表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/277

購入者

 あれから、暫くカエル人間は結界を殴り続けていたが、どうにもならない事を悟ったようで、渋々といった感じで立ち去っていった。

 何とか助かったのはいいが……確認しておこうか。


《自動販売機

 耐久力 65/100

 頑丈  10

 筋力   0

 素早さ  0

 器用さ  0

 魔力   0

 PT 346

 〈機能〉保冷 保温 

 〈加護〉結界 》


 ポイントがごっそり減っている。〈結界〉のおかげで助かったのは確かだが、燃費が悪すぎる。また魔物に襲われたら、撃退できるかどうかも怪しいぞ。

 これ、本格的にやばいよな。耐久力も減っているし、自動販売機のボディーが見るも無残な姿に。ポイントは貴重だが、このまま放置して壊れても困る。直しておこうか。

 ポイントを35消費して全快したから、残り311ポイント。一日で24消費するから、何もしなければ十日以上持つけど、このまま購入者が現れなければ、機能停止待ったなしか。そうなったら俺は死ぬのかな……だとしたら、あまりにも悲惨な新しい人生――自動販売機生過ぎるだろ。

 まずは、人間か人間並みの知能を持った魔物と出会いたいが、待つしかないよな。これ以上ポイントを消費するわけにはいかないし。待つしかない……誰かが現れるのを。





 あれから三日過ぎた。人間は現れず、遠くからこっちを見つめるカエル人間を、何度か目撃したぐらいだ。

 刻一刻と自分の死が迫る感覚に身が震える代わりに、ウィーンと自動販売機が音を立てる。緊張感が霧散するな。

 はぁー、死ぬ前に一度自動販売機として物を売りたかった。折角、生まれ変わったのだから、それらしいことを一度ぐらいしたかったのだが。


「も、もう駄目、お腹が空きすぎて力が出ない……はああ、何でうちっていつもこうなんだろう……」


 ひ、人の声だ! 神は我を見捨てなかったのかっ!

 女性の落ち込んだような声だったが、たぶん若い女性だよな今の声は。何処だ、何処から聞こえてきた!?

 言葉が通じるのかと言う疑問がずっとあったが、相手の言葉は理解できたということは、こっちの呼びかけも通じる筈だ。異世界なのに日本語が通じるとかツッコミどころは山ほどあるが、そんなもの今はどうでもいい。

 こちとら命が懸かっているんだ。


「一緒にチームを組んでいた人にも見捨てられて……怪力の加護があっても、こんなにどんくさかったら、意味ないよね……」


 声が聞き取りやすくなってきているということは、こっちに向かって来ているってことだよな。切実に追い込まれている感じが伝わってくる悲壮な声をしている。仲間に見捨てられたのか。カエル人間がうじゃうじゃいるところで、それって致命的なんじゃ。


