挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転職の神殿を開きました 作者:土鍋

転職の神殿を開きました

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

111/144

教皇会議

 教会派の総本山と言われるミスティム公国では、年に一度の周期で教皇会議が開催される。

 それは、教会派の最高幹部である各国の大司教が一堂に会する非常に重要な会議だ。終末戦争の反省から空位となった教皇の座だが、会議名にだけはなぜか残っているのだった。

 そこにはなんらかの主張が込められているのだろうか。後で尋ねてみよう。『聖騎士』メルティナは、そんなことを考えながらあるじの後ろに控えていた。

「――いやいや、辺境はもはや一つの国家と言っても差し支えありますまい。いくら管区が隣接しているとは言え、王国教会が併呑するには巨大過ぎると思いますが」

「地理的要因は重要だ。ゼニエル山脈を挟んでいるとは言え、リビエールの街は辺境に最も近く、教会の規模も大きい。人や物の派遣にはうってつけだと思うが」

「辺境の南端では港の建設も始まっていると聞きます。完成したなら、帝国教会もセイヴェルンを経由して直接辺境に接触できましょうぞ。
 ……それに、王国教会はアステリオス枢機卿の件で世間に、とりわけ辺境には悪感情を持たれているのではありませんかな?」

 その内容に似合わず、声の主は穏やかな笑顔を浮かべていた。

 ――マルテウス大司教にも困ったものだ。それは、ここ数年のメルティナの一貫した感想だった。

 彼は帝国教会を束ねる大司教であり、病を得て長らく姿を見せていない現総大司教の後継と目されていた。彼自身も優秀である上に、本拠地としているメルハイム帝国は大陸屈指の国力を誇っているのだ。その発言力が強まるのは当然と言えた。

 だから、メルティナが苦々しく思っているのはそこではない。問題は、彼がバルナーク大司教に対抗意識を燃やしていることにあった。
 教会派の大司教の中でも異端児とされるバルナーク大司教には、味方も多いが敵も多い。メルティナは内心で溜息をついた。

「アステリオス枢機卿については厳正に処分を行った。先だっての戦争の折には、戦争被害者の救済のため王国教会の神官を派遣したが、快く受け入れられたと聞いている」

「それはお得意の『聖女』派遣によるものでしょう? 口さがない者は『戦争が起きたことをいいことに、火事場泥棒に入った』と評しているようですが」

「『口さがない者』などという曖昧な存在を通して語られても、どうにも実感が湧かんな」

 二人のやり取りに口を挟む者はいない。彼らを制止できるのは、二人の師である総大司教だけだが、彼は高齢の上に病を得ており、今回の会議も欠席していた。

「……この件については、他の大司教の方々にはあまり関係のないお話。皆さんの貴重なお時間を無駄にしないためにも、我々だけで改めて話し合いの場を持ったほうがいいでしょうな」

「異論はない」

 このままでは平行線だと判断したのか、マルテウス大司教は議題を棚上げにした。もちろん、個別で他の大司教に根回しをするくらいはしてくるのだろう。

 本来なら王国教会が管区を広げるのが順当であるし、メルティナがミュスカとともに辺境に赴いた理由がその下準備であることは事実だ。今も『聖女』の一人、ミュスカが辺境に留まっているが、それも王国教会の建立を予定しているからこそだった。

「それでは、次の議題を申し上げてよいですかな」

 そう告げるマルテウス大司教に反対する者はいない。それを確認すると、彼は淡々とした口調で衝撃的な言葉を口にした。

「――王国教会の『聖女』アムリア殿が帝国への亡命を希望している。そこで、帝国教会で彼女を引き受け、そのまま『聖女』として活動してもらおうと考えているのですが、いかがですかな」

「なんだと!?」

「アムリアが……!?」

 控えている身であることも忘れて、メルティナは呆然と呟いた。バルナークの反応からすると、まったくの予想外だったようだ。メルティナもアムリアとは『聖女』として長い付き合いだが、そんなことを望んでいるとは思いもしなかった。

 人が住む国を変えることはままあるが、わざわざそれを亡命と呼ぶことは少ない。その言葉が意味を持つのは、国に強く帰属する貴族や、人々に大きな影響を与える有名人程度のものだ。
 そして、教会の『聖女』はその有名人に含まれる。他の大司教も戸惑いの表情を浮かべていた。

