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四十八話

 煙の見える方向へ向かう事が決定したものの、やはり遠くからそれがどんなものであるかを見極めておく必要があるのは自明の理。


「というわけでみんな、何か見えるか?」


 ちょっとした高台の上で腹ばいになり、全員で煙の伸びている方向を凝視する。


 少なくとも俺の視力では何かある事が分かっても、それが何かまでの詳細な情報は掴めない。望遠鏡でもあればよかったのだが、あいにくとそこまで都合の良い物は手元にない。


「……やはり集落のように見えるわ。動く影は見当たらないわね」


 俺には見えないものをクレアはさも当然のように見て、俺たちに伝えてくる。


「……すごいなお前」


 純粋にそう思う。俺だって両目とも2,0あるのにまだ見えない。それを簡単に見てしまうこいつの目が羨ましい。


「という事は、人の姿も魔族の姿もないという事だな?」


「ええ……といっても、目視だけでは気配まで読み取れないわ。もしかしたら私たちの存在に気付いて隠れているだけかもしれないし」


 さすがにそれはないと思う。まだるっこし過ぎるし、気付いている時点でとっとと不意打ちなりできるだろう。ここは向こうのホームグラウンドなんだから、地の利がどっちにあるかなんて分かり切っている。


「……薫とカイト、ちょっと見て来てくれないか?」


 こういう時は偵察を送った方が賢明だ。よって、足の速いカイトと魔法や気で強化ができる薫を選ぶ。


「私は構わないが……カイトはどうだ?」


「静の頼みとあらば、断る理由はありません!」


 瞳にやる気をみなぎらせたカイトに一同ドン引き。しかし俺は良い事を聞いたとほくそ笑む。これから俺一人で無理そうな事は容赦なくこいつを使おう。


 二人が行ってから、しばらく様子を見る。ううむ、やはり煙しか見えない。というか、目が疲れるから寝よう。


「……静さん、何寝てるんですか」


「そうは言ってもだな、この距離からじゃクレアしか見えないって。だったら俺たちは休んで体力の回復に努めるべきだ」


 フィアのジト目をさらりと流し、体を横にする。できない事はできる奴にやらせる。やらせている奴には最大限の手伝いと、それ以外の役目を背負ってやる。役割分担の基本だ。


 もしこの状況で敵が襲ってきたらクレアを除く全員が戦うのが筋だろう。遠くの物を見続けるのは体力を消耗する。見えないのが分かっている俺たちまでそれに付き合って体力を消耗するのは経済的じゃない。


「……ある意味とても現実的ですね。割り切っているというか……」


「割り切らないとダメだろ。一歩間違えたら死ぬぞ」


 敵地に入るというのはそういう事だ。一瞬だろうが今後の方針だろうが、どれか一つでもミスったらデッドエンドまっしぐらだ。


 人数が多いからか、はたまた今までどんなヤバい事でも生き残ってきたからか、どうにもこいつらの考え方が甘い。


「前に何とかなったからと言って、次に何とかなる保証なんて存在しないんだ。というわけで自分が役に立てないと判断したらとっとと補助に回った方が良いぞ」


 少なくとも俺はそうしてきた。薫は修羅場に関してはできる事多いから戦闘ではもっぱらサポートに専念していた。


 ……だってさあ、幼稚園児に高校生の不良と殴り合えとか無茶過ぎるだろ。ってか、なんであいつは対等に殴り合えたんだ?


