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五十話

 光で眩んだ目を恐る恐る開く。


「薫……」


 そこにはやはりと言うべきか、見慣れた幼馴染の姿がそこにあった。


「まったく、どうしてお前はそう運が悪いんだか……。勇者より先に魔王にたどり着く奴があるか」


「うるさい。自分でも分かってるよ」


 我ながら自分の間の悪さには呆れるばかりだ。


『ほう……我が攻撃を弾くか。勇者』


「まあ、勇者の名前は伊達や酔狂じゃないって事さ」


 わずかな感嘆の入った魔王の言葉に皮肉で返す薫。しかし、よく見るとその手は微弱に震えている。


「おい、さっきの攻撃を弾けたのって……」


「ああ。正直、あれを防げたのは奇跡に近い。二度は無理だ」


 強がりかよ。いや、あんな見て分かる威力を秘めた攻撃を防ぐこと自体があり得ない事なんだろうけどさ。


 首を回して薫がやってきた方向を見定める。どうやら壁をぶち抜いて来たらしい。


「……お前、どうやって俺の存在に気付いたんだ?」


「あれだけの足音を響かせていれば嫌でも分かる。仲間かと思ってそっちに向かったらお前がいたというわけだ」


 なるほどね。しかし壁をぶち抜いてまで急ぐ必要はあったのか?


「仲間が追われているかもしれないと思ったんだ。……相手が予想以上に大物で私も焦ったが」


「……とりあえず、今の俺とお前の思考は一緒のはずだ」


 追及が俺に来そうだったので話をすり替え、現状の打破を考える事にする。


「奇遇だな。私も同じことを思っている」


 目線も合わせずに会話する。ちなみに時間はほとんど経ってない。


『勇者が二人……、たった二人で我に届くか?』


 魔王が再びその手に光を収束させ始める。


「せーのっ!」


 俺と薫が息を合わせ、同時に走り出す。




 ――薫がぶち抜いた壁の穴目がけて。




『ぬぅっ!?』


 あんな狭い通路で戦ってられるかってんだ。とりあえず逃げて広い場所に出ないと話にならんぞ。


「しかしどこへ行くんだ!? この辺の地理はどう考えても向こうが有利だぞ!」


「んなもん考えてねえよ! まずは逃げて距離を稼ぐ事からだろ!」


 二人並んで狭い通路を全力ダッシュ中。あの気配に充てられたのか、妙にテンションがハイになっている。息も切れないし、アドレナリンでも出ているのだろう。


 話している間に気付いたのだが、目の前に結構大きな扉があった。扉の大きさからして、それなりに広い空間があると判断していいだろう。


 お互いに首を傾け、一瞬だけ視線を交錯させる。薫が剣を構え、俺が後ろの警戒に回る。


「ってもう来てる!? 《闇よ 纏わり付け》」


 魔王のシルエットが見えたため、闇魔法で道を阻む。魔族に闇って通じんの? という疑問が脳裏によぎるが、一応効果はあったようで魔王の動きは止まってくれた。


「せいっ!」


 同時に薫がドアを破壊し、中に転がり込む。


 やはりと言うべきか、中はかなりのスペースがあった。俺と薫が全力で戦っても壊れなさそうな広大な部屋であり、本来ならここが魔王の玉座では? と思ってしまうほどだ。


『死に場所の準備はできたか?』


 魔王が悠然と中に入ってきた。俺と薫は即座に距離を取って互いの武器を構える。


「……勝率は?」


 薫がこめかみに冷や汗をかきながら聞いてくる。俺はそれに直感で答えた。


「……1パーセントあれば良い方だな」


 相手の格が違い過ぎる。今まで戦ってきた相手だってこっちは苦戦してきたっていうのに、今回のは間違いなく別次元だ。


「充分だ。百回やれば一回は勝てる計算なら」


「……ハッ、それもそうだ」


 相変わらず前向きな事で。俺まで引きずられてやる気になってしまったじゃないか。


「基本方針は?」


 気合の入ったところで薫に戦い方を聞かれた。やはりここは――




「――決まってる。倒すぞ!」




 俺と薫は同時に左右に駆け出し、魔王を倒すべく挟撃の形を取った。


 フィアたちに知らせても良いのだが、さすがに七人が入るとこの部屋はいささか手狭になる。そして、魔王の攻撃は一撃でもまともに受けたらオーバーキル間違いなしの威力がある。


