挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【23】洞穴の守護竜

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

101/142

101.いざ洞穴へ

「面倒くせぇな」
 ノエルはご機嫌斜めだった。
「思ったことを直ぐに口にするの、止めた方がいいわよ」
 すかさずモニカが口を挟む。
「うるさいなぁ。これでも結構我慢してる方だと思うんだけど。なんでこう、面倒な方向にどんどん転がっていくかなぁ」
 館に戻り気の置けない連中ばかりになると、ノエルの不満は爆発した。リビングのソファに大の字でひっくり返って足をバタバタさせ、頭をブンブン左右に振っている。ストレスが最高潮に達し、抑えきれなくなっているようだ。
「悪いな。付き合わせて」
 申し訳ないと頭を下げたのだが、
「悪いと思っているなら事前に相談するとか、じっくり話してから決めるとか、あるだろうが! 勝手に自分で決めて、その通りに周りが動くのをさも当たり前のように思ってるんだろ? そういう救世主気取りが気に食わないって言ってんの! なんで洞穴なんかに潜らなきゃいけないんだよ。あそこがどんなに危険かわかってんの? 普通の魔物じゃないんだよ? 竜と戦って勝てるわけねぇじゃん! 馬鹿なの?」
 ノエルは身体をぐんと起こして立ち上がり、畳みかけるように俺にくってかかってきた。唾がバンバン飛び、顔にかかりそうになるのを必死に避ける。それがまた彼の怒りを増幅させ、見かねたモニカがノエルの身体を後ろから抱えて引っ込めても、ノエルの勢いは止まらなかった。
「お前は良いよ、竜と同化してるし、いざとなれば自分も竜になってガンガン戦えば良いんだからな。俺とモニカ、同行することになった塔の連中はそうもいかないんだよ。あー、石なんかどうでもいい! 行きたくない行きたくない、行きたくな――い!」
 まるでちびっ子が駄々をこねているようにしか見えない。
 塔にいたときは、『コイツ、本気でかの竜に挑もうとしてる。教えてやってください』なんてカッコイイセリフ吐いておいて、心の内では面倒臭いを連呼していたのだ。
 まぁ、まだ12、3なんだし、仕方ないと言えば仕方ないか。
「そんなに行きたくないなら、ここで留守番してもらっても」
「馬ぁ鹿か! 誰が留守番なんかするか! 馬鹿にしやがって!」
 いよいよ支離滅裂だ。
 これには、部屋の隅で大人しく待機しているメイドのセラとルラも苦笑い。
 けど、ノエルは自分の感情の行き場を失って、とにかく思いの丈をどこかにぶつけなければ我慢がならない様子だった。
「本ッ当ぉ――に碌な人間じゃないな。面倒な方向にどんどん突き進みやがって。塔の魔女の命令じゃなかったら、お前のことなんかとっくに見捨ててるんだからな!」
「わかってる。わかってるって。二人には本当に感謝してる。いろいろと調べてみた結果、かの竜と戦うためにはどうしても竜石が大量に必要だってわかったんだから仕方ないだろ。世界を救う一助になっていると思って、もうしばらく付き合ってくれよ。ノエルの力が必要なんだ」
 パチンと手を合わせて頭を下げ、懇願してみる。
 ノエルは何も言わない。言わずにじっと、俺の方を見ているようだ。
「頼む」もう一声追加して恐る恐る顔を上げると、
「必要、なら……、協力しないこともない」
 吐き出すように呟いたノエルは、心なしか顔を赤らめていた。
 面倒くさいのはどっちの方だよ。思ったが、口には出さなかった。
「で、明日のいつ出発すんだよ」
 気を取り直して尋ねてくるノエル。
「そうだな。夜が明けたら直ぐに出るつもりで。セラとルラも、バタバタするけど準備手伝ってくれるかな」
「かしこまりました」
 双子の声が綺麗に重なって戻って来た。
 彼女らは俺たちのこんなくだらないやりとりさえ、楽しんでいるようだった。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 就寝までのひととき、俺は自室で干渉者協会から借りた本を数冊読みふける。