「……とは言え、バルナーク大司教も私の言葉だけでは信じられますまい。ここはケジメをつける意味でも、本人から語らせるべきでしょうな」

 マルテウス大司教はそう言うと、控えていた神官に何ごとかを耳打ちする。神官が会議室から退室すると、やがて見覚えのある姿が扉から姿を現した。

「アムリア……」

 『聖女』仲間の姿を目にして、メルティナは思わず呟く。どこか神秘的であり、何を考えているのかよく分からない面はあったものの、それなりに仲良くやってきたつもりだ。それだけに、メルティナのショックは大きいものだった。

「ご紹介しましょう。彼女が転職ジョブチェンジの『聖女』アムリア殿です」

 マルテウス大司教の言葉に合わせて優雅に一礼すると、アムリアは神妙な面持ちで口を開いた。

「アムリア・ネイトフェルトと申します。この度は、私の身勝手な願いのために、皆様の貴重なお時間を頂くことになりまして申し訳ありません」

 その声もまた、メルティナがよく知るものだった。もしこれが偽者だとしたら、見事な役者を連れて来たものだと感心するところだろう。だが、そうでないことは明らかだった。

「……私は帝国への亡命を希望致します。つきましては、厚かましいお願いで恐縮ですが、今後は帝国教会を通じてオルファス神へお仕えしたいと考えております」

「それが自分で選んだ道だと言うのなら、止めるつもりはない」

 そう発言したのはバルナークだった。それを聞いて、居並ぶ大司教の一人が口を開く。

「アムリア殿、せめて理由を示すべきではありませんか? 今まで長きにわたり、貴女を支えてきたのは王国教会でしょう」

 その言葉を受けて、場から賛同する声が上がった。彼女は発言した大司教を静かに見つめる。

「……私は王国で生を受けましたが、あまり一般的ではない人生を歩んできました。私を拾ってくださったアステリオス枢機卿という存在がなければ、とっくに命を落としていたことでしょう。
 そのアステリオス枢機卿があのような事件を引き起こしたことにより、私は誰よりも尊敬していた恩人を失いました。もちろん、あの方のなさったことは許されるものではありませんが、私の受けたショックは大きなものでした。
 ……そんな時に、親身になって相談に乗ってくださったお方がいました。それが、こちらのマルテウス大司教です」

 陳腐な設定だ。メルティナは直感的にそう判断した。アムリアの過去が楽しいものでないことは分かっていたが、アステリオス枢機卿をそこまで尊敬していたとは思えないし、恩を感じているようにも見えなかったのだ。

 見れば他の大司教も判断に困っている様子だった。

 だが、問題はその真偽ではない。彼女がそう主張し、マルテウス大司教がそれを認めているということが重要なのだ。
 教会派という枠組みで考えると、『聖女』が帝国へ移ったところで大きな問題はない。まして、相手は強大な権勢を誇る帝国教会だ。他の大司教がわざわざ異を唱えるはずがなかった。

「そうか。……マルテウス大司教、『聖女』アムリアの移籍を受け入れて頂き感謝する。彼女をよろしく頼む」

「よろしいのですか?」

 少し意外そうに尋ねたのは、当のマルテウス大司教だった。バルナークはその言葉に力強く頷く。

「本人が希望している以上、引き留めるつもりはない。……『聖女』アムリア。今まで世話になったな」

「……こちらこそ、今までありがとうございました」

 アムリアはもう一度、今度は深々と頭を下げてみせた。そして、各国の大司教がひしめく会議室を、一切怯んだ様子もなく歩き去っていく。
 後には、どこか呆気にとられた大司教たちの姿が残されただけだった。

「……さて、『聖女』アムリアの移籍については、皆さまのおかげを持ちまして円滑にお話が進みました。誠にありがとうございます、改めてもう一度お礼を申し上げます」

 そう話すマルテウス大司教は上機嫌であるようだった。

 なんせ、『転職ジョブチェンジの聖女』アムリアは、かつては莫大な富を生む金の卵だったのだ。そしてその力は、転職ジョブチェンジの神子が現れた今でも、工夫次第で多額の金銭を生み出すことができるはずだった。

