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四十二話

「二人とも、無事か!?」


 カイトたちのもとへ駆け寄る。どうやらカイトの方にはいくつか細かい傷があるが、重傷と呼べるものはなさそう。


「ええ……体はね……」


 ん? 何やらカイトがげんなりしている様子。いつもなら、


「静、大丈夫ですか!? 大丈夫なら僕の胸に飛び込んで――」


「うん、死ね」


 ぐらいのやり取りがあるのに。


「どうかしましたか? 何やら疲れている様子ですが……」


 フィアナイス。俺が聞こうかとも思ったのだが、それだとカイトが面倒な事になりそうだった。ついでに俺の貞操も大ピンチに。


「いえ……ちょっとクレアさんと一緒に戦っていたら精神的に疲れて……」


 フィアは首をかしげていたが、俺はこの上なく納得した。普段はダウナー。一回でも矢を撃ったら一気にハイテンションなクレアの扱いは俺だって決めかねている。そんな奴と一緒に戦ったこいつの心労は計り知れないだろう。


「……うん、まあ……。今回は同情してやる」


 さすがに哀れだと思った。そこでダルマみたいに転がっている死体とカイトを。死体は後で兄と一緒に埋めて丁重に葬ろう。


「私が迷惑なの……? ふふ、そうよね。私なんて存在自体が迷惑なんだわ……」


 当面の脅威がなくなった瞬間、クレアが再びダウン入る。迷惑というより、ウザったい感じだ。どう接すればいいのか分からない。


 それにカイトも今のクレアを見て、怒るに怒れなくなってしまった模様。叫ぼうと思って肺に溜めた酸素を虚しく吐き出していた。


「……とりあえず、エルフの人たちを呼び戻すか?」


 俺の提案に一も二もなくうなずかれた。相当お疲れのようで。






「我々を助けてくださって……本当にありがとうございます」


 メレムさんが頭を下げ、それを合図に周りの人が一斉に頭を下げる。


 ……さっきの連中を呼んだ原因が俺であるため、お礼を言われると良心が痛んで仕方ない。


「いえ……あの魔族たちは私たちが狙いだったようです。つまり、私がここに呼び寄せたも同然です。ですので、そのような事はしないでください」


 本気で恐縮するから。俺は俺の責任取っただけだし。



「……それも事実としてありましょう。ですが、あなた方が我々を助けてくださったのもまた事実。ここで見捨てられたのなら、私たちはあなた方を恨むでしょう。しかし、あなた方は見捨てなかった。それを感謝するのは悪い事ではないでしょう?」



