1話:老後のはじまり
寒い。
ミア=イシュタルは冷たい風に吹かれて、身を丸めた。とっさに布団を引き上げようとしたが、手に何も掴めない。
「あれ?」
目をあけると視界全部が緑。見上げれば青空。日が高い。どうみても外だ。自分の部屋ではない。
「あれ?」
これは夢だろうか? このまま寝ちゃおうかと思って―――― 思い出した。
そういえば自分は、王宮に突入して、魔女を倒して、呪いをかけられたはずだ。
しかし今の状況が分からない。死んではいないようだが、ここはどこだろう。
まずは身体に異常がないか確かめようと身を起こした。
――――身体が重い。
剣士として鍛えぬいたミアの身体は、風にたとえられるほど、速くしなやかに動いた。
しかし今は、錆びついた機械のように動かない。
どこか痛めたのだろうか?
手のひらを見ると、シワシワだ。 ・・・・シワシワ?
「あれ?」
周りを見渡すと、自分の愛剣がある。
少しだけ抜いて、刃に自分の顔を写す。
そこには、見たことがない、しわくちゃな顔したおばあちゃんがいた。
「あれ?」
さっきから、あれ? しか言ってないなと思いながら、そのまま5分固まった。
――――呪いは『おばあちゃんになって、遠くに捨てられる』だったらしい。
たしかに永遠に若く美しい魔女にとって、年寄りは、醜い存在だろう。
身体も、全然思い通りには、動かない。
呪いを受ける前のミアは、身長160センチ、栗色の髪、紅茶色の瞳の18歳の女性だった。
剣に写る今の私の髪は真っ白だ。後ろに三つ編みで縛った髪の長さや瞳の色は同じだが、いつもより視点が低いから、背も縮んでいるだろう。
身体が重くて、まっすぐ立ちたくても、腰がどうしても曲がってしまう。
――――100年国を支配した魔女の呪いだ。解くのは難しいだろう。
「――――ま、いっか」
しばらくあれこれ考えたが、ミアは気にしないことにした。
魔女はミアを苦しめるために、年老いた姿にしたのだろうが、正直あまり困らない。
荒れた国にいたミアにとって、『白髪になるまで生きる』事は夢だったと言って良い。
だから自分の老人姿を醜いとは思わない。新鮮なかんじでちょっと楽しい。
それに身体がうまく動かないが、魔女を倒した以上、戦わないから必要がない。
急にミアがいなくなった革命軍は困るだろうが、魔女がいないのだから、後の仕事は国の立て直し、頭脳労働だ。
剣士のミアがいなくてもかまわないだろう。
物心がついた頃からずっと『打倒魔女!』で頑張ってきた。
このさいだ。のんびり老後を楽しもう。
辺りを見渡せば、遠くに街が見える。
ミアは鼻歌を歌いながら、歩き出した。