「それでは、次の議題ですが……」

 メルティナがそう考えている間にも議題は進んでいく。……そのはずだった。

「なんだ……!?」

 メルティナは腰の剣に手を添えた。突如として、会議室に膨大な魔力が立ち込めたのだ。万全の警備体制を敷いているはずのこの場へ、どうやって侵入したというのか。

 魔力を敵性のものと判断したメルティナは躊躇なく剣を引き抜いた。だが、問題が一つ。術者の姿が見当たらないのだ。会議室の外を調査してみるべきか。そう悩んだ時だった。

 会議室内の魔力が一気に指向性を持った。その影響を受けて、メルティナの身体がぐらりと揺れる。

「これは……呪術!?」

 彼女は思わず声を上げた。体験するのは初めてだが、本能的なレベルで理解できる。そして、これだけの魔力を用いた呪術はどれほどの効果を持つのか。メルティナは思わず室内を見回した。

「ぐっ……!?」

「これ……は……」

「苦し……い」

 予想通り、会議室内にいた大司教たちがもがき苦しんでいた。魔法耐性のあるメルティナですら影響を受けているのだ。『村人』でしかない彼らであれば、死に至る可能性も充分考えられた。

 そしてそれは、彼女の目の前にいるバルナーク大司教も同じことだった。彼は超人的な意志力で倒れ伏していないが、それも時間の問題だろう。それを見た瞬間、メルティナの心は決まった。

騎士の誓い(オウスオブナイト)!」

 メルティナが特技スキルを発動させると、周囲の呪力が彼女に集まる。

「っ……!」

 束ねられた負の魔力が、彼女を侵食しようと暴れ狂う。メルティナはそれに抗おうと、ギリッと歯を食いしばった。

 騎士の誓い(オウスオブナイト)は特定の対象へ向かう攻撃を自ら引き受けるものであり、聖騎士パラディンのメルティナが行使した場合、最大で二十名近い対象者を庇うことができる。

 だが、引き寄せた攻撃を無効化できるわけではないため、メルティナはこの場の全員に仕掛けられた呪術を、一人で抱え込んでいる状態だった。

 メルティナは剣を床に突き立てると、そこに体重を預けた。そして、全身を苛む苦痛と戦う。

「今のはなんだ……? 聖き――メルティナ、どうした!?」

 メルティナの特技スキルのおかげで、大司教たちの調子は元に戻ったようだった。彼らが騒然とする中、バルナークはメルティナの肩を両手で掴む。

騎士の誓い(オウスオブナイト)を使ったな。せめて俺の分だけでも解除しろ」

「一番……聞けない命令……です」

 笑顔を見せたつもりだったが、彼にはどう見えただろうか。余裕のないメルティナの思考に、そんな思いが束の間浮かぶ。

 そして。

「――おや? これはどうしたことだ。苦しんでいるのが一人だけとは……」

 場にそぐわない爽やかな笑顔を浮かべて、一人の青年が姿を現した。

「何者だ!」

「この厳重な警備をどうやって……!?」

 最高幹部たちの突き刺さるような視線を浴びてもなお、男の表情に変化はなかった。

「厳重な警備、ねえ……」

 小馬鹿にした様子で鼻を鳴らす。その様子に場の全員が色めき立つが、相変わらず気にした様子はなかった。

「まあ、そんなことはどうでもいい。私は君たちに用事があってね。君たちオルファス教が祀っている宝具の幾つかを、しばらく貸してほしいのだよ」

「宝具を?」

「罰当たりな……」

「――嫌ならそれでも構わない。多少面倒だが、この教会のどこかに祀られているのだろう? この教会の人間が全滅する前に、誰かが話す気になればよいが」

 彼らの声を遮って、男は楽しそうに口を開く。その意味するところに気付いて、大司教たちの顔が青くなった。
 先程の攻撃がこの男のものだとするなら、まず勝ち目はない。それは明らかだった。その上でどう対応するか。

「うっ……」

 割れるように痛む頭で事態を見守っていたメルティナは、ついに膝をつく。バルナーク大司教が肩を掴んでいるはずだが、もはやその感覚もなかった。

「バ……ナ…ク…さま……」

 そのまま、彼女の意識は暗闇へと沈んでいった。



 ―――――――――――――――――



「メルティナが重体って……何があったんだ!?」

 にわかには信じがたいミュスカの言葉を聞いて、俺の中にまず生まれたのは疑問だった。なんといっても聖騎士パラディン固有職ジョブ持ちだし、万が一大怪我をしたとしても、彼女自身が治癒魔法を使えるのだから後に引きずることはないはずだ。

