第123期卒業生
軍務省庁舎から出ると、元第334部隊メンバー全員が入口で輪を作って待っていてくれた。
サラは陰鬱な表情、ラデックも微妙な表情、そして王女殿下とマヤさんはなぜかニヤニヤしている。その顔の意味はなんだ。
「では、待望の配属先発表会と行きましょうか」
「う、運命の瞬間ね……」
「誰から発表するんだ?」
「じゃあ私から発表しよう」
マヤさんは懐から辞令書を取り出すと、いつも通り豪胆な声でそれを読み上げた。
「『マヤ・クラクフスカ。上記の者、第一王女附首席侍従武官に任命する』だそうだよ。階級は中尉だ」
「……それってつまり今まで通りってことですか?」
「そうだな」
侍従武官と言うのは、王族の軍務を補佐する役職である。王族専用副官と言い換えても大差ない。つまり士官学校時代と全く変わってない。
そして中尉スタートってことはラスキノ戦での武勲が認められたということか、それとも公爵令嬢だからか……。
「ちなみにそれは国王陛下からの要請があったんですか?」
「いや? 陛下も殿下も、そして私もなにも要請してはいないよ。人事局が勝手に配慮したんだろう」
無言の政治圧力、ここに極まれり。
「で、当の第一王女殿下の役職は?」
「私は、王国軍総合作戦本部高等参事官です。階級は少佐だそうですよ」
「……少佐?」
「王族は出世が早いんですよ」
王女殿下は少し残念そうな顔をしていた。こういう所で特権的な利益を享受するのが嫌なのだろう。にしては人事に横槍を入れてきたけど。
「高等参事官職も今年度から新設される役職で、具体的な職務は何も決まっていません。どうやら私はお飾りになりそうですよ」
「お飾りになるかどうかを論じるのはまだ早いでしょう。それに何も決まっていないと言うのなら、勝手になにをしてもある程度は許されると言うことです」
シレジア王国軍版特命係になって活躍してください。王族だし多少はお目こぼしはあるだろう。
「そう言うことなら、多少は勤労意欲が湧くと言うものですね」
エミリア殿下は少し元気になった御様子。よきかなよきかな。
「じゃ、次ラデックね」
「あ、俺?」
「そうそう」
「ちょっと待ってな……っと、えーっと。ヴロツワフ警備隊補給参謀補、階級は中尉だ」
ヴロツワフか。ということは南シレジア、カールスバート国境の近くだな。そこの警備隊の補給参謀補、王女護衛戦かラスキノ戦の武勲によって中尉スタートってわけね。ふむ。
「……なんか普通だな」
「思ったより普通ね」
「あぁ、そして地味だな」
「ラデックさんらしい職だと思います」
「ひでぇ……」
いや、なんか意外性もクソもないからさ。いや本来なら凄いことだとは思うけど、なんか普通だからさ。
ラデックはみんなの反応にいじけたのか、むすっとした表情になってしまった。いやお前がそれやってもキュンと来ないからな?
