最終日
11月9日、休暇最終日。そして、士官候補生最後の日。明日、俺は正式に軍に配属されることになる。
どこに着任することになるだろうか。
どこかの部隊の参謀か、はたまた王都の参謀本部か。軍務省勤務と言う可能性もある。たぶん実戦部隊の長になる、ということはないかな。そう言うのは剣兵科とか騎兵科とかの戦闘部隊の仕事だ。
ま、既に人事課は俺の配属先を決めてるだろうし今更ごたごた言ってもどうにもならん。せっかくもらった休暇、その最終日、今後あるかどうかわからない「一日中ごろごろして過ごす」を実行に移さねば勿体ない。2日前にも似たようなことをやった気がするけどサラと決闘したからノーカンである。さて寝るか。
と、そうはさせてくれないのが現実の厳しさである。
エミリア王女殿下の使者から「王女殿下が会って話がしたいそうだ」という連絡があった。今回は向こうから馬車でお迎えがあったわけではなく、こっちから王宮に行けとのこと。いや平民の俺がどうやって王宮に行けと、その前に貴族居住区画にも通れないってば。
とりあえず「殿下がなんとかしてくれるだろう」と思って何も考えずに王都中心部へ行ってみる。貴族居住区画に近づくと、だんだんと衛兵の数が増えてくる。まだ一般区画で、一応軍服をしている俺に対する警戒感はそんなにない。でも「あんな子供がいっちょまえに軍の正装着やがって」みたいな視線がある。俺だって着たくないよこんなの。でも王女殿下に会うかもしれないんだからさ。
貴族居住区画と一般区画の境には検問所がある。貴族や通行証を持つ人以外は立ち入り禁止。近づいただけで職質に遭い、逃げようものなら切り殺されても文句は言えない。
さて、どうしたものか。
軍服が通じるのは一般区画まで。あの検問所から先は緊急時ではない限り入れないのだ。
「こんなところで油を売ってないで突撃したらどうかね?」
「いや、俺は誰かさんじゃないんでそんな無謀な突撃はしな……え?」
気づけばマヤさんが後ろにいた。忍者か。マヤさんは前回に引き続き近衛兵の正装。うん、似合ってる似合ってる。
「背後を取られるなぞ、お主もまだよのぉ」
「いつの時代の人間ですか。第一背後の警戒は哨戒部隊の仕事です」
「ごもっとも。参謀が背後警戒なんて聞いたことないな」
「でしょ? ついでに言うと突撃も参謀の仕事ではありません」
「そうだったな。では、私と一緒に来い。副官は指揮官の後ろをついていくのが仕事だ」
クラクフスキ公爵令嬢の紹介と言うことで検問所は問題なく突破できた。相変わらず衛兵からの疑いの視線は痛い。それが彼らの仕事だと分かっていても納得できない自分がいる。
「このまま賢人宮に行く、と言いたいところだが諸事情で入れないんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、ちょっと面倒な人が一昨日帰ってきてね」
マヤさんは明言を避けたが、俺の脳裏に浮かんだ人物は一人しかいない。たぶんそれであってるはずだ。
「その一昨日帰ってきた人物はどこに行っていたんですか?」
「ん? あぁ、確かシレジア東部の直轄領の視察だよ。表向きはね」
「おやおや。裏に何かあると言いたげですね」
「物証があるわけではない。ただ、ラスキノへ義勇軍派遣が決まった直後に急遽視察の日程を決めたらしいからね。怪しさ満載だろ?」
「確かに」
言うまでもなく、シレジアの東には東大陸帝国が存在している。無関係ではないだろう。
「さて、おしゃべりはここまでだ。着いたぞ。君が最後の客人だ」
「……わーお」
つい変な声を出してしまったが、それほどその屋敷は大きかったのだ。
「ようこそ、我がクラクフスキ家へ」
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賢人宮の一画、カロル大公は自らの執務室にて黙々と日々のスケジュールを消化していた。カロル大公は「文武両道、公明正大な人物」であるというのは、彼の事をよく知らない者による評価である。実際は、文武両道はともかく、公明正大かどうかは疑問が残る。公明正大さで言えば、法務尚書タルノフスキ伯爵の方が勝っているだろう。
そんな彼の執務室に重々しい表情をした副官がやってきた。
「大公殿下、クラクフスキ家の屋敷を監視していた者から報告が入っております」
大公が賢人宮に戻った時「エミリア王女が誰かを王宮に招待した」という情報が入ってきた。相手は若い男で、軍服姿。それ以外の情報は全くの不明だった。
大公は考えた。もしかすると、士官学校時代に重要な人物と出会ってそいつを王宮に招いたのか。その重要な人物とは誰だろうか。王宮に招くとなると、相当身分が高い者となる。少なくとも伯爵か、平民であっても次官レベルの高階級だろう。
そして今日、エミリアがクラクフスキ公爵家へ向かったらしい。大公は早速信頼できる部下を大公派貴族の屋敷に向かわせ、そこで監視活動を行わせたのだ。王女はおそらくそこで誰かと再び会うにちがいない。
「ん、なんだ」
「はい。本日午前10時から11時にかけて、5人が例の屋敷に招かれたようです」
「5人か……誰だ?」
5人、という数字自体は大公にとって予想通りだった。士官学校には貴族が多いとはいえ、そこから宮廷内闘争で味方に付き、かつ信頼できる者と言ったらたかが知れている。そう考えたからだ。
「はい。まず1人目は内務尚書ランドフスキ男爵の長女イリア・ランドフスカ。2人目はローゼンシュトック公爵の長男ヘンリク・ミハウ・ローゼンシュトック」
「ふむ、なかなか厄介な二人だ」
内務尚書ランドフスキ男爵は、法務尚書タルノフスキ伯爵と旧知の仲であり国王派の中核を担う人物の一人だ。爵位の面だけで言えばカロル大公の敵ではないが、実務面におけるランドフスキ男爵の手腕は本物だ。だが、たかだか男爵の身分で内務尚書の地位の座に座り続けることに対して反感を持つ大貴族は多い。内務省の次官が子爵であることも影響している。
もう一方のローゼンシュトック公爵は、シレジア独立時から存在する武門の名家だ。最初はただの騎士階級だったが、戦争が起きるたびにローゼンシュトック家は武勲を立て続け公爵まで上り詰めたとなった実力派である。故に下級貴族からは羨望と尊敬の眼差しを受け、既存の大貴族からは忌み嫌われている。
大公にとっては国王派、ひいては王女派貴族に公爵家が名を連ねるのは非常にまずい。
シレジア王国には公爵は11家ほど存在する。そのうちローゼンシュトック家、クラクフスキ家の2つが王女派だ。カロル大公を支持している、いわゆる大公派は現時点で6家、残りは旗色を決めかねているようだ。
「……問題は残りの3人だな」
「はい。ですがこの3人については正体不明です」
「なんだと?」
「名のある貴族であればわかるのですが、見覚えのない人物だったようです」
「ふむ……であれば下級貴族か武家だな。検問所の記録はどうだった?」
「はい。調べましたところ、1人は騎士階級の娘、2人は平民の男性だそうです。ただ、性別以外の情報は虚偽である可能性もありますが……」
「いや、検問所で虚偽報告して、もしバレでもすれば大事だ。おそらく本当だろう」
「で、ではこの2人は」
「名のある武家か商家か、あるいはただの友人か……」
だが、カロル大公がいかに聡明であったとしても、これだけの情報でユゼフらが自称一般人であることを見抜けるはずがなかった。
「引き続き、屋敷の監視を怠るな。報告も定期的に行え」
「ハッ!」