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十八話

 絶望に打ちひしがれていても仕方ないと思い直し、立ち上がる。


『考えないようにしているだけじゃがのう……』


 俺の心を的確に読まないでくれメイ。自覚させられるから。


 込み上げてくるストレス性の胃痛と吐き気を耐えつつ、異空間から吐き出された人たちを見渡す。


「……少なくとも、ヤバい状態にある人はいないな」


 というか、王様から上の政治に関わる連中が中にいるのは分かるが、なぜ兵士の一部までいる。お前ら仕事はどうした?


 どうも眠らせてから閉じ込めたみたいで、餓死とかの兆候も見えない。


 ただ、こいつらが今後起きるかどうかは分からない。さすがに薬までは詳しくない。


「メイ、何か分からんかね?」


『さすがに薬の中身まで当てるのは……。あ、気休めにしかならんじゃろうが、そういう魔法もあるぞ。その場合は術者を倒せば解ける』


 魔法か薬か、どっちにせよ今の俺には解決は無理そうだ。


「……まあ、すぐに死ぬようなことはないだろう」


 この辺はレイスが見ていたのか、外の見張りも誰も来ないし、定期報告とかがあるようなマメな組織でもない限り放っておいて大丈夫だろう。


 でも、魔王軍って結構マメそうだった気が……。騎士団筆頭なんて位があるほどだし。


「だが放置する」


 だってあんな数の魔物とまともにやり合うなんて俺にゃ無理ゲーだから。


「一応、罠くらいは張っておくか……」


 極細の鋼糸を用い、適当に王様の周囲に張り巡らせる。


 目が覚めた王様が引っ掛かっても困るし、王様殺しちゃったら俺打ち首決定なので、書置きを残しておく。


「………………メイ、書いて」


 最近真面目に勉強してなかったから文が書けなかった。


『仕方ないのう……最近の主は目の前の不幸に対処する日々じゃったからの』


 そんなこと言わないでほしい。自分の不幸ぶりがどれほどのものか自覚して死にたくなってくるから。


 ……涙? 枯れたよ。それに不幸を嘆いて泣くより、死んだ方が楽になれる気がしてきたのさ。


 この年で自殺とその救いについて考え始めた俺はのろのろと立ち上がり、メイに書いてもらった書置きを置いて、その場を後にした。






 薫たちの様子を見に闘技場まで歩いて向かう。


 なぜ急がないのか? 折悪く戦いに巻き込まれるなんて冗談じゃない。しかも俺の今までを鑑みるに、普通にありそうだったから最大限の警戒をする。


『それでも巻き込まれるのが主じゃと思うがのう……』


 どうやらメイの中で俺は不幸にならないと済まないポジションについているようだ。そして最近実体化させてないから、こいつから癒しが得られない。


 闘技場の受付はガランとしており、誰の気配も感じない。すでに戦闘に入って逃げ出したのだろう。本音を言えば俺もここで逃げ出したい。


 しかし薫はともかくフィアの様子は見ておきたい。そう思って自分を奮い立たせる。


「おーい。薫、無事かー……ってうおおおぉぉぉぉっ!?」


 観客席の方からひょっこり顔を出すと、どデカイ魔物がこちらに向かって吹っ飛んでいたところだった。


「静! そいつが親玉だ! 思いっきり吹っ飛ばせ!」


 テメェらに割り振った仕事なんだからテメェらがトドメ刺せよ!


 けど、今から戻っても避け切れるとは思えない。糸は用意してあるがこいつの体じゃ細裂いたって肉片の一つ一つが俺にぶつかって結局凶器になる。


「ええいっ、止まれよ! 《水よ 氷柱となれ》」


 円錐状の氷の槍ができ上がり、魔族の胴体を突き刺す。そして円錐状になっているから吹き飛ぶ勢いも弱まり、何とか俺の体にぶつかる前に止まらせる事ができた。


「し、死ぬかと思った……」


『主は死なんよ。悪運も異常に強そうじゃからの』


 今までさんざん修羅場にあってきたが、そのたびに生きて帰ってきたからあながち否定できない。だけど否定したい難しいお年頃。


『ぐ、ぐあっ……』


 あ、こいつまだ生きてる。しぶといなー。腹に風穴開いてるのに。


 こうやって見ると、やはりこいつは大きい。さっきまで戦っていたレイスも大きかったが、こいつはさらに大きい。五メートルぐらいあるんじゃないか?


 真っ赤な肌にレイスの鍛え抜かれた感じのする体ではなくて、贅肉の寄り集まったような体型。着ている服も腰みのだけという何とも原始的な恰好だ。


 オーガ。全体を見て表現するならそれが一番適切だった。


 死に体の魔族は俺に視線を向けると、憎々しげに睨んできた。なぜだろう。俺はトドメしか刺してないのに。


『ま、まさかここでお前が出てくるとは思わなかったぞ秋月静……!』


 お前案外元気だろ。腹に風穴開けてる奴が一気に話せる長さじゃないぞ。


「いや、俺は様子見に来ただけなんだけど……」


 そしたらお前が吹っ飛んできて対処せざるを得なかっただけだ。


『くっ……あの勇者たちに我をここまで引き付けさせてお前が大魔法でトドメを刺す……、大した知略だ……』


 過剰評価しないでほしいんだけど。本当に偶然だから。


「いいか? 断言してやるが俺が来たのは偶然だぞ。本当ならあいつらに任せる予定だったんだ」


『ふっ……謙遜するな……お前は魔王軍屈指の頭脳を持つこの我を倒したのだ……もっと誇るがよい』


「聞けよ人の話」


 そして深読みするなっての。言葉以上の意味なんてないから。


『最期に……魔王様! 私の生涯最後の術、お受け取りください……!』


「おい、お前また何かやらかしたな」


 さっきも感じた嫌な予感が再び加速し始める。俺の頭が警鐘をガンガン鳴らしている。


『これでお前の身体的特徴は全て送らせてもらった……フハハハハ……』


 レイスと同じく、最期は弱々しく笑って逝ってしまった。


「おい! 取り消せ! すでに一人その手の情報送った奴がいるんだよ!」


 二人に同じ情報を送られると言う事は、俺の脅威度が向こうにとって高くなる事に直結する。


 冗談じゃない。俺は平穏無事がモットーなんだ!


