四話
「はぁ……疲れた」
あれから大変だった。俺を手伝おうとする薫を必死に押しとどめ、周囲からの殺気に気付かないふりをして図書館に向かった。
図書館の中に入った瞬間、腰が砕けて四つん這いになった。
「怖かった……マジ怖かった……!」
普通に「あ、これ死んだな」と思えるような時間を過ごし、一般人にちょっと毛が生えたくらいの俺の精神は限界に来ていた。
癒しを……誰か俺に癒しを……!
「苦労するのう……主」
誰もいなくなったので姿を現したメイが俺の頭をよしよしと撫でる。
「最初はお主が自分から苦労を背負っておるのかと思ったが……、あれはお主のせいではないな、うん」
「前の世界ではさ、確かに妬みの対象になったよ? 男達に呼び出し食らったり、女どもになんか言われた事もしょっちゅうある。けどさ……命の危険まで感じた事はなかったよ」
価値観の違いだろうか。はたまた想いの深さだろうか。どちらにせよ、迷惑極まりない。
あんなのに囲まれている薫も心配だが、その薫と一緒にいる俺もヤバい。
「……メイ、お前文字読めるか?」
「ふむ? 読めるが」
「俺の語学勉強に付き合ってくれ。他には頼めん」
メイドさんに頼もうと思っていたのだが、あの様子じゃ頼めそうにない。というか油断したら刺されそうだ。
そんな臨場感あふれる勉強は俺もゴメンなので、俺の知る中で一番信用できるメイに頼むことにした。
薫も信用できるのだが、あいつの場合は同時に厄介事も引き連れてくる。はっきり言ってハイリスクローリターン。
「む? わ、妾にしか頼めないのか?」
「ああ、お前だけが頼りなんだ」
いや、マジに。
「な、なら仕方ないのぅ! 手伝ってやるからありがたく思うのじゃぞ!」
何がツボだったのか知らないが、頬を赤く染めて喜色満面なメイに今は癒されておこう。
そんな感じで始まった語学勉強。
細かな経過は省くが、この世界は全世界で共用語が用いられているそうだ。
もちろん、地方によって多少の方言や古語も存在するが、全て基本を押さえていれば問題ないとメイが太鼓判を押してくれた。
文法自体は英語とほぼ同じで、主語の後に述語が来る形だ。もともと、英語は得意な分野だったので、さくさくと解読できるように――ならなかった。
単語を覚えなおす必要があるのだ。こればっかりは地道に努力を続けるしかなく、しばらくはメイに解読を頼む事になった。
「ふぅむ……主もずいぶんと優秀な頭脳を持っているようじゃのう。まったく未知の言語をこんな短時間で覚えるとは」
教師役のメイが感嘆したようにそう言ってくる。俺はそれに苦笑で返す。
「そうかぁ? 文法自体は俺も知ってるんだから、後は単語を覚えれば問題ないぞ」
その単語の数が多過ぎてめげそうになるが。
語学勉強の方は細かな時間を縫って単語を覚えていく事で今後も努力を続けていくことにした。
単語帳を一冊拝借し、懐に隠す。これだけ本がいっぱいあるのだから、一冊くらいなくなってもバレないだろう。
「それで、これからどうするのじゃ?」
「魔法の勉強、だな。薫のやつ見て大体の内容は推測できたけど、実際に本で学んだ方が正確だ」
独りよがりな知識ほど怖いものはないし、ここには本がたくさんある。使わなきゃ損だって。
「ふむ、妾は魔法の理論は門外漢じゃ。主に任せよう」
「ああ。通訳頼むな」
もうメイには頭が上がらないな。通訳してくれるし、俺の心のオアシスになってくれるし……!
