二十七話
「え? えぇーーーー!?」
ミミズの顎が自分を噛み砕こうとしていた現実にフィアが目を見開く。
「罠だよ! 早く逃げるぞ!」
チクショウ。なんて狡猾な連中だ。まさかミミズに罠張られるとは思わなかったぞ!
『その罠に引っ掛かったのが主じゃがのう』
メイうるさい! 俺たちがミミズ以下みたいに聞こえるからやめろ!
「ど、どうなってるんです!?」
フィアが穴の出口へ爆走しながら疑問を聞いてくる。俺もそんなフィアと魔法なしに併走しながら答える。
「別の方向に穴を掘ったと見せかけて、潜っていたんだよ! 調べに来た奴を倒すためにな!」
中央議会に穴を開けた後、別の方向に穴を掘って追撃部隊の道を作る。
そのまま別の方向の穴をそれなりに掘り進め、適度なところで下に潜って俺たちの目をそらす。そしてかかった獲物を……ガブリ。
ミミズってそんな知能あったか? いや、ない。ミミズの知恵に人間が負けたとか悔し過ぎる。
「誰か入れ知恵したな!? あのミミズも魔族に訓練されてるはずだ!」
「そうでなきゃこんな高度な罠あり得ませんよ!」
フィアの言葉が尤も過ぎて何も言えない。当たり前の事をほざいてんじゃねえ、と言われた気分。
「それよりフィア! 速度上げろ! 近い近い近い!」
後ろにミミズの顔が見える! 間近で見ると結構怖い!
「な、何で私が速度を上げないと……ハッ!」
チッ、フィアの体に巻いていた絹糸がバレたか。引っ張ってもらって楽だったんだが。
「何してるんですか! 怒りますよ!」
「ここを脱出できたらな! 《風よ 追い風となれ》」
風を起こし、それに体を押してもらう。圧縮してそれを足場にするというアイデアもあったのだが、そんな練度はない。
「も、もうすぐ外です!」
「外でたら即横っ跳び!」
というか外までも持つだろうか。食われる可能性の方が高い気がする。
「はい!」
「最後のひと押し! 《風よ 吹き荒れろ》」
今度の魔法は俺たちの加速用じゃない。ミミズの足止め用だ。
風の刃がミミズの表面を少しだけ傷つけ、その場に押しとどめる。
よかった。ここでキレてスピードアップされていたら終わってた。
穴の縁に手を引っ掛け、俺は右側に。フィアは左側に転がり込む。次の瞬間、ミミズの口が俺たちの横を通った事には肝を冷やした。
ミミズはそのまま勢いを失って倒れ込み、うねうねと動いている。キモイ。
「生きてるかフィア!」
まずはお互いの生存確認。万一があると非常に困る。盾が減るという意味で。
「はいっ! 何とか!」
「コイツ倒すぞ! いったんこっちに来い!」
ミミズの背中側を回り込んで合流する。まだミミズの体が外に出て切っていないところで軽く作戦会議を行う。
「どうする? あの巨体じゃフィアの剣でも斬れそうにないぞ?」
直径四メートルもある体では、フィアの剣もつまようじみたいに見えてしまう。ダメージは与えられるが、致命傷はまず無理だ。
「そうですね……注意を引く事はできても、私じゃ決定打は難しいですね」
炎の魔法を併用しても、あのヌメッた体では火の通りがすごく悪そうに見える。それに南に住む魔物だから、熱にも強そうだし。
俺の攻撃もきっと皮膚一枚切り裂く程度が限界だ。あの超重量の突進を真っ向から受け止める強度の糸なんてこの世に存在しない。逆に受け止められれば勝機になるんだけど……。
「メイ、何とかできないか?」
『無理じゃ。主の知らない素材の糸は作れんよ。妾はどこまで行っても主の道具でしかないのじゃからな』
ぐうの音も出ない正論が返ってきた。だけど、俺はお前に言いたい事がある。
「メイ、自分の事が道具なんて言うな。お前は俺の大事な仲間なんだから」
『そう言ってくれるのは嬉しいが……主、今妾に妙な呼び方を付けなかったか?』
チッ、鋭い奴だ。
「それはさておき、何か良い考えあるか? 具体的には労せずにあいつが倒せそうなやつ」
「それはさすがに……っていうかこういうのは静さんの役目じゃないですか!」
「いつ、誰が、どこでそんな事を言った!? さあ、黙って頭を働かせろ!」
俺は本当なら肉体労働も頭脳労働も嫌なんだよ。寝て暮らすのが夢なんだ!
