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三話
「おい静! 静!」

 いきなり景色が変わり、かなり驚いた俺を薫が揺さぶる。

「あ、ああ。悪い。ちょっと意識が飛んでた」

「けど、戻ってこれた。ということは――」

「ああ、幸か不幸か、こんなのに選ばれちまったよ」

 薫の武器と違って、微妙も良いところだけどな。

 俺の思考を読み取ったのか、手袋がむくれたようにもぞもぞと動く。

 ……というか、動いたのかこれ。

「そうか。それで、お前の能力は何だ?」

「お前、じゃなくて厳密にはこれの能力だがな。糸作りだよ」

 薫の言葉の訂正すべき部分をきちんとする。そうしないとメイが怖い。

「糸……作り? すまない、よく理解できないのだが……」

「言葉通り。糸なら何でも作れるって代物」

 メイがあの世界で俺にした説明をそのまましてやる。

「糸、か……お前にぴったりの能力じゃないか。お前の糸繰りは、たまに私でも見とれるからな」

「そんな大層なもんじゃないっての。教えてくれた人には数段劣る」

 それに真面目にやっていた時期も五歳から六歳の間だけだし。自称旅の大道芸人に教わっただけだ。

 ……今思うと、あの人何者なんだろう。なんかやたらと戦闘能力が高かったような気がするけど……。

「とにかく、いい加減にここから出よう。辛気臭くてかなわない」

「あ、おまっ、ここでそんなこと言うなボケ!」

 ああ、そこらじゅうに置いてある武器達が一斉に自己主張し始めましたよ!?