「じゃあ次はサラか俺だけど……」
「ゆ、ユゼフが先に言って!」
「あ、そう? じゃあ俺は……」
「ま、待って! やっぱり私が先!」
どっちだよ。
「ん、んん。コホン。え、えーっと、私、サラ・マリノフスカは……何だっけ。あ、そうそう。近衛師団第3騎兵連隊第15小隊隊長、階級は……なんか大尉だったわ」
「そりゃすごい」
どうやらサラは俺と同じく王女護衛戦とラスキノ戦、その両方が評価されて一気に大尉スタートと相成ったらしい。近衛師団配属はエリートコースだな。しかも大尉スタートで小隊長。やばいな。さすが次席卒業。そして近衛師団第3騎兵連隊は確か……。
「近衛師団第3騎兵連隊って、エミリア殿下の近衛師団ですよね?」
「そうなの!?」
「そうですよ。と言っても私個人の所有物ではありません。あくまで王国軍の一部隊です」
ちなみに王族直属の部隊は親衛隊と呼び、王族の身辺警護隊である他、王宮内で唯一警察権を持っている部隊らしい。
「ということは、王都勤務ってこと?」
「そうですね。基本的に私がいるところが勤務地になるでしょう。そして私は暫く総合作戦本部高等参事官として王都に留まることになると思います」
「そ、そか。じゃあ、安心かしら……」
サラは案外寂しがり屋なのだろうか。
「で、ユゼフは!?」
「落ち着いて。あといきなり胸倉掴まないで」
もちろん徐々に胸倉を掴んで良いと言うわけではない。
「コホン。俺は……えーっと、オストマルク帝国在勤シレジア王国大使館附武官次席補佐官、階級は大尉」
あってるよね? 長いからちょっと不安なのだけど。
「オストマルク……?」
「そう。オストマルク勤務」
「遠いじゃないの!」
いや、結構近い方だと思うよ? シロンスクから400kmくらいしか離れてないから。
「うー……」
サラはなぜか涙目だった。俺と離れるのがそんなに嫌なの? なにそれかわいいじゃないの。ちょっとオストマルクに行くのやめたくなるね。
「明日から私は誰を殴ればいいのよ……」
前言撤回。ちょっと今からオストマルクに行ってくる。
「にしても、5人中3人が王都勤務とは驚きましたね」
「そうだな。俺も、もうちょっとばらけると思ったんだけど」
エミリア殿下とマヤさんが一緒に王都勤務は別にビックリしないけど。
「私はそれよりも、ユゼフくんが上司になったことが驚きだね」
「……あっ」
そうだった。マヤさんとついでにラデックが中尉だった。この二人が部下……嫌だなぁ。
「ユゼフくん。いや、ワレサ大尉と呼んだ方が良いかな?」
「やめてください気持ち悪いんで。今まで通りで良いですよマヤさん」
「ではお言葉に甘えてユゼフくんと呼ぶよ」
やれやれ。やっぱり順当に准尉スタートの方が気苦労が少なくてよかったんじゃないだろうか。
「……まぁ3人はともかく、俺とラデックは年単位で皆に会うことはなくなるんですね」
「俺はまだ国内だから良いけど、ユゼフは国外だからな。きっと次会うのが10年後でも驚かないね」
「10年!?」
「落ち着けサラ。軍の士官は1~2年毎に人事異動があるんだから、数年でまた会えるよ」
「ほ、ほんと?」
「たぶん」
「なによそれ!?」
と言っても俺も数年もこいつらに会えないんだと思うと、すこし寂しい気もする。色々ありすぎたからね。
その時、エミリア殿下が輪の中心に右手を差し出した。
「……私たちは暫く離れ離れになります。でも、士官学校で机を並べ学んだこと、そしてラスキノで肩を並べ戦ったことで出来た絆は、永遠に千切れることはありません」
それに対して、マヤさんが手を乗せる。
「ここにいる全員が、この大陸の歴史を動かすことになると思っている」
続いてサラが手を乗せた。
「私達は運命共同体。どんな力があっても、止められはしないわ」
次にラデックの右手が、三人の手を下から支えるようにして持ち上げた。
「俺は、お前らを縁の下で支えてみせるさ」
そして最後、俺が手を乗せる。
「…………特になし」
4人がずっこけた。
「ちょっと!? ちゃんとやりなさいよ!?」
「せっかく感動的なお別れって感じになってたんだぞ!」
「もうちょっと雰囲気を読んでくれないかユゼフくん」
「相変わらずですね」
非難轟轟だった。うん。反省してます。
「いや、その、なんていうかこういうの苦手でさ。いざ自分の番だと思ったら頭が真っ白になってさ」
俺は誤魔化すように左手で頭を掻きながらそう弁解した。さっきまで神妙な雰囲気だった輪の中が、ちょっと笑いに包まれた。
うん。俺にはこんな別れの方が性に合ってる。
「深い事考えずに、単純で良いのよ」
サラから有難い助言を貰ったので、俺は気を取り直して言った。
「ん。コホン。じゃあ……また会おう。その時まで、元気で」
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“シレジア王立士官学校第123期卒業生”
その言葉が大陸の歴史に名を刻むのは、この日が最初のことだった。