疑念
【クルシス神殿長代理 カナメ・モリモト】
「これはこれは、お気を遣わせてしまったようで申し訳ありません。本当にそんなつもりはなかったのですが……」
「そうでしたか、それは失礼しました。てっきりお話があるのだろうと早とちりをしてしまったようです」
クルシス神殿の神殿長室で、俺は上品な雰囲気の老夫婦と向かい合っていた。
メルハイム帝国の元皇族であり、現在では自治都市ルノールの評議員を務めるアンドリュー・レイム・メルハイム。そして、その妻であるノルン・ミア・メルハイム。
帝国の辺境への干渉をコントロールするために用意されたポストに就いたアンドリューさんは、俺たちの期待通りの成果を上げてくれていた。
皇位継承権が低く、帝国の表舞台に出ることは叶わなかった彼だが、評議員に就任すると瞬く間に辺境へ溶け込むと同時に、要所要所に人脈を形成してのけたため、帝国関係者は彼に顔繋ぎを頼むことが多くなっていた。
当初は裏の顔があるのではないかと疑っていた人間も多かったが、彼の誠実な人柄が知れるにつれ、そんな疑念は鳴りを潜めるようになっていた。
もちろん、彼を送り込んできたハロルド侯爵との関係性はあるのだろうが、辺境に損害を与えてまで彼に利益を与えることはないと、俺もそう判断している。
「本当にごめんなさいね。私的にお参りに来たつもりだったのだけど……」
次いで口を開いたのは、アンドリュー評議員の奥さんであるノルンさんだ。彼女もまた、優しく穏やかながらも一本芯の通った好人物であり、辺境の女性たちからとても慕われているらしい。
そんな二人を前にすると、自分の人間性にどんどん自信がなくなってくるが、とりあえずは持ち合わせで対応するしかない。
せめてオーギュスト副神殿長がいれば安心なんだけど、あの人は政治嫌いだからなぁ。
「……とは言え、せっかくこうしてお招き頂いたのですから、それっぽいお話の一つもしておきましょうか」
アンドリューさんはそう言うと、どこかおどけたような笑顔を浮かべる。だが、その前置きに似合わず、会話の内容は真剣なものだった。
「ここ最近、各国の宗派施設が襲撃されていることはご存知ですね?」
「ええ、胸が痛む話です。賊には怒りを禁じ得ません」
俺は正直な胸のうちを語った。彼が言う通り、ここ数カ月で複数の神殿や教会、精舎などが襲撃されていたのだ。そして、被害に遭った施設に共通していることが一つ。
「宝具をそんなに集めてどうするのでしょうな。統督教の有力宗派の宝具ともなれば、売り捌くのも却って困難でしょうに」
そうなのだ。襲撃された神殿の多くはその宝具を奪われていたのだ。何か意味があるのか、それとも換金目的なのか、あるいはその両方か。
真相はまったく不明だが、統督教内部はその話で持ちきりだった。そして、襲撃者は強力な呪いを使いこなしていることから、その正体は呪術師ではないかと噂されていた。
「幸いなことに、この神殿には貴重な宝具はありませんからね。その点についてはご安心ください」
そう伝えると、アンドリューさんは穏やかに微笑んだ。
「惜しむらくは、と言うべきかもしれませんな。カナメ神殿長代理や剣姫殿であれば、賊を返り討ちにすることもできるでしょうに」
「私はともかく、クルネであれば倒せるかもしれませんね。……ただ、相手はあの『聖騎士』を重体に追い込んだ実力者です。まったく油断はできません」
それに、神の加護のない聖騎士とは言え、魔法に対する耐性は剣匠より上だろう。それを考えると、クルネの身も安全とは言えなかった。
そういう意味では、魔法抵抗力の高いミルティのほうが適役かもしれないが、クルネであれミルティであれ、呪いを受けて苦しむ姿を見たくはない。
「そうですね、煽るようなことを申し上げてすみませんでした」
俺の返答をどう受け取ったのか、アンドリューさんは申し訳なさそうな顔で謝罪してくる。どこか重たくなった空気を払拭するために、俺は話題を変えることにした。
「ところで、アンドリュー評議員は帝国教会についてはお詳しいのでしょうか?」
「六十年ほど帝国にいましたから、それなりの情報は蓄えていますとも。……マルテウス大司教のことですかな?」
