似ている以上、電気によって硬直するのは避けられない。

「そこだぁっ!」

 薫がその隙を見逃すはずもなく、渾身の一撃をガラ空きの胴体に叩き込む。当然、剣を気で覆って強化もしている。

『ぐはああぁぁっ!!』

 それでも両断には至らず、胸の部分から血を噴き出しながら魔王の体が後退する。

 その間を利用して薫が距離を取って、俺もその隣に移動する。

「どうだった?」

「信じられないくらい固い。全力の気を乗せて放ったのだが、あの通りだ」

 強い速い固い、と三拍子揃っているなあいつ。

「……それで、イケそうか?」

 薫が確認の意味も兼ねて聞いてくる。俺は無言でうなずいてそれに応えた。

「問題ない。お前こそ大丈夫か?」

「ああ。さっき確かめたが、問題なく扱える」

「そうか。あとで殴らせろ」

「な、なぜだ!? 作戦に必要なのだろう!?」

「それはそれ、これはこれ」

「理不尽だ!」

 お前は存在自体が理不尽だ。一生懸命努力している一般人に謝ってこい。そして俺に土下座しろ。

「……ふぅ、バカやるのもこれくらいにするか」

「そう言う割にはさっきの言葉は切実な感じがしたのだが……」

 突っ込むな。ちょっと本音が漏れただけじゃないか。

『我も手加減などしていないのだがな……。人間がここまでやってみせるか』

 胸を押さえた魔王が立ち上がり、こちらに若干の苦笑を向ける。俺たちはそれにニヤッとした笑いを返してやる。

「あれだ。格上の生物とかには言い古された言葉だけど――人間舐めんな」

「もうちょっと具体的に言わせてもらえば、私たちを甘く見ない方が良い」

「いえ、あなた方は砂糖菓子のように甘いです」

「妙な突っ込みを後ろから入れるなフィア」

「すいません、つい本心が」

「とりあえず黙って治療に専念してろ。ここはボケる場面じゃない」

 魔王が呆気に取られてるから。今まで真面目にやってたのに、一気に空気が緩んだよ。

『……ふ、ふははははははっ!!』

「何がおかしい!」

 そんな分かり切った事を聞くなよリーゼ。俺たちがみじめになるから。

「俺たちがおかしいんだと思う……」

 どんな状況でもあいつらの癖の強さはなくならないからな……。

『面白い。お前たちと話すのは実に面白い。……きっと、我も一緒にいたら楽しかっただろう』

「楽しくないから。俺の胃的に」

 このメンバーだけでいっぱいいっぱいだからこれ以上増やさないで。

『それもそうだ。こういう時間は少しだけしかないからより楽しめる。……終わりにしよう』

 魔王が拳を構え、腰を低くする。その姿にこの戦いも終わりに近付いている実感を得て、同時にほんのわずかな寂しさに似たようなものを感じた。

 時間にすればおそらく十分足らず。しかし、体感時間からすればすでに二時間以上戦っている気分だ。それほど濃密な時間を過ごしたという事か。

「そうだな。そろそろ、後ろの仲間が痺れを切らして勝手に入ってしまう」

「まあ、何事にも終わりは必要だしな」

 俺と薫も構え、最後の突進を仕掛ける体勢を取る。

『……合図は?』

「いらねえ。ここまで来たら、お互い分かんだろ」

 実際、何も必要なかった。

 俺たちの交錯は、一瞬で終わったのだから。





 最後に取った方法もやはり俺と薫の挟撃だった。違うのは、俺も前に出た攻撃特化の構えだという事のみ。

 当然、今までの行動からして警戒を置くべきは薫だ。魔王に手傷を与えた唯一の存在でもあるし、あいつだけが魔王に致命傷を与えられると言ってもいい。

『……はぁっ!』

 魔王は薫の突進の出を拳から撃ち出した例の光で潰してしまう。そして俺の方にも同じ光を、拳に収束させて迎え討とうとする。

 俺は突進の勢いを緩めず、むしろよりスピードを上げて自らの死へ飛び込もうとした。

 そして、スローモーションのように打ち出される光を纏った拳。

 ――かかった。最後の最後、俺の小さい罠に。

『ぬぅっ!?』

 俺に当たる目と鼻の先で拳が不自然に停止する。魔王が視界を巡らせた先には――



 ――雷を纏わせた糸を操る薫の姿があった。



 そして俺は、薫が作ったチャンスを絶対に逃すまいと、俺が今使える最強の攻撃魔法を用意する。

「《光よ 集え集え集え集え集え集え 集まりて我が刃となれ》!」

 極限まで圧縮した光の刃を腕に纏わせ、真っ直ぐに魔王を貫いた。

『ご……はっ』

 口から吐き出された血が俺の肩にかかる。そのまま光の剣を振り抜き、肩口までバッサリと切り裂く。

『……我の負け、か……』

 仰向けに倒れ込んだ魔王が妙に楽しげな顔でつぶやく。いや、血まみれの顔で笑顔とか怖いから。

「……一応、種明かししてやろうか?」

『……頭が働かん。頼もうか』

 血と命が急速に消えているからか、瞳の焦点が合っていない。これでは声が聞こえるかどうかも怪しいところだが、頼まれた以上は話す。

「薫と俺、一回だけお互いを斬りつけた事があったよな。あの時思いついた代物だ」

 薫の剣の特徴は『斬りつけた人間の能力を自分のものにできる事』であり、あの時に俺の能力も使えるようになっていた。

「ここで幸いなのは、俺が糸を使えなくなったわけじゃないって事だ。糸繰りに関する記憶も残っているしな」

 もしそうなっていたらお手上げだった。俺は短剣を使った接近戦しかできなくなってしまい、本当の役立たずになっていたところだ。

「そしてお前は俺たちの行動を呼吸や筋肉の動きなどでかなり読んでいたはずだ。でなければ、あの五人の攻撃をいなせるわけがないからな」

 俺と薫がコンビでやり合ってもかなりキツイと思う。少なくとも、腕の一本や二本は犠牲にする覚悟で戦わないとまず負ける。

「なら、予想から外れる攻撃をすればいい。さすがに後ろにまで目のある人型はいないからな」

 だから、あえて役割を交換した。あの一瞬だけは俺が前衛で薫が援護だった。

「そして私が雷を纏わせた糸でお前を拘束し、静がトドメを刺す。ここまでが一連の流れだ」

 説明を引き継いだ薫が締める。とりあえず良いとこ取りはするなと言いたい。

『そういう……事か。あそこで、我がお前らを防いでいれば、そんな事にはならなかったのか』

 実はそうでもない。確かに薫の剣はチートな能力を持っている。

 だが忘れないでほしい。薫自身もチートな才能を持っている事を。

 あいつはジックリと眺めたものはだいたい真似できる。そしてこちら側の大陸に来てからあいつは俺の糸繰りを何回か見ている。弦操曲は無理だとしても、簡単な糸繰り程度なら充分にできたのだ。

 ……俺の努力を返せ。これでも訓練は欠かしてないんだぞ。

「んで、言い残す事はあるか? あるなら聞いてやるが」

『そうだな……。我が死んだ後の魔族の事を頼まれてくれないか?』

 割と一息に言い切ったなお前。実は元気なんじゃねえの?