 洞穴の竜に関する何らかの記述が載っていそうな本をチョイスしたはずだったが、なかなか該当する情報に辿り着かない。竜の生態、種類や能力について書かれた本には≪暗い場所を好んでねぐらにする竜も居る≫とだけ。竜のいる暮らしという本には、野生の竜を能力者でなくても手懐ける方法は載っていたが、それ以上の情報はなかった。
 特別な竜なのだろうなと本を閉じ、眠りに就こうかとベッドへ足を向けると、ふと頭の中に久しぶりの声が響いた。
『本当に洞穴へ向かうのか』
 テラだった。
 俺の身体の中で存在は感じていたけれども、声を出してくるのは久々だ。俺が一方的にテラを拒んでいたのもその一因なのだが。
「ああ。夜が明けたら出発する。竜石が欲しいからな」
 今の俺は俺であって俺じゃない。竜のテラと身体を共有している。
 俺が何をしようとしているかなんてわかりきっているはずなのに、テラはわざと俺に尋ねた。
『竜石で本当にかの竜を封じ込められると思っているのか』
「さぁね。先代がそうしたというんだから、俺もそうするべきだと思ったまで。やってみなければ何もわからない」
『竜石だけではかの竜は倒せない』
「わかってる。魔法をかける。それこそ命を懸けて」
『ディアナは自暴自棄になるなと』
「別の方法があるなら教えてくれ。俺だって死にたくはない」
『何か知っているなら、もうとっくに話している。君の死の恐怖など取るに足らないほど、かの竜の力は強大で凶悪だ。……それより、洞穴へ行くのなら、私はまた、なりを潜めるぞ。力は貸すが、余計なことは一切喋らん』
「なんだよ。ちょっと前までそこで卵になって眠ってたんじゃないのかよ」
『だからこそ、行きたくないと言っているのだ。いいか。“グレイ”には気をつけろ。世界で二番目に凶悪な竜だ。ドレグ・ルゴラの次にな。私はグレイに散々巻き込まれたのだ。今だってこうして――。もう、これ以上は言わん。とにかく気をつけろ。貰うモノを貰ったらさっさと戻れ。そうしないと、更に面倒なことに巻き込まれるぞ』
「どういう意味だよ。オイ。テラ」
 声が聞こえなくなった。
 何だアイツ。
 妙にソワソワしやがって。
 それにしても、『世界で二番目に凶悪』ってどういう……?


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 夜が明けるよりも少し前に眠りから覚めた俺は、既に準備を終えていたモニカ、ノエルと共に軽めの食事を取り、洞穴へと向かった。
 移動は相変わらず魔法陣で。こういうところは実に便利だ。
 洞穴は北の外れ、森の奥深くにある。
 極という概念のないレグルノーラにどうして東西南北が存在するのか俺は疑問でならなかったが、やはりリアレイト、つまり“表”世界で使われているその方向感覚が便利で踏襲しているらしいことを、協会の本で知る。塔の入り口の向きを南として東西南北を配置すると、北側には洞穴、東西方向に田園地帯、南方向には林業の盛んな地があり、それらをグルッと囲むようにして森が存在しているのだ。
 レグルノーラは平らな世界。延々と続く砂漠の果てに何があるのか誰も知らないからか、そんな説さえあるらしい。ガリレオ・ガリレイが聞いたら鼻で笑うだろうに、天体は常に分厚い雲に遮られていて一切見えず、地平線の果てすらぼんやりと霞み全てを包み隠している。
 水はどこから流れ出て、資源はどこから湧いているのか。イメージでどうにでもなる世界という曖昧さが全てを誤魔化しているようで、俺はこの世界のことを知れば知るほど胸がもやもやした。
 それでも俺の身体はすっかりと“表”から消え、レグルノーラに来てしまっている。これがどれほどに恐ろしく、どれほどに不可解なことか。きっと誰に言っても理解されることはないのだろう。
