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四十四話

「……つまり、私たちがポッポとやらに攻撃を仕掛けそうになったから慌てて止めたと言う事か?」


「……その通りでございます」


 怖い。薫マジ怖い。


 普段は飄々としていて怒る事などめったにないのに、怒るとめっちゃ怖い。さすがに狙撃はやり過ぎたかもしれん。


「あれは私も肝を冷やしたぞ? いきなり遠くからあんな威力の矢が向かって来たんだからな。それも雨あられと」


「それは……こっちの責任です。クレアには後でキツク言っておくのでなにとぞご容赦のほどを……」


 俺が薫に敬語を使う日が来るとは……、屈辱だ。


 あと、リーゼとキースの視線が痛い。精神的にチクチクなんてもんじゃない。物理的にグサグサ刺さってる感じがする。


「ふぅ……まあいい。お前は昔から言っても聞かない奴だからな……」


 貴様にだけは言われたくないセリフナンバー1だよそれは。


「それで、私の失敗はちゃんとフォローできたのか?」


「一応、四天王のナンバー2を倒してきた。自称だからどこまで信用していいか分からんけど」


 騎士道精神旺盛な奴だからウソなどつかないと思いたいが、頭が愉快なだけの連中って可能性もあながち否定できない。


 ……一番の謎はどうして俺たちの位置がすぐに分かったのか、って事だけどな。


 考えても分からない事だろうし、原因が分かったところでどうしようもない。意味がないのなら考えるだけ無駄だ。


「なら、静はもう北の方は大丈夫だと判断したんだな?」


「それもあるが、これ以上の時間をかけているとお前に追い付けなくなる可能性があったからな」


 ポッポがいなければこっちの移動はかなり厳しくなっていただろう。


「ところで……彼女は一体?」


 薫一行の視線がクレアに集中する。ちなみに全員冷や汗をかいている。


「うふふ……勇者様に攻撃なんて……うふふ……」


 クレアが真っ黒いオーラを纏いながら、地面にすごい勢いでのの字を書いているからだ。


 フィア、あいつから目を離すなよ、とアイコンタクトを送る。言葉にすると聞かれた場合、非常にマズイ事になるので今回はしない。


 はい、分かりました、とフィアとカイトがコクリとうなずいてくれた。よし、とりあえず自殺の心配はなくなった。


「……北に行った時に知り合った。クレアだ。普段はああだが……、クレア、ちょっとあれ撃って」


「え? ええ……」


 俺の突然の指示にクレアはもちろん、薫たちも目をパチクリしている。ちなみにあれとは空を飛ぶ鳥である。決してポッポではない。


 誰があんな貴重な(ひじょうしょく)を手放そうとするんだか。


「それじゃ、いくわよ……」


 クレアが弓を引き、魔力で構成された矢が番えられる。いつ見ても綺麗な型だ。これだけ抜き取って写真に保存しておけば高く売れるかもしれん。カメラ越しならこいつの暗い雰囲気なんて出ないだろうし。


