クラクフスキ公爵家
招かれたクラクフスキ公爵家の屋敷は、屋敷と言うより小さい宮殿だった。当然と言えば当然。なぜならクラクフスキ公爵領は経済的に豊かだからだ。領都の人口は王都シロンスクに次いで2番目、経済力では3番目。オストマルク帝国とカールスバート共和国と国境を接しているため、交易が盛んで、そして軍事的な意味での重要度も高い。
「だからこそ兄弟の中で一人くらいは士官学校に行かなきゃ駄目なのさ」
というのはマヤさんの言である。マヤさんは第三子なので家督を継ぐことはないだろうが、エミリア王女殿下の傍に立ち続ければ、まぁ伯爵くらいには叙されるだろうな。無論、王女が無事だったらの話だが。
「今戻ったぞ!」
屋敷の戸を開けた途端、豪胆な彼女は公爵令嬢らしからぬ声量と態度で帰宅した。いいのかそれで。
でも執事や近侍達はそんなマヤさんの態度に対し眉ひとつ動かさずただ深々と頭を下げるだけだった。慣れてる、もしくは注意する気力がないのか。
初老の執事が前に出て、マヤさんの帰宅を迎えた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。他のお客様は既に応接室に通しております」
「ご苦労! すぐに行く。あぁ、そうだ。紹介が遅れたな。彼が例のユゼフ・ワレサ士官候補生だ」
例の、って何? え、俺知らない内に有名になってるの? なんか嫌だなぁ。勇名より悪名が馳せてそうだし。
「彼は一介の軍人、平民に過ぎない。でも私の大切な友人であり客人だ。粗相はあると思うが公爵家嫡男が来たと思ってもてなしてくれ」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
執事は俺にそう促すと、応接室に通してくれた。道中、俺は平民らしく豪奢な屋敷を見学する。賢人宮より手入れが行き届いている感じはあるし、近侍達も良く教育されている。名門の公爵家とは言え、一貴族の住居が王族の住まう賢人宮よりも清潔感と絢爛さがあるのはどうなんだろ……。
応接室に入ると、そこには見知った顔が5つあった。
エミリア王女殿下、サラ、ラデック、そして士官学校時代の先輩だったローゼンシュトック公爵の嫡男と内務尚書ランドフスキ男爵の娘さん、だったはず。数える回数しか会ってないから細かい部分の記憶があやふやだ。
つまり、今この部屋には王族、公爵、男爵、騎士、商家、農民がいることになる。統一感ないなココ。そして圧倒的に俺の身分が低い。ラデックは名のある商家の御嬢様を許嫁に持つくらいの奴だし、サラも一応貴族の部類に入るし。でも席次は適当なようだ。エミリア殿下が最上位の席にいるのは良いとして、上座にサラがいて下座に男爵令嬢がいるという。
「おいユゼフ。何ボサッと突っ立ってるんだよ。早く座れよ」
「いや、どこに座ればいいものかと思ってね……平民は平民らしくドア横に立った方がいいかなって思って」
「何らしくない事言ってんのよ。あんた「貴族はクズの集まりだ!」とかいつも言ってるんだから、今更誤魔化しても仕方ないでしょ」
「いやそんな過激な発言した覚えないよ!?」
確かに努力せずに世襲によって地位も名誉も富も権力も何もかも手に入れるのはダメだとは思ってるけどね? クズの集まりだと言った覚えはないよ? 覚えてないだけかもしれないけど。
「席次は気にしなくてもよろしいです。どうぞお好きな席に座ってください。なんなら、私の席を譲りましょうか?」
「い、いえ、とんでもない! 平民は平民らしく、床に座ってます!」
「バカ言ってんじゃないわよ。私の隣が空いてるから、ほら、ここ座りなさい」
サラはソファをポンポン叩きながら言った。うん、もうそこでいいや。男爵よりも上座と言うのは気が引けるが。座ってみると、ソファは柔らかく座り心地が良い。さすが名門の公爵家、こういう所にまでお金かけられるんだね。
