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二十八話
 城壁に戻り、まずは現状確認。

「うげっ……」

 マズイ。相当近づかれていた。

 俺の言った通り、泥での足止めは行われたようだが、それすらも圧倒的な物量の前では大した意味をなさなかったみたいだ。

「静、どこに敵の大将がいると思います?」

「一番それっぽい奴だよ!」

 だいたい、オーラがあるからそれを目安にすれば探しやすい。ダメでも適当に敵陣のド真ん中やや後方ぐらいに飛び込めば当たるだろう。

「それに魔族が大将なら、人型に近い形になる! 明らかに魔物と雰囲気の違う奴を探せ!」

「はい!」

 風の魔法で視野を広げてから必死に探す。この場所が瓦解するのも時間の問題になっていた。一分一秒が惜しい。

「……静、あれではありませんか?」

「ん? どこだ?」

「ほら、あれです」

 カイトの指差した先には何やら毒々しい緑色の肌をした筋骨隆々かつ、巨大な人型がいた。

 オーガ、とでも呼ぶのがぴったりだな。

「……確かにそれっぽいな」

 遠目でしか見ていないが、それでも雰囲気が周りと違うのが分かる。体も三メートルちょっとはあるんじゃないか?

「はい。他にはそれらしいのは見当たりませんし、当たっていると思います」

「……そうだな。お山の大将がデカイのは基本か」

 だが、頭の中にかすかな違和感が残っている。ほとんど解けているのに後ちょっと、決定的な何かが欠けている気がする。

「…………」

「静?」

 顎に手を当てて黙り込んだ俺をカイトが見てくる。

「……考えても仕方ない、か」

 いつもの事だ。情報が圧倒的に少なくて、その中で考えさせられるケースが多過ぎる。そしてそのどれもが疑わしく見えて仕方がない。

「――行くぞ。俺とお前、俺が大砲で送れるのはそれが限界だ」

 ほぼ確実に特攻となる。カミカゼ、なんて冗談じゃないが、生き延びる可能性が少しでも高いのはこっちだ。そもそも、俺の糸は集団戦向きだし。

「……分かりました。覚悟はできているつもりです」

 カイトも事の重大性が分かり、それでもなお俺と一緒に来てくれる。

 ……動機が俺目当て、というのがちょっと嫌だが、この際四の五の言ってられない。

 こいつが女だったらなあ……。

「静……」

 性別という果てしなく大きな壁をカイトはどうやって越えるつもりだろうか。後、気持ち悪いから恍惚とした声で俺の名前を呼ぶな。

 大砲を二つ用意して、カイトを先に潜らせ、俺も中に入る。

「……暗くて狭い」

 暗所恐怖症とか、閉所恐怖症にとってはキツ過ぎる場所だ。俺にはどちらもないから気にしないでいいけど。

「静、こっちはいつでもいいですよ!」

 叫ぶな。反響音がやかましいんだよ。耳がガンガンする。

「分かった。…………、」

 一息ついて、覚悟を決める。

 ここから先は地獄の一丁目。一瞬の油断や判断ミスが命取り。今までと比べても段違いにキツイ修羅場だ。



 ――でも、もう決めた。



 基本、状況に流されてばかりの俺だけど、一度決めた事は最後まで責任もってやり遂げる。

 それが俺、秋月静のルール。

『やはり妾の目に狂いはなかったようじゃ。主の今の顔……惚れ惚れするぞ』

「はっ、そんな立派な顔じゃねえよ」

 メイの称賛を鼻で笑う。そんな称賛、俺には似合わない。いつも通り、俺の不幸を笑っていればいい。

「行くぞ! 《風よ 撃ち出せ》」

 とんでもない勢いで俺とカイトが射出される。全身にかかるGが半端ねぇ。

「ぎぎぎ……」

「ぐぐぐ……」

 さすがのカイトもいつも通りにはいられないらしく、苦悶の声を漏らしていた。一瞬だけ聞こえてすぐ風に流されたけど。

 俺たちはとにかく上向きに飛んでいた。ぶっちゃけ、ただ撃っただけで上手くいくとは思っていない。どうせ目当ての奴と離れた場所に落ちるだろうと予測していた。

