十話
宿を取り、今日のところは何もしないで疲れを癒す事にした。本格的に動くのは明日からにしようと思う。
「明日からの事じゃが、当てはあるのか?」
「ない。だけど何とかなるさ」
「そうじゃな。主の事じゃから、気付いたら騒動の中心に居るじゃろうて」
嫌な事断言するなコイツ。
……けど、否定できない自分がムカつく。
「そんなに早く向こうも情報を入手できるとは思えないし、明日は闘技場の方に顔を出して見るかね」
あそこまで勧められたんだ。一目見に行く時間くらいあるだろう。
そんな明日の予定をつらつらと考えながら、俺の頭はゆっくりと眠りに落ちていった。
翌日。朝食を食べてさっそく街に繰り出す。
今日のところは半分以上観光目的なので、純粋に街並みを楽しみ、適当な果物などをかじりながらのんびり歩く。
「ああ……平和だなあ……」
ここ最近久しく感じてなかった。というか最後に平穏を感じたのって、旅に出た最初の二時間だけじゃないか?
うん、忘れよう。思い出したら余計落ち込みそうだし。
『ほほ、確かにこんなにのんびりできたのは久しいのう。前はフィアがいつも主を引っ張っていたからな』
「なんでか知らないけど、あいつと一緒に居るとやたら荒事が多いんだよな……」
あいつは戦いの神様に好かれているとしか思えない。あの狂戦士っぷりもそれに拍車をかけている。
「何にせよ、今はこの平和を楽しみますか」
そう思って街を歩いていると、急に人が割れた。何だ?
とっさに俺も道の端に行く。そして人々の視線の先を辿ってみる。
――勇者とその一行がいた。
「…………………………………………何でだよ」
茫然とつぶやいてしまう。何この偶然。
『さすが主!』
その誉め方やめろ。泣きたくなる。
薫たちは見たところ、三人パーティーだった。薫とリーゼ、あと金髪の格好良さそうな男が一人いる。男の腰には剣が差してあり、剣士といった感じだ。
勇者と魔法使いと剣士か。なかなかいい感じの組み合わせではないだろうか。
「……逃げよ」
俺はなるべく顔を見ないようにその場を離れた。
俺の平穏はこうして終わりを告げた。
宿まで一直線に戻る。ベッドの枕に顔を押し付けて涙で濡らす。
「何でだよ……何で薫がここにいるんだよ! あり得ねえだろ!? 何この遭遇率!?」
「主落ち着け。幸い、向こうはこちらの存在に気づいておらん。それに今の時期は人でごった返しておる。ばったり出くわすなんて事がない限り、向こうも気づかんじゃろ」
「そのばったりが俺の場合はありそうで怖いんだよ!」
「そんな事、いくら主でも……あるかのう」
メイにまで肯定されて死にたくなった。
「はぁ……あいつは魔王退治のために旅に出た。つまり、ここに魔王に関する何かがあるってことだ」
「補給のために寄っただけとは考えがたいしのう」
「ついでにあいつは国王の乱心なんて絶対に止めようと思うはずだ。それこそ真実なんて確かめもせず」
人の言葉をうのみにして、あっさりと王に反感を抱いて攻撃に出るはずだ。あの猪突猛進バカは。
「ん? お主は王が乱心したと思っておらんのか?」
「いや、自分の目で確かめてないし、それに不自然な部分が多いから」
観光の片手間に行った情報収集でも、この国の王様は賢王と名高い人のようだった。
それが今や暴政を敷くようになっている。つい半年前の病気に伏せった後からである。
まるで“人が変わったように”なってしまったと聞く。
この比喩はあながち間違っていないと思う。もしかしたら、本当に人が変わっているのかもしれない。
とまあ、ここまでの考えをメイに話してみる。
「ふむ……では、主は王は偽物の可能性が高いと言いたいのか?」
「これがそうでもないんだ。もちろん、その可能性も否定できないけど、それだと妙な部分が出る」
「妙な部分?」
