十一話
「静さん……」
「呼んだか?」
フィアが何やらセンチメンタルなため息をついていたので、意表を突いてみた。
「ひゃっ!? し、静さん、どうやってここに!?」
「いや、呼んだのお前なんだから、そこは気にするなよ……」
まさか俺が正面から乗り込むと思っていたのだろうか。そんな無茶するわけないだろ。
「まあいいや。種明かしするとこれだよ」
右手に鋼糸を巻き付け、これでを使って城に一部を巻き付けてから糸の長さを短くしていく。そうすると即席のエレベーターになるのだ。
「あ、糸……。静さん、器用ですねえ」
トリックに気付いたフィアが感嘆したような目でこちらを見る。
「器用じゃないと糸なんて武器にしないっての」
慣れてない者が使うと悲惨な事になる。薫に使わせてみた時も絡まり合って大変な事になった。
「んで、何か分かった事でもあるのか? 俺を呼んだって事は」
「……はい」
さっきまでの表情から一転して、どんよりと暗くなるフィア。
……嫌だな、と思う。友達が暗い表情をするのは良い気分のするものじゃない。
「言ってみろって。俺なら解決できるかもしれないだろ?」
というかそのために居るんだし。でなきゃさっさとこんな国脱出してる。
「そうですね。静さんもいますし、何よりこの国には勇者様がいます! 絶対に大丈夫ですよね!」
「そ、そうだな」
勇者のくだりで頬を引きつらせてしまう。あいつとは顔を合わせたくない……! どうせ厄介事に巻き込まれる!
「……実は私、お父様と話をしてみたんです」
「ふむふむ」
まあ、当然の事だな。相槌を打って先を促す。
「でも、お父様は私の事をひどく邪険に扱って……ここだって、私の部屋じゃないんですよ? こんな高所にある部屋、軟禁のために存在するとしか思えません」
「確かにな」
窓枠に足をかけている状態でちょっと下を覗き込む。
高層ビル並みとまではいかないが、十分に人が落ちたら死ねる高さだった。カーテンなどでロープを作ったところで意味をなさないほどには高い場所だ。
「それで、お前は父親をどう思う?」
「……お父様は優しかったんです。私たちにもよくしてくれ、何より民の事を思ってました」
そう言ってうつむくフィアの顔には、隠し切れない苦悩があった。俺は相槌を打たないで静かにうなずく。
「そのお父様が……あんな……!」
フィアは手で顔を覆ってしまう。そこからくぐもった声が聞こえるのは気のせいだろうか。いや違う。
「フィア……」
俺の考えている事を全部話してもよかった。でも、それはできない事だ。
何の根拠もない話をして、無責任な慰めなんて口にできるはずがない。そんな事をして、もし俺の予想が外れた場合、フィアはきっと壊れてしまうから。
「…………」
結局、俺にできた事は何も言わずにフィアの肩に手を置く事だけだった。
「――っ! っぅ、ぇぐ、うぅ……」
フィアが俺の胸に顔をうずめ、途切れ途切れの泣き声を上げる。
本当、友達の涙もぬぐってやれない自分が嫌になるね。
「……俺も薫の事をお人好しなんて言えないな」
天井を仰いで、誰にも聞こえない声でそっとつぶやいた。
「ぐす……すみませんでした。こんなふうに甘えてしまって……」
「別にいいって。こっちにも役得があったしな」
変に畏まられても困るので、おどけたふうに言ってみる。
フィアは少しの間キョトンとした顔を見せ、すぐに羞恥に顔を赤らめた。
「も、もう……!」
「それで、細かい部分を聞いてもいいか?」
それを言ってから、不躾な質問だったと気づく。
「いや、無理に言いたくなければ俺が一人で調べるから、」
「――話します。今を否定したって、何も意味はないんですから」
そこには、さっきまで涙を流していたフィアはおらず、強い意志を宿した第三王女がいた。
……ここまで立ち直り早いんなら、俺いなくてもよかったんじゃね? と思ったのは内緒だ。
「それじゃ、頼む」
「はい。お父様が優しかった、というのは話しましたよね?」
「ああ、それは俺も街で聞いた。まるで人が変わったようだ、って言ってたな」
いっそ別人なんじゃないかって思うし、それは俺の中ではほぼ確信になっている。
だが、決定的な証拠がない。王様以外の黒幕がいると、言い切れる根拠がない。
「それを大臣のアルバが必死に止めているのですが、効果がなくて……」
ままならない、と思っていたところに妙な情報をゲット。というか今まで気付いていなかった俺がアホ過ぎる。
だってそうだろ?
独裁をする奴が、自分を必死に止める奴なんて残すと思うか?
