休暇
11月5日、つまり休暇3日目。
王都観光に早くも飽きた俺は兵舎で惰眠を貪ろうとしていたのだが、
「おいユゼフ。ちょっと付き合えよ」
「えっ?」
なんかラデックの野郎からデートお誘いがあった。
俺とラデックが入ったのは、シロンスクの中間層住民が多く居住する区画に存在する大衆食堂、と言うより居酒屋の雰囲気に近いな。
ちなみにシレジア王国内の飲酒可能年齢は酒の種類によって違う。例えば葡萄酒は12歳から、麦酒は15歳から、そして火炎瓶は18歳から飲酒可能だ。基準は不明。それに自己申告制である場合が多いし、店も売り上げが減るのを気にして深く追及したりはしない。なんというザル法。
閑話休題、今日は男二人で男子会である。まぁたまにはいいよね。
「で、一昨日はなにやったんだ?」
「……なにって?」
「いや、二人で何したんだよ」
“何”の発音が一瞬卑猥なものに聞こえたのは気のせいだろうか。っていや待てその前に、
「なんで俺が二人で行動してたのを知ってるんだ?」
「……それは、その、あれだ。風の噂でな」
「ほほう」
どんな風の吹き回しでそんな噂が流れたのやら。
とりあえずラデックに詰問の視線を送り続けてみる。じー……。
「あー、その、なんだ。すまん」
あっさりゲロった。大衆食堂でゲロった。いや汚い意味はないよ。ある意味では汚いけど。ラデックは捕虜になったら機密情報を即行でバラして身の安全を図るタイプかもしれないな。高級士官たる者、甘んじて捕虜になるくらいなら死んでください。
「ふーん。ま、別にいいけどね。ラデックが中心市街に行った時点で怪しかったし」
中心市街地は高級貴族の居住地で関係者以外立ち入り禁止。そんなところにラデックが住んでるはずもない。お前が実は貴族でした、っていうオチがなければ。……ないよね?
「そうだな。俺の家は確かにシロンスクにあるけど、さすがに中心市街にはない。畜生、反対方向に行けばよかった」
「そういう問題でもないぞ?」
「そんなことより!」
あ、逃げた。
「マリノフスカ嬢とはどこまで行ったんだ? 顔面接触くらいまでは行ったか?」
「そうだね。頭突きは散々されたね」
サラは石頭だから結構痛いんです。いや本当に。
「いやそうじゃなくてだな」
「だいたいなんでそんなこと聞くんだ? 他人の心配する前に自分の心配しろよ」
今度は俺が逃げる番だ。ラデックに話題を投げ返してみる。
「良いんだよ。俺はもういるから」
「いるって何が?」
「許嫁」
「は?」
許嫁? なにそれエロゲ?
「いや、俺もびっくりしたんだけどな。昨日親父に会ったらいきなり許嫁を紹介されてな」
「……あー、美人か?」
「まぁな」
「死ねばいいのに」
「おい」
美人の許嫁とかマンガかエロゲか何か? この国の主人公はラデックなの?