「それが、強力な呪いによるものだそうです。誰も解呪できないみたいで……」

「呪い?」

「教皇会議をしていたミスティム公国の教会に、侵入者があったみたいで、その侵入者が……」

「教皇会議って、教会派の最高幹部による会議だよな? それが襲撃されたのか」

「よっぽどの腕利きね。それに、あの教会派に正面切って喧嘩を売るなんて自信家でもありそうね」

 どんな奴が犯人なのか、いまいち想像がつかないな。犯人像を必死に思い描いていると、ミュスカが不安げに俺を見つめる。

「わたしはどうしたら……」

「うーん……手紙にはなんて書いてあったんだ? ミスティム公国へ来いって命令とかは?」

 まだ気が動転しているミュスカを落ち着かせるように、俺は努めて優しい声色で話しかける。

「いえ……手紙にはなんの命令もありませんでした。メルティナさんには、最初は公国の治癒師ヒーラーが、今はファメラさんがずっと付いていて、体力の回復だけはなんとかしているみたいです……」

 ファメラと言うと、ミュスカと同じ治癒師ヒーラーの『聖女』だったっけ。なら最悪の事態にはならないか。

「指示がないなら、今まで通りにやっていくしかないんじゃないか? ……もちろんメルティナは心配だが、もう一人の治癒師ヒーラーが付いているんだろう?」

「はい、ファメラさんは立派な治癒師ヒーラーですから……」

「じゃあ、そこは任せるしかないな。他にできることと言えば……解呪の方法を探すことくらいか?」

「あ……!」

 俺がそう呟くと、ミュスカは目を見開いた。適当に言っただけだから、あんまり真剣に受け止めないでほしいんだが……そう言える雰囲気じゃないな。

「カナメ君、ありがとうございます……頑張ってみます……!」

 けどまあ、ミュスカが前向きになったことだし、別にいいか。前と同じくミルティに相談することになりそうだから、俺からも彼女に頼んでおこう。

 岩蜥蜴ロックリザードの討伐遠征のことを思い出しながら、俺は今日の予定を変更した。






「おお、貴方が名高い転職ジョブチェンジの神子殿ですか。お噂は聞いておりますぞ」

「初めまして、クルシス神殿ルノール分神殿にて神殿長代理を務めておりますカナメ・モリモトと申します」

 とある朝。ルノール分神殿の神殿長室は、かつてない緊張感に包まれていた。

 目の前に座っているのは、帝国教会の最高幹部であるマルテウス大司教だ。次期総大司教とも言われている重要人物が、わざわざこの辺境を訪れた理由は一つしかない。

「なんでも、辺境における統督教の在り方についてご提案があるとか?」

 早速とばかりに問いかけると、彼は穏やかな表情で頷いた。まだ五十代半ばだと聞いているが、その瞳はエネルギーに満ち溢れていた。

「左様です。この辺境の地は、今や大陸中が注目する新興国家……いえ、都市群ですからな。統督教としても軽く扱うわけにはいきません」

「この辺境に住まう者として、マルテウス大司教がそう仰ってくださったことをとても嬉しく思います。すでにこの地には他の主だった神殿が建立される予定になっておりますし、教会も建設予定地を確保なさったご様子。
 ……今まで未開の地として扱われていたこの地を、同胞とともに支えていけるかと思うと心強い限りです」

 俺はちくりと皮肉を交える。辺境が発展する前から神殿を構えていたのはクルシス神殿であり、その発展に一役買っていたという自負もある。
 たしかに相手は統督教の最大勢力だが、そこは釘を刺しておく必要があった。

「おお、もちろんカナメ神殿長代理やクルシス神殿を無下に扱うつもりはありません。これまでの経緯はよく存じております。()()()()()()()()()()()、この地を盛り立ててきたという自負もおありでしょう」