「……静の言う通りよ。私に付き合って無駄な時間を浪費する必要はないわ」


 あれ? クレアがまともな事言ってる。珍しかったので、思わずそちらの方を向いてしまう。


「そう……こんな事をやっている私は存在自体が無駄そのもの……ウフフ……」


 少し明るくなってきたかな? と思ったのに、またもや自分の言葉で鬱モード入ってしまった。


「ほら、ちゃんと見張り頼むぞ。お前しか見えないんだから」


 自殺しようとしているのを止めるのは結構労力を使うので、言葉でなんとかなだめようとする。同時にフィアに手振りで身構えておくよう指示を出す。


「……やっぱり、ゴミ屑のような私でも、人の信頼には応えないといけないわね」


 しかし、思いのほか効果を上げたみたいでクレアの瞳にやる気がみなぎっているのが分かった。なんでもやってみるもんだ。


「……あ、薫さんたちが戻ってきたわ」


 休もうとしていたのに、クレアを止めたりみんなに役割分担の意義を説明していたから休めなかった。あいつらもう少しじっくり探索してくれたっていいだろうに。


「んで、何かあったか?」


「いや、不気味なまでに誰もいなかった。人はおろか、魔族すら見かけない始末だ」


「気配も感じられませんでしたし、家もいくつか見たのですが、まるでついさっきまで食事をしていたような光景がありました」


 薫とカイトの報告に首をひねる。まるで怪談話の幽霊船だな。


「幽霊船だな、まるで」


 薫は俺の考えた事とそっくり同じ事を考えた。さすがに地球育ちだし、それを連想しても仕方がない。


「まあ、通っても安全かどうかさえ分かればいい。どうだった?」


「危険はないと思う。ただ、何が起こるか分からない場所だ」


 それはどこへ行っても同じだと思う。


「いつも以上に警戒しながら街に入る。薫とカイトは先行って案内。俺は後ろにつく」


 指示を出しつつも思考にふける。街の様子を罠と判断すべきか、それ以外の何かであるか。


 ……ほぼ百パーセント罠であるとは思っている。だが、罠だと言い切ってしまえるほどの根拠がない。


 どっちにしろ、考えても詮なき事だ。罠がある事を前提にして動けば、少しは対応もしやすくなるだろう。


「静? どうかしたのかしら?」


 ちょっと思索にハマり過ぎ、クレアの声が急に聞こえてビックリする。心臓がひっくり返るかと思ったが、気合で隠す。もし見せたらクレアがショックを受けてしまう事請け合いだ。


「いや、何でもないって」


「……私には言えない悩みかしら?」


 さあ考えるんだ俺。どう言えばこいつを落ち込ませずに済むのかを。


「悩みというよりは懸念事項、かな。何かが引っ掛かる」


 違和感だらけでどこを怪しめばいいのか分からないくらいだ。


「……そう。私みたいなバカでは役に立ちそうにないわね……」


「いや、お前には充分助けてもらってる。だからこれは俺の役目だ」


 落ち込み始めたクレアをすかさずフォロー。最近、こいつの扱いに慣れてきた自分に妙な物悲しさを感じる。


 そんな事を会話しているうちに街に入る。見たところ、本当に人間の街と大差ない。


 違うところを挙げるとしたら、やはり薄暗い大陸で暮らしているからか、畑が少なくなっている。牧畜などで生計を立てているのだろう。


 やはりゲームと違ってどこの街にも生活臭というのが存在する。それは魔族の住んでいるであろう街でさえ例外ではない。


 ……ここの人たちにも生活ってあるんだよな。


 ちょっとしんみりしてしまう。やはり誰にでも生活というのは存在し、俺たちは魔族であるから、という理由だけでその生活を奪おうとしている。


 …………まあいいか。


 俺たちは相容れないところまで来てしまったし、魔族に生活があるからと言って手をこまねいていては人間の生活が脅かされるのだ。


「っつーことで、早いとこ進むか」


「あれ? やる気を出しましたね静さん。さっきまで何か考えてたみたいですけど」


 俺の前を歩いていたフィアが振り返ってくる。俺の顔など見ていないのに、何でこいつは俺が物思いにふけっていた事を知っているのだろう。


「まあね。ほら、急ぐぞ」


「そうですね。何かあるのは確実でしょうけど、踏み潰せばいいだけです」


 何とも豪快極まりない意見だ。さすがに戦闘狂なだけはある。


「……今、ものすごく不本意な評価をされた気がします」


 何をバカな。恐ろしく正当な評価だろう。


「不本意だと言ったんです! たとえ合っていても納得できません!」


「人の思考読むな」


 口に出してないのに怒りだしたフィアに軽く恐怖する。俺がこいつに対して普段思っている事がバレたら殺されるんじゃないか?


「ほら、先歩け。ちょっと遅れてるぞ」


 そこだけは死守しなければ死亡フラグなので、話をすり替えてしまう事にする。


「むぅ……」


 フィアはそれに気付いて不満げだったが、俺は正論を言ったので特に文句を言ってはこなかった。






「しっかし、見事なまでに誰もいないな……」


「そうですね……ここまで何もないと不気味ですね……」


 俺の言葉にカイトが賛成し、他のみんなもうなずく。


 街を一通り探索した俺たちは広場で休憩を取っている。円形になるように座り、自分以外の全員の姿が視界に入るようにしておくのがポイントだ。


 そこまで警戒する必要もないかもしれないが、念には念を入れておく。何が起こるか分からない以上、最高の形なんてのは存在しない。


「もうすぐ日も暮れるな……。今日はここで野宿か?」


「嫌っ! 絶対に嫌です!」


 キースの提案をリーゼとフィアが同時に却下する。怖い物がダメか。フィア、お前ならきっと戦闘になれば大丈夫だよ。


「とりあえず、あそこの城にでも入っておくか?」


 どうせ寝るなら豪華な部屋の方が良いし。あそこだけは調べていないが、きっと他と一緒だろう。


「そうだな……私が先行するから静は後ろの警戒を頼む」


「あいよ」


 薫が立ち上がり、俺たちも続く。俺は最後尾に付き、後ろで何かないか警戒する。


「……すっごく嫌な予感がします」


「奇遇だな。俺もだ」


 後ろの俺が一人にならないように一緒にいてくれたフィアが冷や汗をかく。なぜなら、目の前にそびえたつ城があまりにも禍々しいオーラを放っているから。


「ん? どうした二人とも」


 薫、前にも思ったがお前には本能的な恐怖とか、このおどろおどろしい空気とか何も感じないのか?