どうやらお見通しのようだった。まあ、マルテウス大司教の辺境訪問は、知らぬ者はいないほどの大ニュースだったからなぁ。そして、彼が精力的に帝国教会の進出を説いて回ったこともだ。
俺がこくりと頷くと、アンドリューさんは記憶を探るように視線を上に向ける。
「あの帝国教会の出世争いに勝利した人物ですからね。有能であることは間違いありません。事前の根回しや交渉を重視するタイプでしたが、大司教となってからは強引なやり口も目立つようになってきたようです」
その評価は、実物を見た俺からしても頷けるものだった。
「そして……今でこそ表には出しませんが、彼はオルファス神こそ唯一神であり、すべての人類はかの神を崇めるべきである、と主張していた頃がありました。
教皇位の復活を狙っているという話も聞いたことがありますし、他の宗派の方々とはあまり相性がよくないでしょうな」
そうだったのか。会った時は全然気が付かなかったな。……まあ、その程度の仮面はあの地位には必須なんだろうけどね。
「それを聞いてしまうと、帝国教会の辺境進出にますますメリットがありませんね……」
そう呟いてから、俺はふと気付く。アンドリューさんは帝国出身であり、動きをコントロールするという目的はあるものの、それなりに表立って帝国を利することのできる存在だ。わざわざ帝国教会の評判を下げるような情報を提供する理由はなんだろうか。
「帝国政府と帝国教会の関係は、あくまで地縁の延長線上に過ぎません。それどころか、苦汁を嘗めさせられたこともありますからな。あまり特別扱いをする気にもなれないのですよ」
その質問に対する回答は意外とドライなものだった。アンドリューさんは元皇族だし、彼を通じて辺境が手を組んでいるハロルド侯爵も帝国貴族だ。たしかに、帝国教会を強く身びいきする必要はない。
「……それに、赴任してまだ数カ月ですが、私も妻もここが気に入っていましてな。情報の提供くらいは安いものですとも」
笑顔と共に発せられた言葉は、とても嬉しいものだった。もちろん社交辞令が多分に含まれているだろうが、それだけではないと思いたい。
彼の好々爺とした笑みにつられて、俺もまた笑みを返すのだった。
◆◆◆
「まさか、これほどの違いがあるとはな。さすが鍛冶師ということか」
「本当に……もし世界が破滅しても、ラウルスさんだけは生き残ってそうですね」
「私だけが生き残っても仕方ないのだが……」
俺の言葉を聞いて、ラウルスさんは複雑そうな表情を浮かべた。だが、すぐにその厳めしい顔が和らぐ。
「ともあれ、この鎧が共にあれば、今まで以上に仲間の盾となることができるだろう。……カナメ殿、本当に感謝している」
「いえ、私だけで地竜を倒すことなんてできませんでしたからね。当然の取り分です。それに、あの巨体からすれば一部でしかありませんし」
「そう言ってもらえると助かる」
ラウルスさんが話題にしているのは、彼の新しい鎧に地竜の鱗を使用した件だ。
ラウルスさんが鎧を発注したと聞いた時から、俺はこっそり素材を提供する旨をフェイムに申し出ていたのだった。その甲斐あって、『辺境の守護者』の新しい鎧はクルネの魔剣に負けず劣らずの性能を引き出されていた。
『硬度強化』や『自動修復』あたりはクルネの魔剣と似ているが、魔剣では低レベルだった『自動回復』が高レベルのものとなり、『衝撃吸収』や『敵愾心増幅』といった効果も付与されているらしい。
魔剣ほど極端な付与を行ったわけではないが、その分すべての付与効果がそこそこの高レベルで纏まっているようだった。
「しかし、このように強力な鎧を身に着けていると、自身が強くなったと錯覚してしまいそうだな」
「それで鍛錬をおろそかにするラウルスさんじゃないでしょう?」
「心掛けてはいるが、油断はできぬな」
そんな会話を交わしていた時だった。ラウルスさんは、何かに気付いたように視線を俺の後ろへ向けた。そして、それとほぼ同時に聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おおい、カナメ! ちょっと面倒なことになってるぞ!」