「恐縮です。それぞれが、各々の領分で力を尽くした結果でしょうね」

 きっちり皮肉を返してくる大司教に、俺は聖職者然とした微笑みを向けた。プロメト神殿長と協議済みとは言え、大物を相手にするのは本当に胃が痛いなぁ。

 俺の言葉を受けて、マルテウス大司教はにっこりと笑顔を見せた。好印象だったのか悪印象だったのか分からないが、なんらかの評価が行われたらしい。

「なればこそ、この辺境を後からやって来た宗派に荒らされるのは好ましくありますまい」

「同胞の節度ある布教活動を妨げるつもりはありません。辺境の人々が、自ら信仰する神を選択するべきだと考えています」

「ほう……。であれば、尚更私の話を聞いて頂いたほうがよろしいでしょうな。カナメ神殿長代理であれば、もう用件はお分かりでしょうが……」

 そう言うと、彼はわざとらしく咳ばらいを一つ入れる。

「このルノールの街に建立する教会には、帝国教会から人員を派遣します。そのためにも、カナメ神殿長代理のお力添えをお願いしたい」

 やっぱりか。正直に言えば、勢力争いに巻き込まないでくれ、というのが正直なところだ。
 ミュスカやメルティナのこともあるし、王都にいたから王国教会には馴染もある。わざわざ帝国教会のためにひと肌脱ぐつもりにはなれないのだが……。

「バルナーク大司教は優秀な神官ですが、いささか強引に過ぎるところがありますからな。辺境で大きな勢力を誇っているクルシス神殿に対して、あまりいい顔をしないでしょう。
 先だって、戦争被害者の救済と称して『聖女』たちを派遣したようですが、それもクルシス神殿に取って代わろうという野心あってのこと」

 マルテウス大司教は自信たっぷりにそう語った。まあ、バルナーク大司教が強引な性格なのは分からないでもないけど、そんな野心家には見えないような……。なんというか、自分の信念を貫く人に思える。

「ですが、帝国教会は違います。この地を支えてきたクルシス神殿は尊重されてしかるべきですし、それに取って代わろうなどとは考えていません。この地は帝国とは距離が離れていますから、そもそも干渉することも困難ですしな」

 それは一理あった。なんと言っても、物理的な距離というものは重要な意味を持つ。

「それに、こう言ってはなんですが、帝国教会の懐事情は悪くありません。この辺境の地は何かと物入りでしょう?」

「それは興味深いお話ですね」

 マルテウス大司教は次々と帝国教会が入った場合のメリットを並べていく。その流れるようなセールストークは神官っぽくはないが、彼らの地位にあれば必要なものだ。

 そして、飴の中にわずかに鞭を混ぜてくるのもそういった技能の一つなのだろう。

「――ところで、カナメ神殿長代理はご存知ですかな? 実は、王国教会の『転職ジョブチェンジの聖女』が帝国教会に所属を変わりまして」

「そうなのですか? 同じ能力を持つ仲間としてお会いしてみたいと思っていたのですが、帝国教会に移籍なさったとは知りませんでした」

 俺は目を見開いて、驚いているように見せかけた。おそらく、それは教会派の機密情報のはずだ。ミュスカが教えてくれなければ俺も不意を打たれていただろうし、そうなれば冷静ではいられなかったかもしれない。

 王国教会の所属とは言え、さすがに教会の『聖女』がクルシス神殿に情報を漏えいしたとは思わないだろうからなぁ。……と言うか今更だけど、ミュスカはこの件をバラしちゃまずかったんじゃ……?

「彼女をどの教会に配置するかは未定ですが、貴重な能力ですからな。国境を越えて、各国を巡回することも考えています。どのような形であれ、神殿長代理のように能力を存分に発揮してもらいたいものです」

 つまり、この辺境に『転職ジョブチェンジの聖女』を派遣して、クルシス神殿の転職ジョブチェンジ事業を妨げることもできるよと、そう言いたいわけか。

 彼女が王国教会にいる間は、教会への貢献度と超高額のお布施をもらっていたという過去に縛られて、積極的な転職ジョブチェンジ事業には取り組めなかったようだけど、それも帝国教会へ移籍すれば素知らぬ顔ができるというわけだ。

「それは素晴らしいことですね。遠方にお住いの方々は、この地へ来るだけでも大変でしょうから」

 だが、教会派の最高幹部ともあろう人物が、俺という商売敵のいる辺境に『転職ジョブチェンジの聖女』を配置するはずがない。お互いの利益を食い合うだけだし、それなら素直に帝国で転職ジョブチェンジ事業をやっていたほうが儲かるだろう。

