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転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

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照合

 コツ、コツ、と足音が響く。そんな自らの足音を耳で捉えながら、男は建物の階段を上っていた。

 宿屋の主人や、ロビーにいるお客たちにも男の姿が目に入っているはずだが、彼らが男の姿に注目した様子はない。そのことを横目で確認すると、男はゆったりしたローブの隠しに手を入れた。

 男の手に、羊皮紙の感触が伝わってくる。少し時間をかけてその存在を確認すると、彼は満足そうに口角を上げた。

 ――我々が相争うことはできない。だが、薬の出処調査を依頼していた冒険者を通じて、偶然にも同胞の不適切な行為を発見してしまった場合、それは彼らからしかるべき筋に届け出てもらうべきだろう。それが神の御心に適う行いというものだ。

 男は胸中でそう呟くと、目的たる一室の扉に手を伸ばした。



―――――――――――――――



「それで、どうしてクルネはあんな所から這い出てきたんだ?」

 それは、俺がクルシス神殿を訪れてから二日後のことだった。神殿の一室の絨毯をめくって、なかなかホラーな現れ方をしたクルネに理由を聞きに行った俺は、なぜか彼女のパーティーメンバー達に囲まれていた。

「私たちは、とある依頼を受けていましてね。その関係で、彼女には重要人物らしき男の後を尾けてもらっていたのですよ」

 クルネの代わりに応えてくれたのは、たしかマイセンとかいう名前の薬師だったはずだ。彼の返答を聞いて、俺はさらに首を捻った。

「尾行ですか? たしかにクルネの敏捷能力は優れているでしょうが……」

 クルネは剣士ソードマンだ。いくらスピード重視の戦闘スタイルとはいえ、人に気付かれずに後ろを付け回すようなことが得意だとは思えなかった。

「すでに相手には気付かれていましたから、そこは問題ありませんでした。それより重要なのは、その相手が非常に強いということです。彼女以外では太刀打ちできないほどに」

「……それは、固有職ジョブ持ちだと考えていいのでしょうか?」

 特技スキル持ち集団である彼らが太刀打ちできない。となれば可能性は高ランクモンスターか固有職ジョブを宿した人間のどちらかだろう。そして、彼らの口ぶりからすると、相手は人間である可能性が高そうだった。

「私たちにも守秘義務があります。これ以上お話しするわけには……」

「ねえマイセン、守秘義務って、別に依頼主さえ明かさなきゃいいんじゃないの?」

 マイセンの説明に割って入ったのは、桃色の髪をした弓使いの女性だ。マイセンは彼女の方へ視線をやると首を振った。

「それは内容によるでしょう」

「でもマイセン、もしカナメが協力してくれたら、一気に親玉探しが楽になるわよ?」

……もしもし? クルネさん?

「なぜですか?」

「だってカナメは…………あ」

 よかった、踏み止まってくれた。クルネは一緒に転職ジョブチェンジ屋をやってた期間が長いから、どうしても転職ジョブチェンジ能力のことを公言しがちになるんだろうな。
 申し訳ないとは思うが、あと少しだけ我慢してもらおう。

「ううん、その、彼はクルシス神殿の応接室に招かれるような関係者だもの。調査に協力してもらえればぐっと楽になるはずよ」

 クルネはとっさに別の理由を挙げて、仲間を説得にかかった。……あれ? そもそも、俺は別に調査に参加したい訳じゃないんだけどな。

 クルネの頼みを断る気はないけど、他のパーティーメンバーの意向を無視する事は、俺のためにも彼女のためにもよくない話だろう。

「彼は信用できるのか?」

 アルミードから俺に向かって、疑惑の視線が飛んでくる。予想通りの反応だし、特に痛痒は感じないけど、相変わらず嫌われてるなぁ。

 とはいえ、俺はこのパーティーといい関係を持ちたいと思っているので、できれば恩の一つも売っておきたいところではあるんだよね。固有職ジョブこそ宿していないものの、その戦闘力の高さは岩蜥蜴ロックリザード討伐で充分見知っている。

