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十六話

「――ということだ。理解できたか?」


「ああ。しかし危なかったな……静がいなかったら私たちは今頃死んでいたかもしれないなんて」


 俺の説明に薫は少しも怖そうに見えない顔で肩をすくめた。


 チクショウ。よく考えてみればこいつは大抵の事は一人で何とかなるんだった。俺の助け要らないじゃん。


 現在、俺と薫一行は宿に戻って情報交換をしていた。


 情報交換と言っても、俺が入手した情報をほとんど薫に渡しているようなものだが。だって、こいつ全然情報ないんだもん。


 ……この騒ぎが終わったら、自分で情報を集めるという事を教えた方がいいかもしれない。


「しかし、静の情報をもってしても黒幕が判断できないか……難しいかもしれないな」


 薫は俺の情報を全て聞いてから、腕組みをして目をつむっている。こいつの考え事をする際の癖だ。


「少なくとも、アルバさんは確定ですね。……静さんの言った事を信じるなら」


 リーゼが俺をすごい目で見る。久しくさらされてなかった嫉妬視線をまともに食らい、胃がキリキリ痛み始める。


 ……誰か、胃薬ください。このままじゃ胃潰瘍も時間の問題です。


「そうなると、王様も怪しいのでは?」


 そう言って口を挟んでくるのはキース。


 彼は俺の顔を忘れていたようなので、もう一度自己紹介をする羽目になった。


 その際に彼の名前も聞いて、出身も覚えておいた。


 どうやら騎士団の精鋭から一人、年も薫に近い奴として引き抜かれたらしい。


 本人はそれを誇りと思い、薫を守る事に心血を注いでいる模様。


 ……ちなみにこいつからもそこはかとないヤンデレ臭を感じる。薫の周囲には愛の重過ぎる人しか集まらないのだろうか。


 薫の将来が心配過ぎる。もちろん、下手すると矛先が俺に向きかねないから心配しかしないが。


「そうだな。それは否定しない。だけど、」


 いったん言葉を切り、フィアの方を見る。


「彼女が諦めない限り、俺たちは王の生存を信じるべきだ。浅慮な行動は取るべきじゃない」


「静の言う通りだキース。今分かっている事は、上の人間がほとんど魔族に入れ替わっている可能性がある事と、アルバが確実に魔族である事だけだ」


 王様も魔族である、とは意図的に言わなかった薫。さすがお気遣いの紳士。いや、こいつの場合紳士じゃないけど。


「問題はこれからの事だ。薫はそう言えば、闘技場に出ていたよな?」


「ああ。そこのキースも出ている」


「リーゼは?」


「彼女は応援だ。純粋な魔法使いはああいった大会には向かない」


 なるほどね、とうなずく。


 薫たちの手札は確認した。後は俺たちの手札だが……。


 フィア。彼女は有益な手札だ。その身分もそうだし、何より近接戦闘能力が俺より高い。戦闘では頼れる人間だ。


 ……胃を省みなければ。


 次にメイ。こいつは俺が臨戦状態に入る――つまり手袋になると、その場から身動きできなくなってしまう。それ以外でなら自由に外に出られるが、その間の俺は戦闘力が激減する。むしろゼロになると言っても過言じゃない。


 メイに離れてもらうわけにはいかない。最近怪しくなってきているが、俺の唯一の癒しでもあるのだ。簡単に手放してたまるか。


 そして俺。一般人。役立たず。以上。


『主は糸繰りができるではないか』


 訂正。ちょっと手先の器用な一般人。以上。


 全ての要素を吟味し、その上で俺たちに安全かつ、王様が生きていた場合に確実に助けられる作戦は――


「よしお前ら。ちょっと耳貸せ」


「もう思いついたのか? さすが我らが軍師」


「お前には少し自分で考える事をしてほしい」


 俺だって、この知恵を付けたくて付けたわけじゃない。お前と違って身体能力も、できる事も一般人に毛の生えた程度の俺がお前と同じ修羅場を生き残るにはこれしかなかったんだよ。