「……参りました。そこまで言われては私が無礼になってしまいます」


 メレムさんの上手い言葉に苦笑しながら、肩をすくめた。さすが年の功。俺みたいな若造の言葉は簡単に覆されてしまうってことか。


「お礼は受け取ります。しかし、我々がここにいる事で魔族を呼び寄せてしまう事も事実。早々に去らせていただきます」


「……そこまで言うのであれば、私たちに引き留める術はありませんな。私どもも可能な限り、お手伝いさせていただきます」


「メレム様のお心遣い、痛み入ります」


 フィア、カイトともに頭を下げる。この人は信用も尊敬もするに値する人だ。


 そう思うと自然と頭が下がる。俺をいつも厄介事に巻き込むどこかのバカにも見習ってほしい。というか爪の垢を煎じて飲ませたい。


 ……あいつがもう少し穏やかになればなあ。厄介事を引き寄せるのは二百万歩譲って許す。体質ではさすがに直しようがない。


 だが、自分から厄介事に首を突っ込む性格は何とかなるはずだ。あれさえなければ、俺も気持ち良く友人付き合いできただろうに。


 世の中マジでままならねえ、と世の無常を割と本気で嘆く。


「どうかしましたかな? そんな世の中を諦め切ったような顔をして」


 しまった。顔に出ていたか。少なくとも人前でするような顔ではない。反省しよう。


「失礼しました。ちょっと思うところがありまして。それより、さっそく準備をしたいのですがよろしいですか?」


「おお、どうぞどうぞ」


 フィアとカイトに目配せして建物から出る。


「これからどうします?」


 フィアが聞いているのは今後の予定ではなく、自分がやるべき役割を聞いているのだ。


「フィアはカイトと一緒に食糧の調達頼む。なるべく安く売ってもらえ。可能ならタダでふんだくれ」


「静さん……ここの人たちには責任を感じているんじゃないんですか?」


「それはそれ、これはこれ」


 フィアが俺を呆れ切った目で見ているが、気にしない。


「……手持ちの金が少ないんだよ。それに感謝するって言ったのはここの人たちだ。あまり横暴に振る舞わず、適度にまけてもらえよ」


「そういうところだけは細かい指示を出しますね……。普段は適当に役割決めるだけなのに」


 そんなジットリした目で見ないでほしい。いや、俺があくどい事してる自覚はあるけど。


「ところで、静は何をするんです?」


 フィアと俺のやり取りがいつまで経っても進まないのを見て、カイトが横から割って入る。


「あのバカ鳥いるだろ。あれの見張りだよ」


 ほら、とある方向を指差す。そこには俺を風で吹き飛ばしたバカ鳥が静かに座っていた。


「はぁ……あれ、どうやって手なずけたんです? いえ、先ほどから聞きたかったんですけど」


「愛情持って話しかけただけだよ」


 ちなみに俺の愛情は物理的手段と言葉に訴えるものだ。具体的には弓を頭に突き付けて俺たちのところに来いと言った。


「その割にはあなたを見ないように顔をそらしているように見えますが……」


「照れてんだろ」


 可愛い奴だ。


「……もういいです」


 フィアが疲れたように肩を落として歩いて行った。その後を追ったカイトもフィアと一緒に歩き出す。


「さて、俺はあのバカ鳥の名前でも考えようかね」


 いつまでもバカ鳥じゃあいつにも悪いし。それにバカ鳥言うたびに俺が無様に気絶した記憶が思い出されるため、良い気分じゃない。


「……どこへ行くのかしら?」


 そんな物思いにふけっていたため、かけられた言葉には死ぬほど驚いた。冗談抜きに心臓が口から飛び出るかと思った。


「ひぃうっ!? く、クレア!? お前いつからそこにいたんだ!?」


「あなたがフィアたちに……私があの方たちを呼び捨てにするなんて失礼極まりない事よね。ごめんなさい。首を吊るから許してちょうだい」


「首なんて吊らなくても許すから縄を取り出すな!」


 しかもどこから取り出したそんな長い縄。お前の服にそれっぽい物は見えなかったぞ。


「いいの……? あなた、優しいのね」


「いや、誰だって目の前で自殺されそうになれば止めると思うけど……」


 無我夢中で言った一言がクレアの好感度を上げてしまった模様。この人の好感度を上げても別に嬉しくない。むしろ纏わりつかれそうで非常に困る。


「それより、どこへ行くのかしら?」


「あの鳥の面倒見に行くんだよ。逃げられても困るしな」


 一応、どちらの方が上かは教えておいたので逃げる事はないだろうが、念には念を入れておく。


「……私も行っても構わないかしら?」


「別に良いけど何で?」


 彼女はすでに無関係なはず。今回は俺が巻き込んでしまったけど、もうそれも終わった。


「あなた一人じゃ危険だからよ。……こんな上から目線で物を言うなんて……。申し訳ございませんでしたご主人様」


「ちょっ!? 俺がお前に変な事要求してるみたいだからその呼び方だけはやめてくれる!?」


 俺はお前にそんな命令した覚えもないし、ご主人様呼ばれて喜ぶような特殊性癖も持ち合わせちゃいない。


「……とにかく、来るんならついて来い」


「ええ、分かったわ」


 バカ鳥のところへ行くだけなのに、何でこんなに疲れを感じているんだろう……。






「よっ、元気してたか?」


 バカ鳥に対してフレンドリーに話しかける。鳥の目が潤んで顔からダラダラと脂汗をかいているように見えるが、いかんせん鳥の顔ではよく分からない。


「そんなに細かく言えるのなら、充分に分かっているんじゃないかしら……?」


「さて、こいつの名前何にしようかな~?」


「無視!? ……そうよね。私なんかの言葉、聞く価値もないって事よね……」


 しまった。ちょっと都合が悪いから無視したら勝手にダウナー入ったよこの人。


「俺が悪かったから機嫌直せ。それよりほら、こいつの名前で何か良いのないか?」


「名前? そうね……」


 なるべく普通に聞く感じを装ったら真面目に考えてくれた。ちょっとだけこいつの扱いが分かったかもしれん。




「――ポッポ、なんてどうかしら?」




 ……………………冗談で言っているのだろうかこの人は。


「……本気か?」


「変かしら?」


 普通に首をかしげられた。どうやら本気らしい。


「いやいやいやいや、さすがにポッポはちょっと……、」