「……ああ。もう二度と、こんな争いが起きないようにしよう」

 いや、十年や二十年程度でできる事じゃないからな薫。それこそ百年単位で意識改革しないと。

『なら、安心だ。勇者は約束を守るものだからな』

 俺結構ウソとかつくけど。それに俺まで約束した覚えはない。

 そこで初めて気付いたが、魔王の体がつま先から徐々に消えている。消失はすでに下半身を埋め尽くし、胴体にも浸蝕しそうなところだった。

「……さよならだ」

 ジワジワと死なせるのが何となく腹立たしかったので、魔王に目線で問いかけて了承を得てから、光の剣で魔王の体を今度こそ吹き飛ばす。

「……終わったな」

 薫が俺の隣に立ち、こちらの顔を覗き込んでくる。

「まったくだ。……意外と感慨ってないもんだな」

 自分でも驚く。まさかここまで実感がわかないとは。

 フィアの方を振り向いてみたが、そちらも現実感のない顔をしていた。倒す気概はあったが、こうやって実際に倒してしまうと喜びよりも驚きの方が先に立つ。

「私たちが……勝ったんですか?」

「みたいだな、フィア」

「これで、僕と静を阻むものは何もないんですね」

「いや、性別っていう果てしなく大きな壁があるから。あと俺の気持ちガン無視してるなカイト」

「……もう思い残す事はないわ」

「ちょっ、生き残ったんだから自殺なんてするなクレア!」

 まともな反応はフィアだけだった。残りの二人はこんな時でも我が道を行っていた。それとカイトはいい加減諦めてほしい。

『お疲れ様、じゃ。全てが凡人の主が、よくここまで走ってこれたの』

 メイがいつになく優しく柔らかい声で俺を労ってくれる。メイにだけしか労われない俺っていったい……。

「とりあえず……帰るか」

『はい!』

 全員がうなずいたのを見て、俺たちは帰ろうと立ち上がった。





「なあ、これからどうするんだ? 魔王との約束だってあるんだろ?」

「ん、その事か。それならアイデアを考えてある。ちょっと耳を貸せ」

「ふんふん……。良いんじゃないか? 俺は良いアイデアだと思うぞ。少なくとも着眼点は悪くないはずだ」

「だろう? では、一緒に頑張ろう」

「待て。俺がいつお前を手伝うと言った」

「しかしだな……我々は今や知らぬ者がいないほどの有名人だぞ。そんな中で私一人が慈善事業をやってみろ。お前まで何かやらされるのが目に見えているぞ」

「……正論を吐くなんて薫のくせに生意気な」

「お前は理不尽だな……。それに、お前から見ても悪い話じゃないはずだ。お前だってこの旅で少なからず巻き込んでしまった人たちに責任ぐらい感じているのだろう?」

「それは否定しないが、それとお前を手伝う事がどう繋がる」

「それで、手伝ってくれるか?」

「………………ああもう! 分かったよ! 手伝ってやるからそんな目で見るな! 確かにそのアイデアは良い案だと思ったしな!」

「それなら、これからもよろしく頼むぞ」

「ったく、それはこっちのセリフだっての」





 あの旅が終わって二週間ほど経過した。

 戻ってくる事自体はポッポを使って五日ほどで戻れたのだが、そこからの凱旋パレードが長引いて今に至る。

 おまけに誰が言いふらしたのか、魔王にトドメを刺したのが俺だという事が知れ渡っており、二人の勇者として俺まで祭り上げられてしまった。

 ただ、俺は表舞台に立つのは極力避けたかったため、フィアやリーゼに頼んでそれだけは勘弁してもらった。あいつらが涙目上目づかいで王様に頼めば一発だ。親バカ万歳。

 そして魔族の事は俺と薫が必死に話を付けて、攻め込むような真似だけは避けてもらうようにした。ちなみに俺の必死は相手の弱みを握って脅迫するのと同義だ。物分かりの良い人たちばかりで非常に助かった。

 それらが重なってドタバタしてしまったため、地球に帰還するのが遅くなってしまった。