 ならば、受ける攻撃の密度は高くなるけど、それでも身軽に動ける二人の方が得策。


『来い! 魔王らしく、我が全力を持って相手しよう!』


 魔王が大きくマントをはためかせ、こちらを待ち構える。俺は下がって鋼糸での援護に徹し、薫が前線に出て大きく剣を振るう。


「くっ!」


 薫の剣が当たらない。ぶっちゃけ、俺の目からはすでに追い切れない。かろうじて肩の動きでギリギリ剣の軌跡を読んでいるようなものだ。


 その剣線を魔王は見て避けている。正直、俺からしたら理解できない領域だ。言ってしまうと、俺なんかが介入できる次元を越えている。


 それでも、俺はこの戦いに加わらないといけない。


 自分で選んだ道にケジメを付けるため。薫のサポートをして、一緒に戦うと決めたから。


「薫!」


「ありがたい!」


 そして今の俺にできる事は援護に徹する事でしかない。そのため、鋼糸を操って糸の足場を複数作り出す。これによって限定的ではあるが、三次元の動きが可能になる。


 俺の言いたい事を即座に読み取った薫が糸でできた足場に立つ。そこで剣を気で覆い、剣身を伸ばす。


 ――チクショウ。あいつどこまで遠くに行けば気が済むんだよ。


 いつも感じている事だが、やはりあいつは天才だ。俺の努力を軽々と越えてしまう。


 そして、そんな薫でも苦戦するほどの実力を持つ魔王。


 そいつに対し、俺は攻撃する術をほとんど持たない。というか薫と同じスピードで攻撃とか無理。


 ヤバいな。柄にもなく無力感に苛まれているぞ。


 アホらしい、と理性は十二分に理解している。客観的に見ても主観的に見ても今の俺は下らない事で悩んでいると分かる。


 だが、心が勝手に諦めの感情を生み出していく。さらにそいつが俺の思いを折ろうと頑張っている。


 ああ、うるせえよ。これが選んだ道だろうが。できる事なんてまだ山のようにあるんだぞ。できない事で思い悩む前にできる事をこなせ。無力感に囚われるのはそのあとで充分だ。