声の主は盗賊のノクトだった。彼にはとある依頼をしているのだが、恐らくその関係だろう。俺は溜息にならないよう、ゆっくりと息を吐き出す。
「……一体何があったんですか?」
その問いかけに、彼は自らが走って来た方角を指し示した。
「あっちで、奴が人を集めて盛り上がってるぜ。まるで決起集会だ」
「何を理由に盛り上がっているんですか? どんな人物が何名くらいですか?」
「どこかへ出立しようとしてるみてえだな。冒険者風の奴らが十数人いたぜ」
俺の矢継ぎ早な質問に、ノクトはすらすらと答えてみせる。それを聞いて、ラウルスさんが怪訝な表情を浮かべた。
「カナメ殿、何か問題事だろうか?」
「その可能性が高いと思います。もしよければ、一緒に付いて来てもらえますか?」
「無論だ」
俺たちは頷き合うと、ノクトの後ろへ続いた。
◆◆◆
「カナメ、そういやクルネはどうしたんだ?」
「今は自由時間です。私はラウルスさんと一緒にいる予定でしたから、たまにはそういうのもいいかな、って」
「なるほど、倦怠期ってやつだな」
「どうしてそうなるんですか……」
そんな会話をしながら街中を駆け抜けた俺たちは、やがて街の外れに辿り着いた。新たな家屋の建設予定地となっている場所だが、現状ではただの空き地となっている。
そして、ノクトの報告通り、そこには十数人の冒険者らしき人間が姿を見せていた。
俺たちは少し迂回すると森へ入り、死角から彼らに近づく。
「――目的地へ到達するためには、皆さんの協力が必要です。シュルト大森林は危険ですが、必ずやそれに見合った成果が得られるでしょう」
「おお! 任せときな!」
「一財産作ってやるぜ!」
中心人物らしき男の言葉を受けて、集団の幾人かが気炎を吐いた。これがモンスター狩りを目的とした集団とかなら、なんの問題もないんだけどな……。
そんな前向きな思考が脳裏をよぎったが、それは次の言葉を耳にするまでの話だった。
「ほとんど手つかずの遺跡なんだろ? 動く魔道具でも見つけりゃ、相当な金になるからな」
その内容に、俺たち三人は顔を見合わせた。
古代遺跡は、まだ一般には開放されていない。それは無闇に犠牲者を増やさないためでもあるが、重要な発掘品だけは確保してしまおうという下心があることも否定できない。
現在、正式に遺跡に入ることができるのは、評議会が認めた冒険者や専門家だけであり、その彼らも評議会のプランに従って定期的に遺跡に入っている状態だ。
できるだけ公平に参加できるよう、クリストフあたりが頭を悩ませているらしいが、それに不満を持つ人間は当然いる。そして、そんな彼らに声をかけたのが、中心で話している男なのだろう。
俺は彼の姿をじっと見つめた。あの時は暗くてよく見えないせいかとも思ったが、やはり彼は得体が知れない。
そう、集団の中心に立っていたのは、以前にアレクシスと名乗った青年だった。
「カナメ殿、あの男は何者なのだ?」
「……分かりません。ただ、何かを引き起こしそうな気がして、ノクトに尾行してもらっていたんです」
小声で尋ねるラウルスさんに、俺も小声で答える。
「少なくとも、正規の遺跡探索メンバーということはなさそうだな」
「ええ、そうですね。そう言えば、彼は遺跡探索メンバーに加わりたがっていましたが……あの様子では断られたようですね」
「では、どうする?」
「少なくとも警告はするべきでしょうか……。反感を買うのは間違いありませんし、あの男がどう出るかも不明ですが」
のこのこと出て行っても、逆上されるのは目に見えている。そこまでの苦労を背負ってまで警告するべきかも悩むところだ。
「……私が行こう」
と、ラウルスさんが突然立ち上がった。突然の登場に驚く彼らに構わず、堂々とした足取りで彼らの前へ進み出る。
「失礼。君たちの会話が聞こえてしまったものでね。……どうやら古代遺跡に行くつもりのようだが、まだあの遺跡は一般開放されていないことを知っているかな」
「……はぁ? いきなり出てきて何言ってやがる」
「余計なお世話だよ」
彼らはラウルスさんへの反感を露わにする。だが、その程度では『辺境の守護者』になんの影響も与えられない。
