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三十話

「マズ……ッ!」


 予想以上に速い。体勢を整える事など考えずに横っ飛びする。


 俺が一瞬までいた場所にウルの伸ばした爪が薙がれる。食らったら終わってたな……。


 背中にじっとりと嫌な汗が浮かぶのを自覚しながら、鋼糸で全身を縛り上げる。


「あれ? 上手くいった?」


 ただの牽制だったのに、綺麗に引っ掛かった。なぜに?


『……ふっ、この程度だと?』


 ウルが俺の行動をあざ笑い、全身に力を込める。あ、すっげー嫌な予感。


 ダメもとで引っ張ってみたのだが、全然切れない。強靭な体をお持ちのようで。


『ふんっ!』


 鋼糸が切れた。ブチリと。


「……冗談じゃねえ」


 俺の主力がいきなり破られた。もしかしなくても絶体絶命?


『この程度か?』


「ハイその通りです!」


 だって俺、所詮はしがない一般人ですから。


『謙遜するな。お前の能力は魔王軍に知れ渡っている。今さら隠す必要などあるまい』


 いや本当にこれが全力なんですけど。……小細工なしの。


 慌てて一歩下がるふりをして、一瞬だけ辺りを見回す。


 地面は土。だがさんざん踏まれているから砂煙が舞っている。土も柔らかそうだ。


 手持ちの武器は鋼糸と短剣。そのうち鋼糸はまず効かない。だからと言って鋼糸以外の糸では殺傷力に欠ける。俺の知らない素材で糸は作れないし。


 風の糸は……指の動きが攻撃のなぞる線をそのまま描いてしまうから、攻撃が読まれやすい。


 まともなダメージが通りそうなのは……。


「そこだっ!」


 人間と同じ体をしている以上、頭が弱点だ!


『甘いな! その程度、お見通しだ!』


 俺が短剣で目を狙った一撃は頭を下げる事で避けられ、無防備な腹を狙われる。


「舐められたもんだな俺も」


 バカ正直に初撃に全てをかけるとか、俺の柄じゃない。これは避けられる事が前提で放った攻撃だ。


 空いている左手で親指と人差し指、中指それぞれの指の腹をくっつけた形の拳を作り、ウルの右目を容赦なくえぐり取る一撃を繰り出す。


『なっ!?』


 俺の外道戦法に驚きを隠さず、ウルは俺の腹に放とうとしていた攻撃をやめて後ろに下がる。


「はっ、ミスったな!」


 あのまま俺の腹にその腕をぶち込んでいれば今頃倒れていたのは俺だろうに。まあ、攻撃をやめなかった場合は刺すだけ刺して避けるつもりだったが。


 実際、腹は内臓があるので致命傷になりかねないが、目は潰れても命には関わらない。苦痛と視界が半分になるというハンデを与えられるくらいだ。


 そしてウルが下がった事で戦いの流れがこちらに傾いた以上、この流れを逃すつもりはない。


「食らえっ!」


『くっ!』


 ウルの反応が鈍くなっているのは傍目にも明らかだ。やはりさっきの騙し討ちが効いている。


 俺の攻撃はフェイクなのか? それとも本命なのか? という判断に悩まされているのだ。


 平たく言ってしまえば俺の手のひらで踊っている状態だな。こいつはすでにまな板の上の鯉だ。


『なっ!?』


 俺の攻撃をバックステップしながら避けていたウルだが、途中で何かに引っ掛かったように倒れ込む。


 答えは当然、俺の罠。糸が千切られた時に何本か張り巡らせておいたのだが……正直、保険程度にしか思ってなかった。


「勝った!」


 地面に倒れ込んで無防備極まりないウルの脳天に短剣を突き刺そうと振り上げ――




 ――空を切った。




「なっ!?」


 今度は逆に俺が驚く番だ。バカな!? あの状況で外せるほど俺は雑魚じゃないぞ!