主人公だとしたらこいつは死ぬことはないか。軍人が許嫁持つと死ぬ予感しかないけど、ラデックは後方勤務だろうし、主人公補正でフラグ回避するだろうな。ケッ。
「商家の次男坊の許嫁ってことは、やっぱいい所の御嬢さんな訳?」
「そうだな。あんまり詳しく言えないけど、確かオストマルク帝国の商家の次女だか三女、だったかな?」
「おやおやそれは」
貴族の娘とかじゃなくてよかった。いつもの5人のメンバーの中で俺だけ平民どん底にならなくてよかった。貴族ってだけで昇進が早くなるから嫌だよね。逆に平民は実力も武勲もあってもポスト数の問題で貴族が優先されて昇進が遅れたりするし。
っと、ここで料理が運ばれてきた。南国の郷土料理らしいものが続々と……ってこれ完全に地中海料理ですわ。オリーブオイルっぽいものもあるし。
「だから俺のことはどうでもいいんだよ! 問題はユゼフだよ。お前の方こそ身を固めたりはしないのか?」
「ラデックさんや。俺はまだ15歳だよ? 身を固めるの早くない?」
「いや、そうでもねぇよ? 貴族や中間層ならまだしも農民ならそろそろ結婚を考えるべきだろ」
ここら辺の文化の違いはまだ慣れないな。結婚ねぇ……。
「結婚はまだいいや。両親には悪いけど孫を作る予定はない」
「なんで」
「いや、なんか死にそうじゃん」
俺、実は故郷に恋人がいるんすよ。帰ったら求婚しようかと。花束も買ってあったりして。
とか言ったら確実に死ぬ。俺が死なないにしても求婚相手が死ぬ。
「確かにそういう縁起の悪さはあるけどよ。そうじゃない例もあるだろ? それに守るものができたら男は強くなるって言うじゃん?」
「俺はラデック達を守るのに精一杯でね。ここでもう一人守る対象増やしたら手が足りないよ」
「なんか恰好つけてるけど、守られてるのどっちかと言うとお前の方だよな?」
ごもっともです。
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11月6日。休暇4日目。
なんだかんだ言って全然休めなかった昨日の分まで休もうと兵舎に引き籠っていたところを、なんか呼び出しを食らった。扉を開けると、そこにはなぜか基地司令官の姿が。あまりにも唐突過ぎてた。敬礼も服装も乱れっぱなしなのに。
「すぐに身なりを整えろ。やんごとなき身分の方が貴様に用があると言っている」
来客者の名は、容易に想像がついた。
「今回は、公爵令嬢ですか? それとも、もうひとつの方ですか?」
「もうひとつの方です、ユゼフさん」
どうやらヴィストゥラ公爵家はまた取り潰しになったらしいな。
来客者の名はエミリア・シレジア第一王女、と護衛兼付き人のマヤ・クラクフスカ公爵令嬢。エミリア殿下は見慣れた軍服ではなく、貴族用のドレスを身に纏っている。マヤさんは一応軍服だけど、正規兵の軍服じゃなくて近衛兵の軍服だった。配属先発表はまだのはずだよね?
そんな国内でも有数の地位にある御方が俺のような平民に会いに来た、というのは周りからどういう風に見えているのやら。そして二人の背後にはどっかで見た事がある貴族用馬車と、おそらくは護衛の近衛兵およそ2個分隊。さすがの護衛の量だな。
「今回は、どういったご用件でしょうか?」
「そうですね。今後の事、と言っておきましょうか。ここではなんですので、どうぞ馬車にお乗りください」
「大変ありがたいのですが……王女殿下の乗る馬車に同乗するというのは些か問題では?」
「あら、ユゼフさんは私を害しようとしてるのですか?」
「い、いえ。そんなことは」
「では問題ありません。問題だと言う人がいるかもしれませんが、そんなことを言う人は出世が遅れるだけですよ」
しれっと怖い事を仰る。
「では、参りましょうか」
こうして俺は人生初、そして人生最後になるかもしれない貴族用馬車に乗る。しかも王女殿下付きで。怖いなぁ……。
近衛兵からの妙な視線と俺自身が緊張したこともあってか道中は特に何も会話はなかった。エミリア殿下やマヤさんも気を遣ったのか、話しかけることはなかった。あぁ、胃が痛い。
そして到着したのは、想定外のような予想通りと言うか、王宮だった。王宮の名は確か「賢人宮」だったかな。
……農民の子が王宮に上がるってなんだそれ。農民の分際で王宮に上がったら……というかシロンスクの貴族領域に入った瞬間コロコロされるのに。
「えーっと、上がっていいのでしょうか? 自慢じゃありませんが、私は王宮内の礼節のなんたるかを知りませんよ?」
「大丈夫ですよ。一応人目を盗んで入ります。ここは王族専用の裏口ですから」
え、裏口なのここ。裏口にしては立派だし、ていうか王族専用口を農民が使っていいの!?
「私はこれでもユゼフさんを信用しているのです。どうぞ、遠慮なさらないでください。それなりの節度を持って」
最後の一言がなければ遠慮なく上がれたんだけどなぁ……。