「メイ、今までありがとうな」

『なに、主たちとの日々は楽しかったぞ。妾の一生に値するほどにな。……向こうの世界でも、よろしく頼むぞ』

 メイは俺たちと一緒に帰る事になっている。意志が宿った道具をいつまでも開かずの間に放置してしまうのはさすがに忍びなかったためだ。

 ……それにメイがいないと俺の癒しがなくなってしまう。向こうの世界に俺の癒しなんて存在しないんだよ。

「……本当に、行っちゃうんですか?」

 見送りに来たフィアが涙声で聞いてくる。帰りづらいから笑ってくれると嬉しいんだけど。

「まあ、向こうの世界にも待っている人たちとかいるし、その人たちに挨拶もなしにこの世界に永住、なんて真似はできないわな」

 とりあえず帰ったら両親に土下座しよう。心配掛けてしまっただろうし。

「静……僕を一緒に連れて行く気はないんですか?」

「ない。だからお前は新しい恋を探してこい」

 キラリ、とさわやかな笑顔を見せて言ってやる。もうこいつに追い回される事がないというのは実に嬉しい。もう夜にビクビクしないでいいんだ。

「分かりました……。でも、僕にとっての一番はずっと静ですからね!」

 正直、そのセリフは女性に言うべきだと思う。こいつの容姿ならより取り見取りだろうに。

「……あなたと会えて、私は変わった気がするわ。ありがとう」

 クレアがそう言って俺に頭を下げる。ぶっちゃけ、俺から見たこいつは変わっているように見えない。強いて言うなら若干普通でいられる時間が延びたような……。

「……薫さま。私は、あなたと一緒に旅をできた事を心より嬉しく思います」

「自分もです。この旅は俺にとって一生の誇りになります」

「ああ。二人とも、達者でな」

 薫の方もお別れを済ませた模様。さて、それじゃあ……、

「帰るか。俺たちの世界へ」

「そうだな」

 お互いに笑顔を見せ合いながら、世界と世界をつなぐゲートを開く。

 戻る手段。それは俺たちの中にずっとあったのだ。膨大な魔力という形で。

 リーゼは俺たちよりも魔力量が圧倒的に少ない。もちろん、この世界の基準に当てはめれば多い方だが、薫や俺に比べればどうしても劣る。

 そのリーゼが俺たちを魔法で呼び出せた。なら、俺たちが自力で地球への門を開く事も可能という事になる。

 目の前に開いたゲートを見て、どうしようもない懐かしさに襲われる。あの時は薫の好奇心がきっかけだったか。あれからずいぶんと経ったものだ。

「――っ」

 それを見たフィアが俺たちとのお別れを明確に実感したのか、その目から涙があふれてしまう。それでも、気丈に顔を上げて口を開いた。

「二人とも、お元気で!」

「お元気で!」

「達者にね」

「ご健勝をお祈りします!」

「向こうの世界でも、忘れないでください!」

 各々の別れの言葉を聞いて、俺たちは顔を見合わせてみんなに言った。



『またな。みんな』



 それだけ言って、振り返らずにゲートをくぐった。






 最初に運ばれた時と同じ、奇妙な感覚に襲われてから足が何かを踏みしめる。土とは違う固い感触を足に感じた時、やっと帰ってきた実感がわいた。

「……帰ってこれたみたいだな」

「ああ。……ただいま、だ」

「それじゃ、まずは両親に顔を見せるか」

「そうだな。心配掛けてしまっただろうしな」

 いつも通りに肩を並べて歩き出す。ああ、帰って来たんだ。



 こうして、俺たちの旅は一つの終わりを迎えた。
ようやく彼らの旅が終わりました。

次回、エピローグを入れて本編は完結となります。

少し気が早いかもしれませんが、ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


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