「私はカナメを信頼してるわ」

 クルネは迷いのない瞳で言い切った。……さすがにそこまで言われると気恥ずかしいものがあるな。そんな彼女の言葉を聞いて、マイセンが口を開く。

「クルネの信頼の程は分かりました。それではクルネ、彼にはあなたから説明してあげてくださいね。知人同士の方が話が早いでしょうし。
 ……そしてカナメさん、言うまでもないことでしょうが、受けるにせよ断るにせよ、秘密厳守でお願いしますね」

 彼はそう言うと、椅子に深く掛け直した。これ以上はクルネに任せるという事だろう。そのマイセンに代わって、クルネが事の詳細を説明してくれる。

「あのね、そもそもの依頼は『街で流行り始めている合法麻薬の出処を探ってほしい』というものだったのよ。それで、売人や仲介人を辿って、卸売人を一人見つけたところまではよかったんだけど……」

 そう言うとクルネは顔をしかめた。……いやいやいや。それ、何気に凄い成果を上げてると思うんだけどな。やっぱり、このパーティー優秀だなぁ。これでリーダーがもう少し平和的だったら申し分ないのに。
 そんな事を考えている間にも、クルネの言葉は続く。

「それで卸売人の後を尾けていたら、護衛っぽい人が出てきたんだけど、そこで尾行がばれちゃったの」

「クルネって、そもそも尾行上手かったっけ?」

 俺はそこまで聞いて、つい気になったことを尋ねた。するとクルネではなく、いかにも盗賊シーフといった風情の男が口を開いた。名前はたしかノクトと言っただろうか。

「尾行してたのは俺っちだぜ。……あの護衛の男、こっちを振り向きもしなかったのに、突然俺っち目がけて走り出してきてよ。久しぶりに肝が冷えたな」

 彼は岩蜥蜴ロックリザード討伐時にはあまり目立った活躍をしていなかったように思うが、この特技スキル持ち集団の特性からして、盗賊シーフに発現しやすい特技スキルを所持しているのだろう。
 麻薬の卸売人をあっさり見つけ出したのも、彼の手柄なのかもしれないな。

「その様子を遠くで見ていた私たちは、逃げてきたノクトと合流したんだけど、相手の男は何の躊躇いもなく剣を抜いて襲いかかってきたわ。
 いくら人気のない場所とはいえ、六人相手に突っ込んでくるなんて無謀だな、って思ったんだけど……」

「……固有職ジョブ持ちだったわけか」

 俺がそう言うと、クルネは悔しそうに頷いた。だが、相手が固有職ジョブ持ちだとはいえ、クルネもれっきとした剣士ソードマンだ。クルネを含む六人がかりなら、あまり勝ち目はないように思えるがな。

「向こうも固有職ジョブ持ちがいるとは思ってなかったみたいで、剣を打ち合わせた時に驚いた気配が伝わってきたわ。
 最初は私一人でも勝てると思ったんだけど、その時点ではまだ本気じゃなかったみたいで、急に男の剣が重く、速くなってきて、だんだん防戦一方になってきたの」

「それを見てまずいと思ったリーダーの僕が、その戦いに割って入ったのさ」

 何やら得意げな声がクルネの斜め後ろから聞こえてくる。固有職ジョブ持ち同士の接近戦に割って入るとはやるなぁ。俺は素直に感心した。

「そうでしたか、それはありがとうございました」

 そう言うと、俺は素直に頭を下げた。すると、なぜかアルミードはむっとしたようだった。

「君にそう言われる筋合いはないよ。クルネを助けるのはリーダーとして当然の事だ」

 そう言って彼はそっぽを向いた。……なんだか、ここまでくるとかわいらしく見えてくるな。親戚の子供みたいというか何というか。そんな心裡が顔に出ないよう、俺は顔の筋肉を制御した。

「よくもまあ、あんな高速戦闘に特技スキル振り回して突撃できたものよね」

 そう言った弓使いの女性の言葉に、俺は全面的に賛成だった。辺境にいた頃、クルネとラウルスさんの実戦訓練を何度か目にしたけど、動きが速すぎて目で追うのが精いっぱいだったもんな。

 動態視力が優れているのか、それともただの突撃だったのかは知らないが、結果的に彼は最善の結果を生み出したようだった。

「それでね。さすがに不利だと思ったのか、逃げ出した男を皆で追ったんだけど、必死で男を追いかけていたら、皆とはぐれてしまって……。
 しかもそのことに動揺してしまったせいで、今度は男の姿まで見失って当てもなくさまよっていたら、あの神殿へ出たのよ」

