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四十九話
「で、突撃するとは決めたけど、ぶっちゃけどうするあれ?」

 目の前に広がる敵の壁。向こうも俺たちの攻撃を警戒しているのか、状況は停滞している。

「さすがにお互い無傷は難しいだろうな……」

 難しいどころか不可能だろ。

「……上ってのはどうだ?」

 魔族と言っても一人一人の大きさは人間の大人と同じくらいだ。風で速度を強化すれば上を越えられるのではないだろうか。

「その場合、一人でも失敗したらあの中でミンチだぞ」

 それもそうだ。やはりこの案は却下しよう。

「キースは何か良い案あるか?」

 俺の案を却下したのだから、別の案ぐらい出してもらわないと困る。

「……やはり全て蹴散らしてしまうのが一番だと思う。魔族は我々にさんざん辛酸を舐めさせてきたのだ。この程度、倒しても問題あるまい」

「それ言ってたら世の中に平和なんて訪れねえよ」

 典型的過ぎる悪循環だ。憎しみに任せて相手を殺し、殺された側は殺した側を殺そうとする。永劫に続く負のループ。

「静の言う通りだ。私は認めない」

「はい! 薫さまがそう言うのでしたら!」

 薫の一声で自論をあっさり捨てるキース。それって人としてどうよ? と言わざるを得ない姿だった。

「……あ、そうだ」

「何か良い方法でもあるのか? 静」

 いるじゃん。こういう時に便利な奴が。

「薫とリーゼ、適当に大威力の技を……」

 右を向いて、橋の下を流れている川を指差す。

「ここら辺にぶっ放して」

 訓練されていない奴など、簡単なハッタリで充分に無力化できる。ちょっとこちらの戦力の大きさを教えてやればいいだけだ。

「……なるほどな。ここは私が行こう」

「いえ、薫さまは休んでいてください! 私がやります!」

 どっちでもいいから早くして。そろそろ相手側の痺れが切れそうだから。

「いや、私がやる。勇者がこれだけの技を持っている、と教えた方が効果はあるだろう。なあ静?」

「ぶっちゃけた話ではな。ただ、お前の消耗とかも考えてリーゼも選択肢に入れたんだけど」

 ウチの最大戦力なので、下手に消耗して魔王にたどり着く前に倒れられたりしたら非常に困る。死亡フラグのオンパレードになること間違いなしだ。

「安心しろ。この程度で弱るほどヤワではない」

 そのセリフは男が言えばカッコイイと思う。そして薫の凛々しい姿を見たリーゼとキースが顔を赤らめていた。その瞳に宿る光はもはや狂信の域だ。

 ……今、初めてあの二人をマジに怖いと思った。こいつらなんて言うか、ヤバいよ。

「とっととやれ」

 あの二人の視線を見なかった事にして薫を促す。細かく考察したら俺の胃が壊れそうな気がしたからだ。

「言われなくても……っと!」

 薫の剣に圧倒的勢いで魔力と気が収束する。クレアと出会う以前よりさらに集まるスピード、質ともに上昇している。このチートめ。その才能を八割ぐらい俺に寄越せ。

『それではほぼ全部ではないかのう……。というか、彼女から才能を奪ったらあの二人に殺されるぞ』

 それもそうだな。やっぱやめた。あの二人相手では、たとえ薫の能力を持っていたとしても自分が殺される未来しか想像できない。

「豪剣!」

 久々に見た薫の豪剣。初期の頃は大型の人を一体吹き飛ばす程度だったらしい(闘技大会を見てないから人聞き)のだが、今では川を真っ二つにできるほどの威力を誇る必殺技と化している。

 ……しかも連射性も上がっており、連発も可能という鬼性能。戦場でも豪剣連発していれば生き残れそうだ。そのチートな力がうらやましい。

 そんなやっかみや妬みはさておき、魔族の状態を見てみる。

 ……うむ、明らかに動揺や怯えが走っているな。

「これがウチの勇者様の実力だ! 死にたい奴はかかって来い!」

 そこで俺が腹の底から声を出し、手近にあった石を糸で切り裂く。相手がパニック状態の時はちょっとした手品であっても莫大な効果をもたらしてくれる。

『……こんな奴らに勝てるわけねえよ!』

 誰が言い出した言葉だろう。そんな声が敵側の中から響く。

 それに呼応するようにダメだ、とか勝てっこない、とかの声が魔族の群れの中から断続的に聞こえ始める。瓦解は時間の問題だな。

 さて、最後の仕上げだ。

「……今なら何もせずに見逃してやるぜ?」

 敵はパニックの極み。その中でたった一つ、逃げ道を与えてやる。するとどうなるか。答えは簡単だ。

『う……うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 雪崩のように魔族の壁が崩れ始める。そして彼らは――