 そこで言葉を切らざるを得なかった。ただでさえ暗いオーラがもっと暗くなって今にも自殺しそうだ。というか縄を枝にかけている。


「さようならみんな……」


「お前の名前はポッポに決定! よかったなあ良い名前がもらえて!」


 クレアを糸で縛りつつ、ポッポを連呼する。ちなみに目は笑わずに「テメェここで合わせなかったら焼き鳥にして食うぞ」という視線を送り続けていた。


 そのためか、ポッポも必死そうにうなずく。なかなか賢い奴だ。


「いいの……? ポッポなんて名前で……」


 そうしないとお前自殺しそうじゃん、とは口に出さない。言ったら今度こそ止められないだろうから。


「さて、ポッポの名前も決めたし宿に戻るか」


 メレムさんが俺たちに部屋を貸してくれたので、今日はそこで休む予定だ。明朝に出発する予定でもある。


「そう……行くのね」


「まあ、俺たちは冒険者だし」


 その冒険者もそろそろ終わりだ。薫のフォローをするなんて言ってしまったが、具体的に何をすればいいのか考えてなかった。


 だから、今回倒したあの双子で良しとする。一応、あいつらは魔王軍四天王のナンバー2をやっていたみたいだし、薫への手土産には充分だろう。


 北には何かがある、という俺の推測は間違ってないと思う。ただ、あまり時間はかけられない。


 気になる場所がある。しかし時間がない。あちらを立てればこちらが立たず。


 悩みに悩んだ結果、俺は時間を取る事にした。


 ……本当に時間がなく、他の国の人たちもそんな急な援軍要請には応えられないだろう。


 つまり、俺のパーティーと薫のパーティーだけで魔王のもとへ向かう事になる。


 やれやれ、まさかRPGみたいな少数精鋭での魔王を倒すなんていう事を実際にやる羽目になるとはね……、しかも死亡フラグ満載の。


 まあ、少数精鋭が基本なため、見つかりさえしなければそこそこイケると思う。


「寂しくなるわね……。あなたたち、一緒にいると退屈しないってよく言われるでしょう」


「……悔しいけど大正解だよ」


 クレアが本当に寂しそうな笑みを浮かべており、そこにはいつもの暗いオーラではなく儚いオーラが漂っていた。クレアの完璧なプロポーションと相まって艶っぽい事この上ない。


「じゃあ、俺は寝るよ。また明日な」


「……ええ、また明日」


 ポッポの様子も見終わった事だし、フィアとカイトには悪いけど先に休む事にした。クレアと一緒にいたからいつもより疲れているのだ。


 そんな感じで俺のエルフの里での一日は過ぎていった。……一日しかいないんだよな。ここに。






「……行こう」


「はい!」


「ええ!」


 俺の静かな決意にフィアとカイトも力強く返事をくれる。


 ここから先は何があるか分からないなんて生易しいものじゃない。常に死の危険をはらみ、一歩間違えば即死間違いなしの地獄の一丁目が目的地。


 そこに向かう事が分かっていながら俺の仲間は臆した気配を見せない。ったく、大した奴らだよ。


 頼もしさだけなら天下一品の仲間たちに頬を緩め、メレムさんに向き直る。


「すっかりお世話になりました。本当にありがとうございます」


「なんのなんの。これくらいしかできなくて心苦しく思うくらいです」


 いや、こっちもさんざん手厚い歓迎を受けたから心苦しいけどね。


「それでは、行ってまいります」


「お気を付けて……」


 俺、フィア、カイトの順にポッポに乗る。太い縄を首に引っ掛け、座りやすいように鞍も設置した。何も敷いてない背中にじかに乗るより、遥かに乗りやすくなっている。人類の知恵バンザイ。




「待って!」




 いざ行こう、と思った時に後ろから大声が響く。それが聞き覚えのある声で、なおかつそいつは大声を出さない奴だったので驚いて後ろを振り返る。


「私も……連れて行ってほしいの」


 やはりそこにいたのはクレア。旅支度も整えた様子でポッポの背中にいる俺たちを見上げている。


「しかしだな……今から行く場所は危険なんて言葉が生ぬるく思えるくらいキツイ場所だぞ。行ったら死ぬ確率の方が高いくらいだ」


 まあ、黙って殺されるつもりはさらさらないし、薫も一緒にいる以上死ぬとも思ってない。


「それでも……私を認めてくれたのはあなただから! 信じるって言ってくれたのはあなただから!」


 確かに言った。クレアを信じると言った。しかし、それがここまでの効果を及ぼすとは想像もしなかった。


「しかし……」


 こいつの弓が役に立つのは確か。御せるのが俺しかいないというのが難点ではあるが、こいつの狙撃は戦力になる。


 これがただの冒険だったら一も二もなくうなずいていたと思う。だけど、これから向かう場所の危険は今までとは一線を画している。


「……彼女を、連れて行ってやってくれませんか?」


「メレムさん!?」


 正気かよ!?


「彼女が自分から行動を起こすのは非常に珍しいのです。それにあんな大きな声で意思表明までして……私は涙が出る思いです」


 ……その割にメレムさんたちの顔が晴れやかなのは気のせいだろうか。よもや体の良い厄介払いだと思っているんじゃないだろうな。


「私を連れて行かないなら……」


 メレムさんの言葉を聞いても難色を示す俺にクレアが短剣を抜いた。そしてそれを――




 自分の首に突き付けた。




「ここで死ぬわ」


 連れて行かなければ自殺ときた。


 ……ここで死なれるよりかは、一緒に連れて行った方が死ぬ確率も低いか。こいつを連れて行く事で俺たちの生存確率が上がるのも確かだろうし。


「ったく……分かったよ。自殺されちゃ、寝覚めが悪いしな……」


 寝覚めが悪いどころか化けて出るかも、と思っているのは内緒だ。


「ええ、必ず役に立ってみせるわ」


 お、クレアにしては珍しく強気な発言。彼女も少しは成長したってことかね。


「それじゃ、今度こそ!」


「お気を付けて……」


 メレムさん、その清々しい顔で送り出さないでください。普通に厄介事を押し付けられたように感じますので。


 こうして、俺たちは旅立った。目指すは薫との合流。


 そして――魔王の討伐だ。

これでようやく静のパーティーは全員揃いました。これ以上の数は増えません。

そして次からは最終章突入、と言った感じです。


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