血闘
「じゃあ……行くよ! 水球!」
俺は合図と同時に、サラに向かって水球を撃つ。別に「剣だけを使わなければいけない」なんて言われなかったからね。水球を当ててよろめかせられれば問題ない。避けられても大丈夫なように、魔術撃った直後に俺も急速前進する。テニスでサーブした瞬間にネットまで張り付く選手みたいなイメージ。彼女が避けたところで斬撃。「どんな手を使おうが、最終的に勝てばよかろうなのだァ!」である。
とこのように半ば勝ちを確信していたせいか、俺は結構油断してたと思う。だからサラの行動が直前になるまで読めなかった。
「やっぱりね! 火球!」
サラが、俺の水球に火球をぶつけてきたのだ。俺とサラのちょうど中間地点でバスケットボール程の大きさがある初級魔術がぶつかり合う。同じ速度、同じ大きさ、同じエネルギー量を持つ水球と火球がぶつかったため、一瞬湯気によって視界が塞がれてしまった。
「チッ!」
俺はつい舌打ちをしてしまった。奇襲したつもりが、奇襲を受けてしまった格好になる。完全にこれは読まれてたな。でなければ、魔術を魔術で迎撃するなんて無理だ。銃弾を銃弾で弾くようなもんだからな。
でも俺は前進をやめない。一瞬生じた霧は俺の視界を塞いだけど、サラにとってもそれは同じ。それにここで退いても意味はない。もう一度魔術を撃っても読まれるだけだろうし、退いて正面から戦って勝てるとは思えない。この機に一気に距離を詰めて一撃を加えるのが最善だ。
二歩進んだところで、サラの影が見えた。既に剣の射程内、よしいける! 俺は左上段から剣を振り下ろす。勿論、サラがケガしないように刃で切らないように剣の腹で叩く感じで振り下ろす。速度も加減して、可能なら寸止めできるように。
これに対してサラは下から掬い上げるようにして迎撃してきた。俺が手加減して振り下ろしたせいで、威力も速度も落ちている。受け止めるのは容易いだろうな。まさかそれも想定済みなの?
サラはそのまま俺の剣を反時計回りに回転させ下に降ろす。その結果俺の腕は骨格的にきつい感じになる。
「く、この、こなくそ!」
やばい。このままじゃ腕が変になって剣を地面に落としてしまう。ええい、頭脳プレイはやめだ。頭脳プレイ(物理)してやる。
そう思って俺は半分ヤケクソでサラに頭突きを食らわせる。ケガとかそんなん知るか! 俺の石頭を食らえ!
「ふんっ」
サラは俺の頭突きを、左足を軸にして時計方向に回転した。行きつく先を失った俺の頭は宙を突き、前につんのめった格好になる。バランスが崩れたものの、サラが回避したおかげで剣の自由も開放された。よし、一旦距離を取って体制を立て直……せなかった。
サラは回避した時の回転力をそのまま剣に込めて、前傾体勢になった俺の背中に剣の腹を叩きつけた。俺は自分の体重を支えることができなくなり、転倒してしまう。そんな隙だらけの俺を見逃してくれるほど、サラは慈悲深くない。俺は首筋に剣を突き付けられた。
「……完敗だな」
ここで負けを認められないほど哀れな男になったつもりもない。
「ま、ユゼフのことだから初手で魔術を撃つだろうとは思ったわ。あんたって意外と単純だし」
決闘終了後の反省会。じんわり痛む背中をさすりながら、サラから俺の敗因を聞いてみた。
「でも他の手使っても勝てそうな気がしなかった。俺の頭じゃ、この程度が限界でね」
「本当に他になにも思いつかなかった?」
「本当だよ」
「嘘ね」
「嘘じゃないさ」
「嘘よ。だって、ユゼフ手加減したじゃない。たぶん、私をケガさせないようにしなきゃって思って」
正解です。
間違ってケガさせたら嫌だし、最悪死んじゃうかもと思ったのだ。
「そういう変な配慮するから負けるのよ。私がユゼフの剣でケガすると思う?」
「あー……思わないな」
「でしょ?」
すごいバカにされてる気がするけど実際その通りなので黙っておくことにする。
剣で勝てないから魔術を織り交ぜて攻撃した。でも考えてみれば魔術の才能も俺とサラじゃ似たようなもんだったか。頭の差は俺の方がある……と思うけど、剣術の差を埋められるほど俺の頭はよくない。サラは突撃バカってだけで頭が悪いわけじゃない。相手がどういう手を使ってくるから、自分はこうしよう、そしてここで攻めよう。そういう考えができる人間だ。さすが騎兵科次席卒業生は違うね。騎兵も攻撃偏重の兵科だから、そこらへんの判断力も必要なのだ。
「次回から、サラが戦術の授業を教えればいいよ」
「やめておくわ。私は理論じゃなくて、カンで動いてるから」
カンでこんな動きができるなんて、羨ましい限りだ。
「……で、俺負けたけど、信用できる人物だと言うことで良いよね?」
そもそもの話、俺が信用に足る人間かどうかの決闘だった……よね? つい夢中で剣と頭を振ってたから忘れてたけど。
「……ま、そう言うことにしといてあげるわ」
「なんだそれ」
なんだかいつもと逆だな。「なんだそれ」って言うのはだいたいサラの仕事だし。
あ、そうだ。「なんだそれ」で思い出した。
「結局サラの婚約者って誰?」
「……せっかくいい気分だったのに、ぶち壊しだわ」
「すんません」
俺もぶち壊しだと思うけどさ、今言わないと忘れちゃいそうだから。
サラは俺を見て、数秒逡巡した後、深い、深ーいため息を吐いて教えてくれた。
「……カリシュ子爵の次男だったわ。年齢は確か……25歳」
「玉の輿だね」
「ふんっ。子爵か何か知らないけど、随分偉そうな奴だったわ。『身分も高く頭も良くてそして何より美しい私と婚約できることを誇りに思え』とかなんとか言ってたし」
「すっげぇ頭悪そう」
ナルシストって言うより残念な人だな。サラには似合わないタイプ……って子爵次男に合うタイプの人間ってなんだ? 恥も外聞も誇りも全部投げ捨てて子爵を囃し立てるのが生きがいだと思える人間か? そんな奴いねーわな。
「身分と頭はともかく……そいつ美しかったの?」
「いや、別にそんな感じではなかったわね。平均以上かどうかも怪しかった」
残念と言うより「哀れな人間」という領域に達している。子爵次男には頑張って一生独身で生きてほしい。爵位は長男がたぶん継ぐらしいから安心しろ。
「だから、私はユゼフの方が良いわ」
「そりゃどーも」
さすがにソレと比べられても嬉しくはない。大抵の人間なら勝てるよ。身分以外なら。
「……」
「な、なにかなサラさん」
「さん付けしない」
ポカリ、と頭を小突かれた。この流れも久々な気がする。
サラはむすーっとした表情でこっちを見つめている。そんなにさん付けが嫌だったんですかね……。でもこの反応欲しさに、ついさん付けしてしまう俺がいる。
気づくと時刻は19時を回っていた。結局、俺らは夕飯を食い損ねたようだ。