「無理ですよ!? 私は静さんみたいに悪知恵は働きませんから!」
フィアの言う事にも一理あった。こいつはどちらかと言うと、王道を進む方だ。狂戦士モードも覇王って感じだし。
仕方がない。俺がやるしかないのか。
「……よし、一つ思いついた」
五秒で思いついた。我ながら素晴らしい頭の回転だ。
「ど、どんな方法ですか!?」
「……いやー、でもなあ……」
思いつきはしたが、あまりお勧めはできない。
キーパーソンはフィアなのだが、フィアの事を思いやって、というわけじゃない。その光景を俺が見るのが嫌なのだが……背に腹は代えられないか。
「よし、話すぞ。内容は簡単だ」
「はい、どんな内容です?」
「俺があいつの口開くから、その中に飛び込んで内部破壊よろしく」
「…………………………………………………………………………………………え?」
「聞き取れなかったのか? だからあいつの中に飛び込んで内部破壊だっての」
見ている方もやる方も相当グロイ物を見る必要あるけど、あいにくとこれしか思いつかない。
「……本気ですか?」
「大真面目。他に代案あるなら聞くけど」
「くっ……分かりました」
覚えておいてください……という陰湿な言葉とともに、フィアが前を向いてミミズと相対する。俺の胴体と首が泣き別れしないように警戒しておこう。
ミミズもようやくのたくっていた体をこちらに向けてきたところで、いつでも飛びかかれる姿勢だった。
「フィア、攻撃を仕掛ける瞬間は俺が作る。それまでは下がってろ」
「分かりました! 無茶はしないでください!」
無茶せざるを得ないような役は基本やってない。俺がやるのはできると判断した事だけ。
「……怖えなオイ」
見上げないと全体像が把握できないような巨体相手にするなんて夢にも思わなかった。武器は頼りない事この上ない鋼糸のみ。
「……はぁ。俺も貧乏くじ引いたかね」
ため息をつき、それだけで全ての恐怖を踏み潰す。感情のコントロールは比較的得意だ。この程度の修羅場で焦るようなら、俺はとっくに死んでいた。
そんな俺の心の葛藤を知らないミミズが俺の体を丸呑みにしようとその口を開く。うげ、気持ち悪っ。
「《風よ 我が体を運べ》」
体とは別に動く思考でこいつの口を開いたまま固定する方法をまとめ上げ、体はそれを実行しようと勝手に動く。
風の援護を受けた俺の体がフワリと浮いて、ミミズの真上を越える。その時に仕込みをして、ミミズの背中に着地する。
「うおっ!?」
ヌルリと足元が滑って落ちかけた。とっさに背中から引き抜いた短剣で背中を刺す事でかろうじてしがみつく事に成功する。
「こりゃ走るのは無理だな……、《風よ 我を浮かせ》」
足元をわずかに浮かせ、このヌルヌルから脱する。タッチの差で背中を刺されたミミズが暴れ出し、俺の体目がけて尻尾の部分が振り下ろされる。
「おっと」
横に滑るように飛んでそれを回避する。同時に尻尾の後ろ――つまり地面に付けている方に回り込み、短剣で浅く切り裂く。そしてさらなる仕込みをする。
「これで!」
仕込みは終了。後は結果を出すだけ。
「終わりだ!」
――ミミズの口と尻尾の傷を支えに作った糸の楕円がミミズの口を強制的に開けさせた。
全てはこのための布石。わざわざ真上に飛んで避けたのはあいつの口に糸を引っ掛けるため。背中に降り立って尻尾の攻撃を誘発したのも尻尾に糸を引っ掛けるため。
……まあ、予想以上に背中が滑ってヤバいと思った場面もあるが、それは尻尾を浅く切る事でカバーできた。
「フィア、今だ!」
ミミズは尻尾と口が海老反りみたいになっている。Uの字に見えなくもない。この上なく気持ち悪いが。
「分かってます! ……ハアアアアアアアアァァァァァァッ!!」
目を閉じ、気合を入れたフィアがミミズの口へ突貫する。そして一瞬で俺の視界から消え、ミミズの体内へ潜り込む。
ミミズの体が急に苦しんでいるようにのたうちまわる。しかし、フィアの攻撃は止まっているようには見えない。
「……あ」
そういや、今まで考えてなかったんだけど。
――どうやって出るんだ? あれ。
「…………………………ヤバ」
ダラダラと冷や汗が流れ落ちる。しまった。まったく考えてなかった。
さすがにフィアを捨て石にする気はない。何とかして助ける方法を考えよう。
「……無理だな」
すぐに結論が出た。
俺の武器ではミミズの巨体に風穴を開けることなど不可能だ。ならば、フィアの機転に任せるしかないな。
「……まあ、あいつならそれも考えているだろ」
入ったのはあいつだし、きっと何とかしてくれるさ!