「食料の入った鞄も逃げる際に落としたし……お腹と背中がくっつくよ……もう、最悪……おかん、おとん、うち、もうあかんわぁ」


 泣きが入った。呟く声も後半は関西弁のような訛りが混ざっていたな。田舎から出て来て夢破れた感がひしひしと伝わってくる。

 でも、こんな魔物がいる場所に、そもそも何しに来たんだ。旅の途中か、それとも町や村が近くにあるのかな。


「ハンターなんて、うちには、無理やったんや。ごめんなぁ、おかん、おとう」


 ハンターって何だ。狩人ってことなら猟師なのかな。某ゲームなら魔物を狩る職業な感じだが、カエル人間がうろつくような世界だ。そっちの可能性も捨てがたい。


「食べるもんもないし、どないしたらええんよ。蛙人魔を倒して肉を……あかん、うち一人じゃ攻撃があたらへんし、お腹空いて力でえへん」


 怪力の加護を持っていると口にしていたから、力は自信があるけど武器の扱いが下手ということなのだろうか。器用さ低そうだな。

 荷物が無いって事はお金が無い可能性が高いな。う、うーん、まだわからないけど、期待感が凄く薄れている。


「へっ、あれはなんや? 石碑? にしては鉄っぽくあらへん?」


 おっ、俺に気づいたか。声からしてかなり近いようだが、裏側だからどんな相手かわからないんだよな。前に回ってくるんだ。

 俺が念を飛ばしていると、その効き目があったのかどうかは不明だが、裏から回り込んできた女性が姿を現した。


「な、なんやこれ。綺麗な形してるんやけど。ガラスの向こうにあんのは、飲み物?」


 小首を傾げているのは小柄な女性だった。金色の髪を横で纏めているな、サイドポニーと言うのだったか、この髪形。

 身長は160にも満たない感じで、目が大きく鼻筋が通っているが、綺麗と言うよりは可愛らしい。アイドルにでもなったら、人気沸騰しそうな愛らしさがある。

 おどおどとしていて涙目なのが、保護欲をそそる。って、俺は変態か。ま、まあ、そんなことより、この子の格好が目を引く。


 靴は登山用のブーツのような感じで、黒いタイツと青い短パン。ここまでは理解できるし、違和感もない。だが上半身が妙なのだ。

 警察官が危険な現場で着ている袖のない革製の防弾チョッキ……いや、革鎧だよなこれ。肩パットみたいなのがあるし。頑丈そうな手袋も装着している。

 何と言うかファンタジーっぽい格好だ。頭のてっぺんから足先まで観察してみると、腰のベルトに小さな袋が取りつけられている。あれって、貴重品やお金が入ってそうだが。


「お水あるけど、これどうやって取り出すんかな。文字っぽいの書いてるんやけど、読まれへん」


 言葉は理解できても文字は通用しないのか。となると、購入以前の問題になる。何とか誘導するしかないか。


「このガラス壊したらとれるんかな。でも、そんなんして壊したらもったいないしアカンよな」


「いらっしゃいませ」


「な、なんや、今の声どっからしたんや!?」


 きょろきょろしているな。怯えながら警戒する姿がちょっと可愛らしい。

 さて、ここで逃げられたら元も子もない。一気に畳みかけてみよう。


「こうかをとうにゅうしてください」


「へう! この鉄の箱が話したの? 硬貨、お金ってこと?」


 その疑問に答えてあげたいが、生憎、決められた言葉しか話せない。

 申し訳ないが自力で察してくれ、頼む。こっちも今後の生存が懸かっているんだ。


「え、えと、硬貨って銅貨でもいいのかな、あ、でも流石に青銅貨……銀貨ぐらいじゃないと、もしかして金貨……そんな高価な硬貨は無いし」


 この世界の通貨は銅貨、青銅貨、銀貨、金貨って感じなのか。更に上もありそうだが。まあ、それが日本円に換算して幾らなのか不明だけど。イメージだと銅貨が10円ぐらいなのだろうか。


「投入って、お金入れられそうなのって、この細い穴と透明の蓋がある四角い凹みかな」


 この子は警戒心が薄いのか純粋なのか。こんなシチュエーションでビビりながらもお金を入れようとしてくれている。この性格だと荒っぽい生活には向いて無さそうだ。初めての客としては、ありがたいけど。

 そうそう、そっちの細い穴に入れるんだ、オーライ、オーライ、そのままゴー!

 カランと硬貨の転がる音が体内に響き、異物が入ったことがわかる。さあ、銅貨らしいがこれでポイントが入れば……。


《硬貨が異なります。機能で硬貨変化を取得すれば対応できます》


 マジか。そういや、あったなそんなの。ちょ、ちょっと待ってくれよ。ええとここら辺に、あったあった! ポイント消費は100なら足りる!


「あれ、やっぱり銅貨じゃダメだったのかな。え、何か数字が表示されている……10? えっと、銅貨一つで10増えるってことは、商品の下の数字が関係しているのかな1000って書いてあるから……うっ銀貨一枚なんだ。これだけあったら晩御飯食べられるんやけど……」


 あれ? 通貨変更したら値段表示も変化したのか。日本円だと銅貨一枚で10円ってことなのか。銀貨が1000円でコーンスープとミルクティーが購入できる値段になる。あれ、なら値段100のままでいいんじゃ。ど、どうやって変更すればいいんだろう。


「で、でも背に腹は代えられないよね。お腹空いているし。ここで死んだらお金なんて意味ないんだし。よ、よーーし、いくでえ!」


 この娘、興奮したり落ち着きがなくなると方言が出るみたいだ。

 銀貨が体内に投入されて、かっと体が燃え上がるような興奮が全身を駆け巡る。よし、金額は満たされた。さあ、商品を選んでくれ!