 風を切り裂く音が響き、光の矢が魔力の燐光を撒き散らしながら鳥に一直線に向かっていく。そして寸分たがわず、鳥の頭に命中した。お見事。


「へぇ、すごいじゃないか」


 薫が素直に感嘆の気持ちを表す。だが甘い。


「はぁ……気持ち良い……、あははははっ! もっと、もっとよ!」


 落下し始めた鳥の遺体に追い打ちをかけるように光の矢が追従する。次々と命中し、そのたびに鳥が無残な姿になっていく。


「……前言撤回していいか?」


 薫一行の顔にタラリと汗が流れている。まあ、俺も初めて見た時はそんな感じだったから何も言わないでおく。


「ああ。俺も前言撤回したから。フィア、カイト、そろそろ止めて」


 フィアがクレアの後ろに回り込み、羽交い絞めにする。


「何するのよ! 離しなさい!」


 ジタバタと暴れるクレアの首筋にカイトが手刀を落とし、意識を落とす。


「はぅ……」


 カクンと首が倒れたクレアを二人が手早く寝かせてこっちに敬礼をする。俺は親指を上げてそれに応えた。


「な、何というか……癖の強いメンバーだな」


「無理やり良い言葉を探そうとしたって感じがするから言わなくて良いよ」


 俺だってこのメンバーが異常だって事くらい分かってるんだよ。それでも集まっちゃうんだから仕方ないだろ。


「……それで、薫さまと合流したお前はこれからどうするつもりだ?」


 今まで話に入ってこなかったキースが聞いてくる。リーゼもうなずいているあたり、同じ事を思っていたみたい。


 そして俺の返す答えは決まっている。




「――魔王を倒す。そのためにお前たちと合流した」




「……静。私のためにそこまで……」


「誰がお前のためだっての。俺の平穏のためだ」


 何やら感動した様子の薫の希望をバッサリ切り捨てる。


『ほほ、主も素直でないのう』


 しまった。メイには俺の本音を話してあるんだった。


 その事を思い出し、羞恥に顔が赤くなってしまう。


「素直じゃないな。顔が真っ赤じゃないか」


 これは別件だ、と言っても信じてもらえそうになかった。諦めてそういう事にしてしまおうと思う。


「静さん……薫さまに手を出したら……分かってますね?」


 リーゼが俺にだけ聞こえる声を出す。その途中には薫やキースもいるというのに、なぜか俺にしか聞こえない不思議ボイスだった。


 うん、背筋が凍ったよ。カイトたちで鍛えられた胃がまた痛みだしてしまった。


 ……そう言えば、俺って胃痛が原因で血を吐いた事って少ないよな。カシャルでの時くらいしか思い当たる節がない。


 その胃が痛みだすとか、どんだけだよ……。


「それで、どうするんだ? あの鳥に全員は無理そうだが」


「その辺は考えてなかったなあ……結構大きいから無理させればイケるんじゃないか?」


 四人乗ってもまだ余裕あったし。


「では、仮に全員乗って向かうとしよう。セラ山脈を越えるのにどのくらいかかる?」


 どのくらい? とアイコンタクトでポッポに問う。普通にアイコンタクトが返ってきた。ふむふむ、


「多少速度は落ちるけど、半日以内には必ず越えられるってさ」


「……静、なぜあの鳥の言う事が分かった? お前にしか聞こえない声でも聞こえたのか?」


 そんな声聞こえねえっての。聞こえたら黄色い救急車一直線じゃねえか。


「何となくだ」


「初めて知ったぞお前にそんな技能がある事……」


 どんな技能だよ。あんなの目を見れば分かるだろ?


『いや、世界広しと言えど主だけじゃ』


 ……マジで?


「と、とにかく、このまま出発すれば夜には山越えできるって事だ」


 自分にそんな特殊技能が備わっていた事にビックリだが、正直どうでもいい。言わなきゃいいだけだし。


「そうか……だが、その……あんなのに乗って疲れないのか? ほら、こっちにはリーゼという体力に自信のない奴がいるからな」


 あんなのって何だよ、とポッポが目で訴えているが俺にしか分からない以上意味はない。それに薫の言っている事にも一理はある。


「……クレア、俺たちは半刻くらいしか乗ってないけど、お前は大丈夫か?」


 降りた時に聞くべきだったと後悔する。仲間の体調に気を配れないとは。反省しよう。ちなみに半刻は一時間。


「あの時は大丈夫だったけど……一刻は苦しいかもしれないわ」


「本当だな?」


「あなたにウソなんてつくわけないでしょう……?」


 でもなあ……こいつ、周りに迷惑かけまいとしてウソをつきそうなんだけど。


「……ずいぶんと仲が良さそうじゃないか」


 あれ? 何だか薫の機嫌が悪い? 心なしかムッとした視線をこっちに向けている。


「静さん……分かってますね?」


 何をですかリーゼさん? 少なくともこの状況が続いたら俺の命が危ない事しか分からないよ?


