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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【23】洞穴の守護竜

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102.グロリア・グレイ

 洞穴の竜の伝説は、多くの書物に記載されていた。
 人と契約した竜は、(あるじ)が亡くなれば卵に還るのだと言うが、洞穴の竜はその卵を大事に大事に守っているらしい。
 竜は元来寿命の長い生き物だが、人と契約した竜は卵に還ったり卵から孵ったりすることで更に寿命を延ばしていく。数千年の時を過ごす竜も存在するそうだ。長い年月を生きることでどんどん力を蓄え、中には人語を操ってみたり人間の姿に化けたり、或いは魔法を自由に操り、別世界へと干渉する竜も出てくるのだという。
 今は俺の身体に入り込み分離できなくなってしまったテラも、俺と出会うより前にいろんな人間と出会い、主従関係を結んでいた。美桜の母・美幸やかの竜を封じたという先の干渉者もその一人。俺が知らないだけで、ヤツはもっと多くの人間と契約を結び、数多くの死を見てきたに違いない。
 そのテラが、『かの竜の次に凶悪』だと畏れる“グレイ”とは、一体どんな竜なのだろうか。俺はモニカやノエルと顔を見合わせ、ゴクリと唾を呑み込んだ。
 杖先に再び光を灯して、モニカはゆっくりと洞穴の奥を照らす。
「気をつけろよ」とだけアッシュは言い、
「幸運を祈る」とエルクは言った。
 俺たちは意を決して洞穴の奥へと足を向ける。一段と冷たい空気が穴の奥深くから流れ出ている。
 今の装備だけではちょっと辛いなと毛皮のコートをイメージして羽織った。少し重くて歩きにくくなってしまったが、寒いよりは幾分かマシだ。モニカもノエルも、フードをすっぽりと被り、必死に寒さに耐えているようだ。体感は摂氏一桁。天気は悪いが季節感もなく過ごしやすいレグルノーラの中で、これだけ気温の下がる場所は稀だ。
 手も凍えそうだ。革の手袋じゃ埒があかなくなってきて、毛糸の手袋をイメージして付け替えると、ほんのりと手に体温が戻って来た。足元にも厚手の靴下を具現化させ、どうにかこうにか冷たい洞穴の中を難なく移動できる程度になった。
 イメージの具現化に時間がかからなくなったお陰で、装備の替えに手間を取らないで済むようになったのは幸いだ。自分ではそういうつもりはなかったのだが、やはり徐々に力を使うことに抵抗がなくなっているようだ。それこそ、息をするのと同じような感覚で力を使う。竜の力を得たからなのか、それとも俺自身の力が増したからなのか。とにかく急激に成長したことにふと気が付きゾッとした。
 よくよく考えてみれば、ちょっと前まで単なる干渉者の一人に過ぎなかった俺が、こうしてかの竜を倒すために竜石を求めて洞窟へ潜っていること事態、あり得ない。美桜に言われるがまま、何が何だかわからずにひた走っていたあの頃が妙に懐かしい。今はその時間にさえ戻ることが許されない立場。俺という存在を消してしまった“表の世界”へ戻ったとしても、俺は単なる異邦人でしかない。しかしながら、俺が守りたいものの殆どは“表”にある。かの竜にこれ以上好き勝手されないようにするためにも、どうにかして竜石を手に入れなければならないのだ。
 空気が少しずつ薄くなり、息苦しさを感じてきたころ。
 真っ暗だった洞穴の壁がほんの少し色を帯びていることに気が付き、俺たちは自然と歩くのを止めた。モニカが杖先の明かりを消すと、その鮮やかな色が一層ハッキリと浮かび上がった。赤や黄、橙色、緑、青、紫。ありとあらゆる色がじわりと壁から染み出て、微かな光を発していた。壁、天井、それから床まで。美しい光の中に俺たちは立っていた。
「綺麗」
 モニカがぽつりと呟いた。
 それ以外の言葉が浮かばないくらい、それらは美しい光を放ち続けている。
「竜石が光ってるんだ」
 唐突に、俺はそう呟いていた。
「竜石? この壁一面が?」
 ノエルは半笑いで返してきたが、
「この洞穴は、竜石に囲まれてるんだ」
 俺は何故かしら、そんなことを口走っていた。
 ゴツゴツした地面から、次第に平らな石畳の上を歩いているような感覚に変わり、周辺の鍾乳石はいつの間にか光る石の柱へと変わっていた。目の前に広がっていたのは真っ暗で寒々しい洞穴ではなく、美しい光を放つ岩盤を削って作り上げられた宮殿だった。
 巨大な宮殿がすっぽり入るまでに空洞は広がり、幻想的な空間へ迷い込んでしまったのだと錯覚する。整然と並んだ背の低い柱の上には魔法の炎がいくつもゆらめき、宮殿の表を神々しく照らしていた。宮殿へと続く長い通路の真ん中に誰かが立っているのに気が付き、俺は足を止めて思わず目を細めた。