「ってそうか、こいつは何か能力があったんだ……」


 俺が最初に見つけた時も地面に潜っていた。それを失念した自分に歯噛みしつつもその場から離れる。


 さてどうしたものか。さっきまであいつのいた地面に穴が開いている事からあいつの能力は地面に潜り、その中を自由に移動できるものだと仮定する。


 だとすると厄介だ。足元に出てこられるだけであっちは不意を撃てるし、こっちは相手の場所がまったく分からない。


「……うおっ!?」


 足元から出てきたウルの攻撃を間一髪で回避する。我ながら素晴らしい反応で、二度はないと思えるレベルだった。


 それでもかすってしまった太ももの傷を手で押さえながら、ウルがどこへ行くのかを見る。


 ……地面から地面に潜っていた。貴様は魚か。


 突っ込みもそこそこに対応を考えよう。これは結構ヤバい。次の攻撃を避けられるかどうかは運次第だし、避けたとしても戦闘に支障の出るダメージを受ける事はほぼ確定だ。


「弱ったな……何も思いつかん」


 薫の援軍は……期待できそうにない。チラッと見たが、まだ戦っている最中のようだ。しかも気合の雄たけびとかが聞こえて無駄にアツイ。炎のドーム内で戦っているからかもしれないけど。


 カイトたちは……俺と薫が魔物の壁を突破した際に結構距離が離れてしまった。フィアは中央議会で人々の指示に奔走しているから同じく助けは求められない。というか求めてもここまで来れない。


「八方塞がりか……?」


 否、絶対にできる事はあるはず。考えろ。



 ――ウルが薫に腕を斬られて苦痛に悶える姿。

 ――俺に殴りかかり、鋼糸程度では気にも留めない強靭な肉体。

 ――そして地面に潜り、俺を一方的に攻撃できる能力。



「……あ?」


 待った。今何か違和感があった。つまりどっかで俺が見落としている部分があるって事だ。


 最初の薫に腕斬られてのたうち回っていたやつか? いや、あれは伸ばした腕にも神経が通っている事の証拠にしかなってない。


 鋼糸を千切れるあの体か? ……?


「ここだ……っと!?」


 また地面からウルの手が伸びてきた。手首を掴んで受け流し、一本背負いの要領で地面から引きずり出してやろうと思ったのだが、腕が予想以上に伸びて失敗した。


「イツツ……」


 顔面から地面に倒れ込み、即座に体を起こす。地面と接地している部分が多いとヤバい。


 んで、思考を戻す。さっきの違和感をもう一度思い出せ。


 強靭な体、俺はここに違和感を感じた。つまりここが突破口になる。


「…………そうか!」


 ようやく気付けた。まったく、今まで気付かなかった自分がバカらしい。


 そう、あいつはわざわざ己の肉体を使った攻撃を行ってくる。しかも腕を伸ばしたとしても神経が通っている事に変わりはない。




 つまり、あいつは攻撃の時に何の保護もされていない肉体を差し出している。




 そうと分かってしまえばあとは簡単だ。


「《風よ 我が体を持ち上げろ》」


 あいつはなぜか真下を狙ってこないから、俺の体を浮かせる必要なんてないかもしれない。だが、何事にも例外は存在する。念には念を入れておこう。


「《炎よ 我が糸に宿れ》」


 俺の周囲を覆っていた糸が赤熱する。


 さっきまでのウルの攻撃は俺の位置を正確に掴んではいたものの、周辺の状況までは把握しているようには見えなかった。おそらく、下手な防御くらいは気にも留めずにぶち抜ける体があったからの弊害だろう。


 だが、それが仇になる。


「さあ来い!」


『……お手並み拝見といこう!』


 あれ、声聞こえてたの? まあ、魔法は小声で詠唱したからバレてないと思うけど……。


 俺の右側から腕が伸びてくるのが視界の端に見えた。


「――っ!」


 今までと違って反応が遅い。避け切れない!