「とりあえずお前は部屋から出ろ! 俺はまだやっとく事がある!」

 こいつに謝らせるのが筋なのだろうが、どうせ話をこじれさせるだけだ。とっとと退場願おう。

「うん? 分かった」

 薫が部屋から出て行くのを見届けた後、部屋中の道具に向かってそっと土下座の姿勢を取る。

「この度は俺の連れが愚かな事を言いました。申し訳ございません! 後できつく言っておきますので、呪いはご勘弁を!」

 顔を上げると、道具達の光が穏やかになっており「よし許す」と言われたような気分になる。

 その様子にほっと胸をなでおろし、同時にこんな状況を招いた薫にたとえようのない殺意を抱いた。

 ……問答無用で殴ってもいいはずだ。

「主も苦労するのう……」

 いつの間にか外に出ていたメイがしみじみつぶやいた一言が唯一の慰めだった。





 俺達が召喚されてから一日が経過した。

 あのバカは城の探険だとか言って外に出て行ったが、こちとらそんな暇はない。やるべき事が大量にあるのだ。

 まず、文字の把握。今まで普通に話せていたから忘れがちだが、ここは異世界なのだ。言語なんて通じなくて当然だ。

 それが通じている。おそらく、俺達がくぐったゲートにそんな効果でもあったのだろう。確認のしようがないから、これは置くしかない。

 まあ、これはラッキーということにしておく。問題は文字の把握だ。

 昨日の夜、試しに図書館の本を見てみたのだが、まったく読めなかった。

 文字自体が分からないから、文法も全く把握できなかった。

 仕方ないので、絵本を持って誰かに読んでもらうことで文字を勉強しようと思い立つ。

「お、静」

「げっ!」

 よりにもよって初っ端から一番会いたくない奴に出くわしてしまった。

「ちょうどいいところに。ちょっと付き合ってくれないか?」

 薫からのお誘い。こいつに懸想する有象無象からすれば飛び上がるほど嬉しいものだろう。

「お断りだボケ。こちとら忙しいんだ。後にしろ」

 だがしかし、十年来の腐れ縁である俺はそんな言葉にだまされるほど甘くない。

 しかも薫の手には木剣がある。大方、剣の稽古に付き合てほしいと言ったところか。

「そう言うな。お前を驚かしてやるから」

 薫もしつこい。だいたい、俺以外にも稽古を頼める相手は大勢いるだろう。近衛兵だって普段は訓練をしているはずだ。

「俺以外の相手はいないのか? 頼めば何とかなると思うぞ」

「こっちは部外者だ。ポッと出の奴が図々しく頼むものではないだろう」

 正論だ。だが、こいつに正論を吐かれると無性に腹が立つ。

「……分かったよ。けど、俺にも用事がある。そっちを優先してやるから、終わったらこっちの方にも付き合え」

 なぜ薫を優先するかと言うと、こいつは実際にやるまでしつこく付きまとってくるからだ。だったらとっとと終わらせてこっちの目的をやらせてしまおう。何だかんだ言ってこいつが有能なのは紛れもない事実だし。





「あっ、薫さま」

 外のテラスに出ると、先にいたリーゼが飼い主を見つけた子犬のように薫に駆け寄る。その顔が喜色満面であることから、彼女の薫に対する崇拝ぶりがうかがえる。

 ……うらやましい以前に、彼女の将来が心配過ぎる。同性同士の恋愛は非生産的ですよ?

「静さまも、おはようございます」

「ああ。おはようさん」

 リーゼは礼儀正しく俺にも挨拶をしてくれる。だが、俺を射殺すような目で見ていた。

 ……これが音に聞くヤンデレというやつなのだろうか。この子の将来も心配だが、俺の命も心配になってきた。

「リーゼ、最後に確認したいのだがいいだろうか?」

「あ……は、はいっ!」

 リーゼと薫が何やらひそひそと話している。内容は把握できないが、リーゼの殺気が消えてくれただけありがたい。

「……よし、確認終了だ。リーゼ、ありがとう」

「い、いえ! これくらいお安いご用です!」

「では静、始めよう。武器は何がいい?」

「……………………」

 薫の唯我独尊ぶりとリーゼの殺視線の強さに怒りと恐怖が俺の中でごちゃ混ぜになる。

 どうしよう。帰りたい。

「……んじゃ、これにするかね」

 用意されていたのは刃引きされた武器が大量。斧などの重量で叩き潰すようなやつがない分、安全の配慮はされているのだろう。まあ、焼け石に水ぐらいだろうが。

 その中から、短剣を一つ手に取る。

『のう主や。妾の出番はないのかえ?』

 頭の中にメイの声が響く。昨日の夜に脳内で話しかけられた時には驚いた。

『誰が見ているか分からないんだ。手の内を軽々しく見せるのはまずい』

『その割には、薫とやらは最も得意な武器を使っているように見えるがのう』

『あいつはいいんだよ。その辺の考えまるでないからな』

 どうせ止める気もない。あいつには立派な勇者様をやってもらうつもりだ。

 今回の戦いは適当なところで負けよう。普通にやり合った場合、勝率は三対七ぐらいだが(もちろん俺が三)もし勝ってしまった場合、俺が薫以上に勇者として祭り上げられてしまう。あとリーゼに刺されそう。

 それにこの試合を見ている人も大勢いる。視線を感じるとかじゃなくて、もう堂々と見てる。

 彼らに俺があまりに無能であると思われても困る。薫に奮起を促すため、俺を敵の仕業に見せかけて毒殺されるとかの可能性も考えられる。……まあ、あの王様ならありえないだろうが、念のためだ。

