卒業式
11月10日。
長いような短いような休暇は二日酔いによる微弱な頭痛を残して終わりを告げた。
おかしい。そんなに飲んでないのに。まぁいいか。完全に撃沈したあの三人よりはマシなはずだ。
元第33歩兵小隊員の集合時間は午前10時。人事局長、もしくは副局長から直接人事発表があり、ついでに卒業証書も貰える。今更って感じもするが。
9時55分。軍務省庁舎前に着くと、既に人だかりが出来ていた。偉いねみんな。5分前行動どころか多分15分前行動したんだろう。
とりあえず知ってる奴はいないかとキョロキョロすると、すぐに見つかった。なんてたって庁舎前で体育座りしてるんだもの。そりゃわかるよ。
「だいたい想像がつくけど一応聞いておくよ。何やってんの?」
「頭痛い……」
「右に同じだ……」
我が友、サラとラデックは本当に今日から軍人になる気があるのかと言いたくなるような情けない座り方をしていた。こりゃ相当二日酔いがきついんだろうな。
「サラさん? 昨日何があったか覚えてる?」
「……途中までは覚えてるわ。あと、さん付けと大きな声出すの禁止、よ……」
途中まで、多分泣くまでだろうな。畜生。この世界にビデオカメラがあればここで再生してみせたのに。
「ラデックは?」
「蒸留酒の蓋を開けたところまでは覚えてる……」
あぁ、マヤさんの葡萄蒸留酒か。アレ1本を一晩で空にするなんて、ラデックって強いんだなーって思ったけど、違ったわ。マヤさんが凄いだけだったわ。
そして噂をすれば影、酒に強いマヤさんとてんでダメなエミリア殿下のお出ましだ。今日は二人とも普通の軍服、王女殿下じゃなくて公爵令嬢として扱った方が良いかな。
「おはようございます、エミリア様、マヤさん」
「おはようございます、ユゼフさん。……どうやらお二人は完全に魂が抜けてるようですね」
「えぇ。酒に呑まれた哀れな人達です。ところで、マヤさんは平気なんですか?」
「ん? あぁ、平気だよ。あの程度、飲んだうちには入らんからな」
マヤさんは酒が強いと言うより蟒蛇なんだな。あんなにアルコール摂って二日酔いもないとかどんな肝臓をしてるんだ。
「ほれ、無駄口叩いてないでさっさと人事局に行ったらどうだい。門が開いてるよ」
「あ、本当だ。……って、マヤさんの口ぶりからすると、お二人はもう既に伝えられてるんですか?」
「えぇ。私達だけ30分早く来るように言われたのです」
やんごとなき身分への配慮ということなのだろうか。
「ちなみにどこに配属になったか聞いても?」
「構いません。あなた達が辞令を受け取ったら教えてあげますよ」
軍務省人事局長執務室前には、元第33歩兵小隊のメンバーだった士官候補生が、俺を含めて8名が集まっていた。みんな緊張した面持ちで、またどこに配属されることになるかという不安を口に漏らす者もいた。サラに至っては顔の前で手を合わせて必死に神に祈っている。そんなに不安なのか。その点俺は緊張なんてものはない。駐在武官になるってことは前日にエミリア殿下から言われてるし。不安はあるけどね。
「これより、王立士官学校第123期卒業生の人事発表を行う。呼ばれた者は順番に執務室、もしくは応接室に来るように。そこで、局長、もしくは副局長より口頭及び文書で辞令を出す。その際、士官学校修了証書も渡す。以上。では最初に……」
俺ら三人組で一番最初に呼ばれたのはラデックだった。彼は応接室に通されると、5分ほどで戻ってきた。何とも言えない微妙な表情で退出した彼は、ただ俺らに軽く手を振って軍務省庁舎から出て行った。どこに配属されてるか気になるが、ここで騒いだら些か問題なので今は我慢する。
さらに5分後、俺とサラがほぼ同時に呼ばれた。俺は局長執務室、サラは応接室だ。
俺はドアをノックしてから入室する。あー、受験の時の面接を思い出す……。
とりあえず敬礼はエチケット。
「第123期卒業生、ユゼフ・ワレサです」
「ん。楽にしたまえ」
人事局長は特に何も言うことなく、ただ面倒そうに仕事をこなしてる様子。一人一人に手渡しで辞令を渡すなんて面倒だもんね、わかるよその気持ち。
「えー、ユゼフ・ワレサ。士官学校戦術研究科の課程を修め本校を卒業したことを証し、貴官に大尉の階級を授与するものである。大陸暦636年11月10日。おめでとう」
「……あ、ありがとうございます」
おい、今こいつなんて言った。俺の聞き間違いじゃないよな?