ちょっと考えてみれば当たり前の事だ。もし俺が独裁をやるとしたら、歯向かう奴はみんな殺している。わざわざ不安要素を残しておくバカはいない。
「……なぁフィア。お前の目から見ておかしいと思った事はないか?」
「おかしい事、ですか?」
「ああ。お前の親父さん以外の部分だ」
「……すみません。あの時は私も気が動転してて、お父様以外はほとんど覚えていません」
フィアの胸中を思えば当然の答えだった。むしろこの答えを予想できなかった方がおかしい。
「フィア、何でそのアルバって人はまだ城に居るんだ?」
「え? 何でってそれは……お父様を助けるためでは?」
「そこがおかしいんだ。お前の親父さんは暴君になったって聞くけど、その暴君がなぜ自分をいさめる煩わしいことこの上ない奴を城に置いているんだ?」
「あ……」
気付かなかった観点を指摘されてフィアの顔がポカンとしたものになる。口を開けるんじゃありません。アホっぽく見えるぞ。
「そう考えると不自然極まりないだろ? どうも王様の乱心には腑に落ちない点が多過ぎる」
「たとえば?」
フィアの目には、隠し切れない期待があった。……まあ、このくらいならいいだろ。
「人々は言ってたって言っただろ――
――まるで人が変わってしまったようだ、とね」
ちなみにここで言う人が変わってしまったは操られている事を指す。
「じゃあお父様は……!」
「その可能性もあるってだけだ。どちらにせよ、決めつけるのは早い」
喜色満面なフィアに水を差すような事はしたくなかったが、きちんと分からせておくべきだ。
「それでも十分です! それで、その先は?」
先を促すフィア。そんなこと言われてもなあ。
「これで終わりだけど」
「え?」
「いや、情報が少な過ぎるし。俺が言った事だって周囲からの情報をもとに推測しただけだから」
なのでそんなに期待されても困る。
所詮俺はちょっと手先が器用なだけの一般人なのだから。
……とはいえ、薫の事も考えるとあまり悠長にもしていられないな。あいつ、頭は良いけど視野狭窄になりがちだし……。
それに巷で評判のいいアルバって人に王様は別人です、討ってください、なんて言われたらホイホイ承諾しかねない。
あれ? ひょっとしてかなりヤバい?
「……フィア。そういやお前、何でかお――勇者が来てるって知ってるんだ?」
こいつは昨日の夜から一歩も外に出ていないはず。そして薫が来たのは今日。
薫が城に寄らない限り、絶対にこいつが知る事はない情報だ。
「え? 勇者様でしたら、真っ先にお父様に謁見してましたよ?」
……頭痛がする。いや、確かに国王への謁見は勇者のお約束だけどさ……。
「あ、あの静さん? な、なんでそんなに虚ろな目をしてるんですか!?」
「あははー、なんでもないよー」
やってらんねー、とかちょっとしか思ってないから。
どうしてこう頭を悩ませる問題が次々と……!
『主、よく考えろ。この一件を主が解決すれば国王から何かもらえるのではないか?』
メイが結構必死に考えたっぽい慰めをくれる。けど、ごめん。それって有名になっちゃうから俺の望んでる平穏さらに遠のくよね?
「……何とかするしかないか。はぁ……」
人生に疲れ切った中年男性のようなため息をついて、気持ちを切り替える。
「よっし、あんま悠長にもしてられないと思う。今後の行動を打ち合わせておこう」
「分かりました。私にできる事は何でもしますよ!」
むん、と両手をグーにして胸の前に持ってきている。微笑ましい格好ではあるが、どうしてもこいつの狂戦士モードが脳裏にチラついて癒されない。
「ってか、ここからどうやって脱出するんだ? 実質上の軟禁状態だって言ったのお前じゃないか」
「あ……」
どうやら考えていなかったようだ。
「……まずは脱出の方法考えような」
「はいぃ……」
こいつを連れて逃げてもいいのだが、そうしたら俺は犯罪者だ。しかも逃げるメリットも薄い。
「俺はなんとか黒幕を調べてみるよ。あと、勇者が先走った行動しないように見張っておく」
絶対に接触したくないから隠れて見張る事になる。
「……あ! 私が絶対に出られる時があります!」
「それはいつだよ」
だいぶ予想はつくけど。
「闘技大会です! あれ、本戦は王族も見に行くと言ったでしょう? あの時なら、私は大手を振って外に出られます!」
「けどお前動けないじゃないか。どうせ見張りつけられるだろうし」
名案が浮かんだ! という表情から一転して沈み込むフィア。忙しい奴だ。
「う……でも、勇者様が動くのはきっとそこしかないですよ! 正面から堂々と来るなんてさすがにあり得ないです」
そうでもない。あのバカならやりそうだ。普通に武器の能力チートだし、城一つ落とすぐらい訳ないだろう。
「……そう信じたいな」
「……あの、何でそこで遠い目をするんですか?」
ちょっと昔を思い出していただけだよ。
「まあいいや。お前は脱出の方法を考える。俺は大臣の事を少し調べてみる。……最後に一つ」
もうここでやるべき事もないので、そろそろ帰ろうと思う。
「何ですか?」
「気を付けてな。この城の中はお前にとって安全な場所ではなさそうだ」
フィアは俺の言葉に数瞬、呆けていた顔を作り、すぐにクスクスと笑い始めた。
「な、何だよ」
「あなたが私を心配してくれるなんて、おかしい」
「おかしいわけないだろ。一月満たない間だけど、一緒に死線くぐったんだから」
戦友であり、友人であり、仲間だ。仲間が危険な場所に居るのに、心配しないでいられるほど落ちぶれちゃいない。
「それじゃ、俺はもう帰る。また何かあったら呼んでくれ」
「はい、頑張ってみますね」
フィアの声に見送られ、俺は窓枠から体を投げ出した。
糸を操って地面に難なく着地し、そのまま四つん這いになる。決して足が折れたわけじゃない。
「そうだった……。宿に薫たちがいるんだった……!」
すっかり忘れていた。
帰ったらバッタリ鉢合わせしそうだ。けど、帰らなきゃ俺は宿があるのに野宿する羽目になる。
「……フィアの部屋に泊まって、朝早く出ていけばよかった」
それは名案だと思う。だけど今から戻るのは非常に情けない。
「……今なら寝てるよな。うん」
そう信じて、俺は宿への道を歩き出した。
ちょっとペースダウンするかもしれません。
恐らく今日はこれ一つで終わりです。