『いや、将来の夢じゃろ』


 メイに即座に否定された。


 ……死ねば平穏になれるかなあ。


 こちらに向かってくる薫たちに呪詛の念を送り、俺は天を仰いだ。


 何で薫より先に俺が脅威認定されるんだよ……。


 今後降りかかるであろう災難を予想すると、涙が止まらなかった。






 前回は十分ほど嘆いていたが、今回は三分で復帰。


「……それで、首尾は?」


 声色から、かなり不機嫌な事を自覚するが、戻す気も謝る気もない。


「ああ、大成功だ。静というサクラはいなかったが、それでも十二分に効果は発揮した」


 俺の機嫌の悪さも大して気に留めず、薫は喜んで結果を話した。


「そいつはよかったね。こっちは大変だったよ」


 相手と状況がこっちの得意とする分野と上手く噛み合ってくれたからよかったものの、どれか一つの要素が違っていれば俺は今頃あの世行きだ。


「それにしてもすごいです……あんな簡単な仕掛けであんなに効果が上がるなんて……」


 フィアがちょっと前にあったであろう出来事を反芻するように目を閉じる。


「それを考え付くのが静だ。私も信頼している」


 薫が嬉しげに肩を叩く。後ろにいた薫のお供二人組が睨んでくる。


 いい加減やめてくれないだろうか。俺の胃の寿命がどんどん削られるから。


「……確かに、お前の考えた作戦は悪くなかった」


 キースが俺を認めるような発言。お? これで俺の安全約束された?


『あり得んの。主に幸福は似合わぬ』


 似合わないってひどくないか!? そもそも幸福って似合う似合わないないだろ!?


「ですけど、それだけで薫さまの隣は譲れません!」


 リーゼが薫に寄り添いながらそんな事を言ってくる。安心してください。こっちから願い下げですから。


「ところで、俺がさっき倒した奴が黒幕だったのか?」


「ああ。奴が大臣に化けていた。あんななりだったが、頭はよかったらしい」


 俺の質問に薫が答える。確かに自分でも魔界屈指の頭脳だとか言ってたね。自称の可能性もあるけど。


「んで、あいつは強かったか?」


「ああ。それと魔族はこの剣で斬っても意味はないらしい。あくまで人間限定みたいだ」


 へぇ、それは初耳だ。チート能力で魔族の能力まで奪ったらどうしてくれようかと思っていた。


「ふーん……まあいいか。こっちは異空間を作っていた魔族を一体倒した。んで、フィアに朗報だ」


「え……」


 俺の言う事に一瞬で気付いたフィアが顔を輝かせる。


 ……ただ、返り血が怖い。そんなになるほど何を斬ったんですか?


「異空間の中から王様たちが出てきた。結構な期間閉じ込められてたから弱ってた見たいだけど、生きてるよ」


 あの空間の中では時間が進まないのか、よく分からないが、最低でも王様は半年以上閉じ込められていたはずだ。


 普通なら餓死している。それだと言うのに、弱っているだけ……。


 眠らされたまま閉じ込められたのが功を奏したのか? どちらにせよ、生きている事をまずは喜ぶべきか。


 悪い方へ転がったわけでもないし、生きている事に疑問を持つなんて無粋だろう。


「ああ……!」


 そして嬉し泣きするフィアの顔が見れたのだから、よしとしよう。


 ……今後の苦労を考えると、ため息が漏れるが。


「ほら、まだやるべき事は残ってるぞ。城の中にも魔物がいたんだ」


「え……」


 フィアが喜びから一気に愕然の表情になる。


「どうして倒さなかったんですか!」


 リーゼが俺を批難してくる。


「無茶言うな。俺一人で戦うには荷が勝ち過ぎてたんだよ。薫たちがいれば確実だ」


 それに王様たちのところには罠を張っておいたから安全だ、と言ってやるとフィアの顔が再び崩れた。喜びから愕然、さらに安心と感情の揺れ幅が大き過ぎたらしい。


「そうか。では、行こう」


 薫は特に気にした様子も見せずに剣を鞘に納めて城へ向かって走り出した。


 さあ、後始末の開始だ。


 ……頑張れ! 俺は後ろで糸操ってるから!






「何でだよ! 何で俺が最前列なんだよ!」


「お前とフィアしかこの中に詳しい奴がいないんだ。仕方ないだろう」


「後ろから指示飛ばしてやるからお前前出ろよ! 剣持ってる奴が何で後衛にいるんだよ!」


「ほら、薫さまがこう言ってるんですから大人しく従いなさい! それとも……死にたいですか?」


「謹んでやらせていただきますリーゼさま!」


「静! 早く余の援護だ! グズグズしてるとお前ごと斬り捨てるぞ!」


「もうやだこんな役回り!」


 誰か助けてください。


 城の中の残党狩りはこんな感じで幕を下ろした。

これで静は魔王に完全に脅威と認定されます。

知らなかったのか? 魔王からは逃げられない状態です。


次回は薫たちのやった事について閑話としてお送りします。

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