(うぬ)らは何故(なにゆえ)にこの地を訪れる」

 妖艶な声が洞穴中に響いて行く手を阻む。
 人間。
 洞穴の奥に待つのは竜だと聞いていたが。人に化けているのか。

何故(なにゆえ)にこの地を訪れる。答えねば待つのは死ぞ」

 見たところ、それほど大きくもない。
 女か。
 長いマントを引きずって、手には杖を携えている。
「竜石が欲しい。かの竜を封じるためにどうしても必要なんだ」
 せめて堂々としていなければ相手に不審がられるのではと、俺は胸を張ってそう答えた。しかし。

「竜石は確かに竜の力を封じ込める。だが、ドレグ・ルゴラの封印には至るまい。あの竜を石に封じるためには、まず動きを封じなければならぬ。空を覆い尽くすほど巨大な竜を、(うぬ)らは如何様にして封じるというのだ。愚か者めが」

「それは」
 当然、これから考えようとしてるんだけど、なんて言い訳できるはずもなく。

「それにだ。仮に動きを封じることができたとして、かの竜を石に封じ込める方法は。まさかやればできるのではあるまいか、などという曖昧な考えでこの地を訪れるわけではあるまい?」

 石の上を軽快に歩き、その人影は徐々に俺たち三人に近づいてきた。
 ディアナとはまた違う、変な色気のある女だ。
 長い黒髪は腰の高さまで伸び、身体を締め付けない緩めの黒い布をドレスのようにして身に纏っている。上から下まで真っ黒で、唯一肌の部分だけが白く闇に浮かび上がっていた。背中に大きな竜の羽、そして長い尾。手足には大きな鉤爪。長く伸びたまつげの下には、金色の瞳。闇に光る縦に長い虹彩が、彼女が人間ではないことを示していた。
「“グレイ”……?」
 恐る恐る名を呼ぶと、彼女はニヤリと赤い紅の引かれた唇を薄くした。

「如何にも。我はグロリア・グレイ。地中で卵と石を守る者なり。……なるほど。(うぬ)がゴルドンの新たな(あるじ)か。感じるぞ、(うぬ)に隠れた竜の力を。額の石で力を押さえておるのか。我に怯えて姿を見せぬとはどこまでも臆病な竜よの。どれだけ力を得ても、ドレグ・ルゴラを倒せぬ脆弱で愚かな竜。竜石の力を借りればドレグ・ルゴラを封じることができると、(うぬ)はゴルドンに教わったのか?」

 グロリア・グレイは腰に手を当てアゴをあげて、上から目線でそう言った。
 背は美桜より少し高いくらい。見た目年齢はディアナよりずっと若く、モニカよりも少し上か、同じくらいか。ディアナのように胸を強調しているわけではないが、脇腹や腰の辺りががら空きで、明らかに下着など着けていないとわかるような衣装に、俺は目の行き場をなくす。
「ゴルドン……? 救世主様の竜は確か、テラという名前では」
 モニカが小声で囁く。
「テラってのは俺が付けた名前。竜は契約する度に(あるじ)から名前を貰うんだ。ゴルドンってのは恐らく、テラが昔誰かに付けられた名前。俺にはそんなこと、全然教えてはくれなかったけどな」
 苦笑いしか出ない。
 なんだこの、見えない圧力。
 目線がずらせない。金色の瞳が、俺の瞳を捉えて離そうとしない。

「どうなのだ。ゴルドンが(うぬ)に指図したのかと聞いている」

 グロリア・グレイの長い尾がピシャンと地面を叩いた。
「ち、違う。本で見た。昔のことを記した本に、かの竜を封じた干渉者の話が載っていた。彼は竜石でかの竜を封じたらしい。だから俺も、その方法を採ろうかと」

「ほほぅ。では(うぬ)は、自分こそが“選ばれた者”だと?」

「『選ばれた……者』?」
 ここに来て初めての単語が出てきた。
 救世主じゃなくて、選ばれた者?