「それは、地下道とクルシス神殿を結ぶ隠し扉があったということか?」

「うん、少し天井の低い場所だったんだけど、上を見るとうっすら光ってる気がしたのよ。それで、いっそここで行き倒れるくらいなら天井に穴を空けて帰れないかな、って天井を調べていた時に、カモフラージュされたスライド式の扉を見つけたの」

「……それで、あの登場シーンへと繋がるわけか」

 俺は複雑な気分だった。自分の職場にしようかという神殿に、合法とはいえ麻薬を売りさばいている人間が潜り込んでいるかもしれないのだ。あまり楽しい想像ではない。

「もちろん、その護衛の男がたまたまクルシス神殿の隠し扉を知っていた可能性や、地下道が他の施設に繋がっている可能性もあります。ですが、現状での手がかりは他にありません。
 こうなってしまった以上、卸売人もしばらく取引を控える可能性が高いでしょうし、彼らの足取りを掴むのは非常に困難になったと言えます」

 クルネがあらかた話し終えたと判断したのか、黙っていたマイセンが口を開く。俺はその言葉に頷いてから、クルネに話しかけた。

「クルネ、護衛の男の固有職ジョブは何だと思う?」

 それは、今までの話の流れからすると妙な話題転換だろう。分かりやすいアルミードを代表に、何人かの表情に「何を言い出すんだ?」という表情が見て取れる。

「……剣を使ってたし、あの速さと重さを考えると、私と同じ剣士ソードマンか、騎士ナイトか、そっち系だと思う」

 そう言うクルネの表情は暗かった。防戦一方に追いつめられたことがショックだったのだろうか。辺境でのラウルスさんとの模擬戦では、負けてるところもたくさん見た気がするんだけどな。
 俺の仮説で気が紛れるといいな、そう思いながら俺は口を開く。

魔法剣士マジックナイトの可能性は?」

 俺の言葉に、クルネを含むパーティーメンバーの大半がきょとんとした顔をした。

「あいつは剣から炎を噴いたりしなかったぞ。普通に戦っていただけだ」

 最初に口を開いたのはアルミードだった。そして俺は、その言葉で彼らがきょとんとした理由を理解する。
 そうか、魔法剣士マジックナイトの認識ってそういうものなのか。まあ絶対数が少ないもんなぁ。そりゃ剣から火を噴いたり雷を纏わせたりするイメージが先行するよね。そんな事を考えながら、俺はアルミードに向かって答える。

魔法剣士マジックナイトの魔法の中には、たしかに剣に炎を纏わせたりするものがありますが、その真価は別のところにあると私は考えています。

 それは、自己能力強化セルフブーストという魔法の存在です。この魔法は非常に優秀な強化魔法でして、本来なら戦士系固有職ジョブには一歩劣る魔法剣士マジックナイトの身体能力を、短期的にですが、他の戦士職を圧倒するレベルまで引き上げることができます」

 俺の言葉を聞いて、クルネが目を丸くした。何か考え込んでいる様子なのは、思い当たる節があるからだろうか。彼女の様子を見ながら俺は言葉を続ける。

「それにもう一つ、今まで完璧だった尾行を男があっさり破ったという件ですが、それも男が魔法剣士マジックナイトだというのであれば、彼が探査魔法を使って尾行者を見つけ出した、という可能性が出てきます」

「くそっ、そういう事かよ! そりゃ反則だろ!」

 あくまで可能性レベルの話ではあるのだが、ノクトはすっかりその気になっているようだ。おそらく、魔法でもない限り尾行に気付かれないという自信があったのだろう。

「……だが、魔法剣士マジックナイトに探査魔法が使えるのか?」

 そう質問してきたのは、パーティーの中で一番の大男、グラムだ。

「魔法は理論です。たしかに魔法剣士マジックナイトが探査魔法を使うイメージはありませんが、固有職ジョブや本人の相性がよければ、習得することは充分可能です」

 ミルティの言葉の受け売りではあるが、俺は胸をはって答えた。グラムはその答えを聞くと、ふむ、と黙り込んだ。その代わりに、今度はマイセンが口を開く。

「……カナメさん。どうやら貴方は魔法剣士マジックナイトについて非常にお詳しいようですね。いったいどこでそのような知識を学ばれたのですか?」

 あ、しまった。マイセンの問いかけを聞いて、俺は少し話し過ぎたことに気が付いた。まさか「自分で転職ジョブチェンジして比較してみた結果です」なんて言えるわけないよな。

