二人と三人
シロンスクの新市街地区。新しいと言ってもシレジア独立直後に開発が進んだ地域だから150年くらい経っている、らしい。と言うのもこれを教えてくれたのは、しどろもどろになりながら俺の手を引っ張って何処かに連行しようとしているサラという人物だからである。本当に何があったんだか。
「こ、ここよ!」
と言うと彼女はやっと手を離してくれた。あまりにも強く握られたせいか感覚が麻痺してるようだ。
で、なんだここ。見た感じは、パリのオサレなカフェみたいな外観だ。新市街にあって特に歴史を感じさせる建物だ。えーっと、店の名前は「黒猫の手」かな?
「……ここがどうしたの?」
「い、いや、だ、だから、あの、今回、世話になったから、奢ってあげようかと思って……その…………」
最後の方はゴニョゴニョ言ってたからうまく聞き取れなかった。が、まぁ前半だけでも十分か。
「別にいいのに。お礼言いたいのはこっちの方だし」
「いいの! 私の気分の問題だから!」
「はぁ……」
でも女子から奢ってもらうのも気が引けるし……せめて折半くらいにしておかないとなぁ。
どこからか店員がやってきて俺らをテラス席に案内する。こういうのって確かチップの関係上、案内されるまで勝手に座っちゃダメなんだっけ? 前世じゃ海外旅行行ったことないから、チップとかどれくらい用意せなあかんのかわからないな。
にしてもさっきからサラがこっちを向いてくれないし、妙に黙ってる。なんだか気張った雰囲気を醸し出してるし、もしかするとサラも初めてなのかもしれない。よし、ここは俺がウィットに富んだ冗談を言って場を和ませようか。
「でも、なんかこれ逢引みたいだね」
「……ッ!」
ひぃっ。なんか睨まれた! すごい形相で睨まれた! 怖いよサラさん!
殴られるかもしれない、そう思って身構えたがサラは殴ることも蹴ることも頭突きをすることもなく、案内された席に座った。
これが最後の晩餐にならなければいいが。
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「にしても二人には似合わない店だなぁ」
「そうだな。あの二人には大衆食堂の方が合ってるだろう」
「まぁ、今更言っても仕方ありませんし、それに場に馴染めずにそわそわしている二人を眺めるのは結構楽しいですよ」
「エミリア様はお人が悪いですね」
喫茶店「黒猫の手」から数十メートル離れた地点にある建物の陰に、怪しげな三人組がいる。三人組は建物の陰から喫茶店「黒猫の手」に座る一組の男女を観察している。道行く人々はその存在を無視するかのように通り過ぎていく。触らぬ神に祟りなし、いや触らぬ変質者に被害なし、と言った方が適確かもしれない。
「ラデックくん、質問いいかい?」
「なんです?」
「私は王都は何度か足を運んだことがあるだけで、あの店のことをよく知らないんだが」
「あぁ、あそこはシロンスクではそこそこ有名な逢引場所ですよ。創業170年の老舗です」
「170年というと、新市街の開発が始まったばかりの頃ですね」
「にしても、もっと別の場所はなかったのかい? なんか周りから浮きまくってるじゃないか」
「いやー、でも初めての場所が工夫ひしめく大衆食堂だったら嫌じゃないですか。あれでいいんですよ。それにさっきエミリア様が言ってたように、見てて楽しいですし」
さて、このような事態になったのはだいたいこの三人のせいである。二人の仲が進展するようでしないようで、五年間ずっと微妙な距離感にある二人にやきもきした三人組が画策した結果である。
帰還道中にマヤが発案。そしてラデックが王都で適当な場所を選び、その情報をエミリア王女を経由してサラに渡した。サラは顔面を熱した鉄板のようにしながら、その情報を有効に活用した、というわけである。
「マリノフスカ嬢はともかく、ユゼフの野郎はいつこういう機会があるかわかんねぇからな」
「そうだな。参謀としては満点だが、異性としては赤点だ。我々が支援せねば進級もままならぬだろう」
「サラさんも些か自信と気が強いですし、相手を見つけるのは苦労しそうですしね」
「二人は相性がいいからな、これほど理想的な組み合わせは今後おそらくはないだろう」
「でもまぁどっちも顔はそれなりに良いから、物好きが現れるかもしれんがね」
「ラデックくんが言うと嫌味にしか聞こえないぞ?」
「こりゃ失敬」
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こんなオサレで高そうな店で気兼ねなくむしゃむしゃできるだけの厚顔無恥さを、俺とサラは残念ながら持ち合わせていなかった。結局頼んだのはドリンク1杯ずつ、それでも一般的な大衆食堂で頼むドリンクより5倍高い料金設定。解せぬ。そしてドリンクは美味しいんだけど場は気まずい。微妙な空気が俺らの間を流れている。これはあれだな、別れ話をする前の恋人特有の雰囲気に似てる。
「……私はユゼフに感謝してるわ」
座ってからずっと大人しくしてたサラがようやく口を開いた。
「どうしたの急に」
「い、いや、あの。私、思い返せばあんたに助けられたこと多かった。士官学校でも勉強教えてくれたし、ラスキノじゃ作戦に助けられたし。でも正面からお礼言ったこと、なかったかなって思って……」
「別にいいよ。お礼言われたくてやってたわけじゃないし。それに俺もサラに助けられたし」
「私何もしてないわよ」
「したよ。士官学校じゃ俺に武術を教えてくれたし、ラスキノでも前線に立って戦ってくれたじゃないか」
「別に、それは私じゃなくても」
「いやいやいや、重要なことだよ。完璧な作戦を作ったところで、それを実行してくれる仲間がいなきゃ意味がない。それにサラも、他のみんなも、想像以上に戦果を挙げてたし。おかげで生き延びることができた」
あの作戦を俺が前線に立って実行しろと言われたら無理だな。サラが隣にいてくれたからなんとか戦えたってだけだし、離れた途端俺は魔術攻撃受けて生き埋めにされたしね。サラ大明神様は武運を引き寄せる効果があるようだ。
「そんなこと言ったら私だって、ユゼフがいなかったら今頃、良くて帝国の捕虜収容所にいたわ」
「じゃ、お互い様と言うことで、この話は終わり」
「へ?」
「お互いがお互いを助けあった。それだけさ。これから先にもこういう事はあるだろうし、その度にこんなことやってたら日が暮れるよ」
だいたいサラからお礼を言われるとなんか背中がむずむずする。サラはお礼を言うより俺の背中を蹴飛ばす方が良いと思います、はい。
「これから……あるかしら」
「次がいつになるかは知らないけど、二人が無事に生きてたら、まぁ一緒になる機会もあるんじゃないかな」
「一緒に……うん、そうね。でも、これだけは言わせて頂戴」
彼女は半秒間を空けて、この5年間で一番の笑顔で言いたいことを言った。
「ありがとう、ユゼフ」
あまりにもその笑顔が綺麗だったもんだから一瞬言語障害を起こしてしまったようで、サラに殴られるまで俺はポカーンとしていた。