 ――城の中へ向かって一直線に走っていった。



「……え? そっち!?」

 予想外の事態に思わず突っ込んでしまう。

「良く考えれば当然じゃないのか? こっちには私たちがいるんだし」

 薫の言葉が思いのほか正論過ぎて黙らざるを得ない。腹に据えかねる事この上ないが、今は先の事を考えるべきだ。

「クレア、見えるか?」

「さすがに無理ね……明るい場所から暗い場所は見えないわ。暗い場所から暗い場所なら見えるんだけど……。とりあえず、この役立たずな目をえぐり取るから許してちょうだい……」

 途中まで普通だったから安心してたのに、後半で一気に鬱入りやがった。フィアとアイコンタクトを交わして羽交い絞めにしてもらう。

「カイトは?」

 こういう時はクレアとはまた別の第六感が働くカイトが良い。敵の気配が読めるのはこいつくらいだ。

「……すみません。気配が多いのと、激しく移動しているため何がなんだか……」

 要するにごちゃごちゃし過ぎて判然としない状態のようだ。

「静の気配なら例え世界の裏側にいても分かるのですが……」

 怖いよコイツ。ストーカー宣言したよ。

「……中に入るしかないな。反応が速いカイトと薫、キースが前。クレアとリーゼ、俺は後ろで援護。フィアは俺たちの守護を頼む」

 フィアはどうしても力に頼った戦い方になってしまうので、カイトたちと比べると反応がワンテンポ遅れている。それを鑑みての配置だ。

 全員が俺の指示に従ったのを確認してから、薫が慎重に城の中へ踏み込む。それに続いて俺たちも中に入る。

「《光よ 灯れ》……うわぁ」

 リーゼが灯りを照らしてくれたのだが、中に映っているのはまさに地獄絵図だった。

 悲鳴と怒号。そして慌ただしい足音。どこの戦場かって思うほどの場所だった。パニックって恐ろしい。

「……まあ、この分なら楽に進めそうでいいんじゃないか?」

「それもそうだ。今なら敵の指揮系統も混乱しているはずだからな。一気に進んでしまおう」

 魔族たちの目に止まらないようにコソコソと壁際を歩いていく。

「……ん?」

「どうかしたかクレア?」

 何やら足元をしきりに気にしている様子のクレアに声をかける。

「いえ……何か、軋む音のようなものが聞こえて……」

 軋む音? 俺には何も感じないのだが。

「言われてみれば……足元から聞こえるな」

 薫もクレアに追従するようにそんな事を言う。

 さすがに二人に言われては無視できないので、俺も足元に意識を集中させる。

 …………うん、確かにギシギシと言った音が聞こえるな。

 非常に不安になったので、地面に耳を付けてトントンと軽く叩いてみる。返ってきたのは空洞音。

「……まさか」

 奇遇にも全員が同じタイミングで同じ答えに行き着いたらしく、顔が一様に引きつっている。



「この下、何もないのか!?」



 認めたくない事実を言うんじゃない! 俺は信じないぞ!

「だ、大丈夫だって。あれだけの魔族が動いているのに、この床は大丈夫じゃないか」

 ほら、とみんなをなだめるようにその場で軽くジャンプする。着地と同時に響くビシッ、という嫌な音。

『ああ……主がそんな事をすれば、主の意とは逆に事態が向かうのが分かっておるだろうに……』

 すまん。さすがの俺も少しテンパってたみたいだ。

 ビシビシビシッ、と亀裂が入る床の上に立ち、俺はみんなに申し訳なさそうな顔をして、



「すまん、この床落ちるわ」



 実に軽く言ってのけた。

 それと同時に強烈な浮遊感を感じ、体が重力という強力な鎖に繋がれて引っ張られる。向かう先は真っ暗闇の奈落の底。

「――っ! 静のバカーーーーっ!!」

「今回だけは甘んじて受け入れてやる!」

 薫の批難も受け入れざるを得ない。

「静さんの同性愛者ーーーーっ!!」

「次言ったらぶっ殺すぞフィア!」

 何事にも言って良い事と悪いことぐらいあるんだよ! 最近、同性愛関係の話は俺にとって鬼門になりつつある。

 こうして、俺たちは地下深くへ落下してしまった。





「……生きてる」

 パチ、と目を開けてまだ生きている事を確認する。ついでに足と腕の存在確認。やはり落下している最中に風で落下の衝撃を軽減しようとしたのは正解だった。

 ならなんで意識を失っていた、と突っ込まれてしまうだろうが、これにもれっきとした理由が存在する。

 …………勢いを殺したまでは良かったんだけど、そこで瓦礫が後頭部に直撃したんだよ。幸い、意識を失った時の高さはあまりなかったから、こうして生きている。

「あいつつつ……」

 後頭部にできたタンコブをさすりながら立ち上がる。

「《光よ 灯れ》……うわぁ」

 灯りを灯して周囲の確認をしたのだが、俺の周囲に人間の頭くらいの大きさの瓦礫が無数に落ちていた。まともに食らったら頭がエライ事になるのは間違いなさそうだ。

 そんな瓦礫がまるで意図的に俺を避けたように落ちていた。これは作為的か? はたまた俺の悪運か?