「あの遺跡は危険だ。魔工巨人も非常にハイレベルなものが起動しており、通常の遺跡とは比べ物にならない。最低限の安全を確保するまでは立ち入らないでほしいのだ」
「なんだこいつ、偉そうに……」
「へっ、危険な魔工巨人ってことは、それだけ高く売れるってことじゃねえか。これを逃す馬鹿がいるかよ」
「こいつの言い草、まるで評議会寄りだな。……ははーん、読めたぞ。お前、評議会と一緒に甘い汁を吸ってるクチだな?」
そう言い出したのは誰だっただろうか。その言葉を皮切りに、彼らの反応が荒々しいものへと変わっていく。
「ちっ、そう言うことかよ。邪魔者を叩き出そうってんだな」
「……おい待て。ひょっとして、こいつが探索に耐えられない大怪我を負えば、その分探索メンバーに空きがでるんじゃねえか?」
「おっ! お前、頭いいな!」
彼らは下卑た声で笑い声を上げる。そんな中、ラウルスさんは無言で一歩踏み出した。それだけで彼らの笑い声が静まる。
ふとしたきっかけで暴力沙汰にならないとも限らない。そんな重苦しい空気を破って、場違いに爽やかな声が響く。アレクシスだ。
「……それなら、探索メンバーの強さとやらを見せてもらえませんか?」
彼は興味深そうにラウルスさんに視線を注いだ。その口調は、ラウルスさんが探索メンバーであることを疑っていないようだった。まあ、実際にラウルスさんも何度か遺跡探索に同行しているから、その予想は正解なんだけどね。
「たとえば、ここにいる皆さんが一斉に貴方を襲うとしましょう。探索メンバーとやらであれば、それくらい簡単に撥ね退けることができますよねぇ?」
「おい、何を言ってやがる。俺一人でも充分だ」
「まあ待て。これだけの大人数だ。誰が誰に大怪我を負わせようが分かりゃしないぞ」
「へっ、やる気じゃねえか」
アレクシスの物言いに乗せられるように、彼らは暗い笑みを浮かべた。だが――。
「私はそれでも構わぬ。好きにするがいい」
ラウルスさんの落ち着き払った言葉が、逆に彼らを刺激する。
「てめえ、調子に乗りやがって……!」
「腕の一本や二本は覚悟しな!」
そして、その場にいた人数の三分の二ほどが、ラウルスさん目がけて殺到した。……だが。
「ぐぁ!?」
「ごふっ……!」
上級職たる守護戦士にして、地竜の鎧を纏ったラウルスさんに対して、まっとうなダメージを入れられるはずはない。
「ふむ……」
と、ラウルスさんは少し考え込む素振りを見せると、その戦い方を変えた。
最初のうちは、攻撃を弾いたりカウンターを入れたりと律儀に対応していたラウルスさんだったが、むしろ何もしないほうが有効だという結論に至ったらしい。
「お、俺の斧が……っ!?」
なんせ、下手な武器はラウルスさんの鎧に当たった瞬間に砕け散るのだ。それが特技なのか驚異的な防御力によるものなのかは分からなかったが、彼らの心を折るには非常に有効だった。
やがて、最後の一人が疲れたように座り込んだ。攻撃がまったく通じなかったためか、呆然とした様子の彼らを中心として、じっとりとした空気が滲む。
そんな時だった。パチパチと拍手の音が響く。見れば、アレクシスが涼しい顔をして手を叩いていた。彼は悪びれた様子もなく笑顔を浮かべる。
「いやぁ、お見事でした。さすがは『辺境の守護者』ですね」
「……知っていたのか」
「それはもちろん。辺境に来ておきながら、『辺境の守護者』のことを知らない馬鹿はいませんよ」
なるほど、それは一理あるな。しかし……なんだろう、まるで俺たちを試していたような口ぶりだな。ノクトの尾行も承知の上だったとは考えたくないが……。
そんなことを考えている間に、冒険者たちがアレクシスに食ってかかった。
「……てめえ、こいつが『辺境の守護者』だと知ってて、俺たちに戦わせたのか!?」
「だからこそ、大人数での戦闘を提案したんですよ。皆さんなら勝てるかと期待していたんですがねぇ……」
「っ……!」
そう言われては返す言葉が出てこないらしい。彼らはギロリとアレクシスを睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風だった。
