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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【7】土曜の朝

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20.カフェの待ち人

 過度な期待は単なる迷惑だ。
 俺はあくまでただの一般市民であって、彼女が言うところの“救世主”になり得たる器じゃない。
 第一、少しずつ“干渉能力”が開花してきたとはいえ自分でしっかりコントロールすることもできないのだ。暴発気味で不安定で、頼りないし自覚もない。こんなやつを頼ろうというのがそもそも間違っている。
 いわゆる“救世主”とやらに必要な実行力や決断力が備わっているわけでもない単なるモブの一人に、あの世界が救えるのか。美桜がいなきゃ何もできない、役立たずだってのに。

 彼女は俺の手を握り、「私の目に狂いはなかった」と口角を上げた。
 潤んだ瞳に、俺は何も言い返すことができなかった。俺はただ困惑の表情を向けるだけ。否定したらきっと悲しんでしまう。
 そう思うなら思わせておいた方がいいのだろうか。
 その方が、二人の微妙な関係を維持できるのだろうか。
 俺の思惑と彼女の思惑は交錯しない。
 “干渉者”という共通事項をどう捉えているのか。お互いの考えがすれ違ったままでも何とか保っている関係。
 この関係が崩れてしまったら彼女はどんな辛い顔を見せてくるのだろうかと思うと、今はとりあえず、彼女の変な期待に応えていくしか選択肢がないのかもしれないと、俺は自分に言い聞かせるしかなかった。