「この世界のために“犠牲”となるべく“選ばれた者”だと自覚してこの地に赴いたのかと聞いている」

 なるほど……。そういう話か。
 言い得て妙な話だ。“この世界を救う”ためにはこの世界の“犠牲”にならなければならない。その先に待つのは“死”しかない。そういう立場の人間を、“救世主”として崇めている。
 だとしたら答えは。
「あなたの言う通りだ。俺はこの世界を救うために竜石を欲している。石の力を借りてかの竜を封印し、――倒す」
 ドレグ・ルゴラと対峙したときのような恐怖感は殆どないが、この威圧的な態度と身体中からあふれ出る凄まじい力に押され、俺は妙に震えていた。
 なんだろう、嫌な予感が止まらない。
 グロリア・グレイはフフッと小さく笑った。かと思うと今度は大声で腹を抱えて笑い出す。
 これがまた不気味で、俺は自分の身体から血液が抜けていくような思いがしていた。

「愚かな。愚かな人間よの。世界を救う? 本気でそんなことを考えているのか。ドレグ・ルゴラに勝てると思っているのか、人間よ。我々竜でさえ、止めることのできない存在だというのに。冗談でも倒すなどと口にするものではない。真に必要なのはかの竜の黒い力を消し去ること。(うぬ)のような愚かしい人間にはできるまい。秘策でもあるのか? 愚かな人間よ」

 今度は前屈みになって、俺の顔を下から覗き込んでくる。
 き……綺麗だ。喋ってる内容と身体からにじみ出る力に凶悪さがなければいいのだが、世の中そういうことは上手くいかないらしい。
「ひ……秘策?」
 顔を引きつらせながら聞き返す。
「秘策もナシにドレグ・ルゴラに戦いを挑もうとしているのか。実に愚かしい。そんな愚かしい人間に竜石などくれてやることはできぬな」
「ちょ……、それは、それは困る」
「困れば良かろう。我は困らぬ」
 参った。話が通じないどころじゃない。頑として聞こうとしない。最初から話を聞くつもりなどないのだ。

「ま、待ってくれ。ディアナに聞いた。あなたが俺に金色竜の卵を託したのだと。俺はディアナに全部決まっていたんだろうと突っかかったが、彼女は自分を『この世界を構成する歯車の一つ』だと言った。せめて、聞かせてくれないか。俺が“救世主”となってこの世界を救うことになったのは偶然なのかどうか。あなたなら知っているはずだ。ディアナもそう言った。どうなんだ。最初から、全部決まっていたのか?」

 話を繋ぐために――無理やり疑問をぶつけた。
 凶悪だというこの竜は、果たして俺の質問に素直に答えてくれるのだろうか。
 グロリア・グレイは眉をひそめ、姿勢を直して深くため息を吐いた。首を鳴らし、アゴに手を当て、なまめかしく目を細めてから、もう一度深く息を吐いた。

「ドレグ・ルゴラは孤独な竜だ」

 グロリア・グレイは直ぐには俺の問いに答えなかった。

「白い身体で生まれてしまった竜の孤独は、想像に難くない。例え仲間の竜が優しく接しても、ドレグ・ルゴラは一切心を開かなかった。強大な力を持っていながらも、大きすぎる孤独に耐えられなかった。孤独は心を蝕み、竜を悪に染めた。かの竜の視界に入る全てが敵で、全てが邪魔だった。ゴルドンはかの竜の呟きを耳にし、恐れおののいた。どうにかしてかの竜を止めねばならぬと干渉者と同化し戦う道を選んだ。結果、かの竜を封じることに成功はしたが、命を奪うことはできなかった。ツメが甘いのだ。全てを捨てる覚悟で挑んでおきながら、どこかで自分は助かりたいという気持ちでも働いたのではないか。愚かしい。元来戦うことを好まぬ竜ではあったが、だからといって中途半端な戦い方などするからこのようなことになったのだ」