 理想は薫の代用としてはそれなりに役立つと思わせる程度に力を見せて負ける。これだな。

「ん? お前の得意な糸――」

「チェストー!!」

 目の前のバカが人の手の内をしゃべりそうになったので、気合を入れた掛け声でごまかしつつ、かなり本気の一撃を見舞う。

「おっと! ははっ、ずいぶんとやる気満々じゃないか!」

「自分でも驚いてるよ!」

 俺の中にこんなドス黒い殺意が眠っていたなんて。今の俺は間違いなく殺る気満々だ。誤字にあらず。

 上段からの斬りかかりを薫は難なく手に持った剣で防ぐ。それぐらい予想していた俺は踏み込んだ右足を軸に、左足での蹴りを薫の腹部目がけて行う。

「せいっ!」

 蹴りをバックステップして避けた薫が下段から剣を振り上げる。その際、地面に剣身が多少こすれているのだが、気にした様子もなく振り抜かれた。

「この……馬鹿力が!」

 破片を服の袖で払い、大きく下がる。

 意外と思うかもしれないが、薫の戦法は力によるゴリ押しだ。女のくせに、男の俺より力があるという怪力を存分に使った攻撃を得意としている。

 逆に俺は小回りの効く短剣での一撃離脱を得意とし、薫と違って一か所に留まらずに次々と場所を変えながら戦う。

「ふむ、ここまでは予想通りだな」

「俺からすれば今戦っている時点で予想外も良いところだがな!」

「では、これはどうだ! 《炎よ 踊れ》」

 最後の言葉が妙だった。日本語として意味は分かるのに、耳にした言葉が全然違う気がした。

『主、跳べ! 魔法じゃ!』

 違和感を掘り下げる前に、メイの警告に従って横に跳ぶ。

 さっきまで俺のいた場所が燃え上がる。あの場所に留まっていたらヤバかった。

「テメッ……殺す気か!?」

「あれくらい避けるだろうと信じていた」

 そんな嫌な信頼応えたくなかった。

「さあ、どんどん行くぞ! 《炎よ 穿て》」

 今度は薫の手の先から尖った炎が発射される。

 大きく距離を離すことでそれも避ける。だが、薫はすでに追撃に入っていた。

「《炎よ 降り注げ》」

 上空から小さめの炎がいくつも降ってくる。さらに前からは薫が迫る。

 後退したところであの量の炎は避け切れない。前に出ても、十分に勢いの乗った薫の剣戟を防げる自信はない。横に跳んだとしても、薫なら難なく方向修正してくる。

 俺の取るべき手段は――

「おらぁっ!」

 ギリギリまで引きつけてからのサイドステップ。薫の全力が乗った剣は俺に当たらず、ものすごい風を起こすだけに留まる。

 ここから追撃に移れたのなら、俺の勝ちだろう。

 だが、俺は体勢を崩しており、もうここから先へは続けられない。

「チェックメイト、だな」

 薫の剣が俺の首に突き付けられる。俺は素直に両手を上げ、短剣を捨てた。

「参った」

「立てるか?」

 薫が差し出した手を掴み、立ち上がる。立ち上がろうとした時、とんでもない殺気がそこかしこからぶつけられて背筋が冷えた。

 ……ん? そこかしこ?

 あまり想像したくない事が想像できてしまい、確認のために俺に殺気を向けてきた方向を見る。

 えっと……兵士らしき男が数十人。他、メイドさんらしき女性も六、七人。後、リーゼからの殺気か。

 ……こいつがお願いすればこの国なんて簡単に滅ぼせるのではないだろうか。

 俺には今一つ想像しづらいこの世界を脅かす魔王より、こいつの方がよっぽど魔王に見える。

 というか早急にこの城から出よう。ここに俺の安息の地はもうない。

『主……その……頑張るのじゃ! 妾は主の味方じゃからな!』

 俺の味方はメイだけになりそうです。

「ん? どうかしたのか?」

 薫が小首を傾げて聞いてくる。その仕草に鼻血を吹いた。いや、俺じゃなくて周りが。

「……何でもねえよ。俺は図書館に行く。お前は汗でも流してこい」

「うん? これからお前の手伝いを頼まれたではないか。一緒に行くぞ」

 鼻血を吹いている間は消えていた殺気が再び噴出する。しかもさっきより濃密。

 俺は思わず天を仰いだ。

 目の前には早く行こうと急かす薫。周りには『テメェその人連れて行ったら殺すぞ』という気配をビシバシ撒き散らす方々。

 俺はこの状況をどうやったら死なずに切り抜けられるのかを必死に考えていた。
静の味方は今のところメイだけです。
この後彼の味方は増えるかもしれませんが、心労は変わりません。


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