「私は色々な固有職ジョブの事を調べるのが趣味でして、一般的な書物から神話まで一通り目を通しています。……とはいえ、所詮は机上の空論。あくまで参考程度に聞いて頂ければと思います」

「ふむ、そうでしたか……」

 うーん、あまり上手い言い訳じゃなかったかな。けどまあ、まさか目の前に転職ジョブチェンジ能力を持った人間が座っているなんて思わないだろうし、これ以上追及することもできないはずだ。

「もしあの男が魔法剣士だったとして、対処法はありますか?」

 とりあえず、マイセンは俺を信じてみる事にしたようだった。まあ、話を聞くだけならタダだしな。特に妙案を思いつくわけではないので、俺は一般的な対処法を口にしてみた。

「魔法を使わせないよう速攻で攻め続けること、でしょうか。魔封じの魔法球マジックオーブでもあればより効果的ですが……」

「さすがに持ち合わせがありませんね」

 あんな高価なもの、とマイセンは肩をすくめながら答えた。いくら腕のいいパーティーとはいえ、資金がそう潤沢にあるわけではないようだった。そんな皮肉めいた表情を浮かべたマイセンに向かって声をかけたのは、リーダーのアルミードだった。

「……マイセン、今度は僕とグラムも一緒に前に出る。あの薬を準備しておいてくれ」

「……副作用は覚悟してくださいよ?」

 当たり前だ、と答えるアルミードにマイセンは頷いた。

「それなら勝ち目はありそうですね……。ところで、そもそも私たちの目的はあの護衛ではなく、首謀者を暴くことなのですが、そっちはどうしたものでしょうか?」

「あの神殿を張り込めばいいじゃないか!」

「信徒でもないあたし達が、いきなり毎日参拝し始めるなんて怪しすぎるよ」

 アルミードの意見に反対したのは弓使いの女性だ。彼女は桃色の髪をいじりながら言葉を続ける。

「もしクルネの相方がクルシス神殿を見張っててくれるなら、それが一番だと思う」

「『元』相方だ」

「とはいえ、聞いたところでは貴方も神学校生の身。そうそう神殿を張っているわけにはいかないのでは?」

 アルミードの声を封殺して、マイセンが話しかけてきた。彼の言葉は道理だった。俺はまだ神学校生の身であり、自由になる時間は基本的に放課後だけだ。だが、俺にとっての問題はそこではなかった。

「……一つお伺いしたいのですが、護衛の男を見つけ出し、戦いに勝利したとして、その後はどうするおつもりですか? その麻薬はあくまで合法なのですよね?」

「麻薬自体は合法でも、それを売り捌く過程で、奴らは色々な犯罪行為を犯している。奴らの悪行について証人の目星はついているし、売人や仲介人、卸売人が例の薬を扱っているという証拠もすでに手に入れている」

「証拠?」

 俺が思わず聞き返すと、アルミードは嬉しそうに机の引き出しに置いてあったオーブをいくつか取り出した。まさか魔法球マジックオーブか?

「依頼人から貸与された魔法球マジックオーブだ。こっちの映像記録の魔法球マジックオーブには売人と仲介人、仲介人と卸売人、そして卸売人とあの護衛の男が取引やら何やらをしている様子がそれぞれ収められている。
 こっちの音声記録の魔法球マジックオーブも似たようなものだ」

「俺っちが命がけで記録したやつだからな」

 アルミードの言葉に被せるように、ノクトが口を開いた。この世界では魔法球マジックオーブは貴重品だ。それゆえ、記録の魔法球マジックオーブによって再現されるデータは非常に信憑性が高いものとして扱われる。