「それじゃ話そう。なお、聞いたら強制参加だからな。いいか――」




 内容を話し終えると、俺は一息ついた。長々としゃべって疲れた。


 みんなは俺の作戦を頭の中で見直している。


 俺は静かにその場を立ち、水差しから水を直接飲んだ。行儀が悪いと思うが、今はコップに注ぐ手間も面倒だった。


「……なるほどな。相変わらずお前には驚かされる。それでこそ私が認めた相棒だな」


 薫の相棒発言でリーゼとキースに睨まれる。その瞳は「テメェポッと出のくせにしゃしゃり出てんじゃねえぞ」と雄弁に語っていた。


 あまりの恐怖で腰が抜けそうになったが、ここでビビっている事がバレたら、調子に乗られそうだったからぐっと堪える。


「はいはい。それでこの作戦のミソは言うまでもなくお前だ」


 薫とフィアを見る。薫はいつも通りの表情でうなずき、フィアはやや緊張気味の顔でうなずいた。


「当然、お前たちへの危険は格段に大きくなる。薫は遠慮する必要がないから聞かないけど、フィアはどうする? 決行日にはここで待機していても構わないぞ?」


 ひどいじゃないか、と薫が言っている気がするが無視。だってこいつとの腐れ縁は伊達じゃない。薫のできる事くらい把握している。


 ……もっとも、あのチート剣手に入れてからはよく分からんが。


「いえ、やります! やらせてください!」


 逡巡もわずか、フィアは己の意志で決意をしてみせた。


 こういうのを王の資質って言うのか、などと俺はぼんやりと思った。


「分かった。信じてるからな。絶対に成功させろ」


 そんなフィアにしてやれる事は、思いっきり押し出してやる事だけ。


 所詮俺はしがない一般人の身で、彼女はお姫様なのだから。


 ……いずれ彼女にも良縁ができて、俺のことなど忘れて行くのだろう。


 …………………………………………おかしい、彼女に良縁ができている状態が全く想像できない。


「はいっ! ……あの、静さんは何をやるんですか?」


「俺? サクラ」


 今回やる事に関しては、サプライズ的な要素が強い。というかほぼそれだ。


 だから受け入れるのに時間がかかる。その心の準備ができてない状態を突いて俺が一気に声を上げる。


 そうすると周りの人も俺に釣られて声を上げ始める。完璧だ。


「んで、俺の予想通り騒ぎが起きたら逃げるから」


 上手くいけばこの国に居る魔族全員との戦いになる。そうなったら逃げる。


「ちょっと待った! なんで逃げるんですか!?」


 リーゼが俺に批難の声を上げる。そんなこと言われても……ねぇ?


「だって俺、この中じゃ最弱だし、使える武器も明らかに後方支援型だ。乱戦になる事が予想される空間に放置されてみろよ。あっという間に死ぬぞ」


 むしろ足引っ張る可能性の方が高いくらいだ。魔法の方だって真面目に練習してなかったからかなり適当だし。


 弦操曲は威力こそ高いけど、溜めがやたら長い欠点がある。


 本来、あの技は長距離技だ。それに相手の動きを止めないと当てられない。


 一対一の室内戦ならともかく、多対多の屋外戦では俺は絶対に役立たず。断言できる。


「静、お前……まさか……」


 俺の意見を聞いた薫が何やら戦慄した表情を作る。


 その時俺は確かに感じた。厄介事が超特急でやって来ている、と。




「お前は私たちが気を引いている隙に囚われている王様たちを助けに行くつもりなのか……?」




「………………………………………………………………………………………………………………ゑ?」


 何でだよ。


 俺の言葉をどう曲解すればその結論に至る。


「冗談じゃねえぞ! 下手したら薫たち以上に危険な役回りじゃねえか!」


 たった一人で誰が相手なのかも分からないお城の中をうろつけと?


 なに、薫? お前俺に恨みでもあんの?


「ああ、静は素直じゃないからな。きっと誰にも言わずにこの役をやろうとしていたに違いない」


 違えよ。あの言葉以上の意味なんてねえよ。とっとと逃げるつもりでしたよ。


「静さん……」


 フィア、そんな「私知りませんでした」みたいな目で見ないでほしい。断りにくくなっちゃうから。


「お前……まさか一人でそんな役をやろうとしてたというのか……?」


 キース、俺を「漢の中の漢だ」みたいな目で見るのもやめてくれない? 居た堪れなくて死にたくなってきたから。


 もはや俺一人の言葉ではどうにもならない現状に胃がキリキリと痛む。思わず胃の部分を押さえてうずくまってしまう。


「ほら! 確かにうなずいた! きっと静ならやり遂げる! 彼を信じよう!」


 ちっがーう! 痛いの! 胃が痛いからうずくまっただけ! 肯定のうなずきなど一つもしてない!


 あまりに理不尽な進み方に胃の痛みが倍増する。普通に声が出せないくらい痛い。


 ……もしかして、これが胃潰瘍か?


 薫と一緒に居た時は胃薬を手放さなかったのに……どうしてこの世界には胃薬がないんだ!


 しばらく何も食えなくなりそうな胃痛に耐えながら、立ち上がる。


「よし、ではみんな……絶対に成功させるぞ!」




『応!!』




 フィアも含めた薫一行は気合を入れ、俺の事など誰一人見ていなかった。


 あれ? 俺の意見何も聞かずに役割決定ですか?


『……主』


 無言で立ち尽くし、涙を流す俺をメイが一言だけ言って慰めてくれた。


 ……死にたい。






 作戦決行日が来た。


 ちなみにその日が来るまで、俺は現状を受け入れるために部屋に引きこもっていた。


 薫たちはお金も結構な額を持ち合わせていたので、遠慮せずにたからせてもらった。


 おかげで四日間いたけど、宿賃は全て薫持ちだ。タダって素晴らしい。


「では、静もいい加減目が覚めたのだな」


 当日の朝。薫が俺に決意を聞いてきた。こいつが無自覚に押し付けたくせに何を……とかはちょっとしか思ってない。


 ちなみに今回のちょっとはたった八割だ。


『相当恨んでおるのう……』


 当然じゃないか。死ぬ可能性が最も高い役割を押し付けられたんだぞ。


「ああ。現実を受け入れたとも言うがな」


 しかしそこは俺。微塵もそんな事は表に出さず、うなずいてやる。もう、全て諦めたよ。


 実際はそんな事なく、今でも胃がズッキンズッキン痛んでいるが、悲しい事に慣れてしまった。


 ……胃の痛みに慣れるって、どうなんだろう。


「そうか。……無理はするなよ」


 無理させようとしている張本人が何を言う。


「静さん、頑張ってくださいね! 私も頑張りますから!」


 ごめん、俺できる範囲しかやらないから。これ明らかに無茶だから。


「では……解散!」


 みんなは闘技場へ向かう。各々の戦闘装束を纏って。


 そして俺は一人胃を押さえながら城へ向かった。


 ……冗談じゃねえ。夢なら覚めてくれ。

静は知略派です。ですが自分に関する予想だけはいつも悪い方向へ裏切られます。

そして気付けば押し付けられていた救出ミッション。胃痛と瞳から滲む液体に耐えながら、頑張ります。

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