     □■□■□■□■□■□■□■□


「土曜の朝、“あっち”で待ってる。場所は、いつもの小路から見える通りの一本向こう、黄色い看板のある雑居ビル。小さなカフェがあるから、そこで」
 学校からの帰り道、美桜は別れ際にそう言った。
 外はすっかり真っ暗になっていて、街灯の明かりがやわらかく辺りを照らしている。遅くまで部活動を続けている合唱部や吹奏楽部の部室から、まだ少し音と光が漏れていた。
 彼女は丘の上の高級マンションに、俺は坂の下の住宅街に向かう。学校から出て100メートルほど歩いた交差点で、俺たちは二手に分かれた。
 彼女が交際宣言をしてから初めて一緒に校門を出たというのに、この虚しさは何だ。
 いろいろあった一週間が終わり、美桜は何を感じているのだろう。彼女の表情からは特に何も感じ取れない。唯一わかったのは、彼女が俺の“力”を歓迎していること。そして信じ切っていること。
 週末も“向こう”に行かなければならない。
 でも、どうやって?
 “ゲート”でもないところから、俺はどうやって“向こう”に行けばいいんだろう。
 肝心のことを聞きそびれてしまった。
 彼女はきっと待ち続ける。俺が来るまでずっと、黄色い看板のあるビルのカフェとやらで待ち続ける。
 どうしようか。
 そればかり考えて、その日はゆっくりと眠ることができなかった。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 枕元で着信音がひっきりなしに鳴っているので目が覚めた。
 力尽きるように眠ってしまったらしい。ベッドの上で充電器に繋がったままのスマホが転がっている。布団もかけず、枕元の電灯も点いたままだ。
 遮光性の高いカーテンが日光をがっちり遮っていて、今何時なのか全くわからない。
 頭が重い。身体も重い。
 昨日あんなことがあったから、回復が遅いのだ。
「誰だよ」
 ようやく言葉を発するも、寝ぼけたような気の抜けたような自分の声にげんなりする。
 指をぐねぐね動かしてほぐしながら何とかスマホをたぐり寄せ、着信画面を確認して――、一気に目が覚めた。
「美桜だ」
 ガバッと跳ね起き慌てて電話に出る。と、間違って拒否ボタンを押してしまった。ヤバイ。殺される。
 俺は慌てて電話をかけ直し、ついでにベッドから手を伸ばしてカーテンをザッと開けた。
 日が高い。
 何時だ。どんだけ寝てたんだ。
 着信音が数回鳴った後、美桜が電話に出た。
『約束、覚えてる?』
 頭の先からサァーッと血が引いていく。
「えっ、え、あ」
 もはや言葉にもならない。時計を恐る恐る確認……午前、10時、を、過ぎている。
「えっと、あ、あの」
 電話が鳴った時点で気づくべきだった。俺に電話をかけてくるような人物は他に思い当たらないってことに。いや、昨日の夜、余計なことを考えずに寝るべきだった。じゃなくて、目覚ましをしっかり付けておくべきで。
『カフェに行ってから随分経ったんだけど。凌、あなた、寝てたわね』
「あ、いや、その」
 寝てたけれども。
『あんまり遅いから、一旦“こっち”に戻ってきたのよ。どうしたの。まさか、来られないとか?』
 美桜は明らかに怒っていた。いつものツンツン度合いが更に増し、言葉のトゲがグサグサと突き刺さってくる。
「い、行きます行きます、行かせていただきます!」
 美桜の顔が目に浮かぶ。
 怒らせたらどうなるのかわかっていて、俺はぐっすり寝てしまったのだ。
 ……失態だ。完全なる失態だ。
 “ゲート”以外の場所からの飛び方も知らないのに、俺は勢いで『行く』と宣言してしまうし、どうしたらいいのか。ああ、また自分を無駄に追い込んでしまった。
『少しだけ待ってあげるから。いい? 遅くとも10時半にはレグル入りするのよ? わかった? 私だって暇じゃないの。“向こう”でも、やらなければいけないことがたくさんあるし、人も待たせてるのよ』
 そ……そんな、人を待たせてるなんて、誰かと待ち合わせしてるなんて、俺は聞いてない。またか。また俺の都合や体力関係なく、勝手に話を。
『朝ご飯ゆっくり食べてる場合じゃないから。そんなに食べたいなら“向こう”のカフェで奢るから、さっさと支度して。集中するのにまた時間がかかるんでしょ』
 そ、そりゃそうだけど。
 確かに飛ぶのに時間はかかるけど。朝飯まで全否定かよ。
『少しでも遅れたら……、わかってるわよね?』
「わわ、わかってるよ。身なり整えたら向かうから」
 ――最悪な目覚めだ。