「……カナメ神殿長代理はしっかりしておられますな。その若さで神殿を一つ任されるだけのことはある」

「恐れ入ります。とは言え、転職ジョブチェンジ能力がなければ、私は一介の若造に過ぎません。思い上がらず、誠実にクルシス様にお仕えしていくのみです」

 俺は聖職者スマイルを浮かべながら、模範的と思われる回答に終始する。教会派最高幹部とのやり取りなんて、正面から受け止めるには荷が重すぎる。

 彼がクルシス神殿を去るまでには、まだ数刻の時が必要だった。






「それで、結局どうなったの?」

「どうもしないさ。無理やり王国教会の肩を持つ気はないが、わざわざ帝国教会に肩入れする理由もない」

 クルネの問いかけに、俺は肩をすくめてみせた。

 粘りに粘ったマルテウス大司教との話し合いが終わった頃には、もうすっかり辺りは暗くなっていた。大司教の姿が見えなくなったことを確認すると、俺は神殿の門を閉じる。

「……そうだ。クルネ、ボーザムさんの宿屋に行かないか? 新しいメニューを試してくれって言われてたんだ」

「そうなの? 今度はどんな料理かな」

「なんでも、遺跡に棲みつき始めたモンスターを仕入れてみたらしい」

「それって……この前みたいに魔工巨人ゴーレムの破片が混ざってたりしないわよね?」

 そんな会話をしながら、門に閂をかけていた時だった。神殿の門がゴンゴン、とノックされる。

 俺はクルネと視線を合わせると、二人して首を傾げる。こんな時間になんだろうか。急用にしては慌てた様子のないノック音だったが……。

「一応開けてみるか」

「いいの?」

「急用だったら悪いしな。それに、クルネがいるんだから身の危険はないだろう」

 そう言うと、俺は閂をゆっくり抜いた。そして、クルネが僅かに開いた門の隙間から向こうの様子を窺う。

「どなたですか? 本日のクルシス神殿の受付時間は過ぎてしまっていて……」

 クルネは控えめな口調で告げる。すると、返ってきたのは思いがけない人物の声だった。

「時間外にすみません。知り合いが門を閉めるところを見かけたものですから……僕の名前はフレディ・ステアリーク。ダール神殿の神官で、カナメ君の学友です」

 今日の夕食は、三人で食べることになりそうだった。



「久しぶりだな、フレディ。合同神殿祭以来だから……二年ぶりくらいか?」

 神学校時代の学友にして、現在は光と秩序を司るダール神殿の神官であるフレディは、二年経った今も俺の記憶のままだった。

 フレディを夕食に誘うと二つ返事で乗って来たため、俺たちはボーザムさんの宿屋に向かいながら話をしていた。

「そうだね、もうそんなに経ったのかと思うと感慨深いよ。……あの時は、君が転職ジョブチェンジの神子だなんて思いもしなかったけどね」

「それは、なんと言うか……」

「ああ、責めているわけじゃないんだよ。能力の性質を考えると、正体を隠すのは当然のことだ。僕がカナメ君の立場でもそうしただろう」

 フレディは穏やかに笑う。その顔を見ていた俺は、真っ先にするべき質問をしていないことに気が付いた。

「ところで、どうしてルノールへ来たんだ?」

 フレディは王都のダール本神殿に務めていたはずだ。わざわざ辺境まで来たということは、なんらかの仕事なのだろうが……。

「あれ? カナメ君は聞いていないのかい? ダール神殿もルノールの街に神殿を建立する予定なんだ」

「ああ、それは知っているが……」

 これでも神殿長代理だからな。さすがにそっち系の情報収集に抜かりはない。

「その関係で、僕は一足先に赴任してきたんだよ。神殿建立の下準備もあるしね」

「それはまた、予想外だな……」

 そう答えると、フレディは軽く苦笑を浮かべた。

「どうせなら、驚くよりも喜んでほしいところだけどね。そう言えば、この街にはコルネリオ君とセレーネさんもいるんだっけ? 同窓会ができそうだね」

「ああ。今はミュスカもいるしな」

「ミュスカさんも? ……ああ、そういうことか。彼女も大変だね……」

 相変わらずフレディはそっち方面の勘が鋭いようだった。さすが、ダール神殿の名家の出だけのことはあるな。

「そして、さっきは帝国教会の大司教が来てた」