「と、とにかく! 俺たちのとこで一番体力のないクレアが一刻持たないって言ってるんだ。細かい休憩を入れるべきだろう」


「……そうだな。リーゼの事も考えると、半刻ごとに休憩を入れるべきか……。その場合、どのくらいかかる?」


 薫の視線が和らぐ。同時にリーゼの威圧も消える。正直助かった。


「おそらく、今日はセラ山脈の中腹辺りで野宿だと思う。それで明日の朝早くに出発すれば正午ぐらいには向こう側に着くんじゃないか?」


 カイトやキースの体力を考えればまだイケるだろうけど、こういうのは後ろの奴のペースに合わせるべきだ。


「僕に異論はありません。強行軍で進んでも魔族や魔物の群れに叩き潰されるだけです。だったら、多少時間がかかっても万全の状態で挑んだ方が良いと思います」


「俺もだ。急ぐ道程ではあるが、根を詰める事とは別だ。特にリーゼさまは我々の生命線ですから……」


 俺はよく知らないが、薫がうなずいている以上その通りなのだろう。俺たちのパーティーでは俺が後方支援を全部受け持っていたから、よく分からない。


「じゃあ、出発しよう。今日のうちになるべく上まで行きたい」


 薫が立ち上がり、俺たちもそれに続いて準備をする。


「ところで薫、お前高所恐怖症ってないよな?」


「うん? それはないが、どうした急に?」


 よし、俺の命の安全は保障された。


「お前は俺の後ろな。俺が先頭に乗るから、後は適当に決めてくれ」


 とりあえずフィアが俺の後ろに来なければ大丈夫。


 ……あ、カイトもダメだな。あとリーゼも。もしかしたらキースもヤバそうだな。


 …………あれ? 大丈夫なのってクレアと薫ぐらい? いや、クレアも一度ネガティブ入ったら止めるの俺だから、それは面倒だし……。


 うん、消去法で言っても薫しかいないな。俺が安全そうなのは。


「……いいのか? こういうのは男と女で分かれるものじゃないのか?」


「バスの席順じゃあるまいし、気にする必要もないだろ。それに……男が俺の後ろに乗ったらどうなると思う?」


 薫はカイトとキースに視線を向け……こちらに頭を下げてきた。


「無遠慮な事を言って済まなかった」


「分かってくれればいい」


 カイトは言わずもがなだし、キースはキースで俺の事を妙な目で見ている。具体的には薫の信奉者の瞳で。


 それとは別に俺の事も公平に見ているから、嫌いではないのだが……後ろは預けたくない。


「では、遠慮なく」


 薫が俺の背中にしがみついて来る。覚悟さえしていればこいつの感触程度、どうって事はない。そもそも、こういう体勢を取った事も一度や二度じゃないし。


「ふむ、自転車の二人乗りの時以来か?」


「惜しいな。マフィアから逃げようとしてかっぱらったバイクに二人乗りした時以来だ」


 あの時は自分が意外と機械に強い事が判明した。


「それじゃ……行くぞ!」


 全員が乗り込んだのを確認してから、俺はポッポの背中を叩いて合図を送った。


 翼から巻き起こる風が砂を巻き上げ、ポッポの体が上昇し始める。


 そして力強く羽ばたき、移動を始めた。






 当初の予定通り、山の中腹ほどで野宿する事になった俺たち。人数が多いので、食事などを用意する量は増えるが、仕事を割り振れる人も増えたのでプラスマイナスゼロといったところ。