「……てかサラ近くない?」
「そ、そう?」
広々とした3人掛けソファでこれだけ圧迫感と窮屈感を感じるのはきっとサラがソファを贅沢に使っているせいだと思うのは気のせいかな? どんだけくつろいでるんだコイツ。
さすがに自重を覚えたのか、少しスペースを開けてくれた。ふぅ。これで俺もソファにくつろげるし、なによりサラのパンチに怯えなくて済む。
「相変わらずだな……」
急にラデックがボソッと呟いた。呟いた割には部屋にいる奴全員に聞こえるような声量で。
「何が?」
「ん? 深い意味はないぞ」
「余計気になる」
でもラデックを追及してもそれ以上の回答は得られなかった。なんなんだろうね。
その時マヤさんが応接室に入ってきた。全員が揃っていることを確認すると、一度咳込んでから話の口火を切った。
「コホン。えー、全員が揃ったようなので、会を始めようと思う」
「あのー、そもそも今日が何の集まりなのか知らされていないんですがそれは」
「私も聞いてないわね」
「俺もだ」
俺の疑問に、サラとラデックが同意した。
集まったメンバーの表情を見るに、どうやら内容を知らないのは爵位を持たない俺ら三人だけのようだ。これが階級社会か。
「そうだったな。言うのを忘れていた。でもその前に、改めて自己紹介をしよう。君らは、先輩方のことは詳しくは知らないだろう?」
「そうですね。お恥ずかしながら私も名前と爵位以外はうろ覚えで……お願いします」
というわけで今更自己紹介タイム。身分の低い者から順にということで俺、ラデック、サラ、男爵、公爵の順で自己紹介をする。俺とラデックとサラの自己紹介は割愛しよう。
「あたしはイリア・ランドフスカ。ランドフスキ男爵家の長女です。姓で呼ばれるの、あまり好きじゃないからイリアって呼んでね。今は軍務省魔術研究局に勤めてる。階級は中尉」
イリアさんは茶髪ポニーテールと言った面持。快活そうだが、どうも貴族には見えない。失礼な話、サラの方が貴族っぽい。あとは……そうだな、例の部分は見た感じ伯爵レベルかな。具体的にナニとは言わないけど。確か俺より1学年上の先輩だったな。だから少なくとも16歳以上であることは確かだ。
「オレはヘンリク・ミハウ・ローゼンシュトック。ローゼンシュトック公爵家の長男だ。イリア殿と同じように、ローゼンシュトックじゃ長すぎるだろうと思う。だから気軽にヘンリクと呼んでくれ。自慢ではないが、警務科首席卒業。今は王国宰相府国家警務局王都警務師団所属、階級は大尉だ」
ヘンリクさんは見るからに武人の強面で、もし「刑務所の看守やってるんだぜ」と言っても違和感がない。学年は2つ上だった。
ローゼンシュトック公爵家は武の名門で、先代は退役元帥、当代は中将らしい。そして王国宰相府国家警務局とは、要は憲兵隊のことだね。軍内部の規律違反取締の他に、通常の警察業務であるところの市井の治安維持や犯罪捜査を行う。というかまだこの大陸には警察専門組織はない。軍隊の中に憲兵隊を作って、そこがいわゆる警察の役目を負っている。だからこの大陸では「警察」と言えばそれは即ち「秘密警察」のことであると思って構わない。
「ちなみにオレの年齢は25歳。マヤ殿の3つ上だ」
「そして私はイリアの4つ上だよ」
「ちょっと!?」
イリアさんじゅうはっさい。おぼえましたし。
「コホン。では自己紹介も終わったところだし、本題に入ろう」
「え、結局これ何の集まり?」
「慌てるな。すぐにわかることだ」
もったいぶるようなことなのだろうか。まさか国王陛下の容態が悪いとかそういう話だろうか……。
「エミリア王女殿下、サラ・マリノフスカ、ラスドワフ・ノヴァク、そしてユゼフ・ワレサ! 卒業おめでとう!」
「「おめでとう!」」
……はい?