「薫以外の全員、素直に答えろ。この城はヤバいと思う人手を上げて」


 カイトとクレアは手を上げた。つまり俺のメンバーだけ。あれ? 全員上げると思ったんだけど。


「何言ってるんだ静。薫さまの言う事が全て正しいに決まってるだろう」


「キースの言う通りです。薫さまが言っているんですから、疑う余地などないじゃないですか」


 俺はお前らの頭を疑いたいよ。


 正直、ヤンデレを甘く見ていた。まさかここまで薫至上主義とは……。薫が死ねと言ったら喜んで自殺しそうだ。


 ……今度、薫からの伝言という形にして雑用でも押し付けようかな。


「いや、やめとこう」


 もしバレたりしたら、その日が俺の命日になってしまう。ハイリスク過ぎてやってられない。


「なにをですか?」


 フィアに耳ざとく聞かれたが、曖昧に笑ってごまかしておく。不満そうに見えなくもなかったが、平時のフィアなどただの可愛い小娘よ。


 その代わり、戦闘中はうかつに逆らったら首が飛んじゃうけど。


 ……どうしてこのメンバーには常識人がいないのだろうか。やはりメイの言う通り、類は友を呼んでしまうのか。


「俺もあいつらと同類なのか……、はぁ」


 認めたくない事実を突き付けられた気分で歩を進める。結局、うちのメンバーの最終決定権は薫にあるのだ。下手にこじれて仲間内に溝作りたくもないし。


「では、扉を開けるぞ」


 さすがに扉前まで来て何も感じない事はなかったようで、薫の顔には警戒心が浮き出ていた。うん、もう少し早く気付いてほしかったかな。


 古いドア特有の軋んだ音を立てながらドアがゆっくりと開かれる。


「……っ!」


 俺の前を歩いていたカイト、キース、薫の三人の顔が驚愕に染まり、次の瞬間には引きつった。


「どうしたんだよお前ら……っ!」


 何かがいるだろうとは思っていたが、俺もこれには驚いて息を呑んでしまった。




 そこには、農具やらフライパンやらを構えた魔族たちがいたのだ。




「――全員バック!」


 一瞬だけ呆けてしまったが、あの数で襲いかかられたらいかに農具やフライパンだろうと立派な凶器になりえるので、即座に気を取り直す。


 それでもテンパっていたのか横文字を使ってしまったが、意味は読み取れたようで全員が後ろに下がる。


「これは……予想外だな」


「まったくだ。そりゃ確かに街の中にはいないだろうよ」


 城の中に全員が集まっていたんだからな。


 おそらく、俺たちが高台からここを見ていた時点で気付かれていたんだと思う。そう考えなければ家の中のあの様子はあり得ない。つまり、最低でも一日以内には戻れる心算があったという事だ。


 だが、そこで首をかしげる事になる。


「俺たちの接近に気付いていながら待ちの姿勢を取った……。何かあるな」


 俺だったら敵が近付いている事が分かった時点で罠を張り巡らせて待ち伏せする。目の前にいる獲物をみすみす逃すような真似は少なくともしない。


「……つまり、ここには俺たちを見過ごしても隠したい何かがあるって事だ」


 導き出せる結論はこれしかない。敵である俺たちを倒すよりも価値のある何か。


「ひょっとしたら、魔王がいるかもしれないな?」


 カマかけも兼ねて口に出してみる。薫たちはそこまで思い至らなかったのか、目を見開いていた。お前たちまで驚かそうとした覚えはないぞ。


 目に見えて動揺し始める魔族たち。やはり訓練されていない非戦闘員。簡単に引っ掛かってくれて張り合いがないくらいだ。


 そして俺たちの全員が確信する。




 ここに魔王がいる――!




「……ここを突破する」


 ようやく俺の質問と思考を読み切った薫が剣を構える。それを見たリーゼとキースも戦闘態勢を取る。


「静さん、どうします?」


 フィアが剣に手をかけながら聞いてくる。お前が求めている答えは一つだけだろう。


「薫と同じだ。あの壁を突破する。ただし、なるべく殺すな」


 例え武器を向けられていようと、非戦闘員を殺すのは嫌だ。これが明確に敵と判断できるなら容赦なく潰せるのだが、どうしても彼らを敵とみなす事ができない。


『じゃから主はお人好しなのじゃよ。本当に主が冷徹なら、彼らを殺せるはずじゃ』


 メイの茶々のおかげで完璧に彼らを敵に見れなくなってしまった。どうやら俺は薫ほどではないが、筋金入りのお人好しらしい。


 見ず知らずの他者のために身を危険にさらす。客観的に見れば異常極まりない。


 しかし、それをする事を俺の心は望んでいるようだから仕方ないではないか。


 これは薫の影響。きっとそうだ。


「……それじゃ、行きますか」


 みんなの後ろに下がり、糸を用意する。それぞれがそれぞれの武器を構え、戦う姿勢を取る。


「――これが最後の戦いだ! みんな、行くぞ!」


 薫の鬨の声で俺たちは一斉に前に走り出した。

ひょんなことから魔王城突入です。

静は一般人の尺度に当てはめれば結構なお人好しです。困っている人は基本的に見捨てられません。


センターまで残り一日なのに何やってるんだろうか私は……。

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