 怒りを込めた声。
 俺の中でテラが怯えているのがわかる。

「人間どもが竜石を欲する理由はわからんでもない。ドレグ・ルゴラを一度でも封じたその方法に竜石が関わっているのだから仕方ない。竜の力を石に込め、封じてしまおうというその方法に辿り着いたのはある意味どうしようもないことだということは理解している。だが、臆病な金色竜が異界の人間と同化することで神聖化されるのは気に喰わん。そんな常識外れの戦い方に付き合わされる人間の身にもなってみろと、我は何度もゴルドンに解いたのだが、まるで効果がなかったのだな。塔の魔女が新たな干渉者のために卵をと懇願してきたとき、(うぬ)にはこの腑抜けた竜の思うような戦い方はできまいと高をくくった。つまり、人間どもが言うところの“救世主”にはならんだろうと。その前に卵をくれた女とは同化しなかった。その更に前の子どもとも、更に前のひ弱な青年とも。できる限りくだらない戦い方をさせぬよう、我は気を配ったつもりだ。竜は神聖なる存在。同化などという妙な戦い方を、同じ竜として認めるわけにはいかぬのだ」

 ディアナも言っていた。こんな戦い方をするヤツは見たことがないと。
 この世界で見たどの竜も、人間に従順ではあったが、テラのように人化してまで人間社会に溶け込んではいなかった。テラは特別だった。人語は喋るし、人間にも化ける。(あるじ)を守るため? にしては、随分とやり過ぎなところもあった。

「つまりな、人間。(うぬ)の問いに答えるとすれば、答えは“否”。寧ろ“救世主”などという馬鹿げた存在にはならぬだろうと思って卵を与えた。それが何だ。結局はこういうことになってしまった。竜石が欲しいだと? 竜の力を封じる石ぞ。竜に言うべき言葉ではない。(うぬ)にその卑劣な金色竜が付いている限り、石は一欠片もくれてやることはできぬ」

 ギリリとグロリア・グレイは奥歯を噛んだ。鋭い牙が光って見える。
 おい、どういうことだ。テラ。
 凶悪な竜だから気をつけろ的なことを言ってたが、今の話では、お前がイレギュラーすぎて同じ竜から煙たがられてるって状態みたいじゃないか。
「ど……どうします、救世主様。このままでは竜石どころでは」
 モニカが不安そうに囁いてくる。
「わかってる。けど、テラのヤツまるで反応しようとしない」
「今の話だと、竜を身体から引きはがせたら竜石をくれてやると、そんな風にも受け取れるよな」と、ノエル。
「それができるなら、とっくにやってる。どうやったら同化が解けるのかわからないから竜石で力を抑えてるんだ。ディアナでさえ匙を投げた。どこを探しても方法が見つからなかった。どうしろって言うんだよ」

「なるほど。自力では分離できぬと。余程(うぬ)の中は居心地が良いと見える」

 フフフッとグロリア・グレイは不敵に笑った。
 杖をクルクルと軽快に回し、サッと左手に持ち替える。

「人間の中に入り込み、出ることも叶わないとでも言えば、我から逃れられるとでも思っているのか。相変わらず卑怯な竜め。自力で出られないのであれば、引きずり出して見せようか」

 二歩、三歩。グロリア・グレイが迫ってくる。
 右手を大きく開いて、鉤爪を俺に向け――。
「凌、危ない!」
 ノエルが咄嗟に前に出るが、グロリア・グレイの杖で突き飛ばされる。
 モニカも慌てて前に出ようとしてくれたが、グロリア・グレイの一睨みで足がすくみ、一歩も前に出られなくなってしまった。
 金縛りに遭ったかのように、俺の身体は硬直していた。ダメだ。目を見てはダメだというのに、闇の中で光る金色の目から視線をずらすことができない。
 グンとグロリア・グレイが手を伸ばす。胸にズドンと腕が入っていく。
 この感覚。
 ディアナが俺の心臓を鷲掴みにした、あのときと同じ。

「さあ! 姿を見せろ。卑怯な金色竜め。そして詫びろ! 聖域を侵した罪を!」

 鉤爪が、何かを掴んだ。
 臓器ではない。何だ。何を掴んだ。
 グロリア・グレイが口角を上げ、狂気の顔で俺を見ている。
 ズリズリと身体の奥から何かが引きずり出されていく。
 気持ち悪い。まるではらわたを全部掻き出されるような気持ち悪さ。
 吐き気がする。吐き出したいのに何も吐き出されていない、変な感覚。
 ズゴズゴと変な音を出しながら、俺の身体の奥底から金色の鱗に覆われた竜が引きずり出されていく。俺の身体の数倍もある竜の巨体が本当に俺の中に入っていたなんて。
 鈍い音を立てて金色竜が地面に投げ出された。
 ふらつく俺の身体を、ノエルとモニカが後ろからサッと支える。
 身体が軽くなった。嘘みたいに軽くなった。
 目の前に横たわる金色竜は、粘液を纏い、ピクリとも動かない。