 電話を切った後もしばらく変な震えが止まらなかった。
 どうしよう。
 洗面所に行って、ついでにリビングを覗くと、俺の分の朝飯がダイニングテーブルの上で待っていた。早く食ってくれと言わんばかりの覚めた朝飯。土日の朝はパンと決まっていた。ハムエッグとサラダ。食いたいが、ゆっくり食っていたら美桜に怒鳴られるのだろうか。パンは……仕方ないにしても、せめてハムエッグぐらい食べておかないと。
 家族はとうに仕事に出かけたらしく、人影もない。いつもの週末。
 違うのは俺だけだ。
 美桜に振り回され、自分の時間も持てない。と言っても、元々大した趣味もなく休日でも家ん中でゴロゴロしているだけなのだが。
 ソースをかけたハムエッグを口にぶっ込んで、冷蔵庫から取り出した牛乳で流し込む。残念だがコレで俺の朝飯は終了だ。急いで着替えて“あっち”に行かなくちゃならない。
 部屋に戻りながら、どうしようどうしようとまた悶々と考えていると、再び電話が鳴った。
「もしも」
『凌、支度してる?』
「はひ」
 案の定、美桜だった。俺は口の中でもぐもぐさせていたハムの欠片をグッと飲み込んで、やっとこさ返事した。
『肝心なこと忘れてた。よく考えてみたらあなた、“ゲート”以外で飛んだこと、なかったのよね』
「そ、そうだけど」
 よかった。やっと思い出してくれた。
 多少暴走気味な美桜に、俺が自分のことまで考えて欲しいなんて言えるはずもなく。心のどこかで、彼女自身が気づいてアドバイスしてくれることを待っていたのだ。
『右腕の刻印を、左手でゆっくりとさすりながら、目を瞑って、“レグルノーラ”へ飛ぶ感覚を思い出して。“ゲート”じゃない分、ちょっと時間はかかるかもしれないけど、何もしないよりは早く飛べると思うわ。コレを毎日続けていれば、いずれその場所が新たな“ゲート”になる。わかった?』
「あ、ああ」
『じゃ、待ってるわね』
 ブチッと回線が切れた。
 いつもながら一方的だ。相手の都合など全くお構いなし。それが“芳野美桜”なのだが。
 ベッドの上にスマホを放り投げ、無難な服に着替える。“向こう”で何をするのかさっぱりわからないが、動きやすい服装の方がいいだろう。結局Tシャツにジーンズぐらいしか思い浮かばず、我ながらセンスの悪さに愕然とする。
 が、迷ってる場合じゃない。
 時計の針は刻々と進んでいて、美桜の言うリミットに迫っていく。
 果たしてどれほど集中できるのか、やってみないとわからない。
 本当に“ゲート”じゃないところから、“あっち”に飛べるのだろうか。
 勉強机に向かい、椅子に座って右腕を見る。“干渉者”にしか見ることができないという“刻印”。さっきの話が本当だとすると、美桜は、単に嫌がらせのためにコレを刻んだわけではなさそうだ。
 もしかしたら、美桜自身にも“刻印”があるのだろうか。腕や足にはそんなもの、見当たらなかったが――、胴体、なんてことは。
 そこまで考えて、俺は首を横に振った。
 危うく美桜の裸を想像してしまうところだった。彼女をそういう対象として見てはいけない。考え出したら歯止めがきかなくなってしまう。
 美桜はあくまで“干渉者仲間”。二人の距離はこれ以上縮まらない。今の状態を保ち続けることがお互いにとって一番いいんだって、何度も言い聞かせてきたじゃないか。
 ――集中、しろ。
 “裏の世界”に沈むんだ。深く……深く。
 目を閉じて意識を沈ませ、身体の力を抜く。
 大丈夫、いつもやっていることだ。授業中だってできるようになってきたんだから、“ゲート”以外の場所でだってできるはず。
 美桜が近くにいなくったって――、“力”は発揮できた。
 彼女曰く、俺はどうやら『覚醒した』らしいのだから、今までできなかったことだって少しは――。
 ゆっくり息を吐いて呼吸を整える。
 “向こう”に行くのは、眠るときと感覚が似ている。ただ確実に違うのは、意識を沈めた先で、自分の思う通りに動けるかどうか。
 摩天楼と薄暗い森、それから、果てしない砂漠。竜と魔物。“こっち”じゃ見たことのないようなテクノロジーで動く乗り物に、不思議な服装の住人たち。外見は様々だけど、何故かみんな共通の言語で喋っていて、俺もそれを理解する。奇妙な文字列、魔法、武器。
 最初は夢の一部にしか思えなかったそれらは、いつの間にか俺の生活の一部になりつつある。
 無理やりとはいえ、美桜に導かれ、自分の力でたどり着けるようになったそこへ、俺は今日も行かなければならないのだ――。