「この出っ張りの光っているのが買えるってことだよね……じゃ、じゃあ、ええと、スープの絵が描いているのにしようかな」


 言葉が通じないとなると内容が一目でわかる商品の方が良さそうだな。ちゃんと覚えておこう。

 震える指がコーンスープのボタンを押し、取り出し口にコーンスープを落した。


「わっ、なんやいまの!? 下の方から音がしたんやけど」


 そーっと怯えながら取り出し口を覗き込んでいる。

 そうそう、それが正解だから。さあ、勇気を出して取り出してくれ。


「手を突っ込まんとあかんのかな。入れたら食われるとかせんよね?」


 しないしない。だから、早く取ってくれ。このコーンスープは俺のおすすめのメーカーだから。味もさることながら、缶の仕様が気に入っているんだよ。

 コーンスープの缶で誰もが経験する、コーンの粒が残るあの現象。あれを無くすために、ここのメーカーは考え抜いて一つの結論に達したのだ。

 飲み口を大きくするというのは他のメーカーもやっていた。だが、ここはプルタブ缶ではなく、ボトル缶をいち早く採用した。更に飲み口を大きくしたことにより、コーンを余すことなく頂けるようになった。あのイライラから解消されたのだ。


「あ、取れた。すっごく温かい! えと、瓶みたいに蓋を捻ったらいいのかな。えいっ。うわあああ、いい香り」


 そうなんだよ。飲み口が広いから香りが一気に溢れて、鼻孔をくすぐってくる。それが、寒い時期にはもうたまらなくて、何度購入したことか。

 彼女は蓋を開けて、口に当てるとボトル缶を少し傾けた。かっと目が見開き、喉が大きく膨らんだ。


「ふああああぁぁ。おいしいいいいぃ! な、なんやこれ。うちが利用している飯屋とは比べ物にならへん美味しさや!」


 おおっ、一気に飲み干した。口の周りに付着しているコーンスープを舌で舐めとり、至福の表情を浮かべている。くうううっ、何だろうこの嬉しさ。こんなにも喜んでもらえたら、自動販売機冥利に尽きるな。


「はああ、もうなくなってもうた。これがこんなにも美味しいんやから、他のもごっつう美味しいんやろうな。透明なんは水やろうし、ほんなら、あのカップに入っている明るい茶色の飲み物も、やっぱ飲んでみんとあかんよな、うん」


 あ、また銀貨投入してくれた。その後、ミルクティーもかなり気に入ってもらえたようで、更にコーンスープを三つ、水を一つ購入してくれた。

 合計6300円、こっちの硬貨で言うなら銀貨六枚、銅貨三十枚の収入となる。ポイントに換算すると63ポイントも増えた。値段設定は、このままでも充分いけそうだな。

 心と体が満たされ緊張の糸が切れたのか、女ハンターらしい少女が俺に背を預けて眠っている。無防備極まりないが、大切なお客様だ。俺がちゃんと〈結界〉で守るから安心して寝てくれ。

 そう言えば購入後の空き缶や空のペットボトルは消滅しているな。ゴミ対策もばっちりなのか。異世界に優しい自動販売機のようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >合計6300円、こっちの硬貨で言うなら銀貨六枚、銅貨三十枚の収入となる。 駆け出しハンターには痛い出費。
[良い点] 最近読んだものの中で一番面白い(; ・`д・´)/です
[良い点] 漫画から来ました。絵柄が可愛いらしいですね。 [気になる点] 誤字報告が出来なかったのでこちらに書かせていただきました。カランと『効果』の転がる音が体内に響き、は『硬貨』ではないでしょうか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