酒宴
サラの場合。
「うわあああああああんみんなと離れるの嫌だああああああああ!!」
泣く。
「落ち着けサラ、そんなに泣くんじゃない。子供じゃないんだから」
「まだ、ひっぐ、ななさいなのー!」
「そうだっけ!?」
年齢もマイナス10されるようだ。
イリアさんと話すのに夢中になってたせいか、サラがこんな感じになってたのに気付いたのは、イリアさんが撃沈した直後だった。
彼女の場合、泥酔スイッチのON/OFFがはっきりしているようで、ある一定の量のアルコールが肝臓に蓄積されたら、スイッチがONになって号泣する。
「あんだなんで、ぜーったい早死にするんだがらー! 私がいなぎゃ石に躓いて豚肉に当たって死んじゃうんだがらー!」
「どういう状況!?」
「うわあああああああんユゼフがいじめるううううううう!」
涙をボロボロ流して俺の腕にしがみ付きながら「行かないでえええええええ!」と泣き叫ぶサラというのは見てて面白い。腕の骨がミシミシ言ってるのは御愛嬌だ。
でも酒を飲んで泣く人というのは普段ストレスが溜まっていたり、なにかしら大きな不安や悩みを抱えていたりするのが原因だと聞いたことがある。酒の力によってその感情を爆発させて、ストレスを発散させているらしい。だから酔いが醒めたるとなぜだかとってもスッキリすることがあるとかないとか。
サラも何かしら大きな不安を抱えているのかもしれない。それもそうか、明日から軍に配属されるんだから、不安にもなるよな。俺も不安だし。こういう時は嫌がらずに悩みを聞いてあげるのがベスト。反論したりは逆効果。「そうなんだー、大変だねー」だけでも効果があるらしい。
「おーじょさまー、なんとかしてー!」
「私も何とかしたいのは山々なのですが……」
エミリア殿下は困ったそうな顔をしている。酔っ払いに絡まれた事に対してなのか、それとも王族の権力使ってくれと懇願されてる事に対して困っているのか、あるいはその両方か。
そのエミリア殿下のグラスは数時間前から全く変化していない。ちょっと減ってるくらいで、彼女がおかわりをした記憶もない。
「エミリア殿下は全然飲んでないんですね」
「えぇ。泥酔状態の王女なんて見たくないでしょう? それに、飲み過ぎて問題を起こしたらまずいですから。一応立場がありますので」
いや見てみたいけどね。泥酔状態の王女殿下。
「もしかして殿下、お酒に弱いってことあります?」
「……否定はしません」
やっぱりか。でも人の上に立つ者が下戸なのはある意味では致命的なのかもしれない。酒ってのは時には歴史を動かす燃料にもなるからな。世の中には「俺の酒が飲めない奴は死刑!」って言った独裁者もいるみたいだし。
「強くなりたいとは思うんですけどね」
「でも無理して飲んだところで強くなれるわけではありませんよ。こればっかりは先天性のものなので」
それに王女が泥酔して変な勅令を出されても困る。立場上俺らは拒否できない。
「わかっています。だから、飲むふりは上手いのですよ」
「それは大事な技術ですね」
王女でもなければ必要ない技術だったかもしれないが。
そんな王女殿下のよくわからない特技について会話に花を咲かせていると、いつの間にか泣き止んだサラがもぞもぞと動き出した。
「ゆぇふー、おかわり」
「……あー、すみません。炭酸水ください」
さすがにこれ以上飲ませたらまずい気がする。俺の腕が。
ヘンリクさんの場合。
「…………」
黙る。
「あのー……」
「………………」
なんか喋って。
酒の席なのに雰囲気が悪くなる。ヘンリクさんは元々口数が多い方ではないらしいが、酔うとさらに口数が減るのだ。こういう感じの人って頭の中もなにも考えてないのかな。
「ヘンリクさんって、警務科卒業ですよね」
「……そうだ」
ようやく言葉を発した。けどドスの効いた声と武人然とした顔と出で立ちのせいで、ヤクザか看守かの雰囲気を醸し出している。もしこんな憲兵に捕まったら、あることないことゲロってしまいそうだ。
「警務科ってなんかカッコイイですよね」
「……そうでもない。内情は酷いもんだ」
「はい?」
憲兵隊の内情が酷い。嫌な予感しかしないな。
「贈収賄の類が後を絶たない。本来はそれを取り締まるのが我らの役目なのだが……」
「あー……」
やっぱりそういうのってどこにでもあるんだなー……。
「貴族とか、政府高官の類もあるんです?」
「……あまり大声で言えることではないが、ある、とだけ言っておこう」
汚職や横領、横流し、犯罪の隠匿、貴族連中がやりそうなことなんて枚挙に暇がないな。
「公爵嫡男の力でなんとかならないんですか?」
「ならないよ。オレはまだ正式に爵位を継いだわけではないし、隊の中では下っ端だ。それに権力を濫用しすぎると家に迷惑がかかる」
憲兵ってのも意外と苦労するのかね……。
マヤさんの場合。
「マヤさんあんまり変わらないですね」
「何がだ?」
性格もテンションも口数も変わらない。いつも通りのマヤ・クラクフスカさんである。
「マヤさんって酒は強いんですか?」
「クラクフスキ公爵家は代々酒が強いことで有名だからな」
「それで他人に同じ酒量を強要したりするんです?」
「……兄の一人はそう言う奴だった」
アルハラ、ダメ絶対。
「そういう君も変わってないな」
「私の場合、そもそもあまり飲んでないので」
「ガンガン飲まないと大人になれないぞ?」
「自分の適切な酒量を知ることが大人になるってことですよマヤさん」
まぁ発泡葡萄酒自体があまり好きではないと言うのもあるんだけどね。俺が好きなのはカクテル、居酒屋にいる女子大生みたいにカシス・オレンジを仰ぐのが至高。女々しいとか言うな。
「では、私は自分の酒量の限界を知るために、もっと飲むとするかな」
マヤさんはそう言うと、応接室内にあった棚の中から葡萄蒸留酒を1本取り出した。
「君も一緒にどうだい?」
「……遠慮しておきます」
アルコール度数50度のお酒はちょっと無理ですね。
「まやー、わたひにちょーだーい」
「ダメだ。サラ殿はまだ17だろう。蒸留酒は18歳になってからだ」
「けちー」
15歳の俺にその蒸留酒を勧めたのはいったい誰でしたかね……。
その後、マヤさんはラデックと一緒に蒸留酒一本を飲み干した。つよい。