『悪運だと思うがのう……。主、日常の幸運などは全てこっちに回っておるからのう』

「メイ、お前が俺をどう見ているかが良く分かったよ」

 俺の癒しは遥か遠くへ消えてしまったのか。誰か胃薬をください。

「みんなは……はぐれたのか」

 辺りを見回すが誰もいない。仲間はいないが、敵もいない。プラスマイナスゼロと言っていいはずだ。

「まあ、そんな遠くにもいないだろうし……適当に探すか」

 落ちた時の距離が距離だ。ほとんど離れてはいないはず。ただ、壁と壁を隔てて向こう側にいる可能性が高いだけで。

 それと同時に敵の存在にも気を付ける事にする。通路で出会い頭とかヤバ過ぎる。接近戦は得意じゃないんだ。

『ううむ……皆の場所は分かるのか?』

「俺のパーティーはな。だけどそれも大雑把な位置だけ。そこへ至る道のりとかは分からない」

 フィアとカイトは俺とパーティー登録してあるため、大体の位置は分かる。だが、それは点の位置でしかなく、そこまで行く方法は分からないのだ。

 障害物が何もない平原などならともかく、建物内でこの機能はほとんど役に立たない。分かるのは生きているかどうかぐらいだ。

 幸い、フィアとカイトの両名とも存命の様子。怪我しているかどうかは知らないが、あの二人なら大丈夫だろう。

「とりあえず、こっちも動こう。向こうがまだ気絶している可能性もあるしな」

 そうなったら俺が救助しないといけない。仲間に死なれるのは全力で遠慮願いたい。

 後頭部をさすりつつ、瓦礫がポツポツと落ちている通路を進む。床は硬質な石でできており、革靴などで歩いたらコツコツという音が聞こえそうな感じだ。

「けほっ……、埃臭いなあ……」

 それにしてもすごい埃だ。あれだけの瓦礫が落ちたのだから、埃が巻き上がるのは分からなくもない。しかしゲームで見るのと、自分で体験するのではまるで違う。

 しばらくは我慢して進んでいたのだが、あまりにひどい埃に耐え切れなくなり、一時避難として手近な部屋に隠れる事にする。

「お邪魔しまーす……」

 静かにドアを開け、中に滑り込むようにして入る。

『……よく来たな秋月静』

 低く、陳腐な表現だが奈落の底まで響くような声が聞こえた。

「人違いです!」

 ビデオの巻き戻しのように体を動かし、廊下に出る。そしてゆっくり深呼吸して――



「――全力ダッシュ!」



 通路を全速力で逃げ出した。

 心臓はバクバク言っている。必死の形相を作っているのに、顔が引きつるのを止められない。そして、柄にもなく俺の足が震えていた。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい! 理性じゃない。本能が叫んでいる!



 ――あれが魔王だ!



「冗談じゃねえぞ……」

 俺みたいな雑魚が何でラスボスと鉢合わせる。この不幸を五時間ほど愚痴りたい気分だ。飲み物は思い切り強烈な酒で頼む。

 そして運が悪い時はとことん悪くなるもので、行き止まりにぶつかってしまった。

「チッ……」

 急いで戻ろうとしたが、後ろには魔王の黒いシルエットが。いつの間に来やがった。追われてる気配は感じなかったぞ。

『ここは我の城。自分の城の中を知らないと思ったか?』

 魔王の説明が尤も過ぎる。この場所は魔王のホームフィールドと言ってもいい場所。地の利でどっちが有利かなんて決まり切っている。

『さあ……我はお前と会うのをとても楽しみにしていたのだ。……楽しませてくれよ?』

 魔王のシルエット――周囲が暗くて細部が見えない――が手をかざし、その手に光が集う。

 一瞬だけ魔王の輪郭が見えた……ような気がしたが、すぐに光の異質さに気付いて体を強張らせる。

 あれはヤバい。あれは受けたら塵一つ残さず消滅する。

 そんな事が分かるのに、頭がそれを打破しようと回転しない。未だかつてないピンチだ。

 やがて光が発射され、俺の視界をその強烈な光源で眩ませる。

 思わず目をつぶり、迫り来る死に対して身構えて――



「やれやれ……立場が逆じゃないのか、静?」



 ひどく聞き慣れた声が耳朶を打った。
静のハイパーヒロインタイムです。彼が誰かを助けるのは似合いません。静は誰かに助けられている方が似合います。


センター試験終わったーーーー!! キャッホーー!





…………さて、今週末の私大入試に向けて勉強するか。


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