 食事も終え、寝床の準備も終え、後は寝るだけとなったところで俺は薫から呼び出しを受けた。


「久しぶりに二人だけでゆっくり話をしないか?」


「ちょっ」


 その誤解を招きまくる発言のおかげでリーゼとキースから殺意のたっぷり入った視線を頂戴した。未だに命があるのが信じられないくらいだった。


 ただ、フィアが妙にキラキラした視線をこちらに向けていたのが気になる。具体的には面白い物が見れそうだ、的な期待があったような……。


「んで、何だよ話って」


「ああ……。まあ、特にはないな」


「……予想はしてたけどさ」


 何事もはっきり言う奴だから、話す事があればそれをキッチリ言ったはずだ。


「別に良いじゃないか。たまにはこういうのも良いだろう?」


 薫がとっとと山肌に腰を下ろしてしまったので、その隣に俺も座り込む。


 確かにこいつと一対一というのも久々だし、悪くはない。それに話はないと言ってたけど、何か言いたげな様子だった。それを引き出すまでは付き合ってやるか。


「……ここまで、ずいぶんと駆け足で来たな」


「まあな。この世界に呼び出されて……三ヶ月ってとこか?」


 ウチの両親も一回くらい帰ってきてるだろうなあ。心配してない……わけないよな。とりあえず、心労とかで倒れないように祈っておこう。


「……私たちは、明日から生き残れるだろうか?」


「何言ってんだ急に?」


 薫らしくもない。


「私だって勇者だとかもてはやされているが、女だ。明日の事を思えば、不安にもなる……」


「そんなもんかね?」


 俺はもう開き直ったけど。それに俺はいつも目の前の事で手一杯だったから、こいつみたいに先を見据えた事ってあんまりないかもしれない。


「……こういう時は静の能天気さがうらやましくなるな」


 珍しい。どうやら本当に不安になってる様子。まさか俺が慰めなどをする事になるとは。




「大丈夫だって。俺とお前だからな」




 薫の目が真ん丸に開かれる。そんなに変な事を言っただろうか。


「昔っから俺とお前が一緒でできなかった事なんてなかったじゃねえか。だから今回も大丈夫! 魔王だろうが神だろうが、俺たちの敵じゃないって」


 少なくとも俺はそう思っている。やっぱ、それは俺がこいつに絶対的な信頼を抱いているからだろう。


 薫がいれば大丈夫、だなんて思わない。だが、薫と俺がいれば大丈夫だと思える。心の底から。


「……そう、だな。私とお前がいれば、できない事なんてないな。ああ、そうさ。私たちは誰にも負けない!」


 どうやら、薫も俺と同じ気持ちでいてくれたようだ。まあ、半ば確信していたけど。


「その意気その意気。お前がリーダーなんだから、シャキッとしてろ」


「え? いや、それは……」


 なぜそこで言葉に詰まる。勇者がリーダーじゃなければ何なんだ。


「いや、あの個性豊かな連中をまとめ上げる自信は私にはない……」


 それもそうか、と納得してしまう自分がいた。


「じゃあ、あいつらをまとめるのは俺がやるから、お前は自分のやるべき事をキッチリやれよ」


「ああ。任せておけ。勇者の名は伊達じゃない事を教えてやる」


 お互いの拳をぶつけ合わせ、力強く笑う。


 こいつはそうしている方が似合う。人間だから迷うなとか、悩むなとか言うつもりはないが、やはり真っ直ぐ進んでいてほしい。


 そうして、ゆっくりと夜が更けていった。






「何もない……なんて……あり得ない! あの空気で何もないなんてあり得ない!」


 俺と薫の話を一部始終聞いていたフィアがそんな事を言っていたのを後日、カイトの密告で知った。あいつはメシ抜きだな。

イチャついてなどいません、あれが二人のデフォルトです。


ちなみに、精神的な打たれ強さはあのメンバーの中でも昔から理不尽にさらされていた静が断トツでトップです。そのため、どんなにヤバい状況でも動揺する事はほとんどありません。


そして静に動物と話せる特殊技能が付きました。本人は何となくわかるだけ、と言ってますが充分に特技のレベルです。

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