 洞穴の入り口は森の木々と大きな岩によって隠されていた。こんもりと盛り上がった地面の下に大きな口が開いて、中からは冷ややかな風が吹きだしていた。うっそうと茂った背の低い木々や蔦が入り口に垂れ下がり、そこが大切な竜の卵と石を守っている洞穴だと知らなければ、うっかり見落としてしまいそうだった。
 夜行性の鳥や虫の鳴き声がこだまする。常に何かに見張られているような気がして周囲を見まわすが、これといって気配もない。
「本当にここなのですか……?」
 モニカは声を震わせた。
 普段は垂らしている長い髪を高い位置で結い、身体をすっぽりと丈長の黒いローブで覆った彼女は、ゴシックロリータではなく黒い魔女だった。戦闘を想定してか、通常身につけることのない長い杖を右手に持ち、非常袋代わりの肩掛け鞄をマントの下に引っかけている。もう少し背が低くて若かったら確実に可愛いと断言できるのだが、想定年齢30手前となると、何とも微妙な気持ちになるのは彼女には内緒だ。
「入り口の雰囲気からして、嫌な予感しかしないな」
 ノエルも顔を思い切り渋らせている。
 いつもの服装の上から白っぽいフード付きのローブを被ったノエルの背中には、扱い慣れないだろうに長い剣が背負われていた。ナップサック状のバッグに荷物を詰め、左肩に引っかけて、まるで荷物がノエルを動かしているようだった。
「予感だけじゃなくて、本当に身の縮む思いだったよ。できれば二度と潜りたくなかったのに。まさかこんな展開が待っているとは」
 そう言ったのは、ディアナの命で俺の額の竜石を取りに行ったという男性だった。俺たちが来るよりも少し前に洞穴の前に到着していて、これから一緒に潜ってくれることになっていた。
 男は二人居た。一人はアッシュ、40前後の肉体派で、背が高く重装備のひげ面男。もう一人はエルク、こちらは30前後で少しやせ形だったが、装備の下からはがっちりとした筋肉のシルエットが浮かび上がっていた。
 二人とも厳しい顔つきで洞穴の奥を睨んでいる。
「俺のわがままで付き合わせてしまって申し訳ない。かの竜を倒すため、どうしても竜石が必要なんだ。協力して欲しい」
 改めて目的を言うと、
「別に君を恨んでいるわけじゃない。また洞穴の竜を説き伏せなければならないと思うと、気が重いだけさ」と、アッシュは苦笑いした。
 テラ曰く、『世界で二番目に凶悪な竜』らしいが、こうして二人は戻ってきたのだから、それほど心配するほどではないのではないかと高をくくってしまう。しかし、アッシュとエルクの表情は全く冴えず、何とも重苦しい空気が漂っていた。
 モニカが杖を少し高く掲げ、その先っぽに光を灯すと、当たりは柔らかなオレンジ色の光に包まれた。周囲がパッと明るくなり、お互いの表情がハッキリと浮かび上がってくる。
 洞穴から少し離れた場所に置かれた車両も、この光のお陰でやっと視界に入ってきた。砂漠で見たホバークラフトより少し小さいくらいの軽トラック状の乗り物だ。少なくとも俺たちは竜石を採掘したら、林道の端に待機させた車両まで石を運ばなければならない。車両の通れぬ森の中にある洞穴の奥から運ぶのだ。魔法でも使ってどうにかするしかないが、今から既に気が遠くなりそうだ。
「魔物避けの魔法をかけます。少し寄っていただけますか」
 モニカは言って、皆を自分の周囲に呼んだ。渋々と身体を寄せ合い、モニカの前に立つ。
 ――“聖なる光よ、我らを悪しき魔物から護り給え”
 黄緑色の柔らかい光を放ち、魔法陣がゆっくりと俺たち五人の周囲を巡る。文字の一つ一つが弾けると、雪のように粉々になってひらひらと降り注ぎ、身体の中へと染みこんでいった。
「弱い魔物は防げると思いますが、強い魔物には効かないので要注意です。魔法の効き目があるウチに一気に奥へ進みましょう。ところで、以前竜石を探しに潜ったときは、相当な日にちを要したと伺いましたが?」
 モニカがチラリとアッシュに目を向けると、彼は決まり悪そうに、