 触れる物全てを破壊してきた拳が俺に迫り――




「俺の勝ちだ」




 赤熱した鋼糸に絡め取られ、肉の焦げる香りを辺りに撒き散らした。


『ぐああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!』


 苦痛の悲鳴が地面の下からくぐもって聞こえる。


「テメェの体を過信し過ぎだボケ!」


 捉えた腕に短剣を突き刺す。全力で振り下ろしたのに、刃が中ほどまでしかめり込まなかった。しかし、これで充分。


 そして、ここからはずっと俺のターン。


「終わりだ。《炎よ 我が刃から流れよ》」


 突き刺さっているナイフから炎があふれ、血液の温度を上昇させる。


『ぎゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!』


 腕が鋼糸に絡まった時よりもひどい声を上げ、その体が地面から這い出てくる。


「敵にかける情は持たない主義でね」


 特に今回なんてかなりヤバかったし。手加減なんて余裕こいたら即、死に直結する。


『ぐ、あ……っ』


 血液は沸騰する温度まで上げたのだが、こいつまだ生きている。さすが魔族。人間などとは次元違いの強靭な体をお持ちのようだ。


 最期の言葉を聞くなんて殊勝な神経は持ってない。それに生かしておくと、また大変な事をやらかす気がする。


 短剣を振り上げ、腹部へとためらわずに刺す。肉特有の生々しい感触が手に伝わってくるが、平穏のためだと自分に言い聞かせて無視する。


「《炎よ 弾けろ》」


 短剣から体内に入った炎が爆散し、スプラッタな光景が展開される。俺の頬にもビシャッとか言って血が付いた。


「……ふぅ、終わったな」


 ようやく緊張を解き、その場にへたり込む。マジ疲れた。もう一生分戦った気がする。


「薫は……まあ、予想通り、と」


 あのチート剣とチートな才能のコンビにウルの影武者程度が勝てるわけがなく、やはり最後に立っているのは薫だった。ただ、薫の体にちょこちょこ傷が見られる事から善戦はしたみたい。


「……さて、もう一働きするか」


 一応残しておいたウルの首を引っ掴む。わざわざ残しておいたのは俺たちが敵の大将を倒したという証拠を見せるためだ。


『……くっ、やはり秋月静は私なんかでは歯が立たなかった……』


 ……………………………………ヤバい。こいつまだ生きてやがった!


 粉々に破壊してしまおうか? いやでもそれやっちゃうと証拠が残らないし……、などと俺が悩んでいる間もウルの首はベラベラとしゃべっていた。


『ククク……お前の戦闘傾向はすでに魔王様に送ってある……お前の命運もこれまでだな……』


 首だけなのによくそんな長い文章話せるなー、などと現実逃避をしてみる俺。


『私は四天王最弱。私以上に強い奴がこの先お前を付け狙うだろう……』


「いや、やめてほしいんだけど。マジに」


 命がいくつあっても足りないから。そういうのは薫に向けてくれ。


「静ならどんな困難でも笑って乗り越えるだろうさ。魔王に伝えろ。彼はそんなチャチな事では倒せない、とな」


「薫ナニ言ってんの!? 勝手に人の事決めつけないでくれない!?」


 十年来の幼馴染すら俺を過剰評価する始末。もうこの状況自体が分不相応なんだけど。


『……それも伝えておいた。これで、私の使命は……終わり、だ』


 勝手な事をほざいて俺を絶望に陥れた元凶は勝手に死んでいった。……待てや。


「オイコラ勝手に死ぬんじゃねえ! せめてさっきの薫の言葉は撤回してから死ね!」


 シャレにならなくなってきたぞ。魔物が国を覆うっていう状況だけでこっちは手一杯になったというのに、それのさらにヤバい状況ってのが俺を襲うって事じゃないか!


 胃が最大級に痛み、思わずその場にうずくまってしまう。この痛みは……俺も味わった事がないレベルだと!? 胃痛に関しては網羅したと思っていたのに!


「静……敵の死にも涙を流すんだな……」


 違うから。胃が痛くて泣いてるだけだから。薫さん、勝手に人を慈愛にあふれた人にしないでくれません?


「だが、今はなすべき事をなそう。イケるな」


「む……り……」


 胃痛で気を失う一歩手前の俺を薫が無理やり立ち上がらせる。薫に殺意を抱いた。こいつの首持っていけば魔王にも見逃してもらえるんじゃね?


「さあ、まずはリーゼたちと合流だ。付いて来い!」


「死……ぬ……」


 薫が俺の手を引っ張って走り出し、右手に持ったチート剣で辺りを薙ぎ払っている。


 俺はと言うと、一歩ごとに咽喉元から込み上げてくる鉄の味がする液体を飲み下すのに必死だった。


『主、その……これから生きていけるのか?』


 メイの気まずそうな言葉に俺は首を横に振った。


 ……………………………………誰か代わって。

静、魔王軍内での知名度ウナギ上りの巻です。

もはや向こう側には静の方が勇者だと認定されかかっています。

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