 と、自分の心に言い聞かせて必死に思考を戦闘にシフトしようとする。しかし、上手くいかない。


 珍しい。本当に珍しい。俺がこんなに自分の感情を抑えられないなんて。


「クソッタレが……」


 自分を嘲るように口汚く弱々しい言葉を吐く。今は戦闘中だ。気持ちの切り替えもできなければ死ぬのは俺たちなんだぞ。


「静!」


 自分の中に埋没し過ぎたため、薫の声に反応するのがワンテンポ遅れてしまう。気付いた時には、魔王の手に光が集まっているところだった。


「危なっ!」


 体の反応がギリギリで間に合ったため、回避には成功する。しかし、無様に倒れ込んでしまって、追撃を受けたら終わりの状況に持ち込まれてしまう。


 そんな俺をかばうように薫が俺の隣に立つ。魔王も何を思ったのか、俺たちに追撃をせずにその場にたたずんでいた。


「静――」


 薫からの声がかかる。不甲斐ない俺への追及だろうか、と思ってうつむく。ヤベえ。突き放されるのを怖がるなんて、本当にらしくねえぞ。




「――私の隣にいていいのは、お前だけだ」




「――っ!」


 思いがけずかけられた言葉に顔を上げる。


「仲間は良い。友人も良い。どちらも私の近くにいる。だが、お前だけは別だ」


 アホの子のように口を開けて惚ける俺に薫が言葉を続ける。


「胸を張れ。過去にも未来にも、冬月薫の相棒はたった一人だけだ」


 ……ああ、俺はこんなバカバカしい事で鬱になっていたのか。


 要するに、不安だったのだ。こいつの相棒を名乗る資格がないような気がしていただけだ。


 …………本当にアホらしい理由だ。こいつから離れられるなら万々歳だってのに。そして万々歳だって頭で分かり切っているのに、心が歓喜している俺が一番バカだ。


「……ったりめえだろ。俺がいなかったら、誰がお前の無茶を止めるんだよ」


 さっきの弱々しい声とは違い、気迫に満ち溢れた声が出た。人間、心の持ちよう一つでこうも変わるのかと思った。人の体って良くできている。


「それでこそだ。――イケるな?」


「ああ。借りは必ず返す」


 特にこいつの借りはさっさと返しておかないと何かと危ない。


『ずいぶん長かったじゃないか。そんなにお互いが大事か?』


「ああ、自分の全てを委ねられるたった一人の相棒だ」


「すまん。俺はお前に全部預けたくないわ」


 背中は預けられる。命も預けられる。だけど俺が俺である事だけは預けられない。それは依存と同じだから。


「ははっ、調子が戻ってきたじゃないか。そうでなければお前はお前じゃないよ」


「…………」


 明らかに褒められていないのが分かったため、むっつりと黙り込む。しかし、薫はそんな様子すら面白そうに眺めていた。


 マズイな。薫に手玉に取られるなんて滅多にないのに。


「ああもう! 行ってこい! 後ろは任せろ!」


「当然だ!」


 再び俺たちは挟撃を仕掛けるべく、動き出した。


『……ようやく舞台が整ったか』


 俺たちが挟み込むように位置取りをし、


『これで、我も本気を出せる』


 糸で全身を縛り付けてから、トドメを刺すべく走り出す。


『さあ……これが我の本当の力だ』


 俺と薫、双方の刃が刺さろうとして――




 魔王の姿がかき消えた。




「なっ!?」


 お互いの驚愕した表情が視界いっぱいに映る。ヤバい――!


「くっ!」


「うぁっ!」


 かろうじてお互いの刃が腹に刺さるという事態は免れたが、俺はわき腹を浅く斬られ、薫は二の腕を少し斬っていた。


『さて……ここからは我が攻めさせてもらおうか』


 そんな声が左耳に届き、傷の痛みも忘れてそちらを振り向く。


 何というか、若々しい御仁が立っていた。


 まあ、ヨボヨボの爺さんが薫の剣を避けられるわけないよな。むしろ避けられたらかなりへこむ。爺さんに負けた事実に。


 魔王の纏っていたローブで体格がよく分からなかったが、実は細身だった。しかし無駄なく引き絞られた筋肉が全身を覆っている。


 顔は……男からしたら悪夢のように整っている。チクショウ、滅んじまえ。


 魔性のオーラと言うべきか? とにかくそんなのがあふれるたたずまいだった。


『では……行くぞ!』


 速かった。だけど距離を取っている以上、目で追えないほどではなかった。


「おっと!」


 俺はその攻撃を危なげなくサイドステップで避ける。だが、それが失敗だった。


『甘い!』


 俺の横を素通りしたと思ったら、急ブレーキをかけてこちらに拳を突き出してくる魔王。


 そうだ。敵が一直線にしか動けないなんてルール誰が決めた。そんなのはプログラムの制限で動きが限定されているゲームの中くらいだ。


 そして、俺に迫る拳には先ほどから放っていた光が渦巻いていた。おそらく、ぶつける瞬間に爆発させて威力を増やすのだろう。


 全ての物事がひどくゆっくり流れている。まあ、そのおかげで俺がこうしてのんびりと思考できるわけだが。


 ――あ、終わった。


 実に滑らかに、そんな思考が頭の中に入り込んだ。


「させるかあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 全てを諦めていた俺の前に勇者が割り込む。


 そのまま構えた剣でそれを受け、二人一緒に吹き飛ばされる。


「あぐっ……」


 何とか頭はぶつけなかったが、背中を思い切りぶつけてしまう。内臓に響く衝撃で肺から息が抜ける。だが、新しい空気は取り入れられなかった。


「薫……?」


 俺の腕の中に、ひどい傷を負った薫がいたからだ。


「はぁ……っ」


 呼吸音が聞こえた。まだ生きている。それに嬉しさを感じるとともに、こいつのこんな姿にどうしようもない非現実的な感じを受ける。


「おい、大丈夫か!?」


「あ、ああ……」


 こちらの呼び掛けには意外としっかりした声で応えた。どうやら意識はあるようだ。そして致命傷と言えるほどの重症ではない事も確か。


 だが、俺の不安は消えなかった。心のどこかで、こいつは勇者だから大きな怪我は負わないと過信していたのかもしれん。


 バカだ……どうしようもないバカだ俺は。


 こいつを小さな一人の人間だと認めていたのは誰だ? こいつに勇者の役割を押し付けたのは誰だ?