 だからこそ、微調整のために俺がこうして空を飛んでいるのだが。

 しかしキツイ。全身を襲うあまりのGに今にも意識を失いそうだ。意識失ったら命も失うから意地でも気絶しないが。

「くっ……《風よ 流れろ》」

 風の気流を起こして、俺たちの体をそれに乗せる。おかげで少しだけ勢いが弱まり、気が楽になる。

「静、今どのあたりですか?」

「このまま行けば大将の所にドンピシャ!」

 大砲の角度調整を手伝ってくれた名も知らぬ兵士には頭が下がる。大雑把な角度はバッチリだ。

「今だ! 《風よ 我らを包みこめ》」

 着地の衝撃を和らげる魔法を使い、大将らしいと俺たちが判断している魔族の前に降り立つ。

「……オマエ、ナニモノダ?」

 片言で話される言葉。

「俺たちは――」

「コロセェ!!」

「聞いてない!?」

 思わず突っ込みを入れてしまい、同時にさっきから頭の中に潜んでいた疑問が一気に噴き出る。

 こんな知能の低そうな奴があの作戦を指揮できるのか? そもそもミミズをあんな賢くする事ができるのか?

 答えは否。やはり状況はいつだって俺の予想を斜め上にぶっちぎる。



 ――このオークはボスじゃない。ただの雑兵だ。



 周囲の魔物に命令を出していた事から、本当にただの雑兵ってわけじゃない。でも、こいつは魔物全てを指揮する奴ではない。

「クソッタレが……!」

 己の浅慮を死ぬほど悔いる。実際、これから死ぬ可能性が高いのだから笑えない。

「静、どうやら僕たちは騙されてしまったようですね」

 カイトがこちらと背中合わせになりながらつぶやく。お前、体こっちに向けるなよ。今なら安全だからな。

「いや、どちらかって言うと自業自得な気もするけど……」

 勝手にドツボにハマって勝手に自爆したんだし。

 鋼糸を油断なく蠢かして牽制を怠らない。だけど、これも正直言って悪あがきだ。

 敵の壁が厚過ぎる。たった二人での突破など夢のまた夢だ。

 ならどうする……。打つ手なしか……?

 いや、思考しろ、思考しろ、思考しろ。諦めるな。絶対に突破口はある。

「…………っ!」

 さすが俺の頭。これならイケるかもしれない。

「カイト、ここから生き残る術が一つ思いついたんだが、一口乗らないか?」

「静とならどこへでも行きます!」

 その意気込みが今は頼もしい。普段は気持ち悪い。

「とりあえず……カイト、そいつ倒せ! 周りは俺が何とかする!」

 カイトにオーガを倒してもらうよう頼み、俺は周りに目を走らせる。

「うげっ……」

 原色の生物が多過ぎて目がチカチカしたので、細かい確認はできなかった。あれ全部見ていたら目が潰れるぞ。割とマジで。

「《風よ 我が意を汲む糸となれ》」

 さすがに巻き付けて切る鋼糸では効率が悪いと思い、風の糸を作り出す。これも久しぶりだな。

「食らいやがれ!」

 両手の糸を素早く動かし、絡まる事も考えないで滅茶苦茶に動かす。風の糸だから、絡まるとか考えないで良いのはすごく楽だ。

 糸の軌道をなぞるたびに、魔物たちがバターのように切り裂かれ、死体となる。

「カイト、飛べ!」

「はい!」

 カイトが俺の指示に従って大きく地面を蹴る。

 逆に俺は足をたたんで体を小さくし、クルリと一回転する。糸を操りながら。

「ウアッ!?」

 言ってなかったが、風の糸の切れ味は抜群だ。例えるなら達人の居合い並み。つまり切られてもすぐには認識できないレベル。

 その糸が周囲の魔物の足を切り飛ばし、地に倒れさせる。

「カイト!」

「分かってます!」

 ちょうどカイトは倒れたオーガの真上に位置していた。手に持ったレイピアを下に向ける。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 優男であるカイトから出たとは思えない気合に満ちた声とともに、オーガの脳天にレイピアが突き刺さる。