「だって王様と入れ替われるくらい内部に入り込んだんだろ? しかもその過程で誰にも気付かれていない。相当気を付けていたはずだ。なのに入れ替わったとたん傍若無人になるって詰めが甘くないか?」
隠れて潜み、王の寝ているところを襲って入れ替わった可能性もあるのだが、それにしたってもう少し上手くやると思う。
「むぅ……、つまり主は黒幕がいると言いたいのじゃな」
「察しが良いな。もし、俺が黒幕ならこう動く。王様に入れ替わったと思わせて、別の人間――そうだな……この場合、王様が死んだらすぐに実権を握れるような奴……大臣にでもなる」
そして人民の評価を得るために王様の暴政を止めるふりをしておく。こうしておけば俺が黒幕だって誰一人気付かずに、国を掌握できる。
「主も存外に黒いのう」
メイが人の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見る。メイがやると小悪魔っぽくて可愛い。
「つまり、あの王様が悪いって決めつけるには早いってことだ。あからさま過ぎて逆に怪しい」
「うむ。主は賢いんじゃな」
「……いや、あのバカの尻拭いを何度もやっている間にこういう考えが自然と出るようになった」
あいつは目の前の事実にすぐ飛びつくけど、俺はその裏を考えないと不安になる性分だ。
前にそれを怠って薫と一緒に戦ったら、外国のマフィアに追われた。死ぬよりひどい目に遭わされそうになった。
「その……なんというか……すまん」
褒めていた表情から一転して申し訳なさそうな表情になった。俺も何だか居たたまれなくなってきた。
「まあ、結局は推測に過ぎない。フィアの報告待ちだな」
「そうじゃのう。それで、闘技場はどうする?」
「……変装して行くか」
フードをかぶれば問題ないはず。
闘技場へ到着。結構広そうであるにも関わらず、出場登録をしようとしている人でいっぱいだった。満員電車の中みたいで正直キツイ。
「うへ、すごい人だな」
『うむ。これでは見物どころではないぞ』
ちなみに予選が三日間続き、本戦は四日間続く仕組みだ。予選期間の間は誰でも登録可能で、飛び入りも有りというかなり無茶苦茶なルールとなっている。
これで本戦へ出る方法は至極単純明快で、ひたすら勝ち続ける事だった。これだと毎年、出場人数が変わるんじゃないかと思うが、不思議と大きな差は出なかったそうだ。
と、案内板に書いてあり、俺はそれを興味深そうに見ていた。
その時だった。隣の人と肩がぶつかってしまったのだ。
「あ、すみません」
「いや、こちらこそ申し訳ない」
お互いにそう言って顔を見る。
金髪の格好良さげな男――単刀直入に言っちゃえばついさっき会った勇者様のパーティーで見かけた奴だった。
なぜ!? なぜに俺でも気付かないエンカウントが起こるの!?
「……ん?」
男が俺の顔を見つめる。冷や汗と脂汗が止まらない。
早くこの場所を離脱しなければ、薫たちと鉢合わせする可能性が高い! 早急に離脱せよ!
「な、何か?」
「いや、旅の連れがよく話していた少年と特徴が一致してな……君、薫って名前を知らないか?」
「し、知りませんけど?」
脂汗が背中をじっとりと濡らす。人間、本気で焦るとどもりを隠せないという事を知った。
「やはり人違いか……すまない。妙な事を聞いたな」
素直に頭を下げてくれる男。薫の仲間だけあって、悪い奴じゃない。
……そして俺もこいつの顔をどこかで見た事がある。具体的にはリーゼに召喚された城で――
「おーい、キースどうした?」
「あ、薫さま!」
喜色満面の男が振り返る。ヤバッ!? 薫が来た!
「そ、それでは少し急ぎの用があるので!」
「ん? ああ、時間を取らせたな。行っていいぞ」
上から目線の言葉だったが、それを気にする余裕すら今の俺にはなかった。
早く逃げないと!