 全部俺だ。なのに、分かってなかった。俺がこの世界で一番、こいつが勇者である事を盲信していた。


「……傷は痛むか?」


「だ、大丈夫だ……ぐっ!? ……すまない。少しキツイ」


「そうか……」


 目を閉じ、自分にできる事を模索する。


 最善を考えるなら、いったん退くべきだと思う。目くらましなり何なりして、この部屋を脱出して薫の治療をする。そしてフィアたちも連れてもう一度立ち向かう。それが理想の形だ。


(……チッ、ヤキが回ったな)


 ヤの方たちが考えそうな事を考えて、その最も良い選択肢を――消す。


 壁に寄りかかるように体重をかけ、体を起こす。薫の体をゆっくりと優しく横たえてから、薫の持っていた剣を拾う。




「三分だけ休め。選手交代だ」




 今まで使っていた旅のお供――メイを手から外し、薫のところに置く。


『……主』


「メイ、こいつの事をちょっと見てやってくれ。今のこいつは赤ん坊にでもやられそうだからな」


 全てを理解したように俺の名をつぶやくメイに苦笑して、薫の様子を見るように言う。


「……静」


「さっきの借りを返すだけだからな。だから三分以内に傷を治して戻ってこい」


「……ああ、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」


「おお、三分なんて余裕だっての。安心して休め」


 ウソだ。俺が返すのはさっきの借りだけじゃない。今までこいつに押し付けてきた全ての責任を背負う。だから三分なんて大盤振る舞いだ。


 ……ぶっちゃけてしまうと、俺一人で魔王相手に稼げる時間は良くて一分。三分はその三倍。俺がどれだけ無理難題に挑もうとしているか分かっていただけると思う。


 だけど……俺がバカやった責任だ。これじゃ軽いくらいだ。


『お前一人か? 言っておくが、時間を稼いでも一分がせいぜいだ。お前なら分かっているだろう?』


「ああ、分かってるさ」


 それも俺が全力を尽くしに尽くした結果だ。自分でもよく理解している。


「ただまあ……、相棒に押し付け続けた責任だ。どっかでケジメをつけなきゃならんのよ」


 おどけたように言ってみせ、剣を突き付ける。




「んで、今がその時ってわけ」




 俺の啖呵に魔王はほぅ、と少しだけ感嘆した様子を見せた。


『……我は魔王。本当の名は、そなたらが再び揃った時こそ言おう。ああ、その時まで生きていたら、見くびった非礼を詫びる』


 あれで見くびられていたとか。どんだけ遊ばれてんだよ、ともはや笑いしか出てこない。


 そんな大き過ぎる存在に、俺は名乗る。高らかに。




「秋月静。職業は――勇者だ!」

とうとう五十話です(まあ、閑話含めると五十三話ですが……)


今回は魔王無双です。やはり魔王は強力でなくっちゃいけません。RPGの仲間が四人がかりでフルボッコしなければ勝てないのです。それに二人で挑むんですから、これぐらいがきっとちょうど良いはず。


そして静の不安や今まで抱えていたものも書けました。やはり彼も人間ですから、隣に完璧超人がいて、何も思わないわけないのです。長い間一緒にいて、割り切ったとしても、フラッシュバックのように唐突に感じてしまうものだと私は思ってます。


……まあ、それを表に出すのが戦闘、それもラスボスとの戦闘中なんですから、彼もとことん間が悪いです。


ついに静に勇者発言ができました。とどのつまり、これを言わせたかっただけです。






……ここまで来てしまったのだから、終わりまで書きたくて仕方がない。だけど私には受験が……!

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