「とまあ、それはそれとして。実を言えば、私も古代遺跡の占有には納得していないのですよ。発見者は尊重されてしかるべきでしょうが、それでも限度というものがあります。
遺跡を封鎖して、評議会やその関係者が美味しいところを独り占めするつもりだと考えているのは、私だけではないはずです」
「む……」
ラウルスさんはおし黙った。もともと雄弁に語るタイプではないし、評議員とは言え、遺跡の発掘事業は彼の担当外だ。彼はあくまで戦力の一人として遺跡探索に赴いているにすぎない。
「……現在の遺跡はモンスターの棲息も確認されており、気楽な発掘作業からは程遠い。魔道具を得る前に死ぬ可能性も高いだろう」
「それは余計なお世話と言うものです。力及ばず私たちが野垂れ死んだとしても、貴方がたに迷惑はかからないでしょう?」
ラウルスさんがゆっくり絞り出した言葉を、アレクシスがあっさりと否定する。ラウルスさんはこのタイプと相性が悪いし、放っておくわけにはいかないだろう。
俺は隣のノクトの肩をポンと叩くと、静かに立ち上がった。
「残念ながら、迷惑なのですよ」
俺の姿を見て、何人かの冒険者が焦った顔を見せる。他にも観客がいるとは思っていなかったのだろう。『辺境の守護者』に襲い掛かったという事実が広まれば、辺境にはいられなくなる可能性は高い。
そんな中でも、アレクシスは憎たらしいくらいに冷静だった。
「おや、神子様ではありませんか。いつぞやはありがとうございました。……ところで、先程のお言葉はどのような意味でしょうか?」
「シュルト大森林で自然に還る分には文句はありませんが、古代遺跡で亡くなられると、その死骸によって遺跡の衛生状態が悪化します。
それに、モンスターに格好の餌を与えたことになりますし、場合によっては人肉の味を覚えた魔物だって出現しかねません」
場違いなほど丁寧な口調で訊いてくるアレクシスに対して、俺もまた慇懃な態度で答える。慇懃無礼はお互い様だ。
「そのため、遺跡探索の部隊が貴方がたの遺体を発見した場合には、その処理に大きな労力を使うことになります。それも、本来なら古代遺跡の発掘調査を行っているはずの貴重な時間を用いて、です。控えめに言っても迷惑極まりない話ですね」
「……なるほど。神子様も利権に絡んでいるわけですか」
そんな生臭坊主認定に、俺は肩をすくめてみせる。
「一応は発見者ですからね。……まあ、お金はさっぱり貰えていないわけですが」
そう伝えると、アレクシスの様子が少し変わった。
「おや、発見者は神子様でしたか……なるほど」
彼はそう呟くなり、遠くを見つめながら物思いに沈む。それをなんとはなしに見つめていた俺だったが……そこで、あることに気が付いた。
彼が見つめている方角。それは、古代遺跡が存在している方角だった。偶然にしては出来過ぎている展開に、俺は思わず眉根を寄せる。
当然ながら、古代遺跡の場所は公表していない。関係者にも口止めをしているし、巨大怪鳥もルノールの街を飛び立ってしばらくは、別の方角へ向かって進むようにしているのだ。そう簡単に場所が割り出せるはずはなかった。
一体どうやって情報を手に入れたのか。そんな疑念が渦巻く。もちろん、アレクシスがただの旅行者であるなどとは思っていない。そのことは、彼の固有職資質を視た時から分かっている。
……なんせ、俺が知らない固有職を宿しているのだから。
「思うところは多々ありますが……まあ、今日のところは神子様に免じて諦めるとしましょう。それでは皆様、お元気で」
そう告げると、彼は何事もなかったかのようにルノールの街へ歩き出す。その様子を、俺たちは呆気に取られながら見送っていた。
「カナメ殿、よいのか?」
「……特に捕縛できるわけでもありませんからね。せいぜい、ラウルスさんに襲い掛かるよう示唆した程度ですが、それもラウルスさんが同意した戦いでしたし」
結局は、今回と同じように監視を付けて泳がせておくしかないだろう。とは言え、奴がどんな手段を持っているかは未知数だ。あっさり裏をかかれる可能性はあった。
「今回の一件で諦めてくれるといいのですけどねぇ……」
「そんな素直な人間には見えなかったけどな」
「……同感だ」
俺たち三人は顔を見合わせると、同時に溜息をついたのだった。