魔法の教科書というか、教本をメイの助力で読み進める。
やはりこういうファンタジーな世界に来た以上、魔法にはかなりの憧れがある。一度ぐらい爽快にドカンとぶっ放してみたいものだ。
「魔法は最低でも二音節に分けられ、最初の音節で属性を。次の音節で発動内容を指定する。熟練者になれば、発動個所の指定も可能となる。たとえば《炎よ 爆ぜろ》と詠唱する場合、《炎よ》の部分で属性を宣言し、《爆ぜろ》の部分で内容を宣言しており、この場合は対象に向かって炎の爆発が起こる内容となる」
メイの読み方は淀みがなく、どこか事務的だ。俺が分かりやすいようにしているので、その心遣いは嬉しいのだが、もっと舌っ足らずな調子で読んでくれた方が癒された。
「……主。今、お主の方から不穏な気配を感じ取ったのじゃが、気のせいか?」
「気のせいに決まってる」
なんて勘の鋭さ。余計な考えは捨てて真面目に勉強しよう。
「ちなみに属性ってどのくらいあるんだ?」
「ちょっと待て。今探している……ってお主も手伝わんか!」
「いや、まだ基本的な文しか読めない俺に専門書を読めとか無茶過ぎる」
そういうのって独自の単語を使ってある事が多いから、余計に読みにくいんだよ。すらすらと読んでいる奴らには理解されないのだが。
「仕方ないのう……お、あったぞ。属性は攻性属性が六つで炎、水、風、土、光、闇がある。そして癒し、治癒、快癒の順で回復魔法が存在するぐらいじゃの。ちなみに補助などは攻性属性の六つに含まれておるからな」
「なるほどね……たとえば《炎よ 我が力を強化せよ》で筋力強化なのか?」
「うむ。それぞれの属性が象徴する意味を理解しておれば問題はない。ちなみに回復魔法は《癒しよ》の後に治したい部位を宣言するのじゃ」
RPGみたいな考え方でいいのだろうか。風は速度強化。土は防御強化。水は自己治癒力強化。と考えれば間違いはないはずだ。
「じゃあ、どうやって自分の属性を知るんだ? そういうのってあるだろ?」
「実際に言ってみるしかないな。こればかりはしょうがない事じゃ」
「それは後で試してみるか……薫はどのくらい使えるんだろう」
あいつの事だから全属性をそつなく使いこなしたりするはずだ。……チクショウ、うらやましいな。
「も一つ質問。魔法の威力とかってどう決めるんだ?」
「言葉に込める魔力の量を増やすのが手っ取り早い。じゃが、それだと魔力の多い者だけが有利な代物になってしまう。そこまでは分かるな」
「うんうん」
そんな人を選ぶようなものでは、誰も使いたがらないはずだからな。
「代表的な威力の上げ方は言い回しを変える事じゃな。基本的に長い言葉の方が威力は高くなる。単純な話《炎よ 燃えろ》から《炎よ 燃え上がれ》に変えるだけでも威力の上昇というのは見られる」
「へぇ……面白いな」
けど、やっぱり用途用途で使い分けないとダメというわけか。戦闘に求められるものって毎回変わってくるし。
「要するに、己の魔力量と相談し、状況に応じて最も適した魔法を使うことが重要というわけじゃ。分かったかの?」
「バッチリ」
「なお、これらの魔法は合成する事も可能じゃ。互いの反発属性――火に対する水など――でなければ、属性と属性を合わせて効果を高める事ができる。一流と呼ばれる魔法使いはみなこれを使うそうじゃ」
「へぇ。そういうのは知識の問題かな」
「その通りじゃ。ちなみに詠唱方法は《炎よ 風よ》と繋げるのじゃ。順序はどちらからでもよいが、宣言内容は二つの属性が表す象徴をきちんと理解した内容にしないと暴走するぞ」
なるほど……確かに初心者には難しそうな技術だ。だが、極めればこれほど便利そうなものはないな。
「魔法の説明はこれでお終いじゃ。これでよいか?」
「完璧。ありがとな」
メイの説明のおかげで魔法の仕組みってのが理解できた。
きっと薫はリーゼから教わっていたのだろう。あの子の様子からして、嬉々として教えそうだ。
あの子、嫌いじゃないんだけど……苦手なんだよな……。少なくとも悪い子には見えないし、俺に害が来ない限り放置の方向でいこう。
「それじゃ、自分の属性ってやつを調べてみますかね」
「うむ、そろそろ妾は消えた方がいいかの?」
「ああ。外でやるからな。頼む」
出来ればすぐに出してやりたい。こんな癒しの塊、そうそう手放してたまるか。
「《光よ 灯れ》……よし、これも成功だ」
『主にはやはり才能があるようじゃのう。全属性に適性があるではないか』
「確かに。これは運がいいな。と言っても、魔力量は薫に比べるべくもないんだが……」
魔力量はリーゼの持つ水晶で測ってもらった。大まかな値しか分からないが、薫は宮廷魔導士の百倍はあるようだ。ちなみに俺は宮廷魔導士の二十倍だと言われた。
十二分に破格の魔力量だが、薫に比べると五分の一まで劣る。身近に比べる対象が薫しかいないので、普通に落ち込んだ。
「この中でやるべき事はほとんど済ませたな……。後はとっとと城から出て帰る手段を探すか。もしくは平穏な場所を目指すか」
個人的には後者に惹かれるものがある。しかし、やはりまずは帰る方法探しからだろう。
魔王? そんなもん薫に任せときゃいいんだよ。どうせ困っている人は放っておけないだろうし。
俺の場合、目の前で困っている人は放っておけないが、知らない場所で困っている人はどうでもいいと思っている。
薫なら、この世界に関わってしまった以上、頼まれた役割はこなそうとするだろう。それこそ命がけで。
『とか何とか言って、お主なら魔王討伐もやってしまう気がするのう……これまでのお主を見るに』
「な、なんでそう思うんだよ」
ちょっと自分でも予想していたのでたじろぐ。
『お主はあれじゃ――騒動に好かれてる。じゃから逃れられんよ』
「………………くっ! 否定できない……!」
メイのひどすぎる断言に俺は膝から崩れ落ちた。
とにかく、これから旅の準備するかね……。こんな場所、とっととオサラバだ。
今回は魔法の説明ですので、やや短めです。
追伸、PV3000超えました。
このような拙作をお目通しいただき、感謝の極みです。
完結目指して頑張りますので、これからもよろしくお願いします!