その一念だけで俺は人生最速のダッシュをしてみせた。
「おーい、さっきの人は誰だ?」
「いえ、薫さまのよく話していた人物と似た人を見かけまして……」
「ん? 静の事か?」
「あ、名前までは聞いてませんでした……申し訳ございません」
「気にしなくていいさ。私もこんなところで会えるとは思ってない」
「知りません。あんな薫さまを置いて逃げ出したような軟弱者」
「そう言うなリーゼ。あいつにもあいつなりの考えがあって動いているんだ。それに……私はあいつを信じているよ。どんな状況でも、何だかんだ言ってあいつは一緒に来てくれた」
「そうなんですか……。あ、一つだけ覚えていた雰囲気があります」
「ん? 何だ?」
「幸薄そうな雰囲気をしてました」
「静だな。間違いない」
「……ん? 今何かかなり不本意な事を言われたような気がしたんだが……気のせいか?」
薫たちのパーティーから離れてしばらく歩いていると、急にイラッときた。
けど、それは本当に一瞬だったので気のせいだと思う事にしておく。
『しかし……主の不幸ぶりも筋金入りじゃのう。まさかあの人ごみの中から狙ったように彼らに遭うとは……』
メイが心底戦慄したように言ってくる。俺だって驚いてるよ。
「あれだ。きっと切っても切れない縁ってやつだ」
『それもここまで行くと執念のようなものを感じるぞ?』
メイの突っ込みがいちいち俺の心に突き刺さる。癒し系なのに、突っ込みは鋭い。
「しっかし、うかつに動くのはマズイよな……」
正直、自分の間の悪さを侮っていた。もう宿屋から一歩も外に出ない方がいいくらいだ。
それにあの金髪の男、絶対に見覚えがある。確か城で兵士やってた奴だ。
今回俺と遭遇したのに、気付かれなかったのは奇跡に近いだろう。
次に出くわしたら確実にバレる。そう考えておこう。
「うかつに動けねえよ……」
『宿で大人しくしているのが吉ではないか? お主の運じゃと、ちょっと動いただけで彼らと出会えそうじゃ』
辛辣なメイの言葉にちょっと落ち込む。でも正論だから素直に従った。
「いやいやいやいや、ない、マジない、これはないわー」
「主、妾には主が何を言っているのか理解できんのじゃが」
宿屋で俺は現状をひたすらに嘆いていた。あまりの絶望にちょっと口調までおかしくなっているのでござるよ。
「何で薫一行が俺と隣の部屋なんだよぉぉぉぉぉーーーー!!」
「声が大きいぞ主!」
いけね。静かにしないとバレる。
宿で暇を持て余しつつ、フィアからの連絡来ないかなーと思っていたら、ずいぶんと時間が過ぎていたのだ。
正直驚いた。ただぼんやり物思いにふけるだけでも時間というのは意外に早く過ぎるのだと学んだ。
ちょっと小腹が空いたと思い、下で何か摘まもうと思った矢先だった。
「ここが今日の宿か? 良い宿じゃないか」
聞き慣れたアンチクショウこと薫の声が聞こえてきたのは。
慌てて上に戻り、下の様子を見る。
そこには薫とリーゼ、男(名前を覚えていない)が部屋を二部屋取っていた。まあ男女の混合だから仕方ない。
だが、俺の部屋を挟んで二部屋を取る理由を聞きたかった。三時間くらいみっちりと。
そんなわけでもう一歩も部屋から出られなくなってしまった俺。
あまりの絶望にこの宿に火を付けて焼身自殺しようかと思ったくらいだ。
食事をしに下へ降りる事もできず、手元にある残りの携帯食料で済ませる。宿に泊まったのだから、温かい料理が食べたかった。
「……ん?」
月を見ながら、俺の不運を嘆いて涙を流していると、不意にキラリと光る物が見えた。
城の窓の一角からキラリ、キラリと角度を変えて行われている。
「……《風よ 我が視野を広くせよ》」
風の魔法で遠見を行う。
やはりそれはフィアだった。剣に月明かりを反射させている。その光に邪魔されて顔まではうかがい知る事ができない。
「……っし、行くか!」
早くこの場所から離れたかったし。
窓から飛び降りて着地する。さすがに二階ぐらいの高さなら俺でも普通に着地可能だ。
お城までは結構高いし、距離もある。
寂しがり屋のお姫さまのためだ、少し急ぎますか!
糸を作り、俺は夜の街を跳んだ。
あの人と邂逅しました。
彼女は何ら問題なく旅を続けています。
そしてお互いにお互いが近くに居る事を気付いています。