「ご愁傷さまとしか言いようがないね……」

 そんな話をしながら俺たちは街中を歩く。そして、目的地であるボーザムさんの宿屋がその姿を現した頃だった。

「……ん?」

 ふと、建物の陰から俺を見つめる視線に気付く。三十歳くらいだろうか。どこか面白がっているような、不思議な表情を浮かべている。

 俺が気付いたことに向こうも気付いたのか、彼はゆっくり建物の陰から出てくる。そして、少し芝居がかった動作で手を上げた。

「――こんばんは、神子様」

「こんばんは。……失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

 俺がそう尋ねれば、クルネがさりげなく前に出る。それを気にした様子もなく、男は口を開いた。

「いえ、お目にかかるのは初めてです。ですが、神子様は有名ですからね」

 その言葉には一理あった。それなりに有名人になったせいで、俺の容貌は広く知られている。そもそも黒目黒髪が珍しいこともあって、俺を特定するのは容易だろう。

「それは恐縮です。……もしよろしければ、お名前をお伺いしても?」

「これは失礼致しました、私はアレクシスと申します。旅を生業としている者ですが、辺境で大きな遺跡が見つかったという噂を聞きまして、こうして立ち寄った次第です」

 そう名乗ると、彼は軽く一礼する。

「そうですか、ようこそ辺境へお出でくださいました。遺跡の噂を聞いてこの地へ足を向けたということは、遺跡にご興味がおありなのですか?」

「ええ、非常に興味があります。……聞くところによれば、神子様も遺跡に行かれたことがおありだとか。一体どのようなところだったのでしょうか?」

「そうですね……高層建造物がたくさんあって、この世界のものとは思えませんでした」

 しばらく考え込んだ後、俺はそれだけを説明した。あの光景をこの世界の人に説明するのは非常に難しい。エリザ博士が遺跡の全景図をスケッチしていたが、実際に遺跡に足を踏み入れた人間以外はほとんど信じなかったくらいだ。

「とても保存状態がいい遺跡だと聞きましたが……」

「私は他の遺跡を存じませんが、同行した学者の話ではそのようですね」

 そう答えると、彼の目が輝いた。この人、まさかエリザ博士と同じタイプじゃないだろうな。やけに遺跡の話に食いつく気がする。

「あの……念のために申し上げておきますが、遺跡は非常に危険です。そのため、遺跡の探索は評議会主導の下、定期的に専門家によって行われていますので、今の段階では一般の方の立ち入りは禁止されているはずですが……」

 俺がそう説明すると、アレクシスは心得ているとばかりに頷いた。

「それは残念です。……神子様のお力で私を探索隊に加えてもらうわけにはいきませんか?」

「私は一介の神官に過ぎませんから、なんとも……。その辺りはクリストフ評議員が取り仕切っているはずですが、特別枠を設けるほど余裕はなさそうですね」

「そうですか……分かりました、ありがとうございます」

 アレクシスは今度こそ諦めたようだった。俺たちは、意気消沈したようにトボトボと歩く彼の後ろ姿を見送る。

 そして、その姿がすっかり小さくなり、声が聞こえない距離に遠ざかったタイミングで、俺はクルネとフレディに小さな声で囁く。

「……すまないが、夕食の前に寄り道をしてもいいか?」

「え? 突然どうしたの?」

「僕は構わないよ。どこへ行くんだい?」

 尋ねるフレディに、さらにトーンを落とした声で答える。

「目的地は変わらないかな。これから行く宿屋に、知り合いの冒険者パーティーがいるんだ」

 その言葉でクルネはピンと来たようだった。なんせ、あの宿屋にはアルミードたちが泊まっているのだから。そして、俺はその目的を口にする。

「――ノクトにあの男を尾行してもらう」

「カナメ、それって……」

 察しがついたのだろう。真剣な表情を浮かべるクルネに俺は頷いて見せる。

「ただの旅人だとは思えない。俺の取り越し苦労ならいいんだが……」

 けど、嫌な予感は大抵当たるんだよな。俺は溜息をつくと、苦々しい思いで夜空を見上げた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