そんな事を思いながら冷や汗をかいていると、ミミズの体の中腹辺りで、いきなり炎の剣が突き出てきた。
そしてイロイロな液体にまみれたフィアが突き破った腹を飛び出してくる。
「――貴様の血は何色だ?」
おお、決め台詞。
……あれ? こっち見て言ってない?
「貴様の血は何色だーーーーッ!!」
「やっぱこっちかーーーーっ!!」
フィアが鬼の形相でこちらに突っ込んでくる。チクショウ、出る方法何も考えずに送り出したの根に持ってるな!
「死ね! 死ね死ね死ね死ね!」
「冗談じゃねえ! 殺されてたまるか!」
頭に血が上っているからか、剣の振りが大振りなので避けやすい。それでも一撃食らったら終わりだけど。
カイトが救助者抱えて戻ってくるまで、俺はひたすら逃げ回り、フィアは剣を持って追いかけまわしていた。
「……何してたんですか? 二人とも」
カイトは俺とフィアのアクション映画ラスト十五分前並みの攻防を見て、呆れた顔でつぶやいた。
「ちょっと……な」
イロイロと過激な心温まるコミュニケーションをしていただけだから。
激しい運動をしたため、ゼェゼェハァハァとお互いに息を切らしながら、その場に座り込む。
「それより、これは一体?」
カイトがミミズの死体を見て慄いたように聞いてくる。
「うん? ……ああ、それは地下道を作った奴。穴調べてた時に襲われたから、倒した」
好都合にも死体が穴を塞いでくれたため、この穴を通って襲われる事はまずなくなった。
「そうですか……。それで、これからどうします?」
「そうだな……」
地下は安全、なんて確証はどこにもない。それに、この場所が陥落したらお終いだ。
別に物理的被害が大きいわけじゃない。むしろ食糧庫とかを襲われるより被害は少ない。
だが、人々の精神的支柱が折れてしまう事は致命傷になる。士気がガタ落ちになるのだ。
「……フィア、内部に入り込む敵のせん滅、頼めるか?」
「私、ですか?」
「ああ。お前しか頼めない」
俺なんかよりよほどリーダーシップというのを備えているフィアなら、混乱した内部の兵士たちをまとめ上げて指揮する事ができるはずだ。
「……責任重大ですね」
フィアの言葉にうなずく。内部を守る兵士は圧倒的に少なく、敵はどこから攻撃を仕掛けてくるか分からない。指揮官の裁量うんぬんでどうにかなるレベルじゃない。
「それでも、お前に任せた方がいくらかマシだ」
フィアの事は少なくともこの国では一番信頼している。背中も預けられるし、死線も何度か一緒にくぐっている。
「……分かりました! 静さんの期待、応えてみせます!」
フィアが力強く了承の意を示す。それを見てから、カイトの方を向く。
「俺とカイトは短期決戦だ。このまま城壁まで戻り、大砲を使って一気に敵の頭を叩く!」
不本意だが。本っ当に不本意極まりないが、
「お前に背中を預ける! 急いでこの戦いを終わらせるぞ!」
「――はい!」
カイトは俺の言葉に満面の笑顔でうなずいた。……野郎の笑顔なんて見ても嬉しくない。
「フィア、頼んだぞ!」
「はい!」
フィアは外に駆け出し、街中に残っている兵を集めに行った。
「俺たちも行くぞ!」
「分かりました!」
カイトと俺は、城壁に向かって駆け出した。
……早く終わらせないと俺の貞操がヤバい。さっさと終わらせよう。
やや急ぎ過ぎている感じもしますが、ここから佳境です。
やはり今回は脅威が目に見えている分、長くしづらいです。