    □■□■□■□■□■□■□■□


 路地だ。
 薄暗い、いつもの路地。相変わらず清潔感の全くない、狭い路地。
 美桜と“ダークアイ”に襲われてから何度かこっちに飛んできたが、あれからねっとりした黒色の物体には、幸い遭遇していない。
 やはり、俺と美桜が一緒にいるところを見計らって攻撃を仕かけていたのだろうか。それとも、授業中に飛ぶようになってこっちの行動を予測できなくなったのだろうか。
 どっちにしろ、あまり会いたい相手じゃない。
 俺はふぅと胸をなで下ろした。
 とりあえずのところ、何とか“レグルノーラ”に来ることはできたらしい。あとは待ち合わせのカフェとやらを探すだけ。
『場所は、いつもの小路から見える通りの一本向こう、黄色い看板のある雑居ビル。小さなカフェがあるから、そこで』
 路地を抜け、大通りに出る。左右確認し、変なモノがいないか確認する。
 レグルノーラでは常態的に魔物があちこちで出現している。いつぞやのように、飛んできていきなり魔物と遭遇することも、珍しくない。
 いつだったかジークの所に行ったとき、『“行動パターン”には規則性はない』『“干渉パターン”“魔物の種類と攻撃のパターン”にも特に規則性はない』と言われたのを思い出す。“こっち”に来たからには、常に警戒しておかなければならないと、そういうことだ。
 街に“ダークアイ”が出現するようになってからは、人通りが少なくなった。出会う人と言えば、武装した市民部隊の誰かや、被害調査に当たる書類を抱えた役人ばかり。この辺に住んでる一般市民は、部隊の先導で森の近くにキャンプを張って避難しているらしい。
 こんな危険なところで経営しているカフェって……、本当に、あるのだろうか。
 大通りを右手に進んで信号を渡り、ブロック一つ分進んだあと左に折れる。美桜の言うカフェとやらはこの辺にあるはずだ。
 黄色い看板なんて、目印になりそうでならなさそうな。かといって、レグルの文字を完璧に読めない俺にはそのくらいしか説明のしようがなかったのだろうが。
 曇天模様の空からは、今にも雨が降り出しそうだった。分厚く広がった空の下を、翼竜が何頭か飛び交っている。竜がいるってことは、今のところ“ダークアイ”やその他の魔物がどこかで暴れてる事実はないってこと。何となく、俺にもここの状況が掴めてきた。
 小さな商店が入ったビルや古びたアパートが並ぶ通りの両側を、躍起になって探す。黄色い看板。形くらい教えてくれれば良かったのに。
 と、鼻の奥まで届くいい匂いがしてくる。珈琲に似た香り。――カフェ。
 頭を上げると、軒下に黄色い四角形の看板が。カップとスプーン、フォークのシルエットが黒で描かれている。
 ここだ。
 俺はようやくそれらしき建物にたどり着き、木製のドアをゆっくりと開けた。
 カランカランとドアベルが鳴る。
 ジャズに似た軽快な音楽が流れる店内には、食べ物の甘い匂いが充満していた。
 腹が鳴る。ハムエッグ一つ切りじゃ当然腹など膨れちゃいない。美桜の言った通り、奢ってもらうのも悪くない。
 白壁に木の柱。薄暗い店内は、間接照明でオレンジ色に照らされている。壁には絵画や押し花が飾ってあって、如何にも美桜が好きそうな洒落た空間だった。
 店内を見回していると、給仕の男性が「お連れ様があちらでお待ちです」と俺を案内する。店の一番奥、壁で仕切られた一角で美桜が手を振っていた。
「良かった。ちゃんと飛べたのね」
 ああと素っ気なく返事して美桜のそばまで行くと、会いたいような会いたくないような人物が一緒に待っていた。
「やぁ、凌。久しぶり」
 イケメンのジークが、にこやかに手を振っている。
「ひ、久しぶり……」
 ちょいと手を上げて挨拶するが、俺は確実に口をひん曲げてしまっていた。
 ジークと言えば、ウチの生徒になりすまして一緒に高校生活を送っているらしい“裏の世界の干渉者”。味方なのは間違いないが、正直苦手な人物だ。
「まぁ、座りなよ」
 何故かジークは、4人がけのテーブルの、よりによって自分の隣に俺を誘導した。そして親しげに腕を俺の肩に回し、
「“覚醒”したそうじゃないか。美桜の予感は間違いなかったってことだね」頭までこすりつけてくる。
 直接会うのは2回目だぞ? なんだこの親密アピールっぷり。悪いが俺にそんな趣味はない。男にスリスリされても全然嬉しくない。苦笑いするのが精一杯だ。
「飲み物はどうする? 朝食まだなのよね、食べ物もあるけど」
 俺の気持ちを察してか偶々か、美桜が俺にメニュー表を差し出したので、ジークはスッと身体を離した。
 ジークの変なテンションにはどうもついて行けない。これがワザとなのか地なのか、気になるとこでもあるが。
「あー……、何がいいかな」
 出されたメニュー表も黄色だった。店主が黄色好きなのだろうか。崩したフォントで、何やら書かれているが……、レグルの字は相変わらず全然わからない。
「冷たい飲み物と、腹にガッツリの飯モノがあればいいんだけど」
 困った挙げ句適当に言うと、美桜はさっきの給仕を呼びメニュー表を指さしてそれなりのモノを注文してくれた。
「お代はジーク持ちだから。気にしないでいいわよ。ね?」
「ま、そういうこと。僕も凌に用があったし」
 右隣でジークがテーブルに肘をつきながら、ニヤニヤと俺の顔を覗いている。
 嫌な予感がする。
 ぞわぞわっと変な悪寒がして、俺はほんの少しだけ白人の茶髪イケメンから遠ざかるよう尻をずらした。
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