「気を失ったフリをしていれば逃れられるとでも思っているのか。卑怯者め。(うぬ)には竜としての誇りがないのか。気高い竜ならば同化などという道は採らぬはず。何故(うぬ)は人間などという下賤な存在に身を委ねる道を選んだのだ」

 グロリア・グレイが杖を横にして両手で掴むと、たちまち手の中で長い鞭に変化した。
 バチンバチンと地面に鞭を叩き付ける度に、金色竜を覆っていた粘膜が消えていく。
 弾けるような音が洞穴中に響いても、金色竜はびくともしなかった。次第に鞭は金色竜の背に鞭を振るうようになる。
 あまりの音に俺たち三人は顔を青くした。
 竜の固い鱗があってこそ堪えられるのかもしれないが、アレが自分にと思うと、とてもじゃないが見ていられなかった。

『迷惑……だったか』

 テラの声が頭に響く。

『私と同化すること、私と共に戦うことを、君は迷惑だと思っていたか』

 弱々しい声。
 普段の威張り腐った調子ではない、何とも頼りない声。
「いや。迷惑だなんて」
 俺が突然声を上げたことに驚き、モニカもノエルも目を丸くしている。
 そうだった。テラの声は俺にしか聞こえないのだ。

「テラが居なければ俺は強くなれなかった。いつまでも頼りない、美桜の言いなりでしか動けない、最低の男だった。テラが居たからこそ強くなれたのだし、こうして立っていることもできる。いろんなことに巻き込まれたけど、感謝……している」

 グロリア・グレイが鞭を振るう手を止め、不審そうに俺の顔を覗き込んだ。
「感謝……? 馬鹿なことを。(うぬ)は巻き込まれたのだぞ。金色竜ゴルドンに」
「わかってる。でも、感謝してる。嘘じゃない」
「解せぬな。自分の身体を(ほしいまま)にされているというのに、(うぬ)は何故金色竜に感謝など」
「理解なんて、して欲しいとは思わない。けど、嘘は吐いてない」
「何を言っている? (うぬ)は己の言葉の意味をわかっておるのか」
「わかってるさ。テラと分離させてくれたことには感謝する。けど、主従関係を止めようとは思わない。テラは俺の大事な相棒だからな。また身体を貸せと言われたら貸すし、俺自身力を借りたいと思ったらいつでも借りるつもりだ。そういう戦い方が性に合ってるみたいだしね」
『凌、君というヤツは』
 金色竜がゆっくりと首をもたげ、柔らかい表情を向けてきた。
 久しぶりに見る竜の姿をしたテラ。
 単体では戦うことが苦手だと最初に言われた。身体を貸すことに抵抗があったのは間違いないが、いつの間にかそれは、俺たちの中で当たり前になっていった。
 魔法陣一つの契約だったが、それだけが俺たちを繋いでいるとは思わない。今更、テラを突き放すことなんて、俺にはできない。

「話が通じぬな。(うぬ)のような輩には竜石を分けてやることはできぬ」

 グロリア・グレイは明らかに殺気だった。
 次第にその身体から力がにじみ出ているのがわかる。

「どうしても竜石が欲しいというなら、力尽くで奪って見せよ」

 金色の瞳が光った。
 彼女を包む黒い布の下で、身体が徐々に膨れあがっていく。
 皮膚に鱗が浮かび上がり、口は耳まで裂ける。額に角を生やし、背中の羽を大きく広げ――。
 濃い灰色の鱗に覆われた竜がそこにいた。
 宮殿よりも大きく膨れあがった竜が、突如俺たちの行く手を塞いだのだ。
 足を一歩動かしただけで、洞穴中がぐらりと揺れた。テラなど本当に小さい、子どもの竜のようにさえ見える。
 俺たちは慌てて数メートル後ろに下がった。
 とんでもないデカさだ。閉鎖空間でこの大きさはマズい。
 宮殿を照らしていた魔法の火が、あちらこちらに飛び散り燃え始めた。

「さぁ、どうした。愚かな人間と卑劣な竜よ。竜石が欲しいならば全力で奪って見せよ」
+注意+
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