再会
11月8日、休暇6日目。
昨夜サラに剣で殴られた背中がまだジンワリと痛い。でも軍隊ではこの程度のケガはケガの内に入らないので軍医や治癒魔術師に見てもらう訳にはいかないのだ。
今日は何をしようかな。2日連続で寝ると言うのもそれはそれでいいけど、さすがに身体がなまってしまう。散歩程度の運動はすべきだろう。というわけで今日も王都をブラブラと散歩する。特に何もやることないけどね。
と、思っていたのだが、その王都で意外な人物と再会した。
「ユゼフ? ユゼフじゃないの!」
んぁ? 誰? どっかで聞いたことある声だ。久しく聞いてないから、記憶の奥底に埋まっている。誰だっけな。そう考えながら声の主を探してキョロキョロする。すると、声の主はすぐに見つかった。いや、声の主を見つけたと言うよりは知ってる人がいた。
「まったくもう! 士官学校に入学してから全く連絡寄越さないなんて、心配したでしょう!」
「まぁいいじゃないか。こうやって元気だったんだからな」
両親だった。
「ユゼフ、ちゃんと食べてるの? なんかガリガリじゃない?」
「家に居た頃の方が筋肉あったんじゃないか? 士官学校で何をやってたんだ」
「そうそう、そろそろ良い女の子見つけた? あんたもいい歳なんだから恋人の一人や二人持たないとダメよ。お父さんみたいに」
「おい、待て何の話だ」
「あら、私は知っているんですよ。あなた確か結婚式の前夜に……」
「待て待て待て待てなんでなんでなんでなんで」
近くにあった大衆食堂、数日前にラデックと一緒に入った店に寄った……のだけど、とても五月蠅い。大衆食堂というものの関係上、少し騒がしいのは仕方ないのだけど、両親の声量はそれを凌駕する。
「お二人とも少し静かにしていただけますでしょうか」
このままじゃ五月蠅すぎて失聴するかもしれない。
「あら、ユゼフったらそんな変な話し方するようになったの?」
「……まぁ5年も経ってるから」
10歳の誕生日の時に一気に20歳くらい老けたからね。仕方ないね。
「ていうかなんで王都にお父さんとお母さんがいるの?」
「そりゃあ、11月だからな」
「いや、農閑期なのはわかるけど王都には来ないでしょ?」
農閑期になると収入がなくなる、だから都市部に出稼ぎに行くのは別に間違ってない。我が家もお父さんは冬の間、近くの地方都市に出稼ぎに出ていた。でも我が故郷はシレジア東部にある農村だ。シロンスクから物凄く遠い、というわけではないが、わざわざここまで来ずとも良い。
「そんなの決まってるじゃない! ユゼフが心配で来たのよ!」
「あー、えっとその、ありがとう。うん、で、なんで俺が王都にいるってわかったの?」
「なんか早馬の手紙で11月上旬に息子が王都に来るとかなんとか、詳細は軍機につきどうのこうの」
「そんなあやふやな情報で来ちゃったんだ」
「来ちゃいました。まぁ実際会えたからいいのよ」
ていうかこういう情報ってホイホイと教えていいのだろうか。一応俺は正規軍じゃなくて義勇軍としてラスキノに行ったわけだから。
にしてもうちの両親ってこんなキャラだっけ……。もっとこう、シッカリした記憶あるんだけど。
「で、ユゼフは恋人できたの?」
「いや、あの、士官学校は出会いの場ではないんですが……」
「つまり?」
「……まだです」
「あらあら、せっかくお父さんからいい顔貰ったのに」
「そうだぞ。俺みたいにいい嫁さんを貰ってな」
「そうそう。お父さんみたいに三股かけないと」
お父さんにも若い頃があったんですね……。いや父親の撃墜記録とか子供が聞きたくない話題ランキング第4位(当社調べ)なんでこれ以上の情報はいらないです。ちなみに1位は「俺が若い頃は云々」だ。
「…………あー、そう言えば、モニカちゃんがお前の事心配していたぞ」
「誰?」
「ほら、いただろ。初級学校でお前と一緒だった」
「いたような、いなかったような……」
いやホント10歳の誕生日以前の記憶がふにゃふにゃでね。それ以降の日々がとてつもなく濃厚だったから、俺の記憶の殆どが士官学校時代で埋まってる。あとはゴミ箱行きでね。
「おいおい酷えこと言う奴だな」
「と言っても覚えてないもんは覚えてないし」
「ふーん? そうか。まぁモニカちゃんたちは引っ越しちまったし、もう会うこともないだろうがな」
前世なら再会フラグだろうけど、今まで忘れてた人間でも“再会”って言葉はあっているのだろうか。作者の気まぐれで追加された新キャラって言いかえた方が良さそうだけど。
「村は何か変わったことあったの?」
「いや、別段何もないな」
「そうねぇ……。半年くらい前にお隣の息子さんが結婚したくらいかしら」
「そういやそんなこともあったな。嫁は結構美人だったぞ。ユゼフもさっさとそういう相手見つけて」
「わかったわかったから、もうそういう方向の話やめよう? ちょっと悲しくなってくるから」
「本当にいないのか? 士官学校にも女子はいるだろ?」
「いるにはいるけど、軍隊ってそもそも男社会だし……」
「それもそうか。それで数少ない女子は貴族連中が持ってくか」
まぁサラみたいに誰も寄り付かない性格の人もいるし、エミリア様やマヤさんみたいな高貴な身分すぎて近寄りがたい人もいるけど。そう言った点では俺はそれなりに人脈作れてる。もうちょっと普通の友人と言うものが欲しかった。俺みたいに没個性でこれと言って特徴のない友達が。いまさら言ったところで後の祭りなのだが。
「でも、どんな形であれ、どんな身分であれ、どんな人間であれ、お前が培ってきた交友関係は、きっとお前の将来を輝かせる物となるはずだ。だから、大切にしておけよ」
「わかってるよ、父さん。結構良い奴らだから、出来れば紹介しておきたいんだけど……」
「いいっていいって。子供の交友関係に親が首突っ込むと碌なことがない。そういうのは、お前が結婚するときだけでいいさ」
「いやいやいや。だからあいつらはそう言うんじゃ……」
「えっ? つまり仲良いお友達の中に女の子がいるってことね!」
しまった。ばらしてしまった。
「ねぇねぇ、どんな子? 教えて頂戴!」
「だからそんなんじゃないって!」
「わからないわよ? もしかしたら、将来ワレサの名を継ぐかもしれないじゃないの!」
母親が恋する乙女の顔をしていた。俺の記憶が確かならもう33くらいになるはずだが……。
「ま、将来の結婚相手の事は追々話してくれ。今日はお前の話が聞きたい。士官学校で何があったか、軍機に触れない範囲で教えてくれ」
「それもそうね。ユゼフが学校でどんな武勇伝を築き上げたか気になるわ!」
「いや、そんなたいそうな事してないんだけど……」
結局、俺らワレサ家は数時間にわたってひとつのテーブルを占拠し続け、店長に嫌な顔された。うん、ごめんなさいね。久しぶりに両親と会話したのが本当に楽しかったから、つい。
※モニカちゃんの登場予定はありません。あしからず