「人事局長、質問よろしいでしょうか」
「……貴官が言いたいことは分かっているつもりだ。なぜ『大尉任官なのか』ということであろう?」
「その通りです」
士官学校卒業後は准尉任官が普通、そして成績優秀者は少尉に任官される。俺の成績は普通より少し下だった。だから准尉任官だと思っていたのに、大尉ってお前どういうことだよ。三階級特進とか聞いたことねぇよ。
「順番に説明しよう。まず、ワレサ大尉。君は確か、シレジア=カールスバート戦争に従軍していたな?」
「はい」
「その時に召集された士官候補生は生き残った場合、どんなに成績が悪くても赤点を取らなければ少尉任官にすると決まったのだよ」
なにそれ聞いてない。
まぁでも「優秀な軍人というのは生き残る才能がある奴」とも言うか。そう言うことにしておこう
「しかしそれでもまだ……」
「そうだな。まだ少尉だ。だがワレサ大尉、その時の戦いの指揮官を覚えているかね?」
「当然です。タルノフスキさん、当時は中尉でした」
「あぁ。今は彼は中佐だが、そのタルノフスキの報告書にはこうある。『士官候補生ユゼフ・ワレサ、勲功第一』とね」
なにそれ怖い。あの時俺がやったことと言うと放火くらいなもんだが……。
そういや、停戦が決まった時にタルノフスキ小隊長が言ってたな。「君たちにも、いずれこの武勲が評価される時が来るだろう」って。あれってもしかしてコレのことだったの?
「さて、君はこれで中尉となった。後はもう、説明しなくても分かると思うが、一応しておくか?」
「だいたい分かりますが、本当にそれであっているのか不安なので、どうかご教授くださいませ」
「よろしい。では教えよう。君はラスキノ独立戦争時に、ラスキノの防衛作戦を立案し、そして前線に立って戦線を支えた。そしてわずか1個連隊でラスキノを防衛し切ってみせた。これは評価に値すると思わないかね?」
「誇張しすぎではないでしょうか……」
あの時はみんなに助けられたし。サラとかエミリア殿下とかマヤさんとかラデックとかがいなければあの作戦はただの机上の空論だよ。
「謙遜なのはいいことだがね、誇ってもいいと思うぞ。というわけで、ラスキノ戦でも君は勲功第一と評価されている。これで大尉となった」
「なるほど……ありがとうございます」
納得できないが、とりあえず喜んでおこう。15歳農民が大尉ってなんか末期だと思うけども。
「では、本題に戻ろう。君に辞令を言い渡す。よく聞くように」
「ハッ」
「ユゼフ・ワレサ、貴官をオストマルク帝国在勤シレジア王国大使館附武官次席補佐官に任ずる」
知ってる。昨日聞いた。
「……謹んで、拝命致します」
「ふむ。やはり知っていたか」
「はい」
人事局長だから、そこら辺の事情も知ってるのかな。やんごとなき身分の方からの圧力があったって。
はぁ、なんかすごい恨まれそうだな。15歳で農民出身のくせに大尉でしかも王族と公爵家のコネ持ち。うん、背筋を鍛えようかな。
「では、ユゼフくん。最後に渡すものがある」
「まだあるんですか?」
「あぁ、2つな」
そういうと局長は、執務机の引き出しから小箱を2つ取り出した。
「えー。ユゼフ・ワレサ。シレジア=カールスバート戦争においてエミリア王女護衛任務を完遂させた事を賞し、ここに第8級白鷲勲章を授与する。また、ラスキノ独立戦争において防衛作戦を立案しそれを自ら実行、一般市民の犠牲を最小限に抑え都市を守り抜いたことを賞し、ここに第7級白鷲勲章を授与する」
一気に勲章2つってどういうことなのよ……。
「ありがとうございます……」
なんだろう、なんか素直に喜べない。むしろ怖い。これも王女殿下の差し金なのか、それとも盛大な死亡フラグなのだろうか。
ちなみに勲章は、退役後の年金が増える効果がある。貰えればの話だが。