「ア――」

 何が起こったのか理解できなかったのか、オーガの体はビクン、と一回だけ痙攣して、動かなくなった。

「ふぅ……倒しましたよ、静」

「んなもん見りゃ分かる」

 脳天ぶっ刺されて生きてる奴がいたら見てみたいわ。いや、想像するとグロイから見たくないけど。

「それで! これから! どうするんです!」

 カイトは手を休めずに襲ってくる魔物を倒している。案の定、オーガが倒れても侵攻に遅れは出なかった。すぐに体勢を立て直してこっちに向かってきた。

「決まってる! カイト、もう一回飛べ!」

 返事もなしにカイトが大きく空へ舞う。俺はもう一度足元を薙ぎ払ってほんのわずかな時間、猶予を作る。

「《土よ 突き上げろ》」

 俺のいる地面が突き上がり、一気に上昇する。グラグラしていて怖いのだが、我慢する。

「静!」

「掴まれ!」

 普通の糸を伸ばし、伸ばされたカイトの腕を絡め取る。そのまま引っ張ってこちらに持ってくる。

「助かりました。ですが、これでは時間稼ぎにしかなりませんよ?」

「分かってる。これは布石だ」

 今のところ、足を切られた魔物たちが壁になっているが、それもあと三十秒持たない。

 俺たちが立つ土の柱に一体でも張り付かれたら、こんな脆い柱あっという間に崩れ落ちる。というか今でも崩れ落ちそうだ。

「ここから飛ぶ。魔物の壁が薄い場所を探してくれ」

「あそこです!」

 俺の指示にすぐさまカイトがある方向を指差した。見てみると、確かに突破できそうだった。しかもおあつらえ向きにその奥に森があり、身を隠すにも有利に働く場所だった。

「よし、しっかり掴まれ」

「はい!」

 さっきのオーガを倒した時よりも気合の入った声だった。一瞬、蹴落とそうか真剣に迷った。

「くっ……、《風よ 我らを押し出せ》」

 野郎に抱きつかれるという気持ち悪い事この上ない展開に吐き気を感じながら、魔法を詠唱。足元にフワリと魔力で編んだ風が集まり、

「う、おっ!?」

 一気に爆発した。

「チッ……」

 風圧保護の魔法でもかけておくべきだったと後悔する。Gで朦朧とした頭の中で、後悔先立たず、とはよく言ったものだと思っていた。

「ってそれじゃダメなんだよ!」

 気を緩めるとあっという間にブラックアウトしそうな意識を浮上させ、思考にかかっていた靄を振り払う。

「よし、もうすぐ突破するから、次の魔法の準備を――」

 あえて思考を言葉にする事で意識を失う事を防いでいたのだが、それが不自然に途切れた。

「静!?」

 カイトの焦った声が聞こえるが、俺もそれにうなずきたい。



 俺の足に人型の手が伸びていたのだ。



 伸びた先に目を向ける。そこには、肌色の人間と見間違えてもおかしくないような奴が腕を伸ばしてこちらをゾッとするような無表情で見ていた。

 おまけにそいつが本当のボスらしく、周りの魔物がその人型をかばうように立っていた。

 騙された。完璧にしてやられた。

 魔族の体が大きい、なんて事誰が決めた? 魔族の性質がただの馬鹿力や速度だけだと、誰が言った?

 誰も言ってない。全部俺の思い込み。それの招いた結果がこれ。

 マ、ズイ!? このままじゃ自分からカウンターを食らいに行くようなもの!

 なお悪い事に、俺の足を掴んでいる魔族のもう片方の腕が鋭い爪を伸ばした。

 ――ああ、終わりだな。

 万策尽きた。俺の無様な思い込みがこの結果を招いた。

「仕方ないか……」

 結局、俺の責任だ。カイト? あいつは俺に付いて行くって言ったんだ。あの世への道中、一人でも多くの連れが欲しい。

 そうして俺は目をつむり、迫り来る死に備えた。



「やれやれ、そんな簡単に諦めるような奴だったかな? 私の相棒は?」




「はっ?」

 そんな時、ここにいるはずのない女の声を聞いた。
あの人の登場です。
静は基本誰かにピンチを助けてもらう方です。
属性? ヒロインに決まってる。


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