 日本じゃ記録メディアなんてありふれてたし、データ改竄の可能性も高いから、いまいち決め手にかけるようなイメージがあったんだけど、色々違うもんだなぁ。

「それに、こんなものもある」

 そう言って次にアルミードが取り出したのは、羊皮紙を丸めたものだった。丁寧に紐でくくってあるあたり、それなりにちゃんとした文書なのかもしれない。俺は少し興味をそそられた。

「これ自体は写本だが、内容については原本と相違ない旨の印章が押してある」

 アルミードは紐を解くと、ばらっと羊皮紙を広げた。机に置かれたその文書を見て、俺は思わず息を呑んだ。

「――統督教は、以下に示す薬について、麻薬と同様の作用を持つものと認め、その使用を固く禁止すると共に、クローディア王国に対し一刻も早い禁止薬物指定を行うよう求めるものである――」

 アルミードがその内容を朗々と読み上げる。……あれ? 俺、ひょっとしてややこしい状況の中にいるのか? 俺はうっすらと汗がにじむのを感じた。

 たしかにあれは統督教の印章だ。おそらく中身も本物なのだろう。だが、あれは彼ら冒険者が普通に入手できるような類のものではない。間違いなく彼らの依頼主から提供されたものだ。

 となると、依頼主は統督教のいずれかの宗派ということになるが……。

「なるほど、統督教のお墨付きですか。それなら王国法で取り締まられていなくても、そこそこ使えるかもしれませんが……」

 そこまで言って、俺は一度言葉を切った。そして言おうか言うまいか、少し迷った後で口を開く。

「その依頼主は、今回の首謀者を宗教関係者だと思っているのですか?」

 たしかに、統督教の正式文書には結構な力がある。しかし、だからといって、その文書を盾に人々を捕えるような真似はできない。法を制定するのはあくまで国なのだから。

 だが、もし首謀者が統督教の内部にいるのだとすれば、そいつにとってダメージは測りしれない。制裁金を課した後、よくて位階剥奪、悪ければ破門もあり得るだろう。少なくとも、再び組織だって麻薬を販売するような力は残らない。それを狙っているように思えて仕方がなかった。

「いや、そもそも今回の依頼は薬の出処を突き止めることだ。だから、依頼主が知っていたとは思えないな」

「……アルミード。そうとは限らない。わざと俺たちに探らせた可能性がある」

 アルミードにそう意見したのはグラムだ。さすがは神学校の先輩というべきか、そのあたりの事情はよく分かっているようだった。

「依頼主の意図なんてどうでもいいじゃない。要は首謀者の素性をどうやって暴くかでしょ?」

 弓使いの女性は少し焦れたように口を開いた。それに続けて、クルネが発言する。

「ねえカナメ、手伝ってくれる? もしクルシス神殿へ行くなら、私も護衛として付いていくから」

 それはいささか強引なまとめ方だったが、俺もそろそろこの空気に疲れてきた頃だ。一度この場をお開きにしたいところだった。

「手伝うよ。……危険のない範囲でね」

 あくまでこっそり手伝うだけにしよう。未来の職場候補でうかつな動きはしたくない。そんなことを考えながら、俺は椅子から立ち上がったのだった。






「……カナメ、ありがとう」

 クルネが唐突に口を開いたのは、俺たちが宿屋の入り口から外へ出た時だった。クルネが帰り道を護衛すると言って譲らなかったので、彼女にだけこっそり話しておきたいことがあった俺は、これ幸いと一緒に寮まで歩くことにしたのだった。
 顔を上げれば、夕方と夜が入り混じった幻想的な空が目に入る。

「……いきなり何だ?」

「クルシス神殿で助けてくれたでしょ? まだお礼言ってなかったな、って」

 クルネはそう言うと微笑んだ。

「お互い様だし、気にするなよ」

 そう言って手を振った俺だったが、少し彼女の様子がおかしい事に気付いた。やっぱり表情がどこか暗い気がするんだよな。

 なんて声をかけようか、俺がそう考え始めた時だった。彼女がぽつりと呟いた。

「カナメ、ごめんね……」

 それは消え入りそうな声だった。快活なクルネにはあまり似つかわしくない声色に、俺は少し驚いた。

「何か謝られるような事があったか?」

 俺の言葉に、ううん、と首を振ると、やがてクルネは口を開いた。

「せっかくカナメがくれた固有職ジョブなのに、他の固有職ジョブ持ちに苦戦しちゃって……」

「気にする事ないって。岩蜥蜴ロックリザード戦であんなに活躍してただろ? それに、ラウルスさんとの模擬戦だって苦戦する場面はたくさんあったじゃないか」

「だって、ラウルスさんはカナメが転職ジョブチェンジさせた人だもの。でも、あの魔法剣士マジックナイトは違うわ。あの男に苦戦するのは、なんだかカナメのくれた固有職ジョブを汚してしまうみたいで……」