「奥まで進むのは容易だった。俺たちだって魔法の使える人間を従えていたし、チームに弱い人間は居なかった。だが問題は、道が二手に分かれる直前のこと。単に気難しいだけならどうにかなったんだがなぁ……。我々とは違い、使命を持った救世主ならば、もしかしたらすんなりと話は通るのかもしれないが……、実際そこまで進んでみなければ何とも言えないだろうな」
 煮え切らない返事だ。
 もっとハッキリ言って貰った方がスッキリするのだが、何か言いにくい理由でもあるのだろうか。
「とにかく、行ってみよう」
 俺は妙な予感を振り払うように少し大きめに声を出した。
 洞穴の中は基本的に一本道らしかった。時折右に左に枝道があるが、その先はどれも袋小路状態で、結局元の道へ戻ってくることになるらしい。アッシュたちは何度も袋小路に迷い込まないよう地図を作りながら進んでいたようだ。手元の地図を見ながら、次は右、次は左と的確に教えてくれる。
 奥へ奥へ向かうほど、洞穴のひんやりした空気が頬に纏わり付いた。魔除けが効いているのか、小さな魔物は姿さえ見せず、俺たちは安心して奥へ進んだ。
 洞穴の入り口こそ小さかったが、中は広い。天井から垂れ下がった鍾乳石が地面にまで届き、単純なはずの道を迷路のように見せている場所に出くわしたり、地底に広がる泉から吹き出る奇妙な気体を横目に、息を止めながら走ったりもした。
 2時間ほど進み、足が棒になりかけたところで一際広い空間へ辿り着く。ここからもう少しだけ進んだところに分かれ道があるらしい。
「一旦休もう」
 アッシュはそう言って俺たちを足止めした。
 大きな石を椅子代わりにして座り、しばしの休息。持ってきていた水分と食料を補給する。
 モニカは杖の先から光を切り離して宙に浮かべ、疲れを取ろうと何度も肩を回していた。
 ノエルも荷物をよっこらせと下ろし、左右のバランスを直すべく、上半身を左右に捻っていた。
「モニカの魔除けが思ったより強力で助かった。俺たちの時は、ここまで辿り着く間に何度も魔物と遭遇していた」
 エルクが言う。
「お役に立てて光栄です」
 モニカはあくまで謙遜していたが、確かに彼女なくしては、ここまでスムーズに進むことなどできなかっただろう。
「塔の魔女の候補生だったんだから。当然だ」
 空気を読まずノエルが言うと、アッシュとエルクはヒューと口笛をあげる。しかしモニカはノエルの言葉が気に食わなかったらしく、どうしてそういうことを言うのとばかりに睨み付けていた。
「いくら力があっても、私は塔の魔女にはなれなかったのですから、今は単なる能力者ですよ。変な肩書きはよしてください。それより、ここから先に、(くだん)の竜がいるのですね?」
「ああそうだ。悪いが、俺たちは顔を覚えられてしまっている。君たちが三人で行って、話を付けてきてくれないか」
 アッシュの言葉に、俺とモニカ、ノエルは息を飲んだ。
「さ、三人でですか?」
「俺たちは前回、竜の気を損ねてしまったからね。頼みづらいというか何というか……。あの竜が言うには、『必要ならば誰かに頼まず自分で足を運ぶものだ』と。ディアナ様の命令で石を貰いに来たのだと何度説明しても通じなくて……」
 なかなか、頑固な竜なのだろうか。
「ディアナ様もかなり厳しいお方だが、優しさがある。思いやり、先を見越して厳しい言葉をかけてくださっているのだとわかるからこそ、俺たちはみなディアナ様を敬愛している。しかしあの竜は……。倒せば良いのなら倒してしまいたいが、強すぎる。何よりも竜の卵と石を守っているというのだから、倒してはいけないのだ。きちんと向き合って納得して貰わなければならないらしい。ここまで数時間で辿り着いたからといって、その先目的を果たすのに同じ時間を要すればいいというわけではなかった。リョウと言ったかな。救世主として君は、あの竜にどう接するか。しかと見せて貰うよ」
 アッシュはそう言って、エルクと顔を見合わせた。
 俺はただただ、背中を駆け上がってくる妙な予感に堪えるばかりだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