 クルネの言葉を聞いて、俺は驚いた。そういう感じ方もあるんだな。俺からすれば、転職ジョブチェンジはその人の中で燻っていた能力を引っ張り出しただけ、みたいな感覚だから、あんまり授けたとかいう自覚がないんだよね。

「……クルネ。そう思ってくれるのは嬉しいんだけど、そんなに気負わなくていいよ。その剣士ソードマンの力は、元々クルネの中に眠っていたものだ。俺はそれをちょっと呼び起こしただけ。だから、少なくとも俺に申し訳ないと思う必要はないよ」

「でも……」

「当人の俺がそう言うんだから間違いない。クルネが無事だったんなら、俺はそれでいい」

「……」

 俺の言葉に対する返事はなかったが、彼女の張りつめた雰囲気が少し柔らかくなった気がする。そのことに俺はほっとした。

 俺はクルネの様子を窺って、会話を切り出すタイミングを測った。

「……ところで、俺も一つクルネに話しておきたいことがあるんだ」

「あの固有職ジョブ持ちのこと?」

 おお、さすが勘がいいなぁ。俺は彼女の言葉に頷くと、おそらく彼女にとって衝撃の事実であろう言葉を口にした。

「おそらく、その魔法剣士マジックナイトはクルシス神殿の副神殿長だ」

「え――」

 そもそも、俺がクルネの相手を魔法剣士マジックナイトじゃないかと疑ったのは、この前の神殿訪問の時に、あの副神殿長を目にしたからだ。その時は宗派に所属する固有職ジョブ持ちもいるんだな、程度にしか思っていなかったが、こうなってみると怪しいことこの上ない。

 そして、副神殿長クラスがただの護衛という事はないだろう。首謀者クラスである可能性が高かった。

「クルネ、会ったら同一人物かどうかは分かるか?」

「……うん、分かると思うわ」

「なら、俺がどうにかして副神殿長を探すなり、呼び出すなりしてみる。クルネはそれで出てきた副神殿長を見て、同一人物かどうかを確認してくれ」

「任せて」

 そのまま歩きながら、俺たちは今後の打ち合わせを始める。全てを決め終わった頃には、もう俺の寮の目の前だった。
 じゃあな、と俺はクルネに手を振った。彼女も笑顔で手を振り返してくれる。

 だが、クルネは突然、何かを思い出したように一歩踏み出した。

「そうだカナメ、一つ聞いていい?」

 どうやら、何か質問があったらしい。そういえば打ち合わせばかりであまり普通の会話をしてなかったな。

「カナメはクルシス神殿を選ぶつもりなの?」

「可能性は高いな」

 そう言うと、クルネは何か納得したようだった。

「教会にはあんまりいいイメージがないもんね」

 おそらく、今クルネの脳裏に浮かんでいるのは、転職ジョブチェンジ屋に押しかけてきた挙句、俺を異端審問にかけるとか言ってた教会の侍祭なんだろうな。たしかにアレは酷かった。

 まあ、この王都に来てからは悪いイメージばかりでもなくなったんだけど、だからといって積極的に教会派の一員になるつもりにはなれない。

 そうクルネに説明すると、彼女は少し驚いたようだった。……セレーネもそんなことを言ってたけど、俺ってそんなに教会嫌いに見えるんだろうか。

「そうなんだ……。けど、あの神殿なら私も出入りしやすそうだし、よかった」

 本当に嬉しそうな様子でクルネが口を開いた。

「毎日お布施をくれるのか?」

「なんでよ!」

 そんな会話をしばらく交わした後、クルネはまたね、と言って今度こそ去って行く。彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は今後の調査プランを考えるのだった。
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