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大陸英雄戦記  作者: 悪一
士官学校
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サラ・マリノフスカ撤退作戦 ‐前哨戦‐(改)

「敵部隊発見。1時方向、距離100……ってとこかな」

「5人揃ってるわね」

「1人か2人を周囲に配置して索敵させたりしてなかったのは幸運かな」


 女子寮に続く並木道を偵察してみた結果、敵は今俺たちの居る場所と女子寮のちょうど中間地点に陣取っている。


 カーブが所々あるために外からは見えにくく女子寮からも判別つかない絶妙な位置取りだ。でも敵からは見えやすいってわけじゃないだろうし、それに油断してるようだ。


 ま、当たり前か。入学したばっかの女子相手に本気になる奴の方が変だよな。これぐらいやっときゃ大丈夫だろう、という慢心もあるだろう。


 にしてもここから見た感じ目立った怪我(毛が)ないな。すぐに火を消せたのか、もしくは治癒魔術が使える人がいるのか。


「で、どうする? 燃やす?」

「……やめたほうがいいと思う」


 さっきも言ったが、この通りは並木道だ。流れ弾が木に当たって下手すりゃ大火事になる。さすがにそれは退学は免れないだろう。


 水球(ウォーターボール)ならせいぜい枝が折れるくらいで済むけど、100メートルも離れてたら当たらないだろう。

 威嚇ならともかくこの場合は当てなきゃ意味がない。あ、そうそう。言い忘れてたけどこの世界の度量衡も「メートル法」だったよ。わかりやすくていいね。


「とりあえず下がって作戦を練りますか。日暮れまでまだ余裕があるし」

「わかったわ」


 そう言って俺らはあの伯爵のご子息殿(ハゲ)の集団から見えない位置、並木道の終端にある広場まで後退した。


「で、どうするのよ」


 彼女は例の木箱を脇に抱えつつ、やや高圧的な態度で聞いてくる。イライラを隠せない様子だな。


「マリノフスカさんって何ができます?」

「え? 剣と弓と馬はそれなりにできるわよ。魔術は初級学校で習ったやつだけ」


 うーむ。これじゃ走って正面突破は無理かな。彼女がチートじみた能力を持ってるなら話は別だったけど、白兵戦能力がそれなりってだけだとさすがに5対2はきつい。

 しかも相手は上級生だからそれなりに剣の心得はあるだろう。


 質でも量でも相手が上か……こりゃ結構きついぞ?


 ……んー、あの手で行けばうまくいくかもしれないけど……些かハイリスクだな。

 でも他に選択肢が思いつかない。やるしかないか。


「マリノフスカさん」

「なに?」

「作戦を思いつきました。私の言う通りに行動してください」


 彼女は訝しげな視線を俺に突き刺した。まぁ会ったばかりの人間を信用する方が可笑しいか。


「わかったわ。はやく説明して」

「えっ?」


 信用しちゃうの? こんなにあっさり。

 俺が困惑していると、彼女はちょっとイラついた表情をしていた。「なんでさっさと説明しないのか」と言いたげな顔だ。


「なによその反応」

「あー、いやー……。信用してくれるの? 会ったばかりだよね?」

「そうだけど、それが何か問題でもあるの?」

「大ありだと思いますけど……」


 だって会ったばかりだよ? 名前以外何も知らないと言っても良い、他人だ。それをアッサリ信じる、と彼女は言っているのだ。


 マリノフスカさん自体は「信用して当然だろう」という顔をしている。

 むしろ「なんでそんなことも分からないの?」と言いたげな目も向けてきた。


 そして彼女は少し溜め息を吐くと、俺を信じる理由を話してくれた。


「私はあなたを信用するわ。確かにパッと見は貧弱そうだし、時々言動が変だけど、本当に信用できない人ならここまでついてこないでしょ」

「そう……なのかな?」


 突然裏切って身柄引き渡しとかしちゃうかもよ?


「それに、今はあなたを信じることが最善手。私にとっても、あなたにとっても。違う?」

「……違わない、かな」

「ハッキリしなさいよ」


 信用してくれるのか。うん、なんか嬉しいな。

 こういうのは両親以外じゃ初めてかもしれない。前世含めて。


 よし、じゃあ行くか。


「作戦を説明するよ」

「えぇ、聞いてあげるわ!」




  ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「にしても全然来ねーな。もしかしてもう女子寮にいんじゃね?」


 オレの仲間でパシリの1人が、欠伸を噛み締めながらそう言った。

 相変わらずこいつは緊張感がない。そんなんだからいつまでたっても剣術の成績が上がらないんだろう。


「さっきも親分が説明したろ。あいつは女子寮とは反対方向に逃げた。まだ奴は女子寮にはいないはずだ。どうせそこらへんで油売ってんだろ」


 雑用係がそれに反論する。こいつは優秀ではないが無能でもない。ただオレに対してやけに媚びてくる。だいたい「親分」なんて呼ぶんじゃねぇよ。

 まるでオレが不良みてーじゃねーか。


「ま、ひとりでノコノコ帰ってきたところを甚振りましょう。なんなら輪姦(まわ)しますか?」

「んなことしねーよ。万一バレたら面倒なことになる」


 こいつは見た目こそ眉目秀麗だが、それに反してあくどいことを平気で言う奴だ。オレらの中で一番の悪役はこいつだろうな。

 そんなことをしても、法務尚書を父に持つオレの身が刑事罰を受けることはないだろう。親父ならなんとか揉み消すことはできる。

 だが妙な噂を立てられては貴族社会じゃ何かと不便になる可能性があるし、第一オレが親父にいろいろ言われて面倒だ。


「ま、多少のお仕置きとやらをしなきゃならねーけどな。それが上級生の義務ってやつだ」

「タルノの言う通りだな。あの小娘に礼儀というものを教えてやろう」


 タルノ、というのはオレのあだ名だ。この国には「○○スキ」だの「○○スカ」って姓の奴が多くて面倒だからな。


 そうだな。2、3発蹴り入れないと気が済まん。小娘だけじゃなく後ろから水かけやがったあの小僧にも礼儀を教えんと……。


「タルノ! 右正面!」

「ん?」


 言われた方向を見てみる。あれは……。


水球(ウォーターボール)だ! 2つ来るぞ!」


 速度はあるが、どうやら遠くから撃ってきたようだ。避ける時間は十分にあった。

 水球(ウォーターボール)は2つ。初級魔術は割と連射ができるが、1回につき1発しか撃てない。


 つまり、敵は2人だ。おそらくあの赤髪の小娘と、騎士気取りの小僧だろうな。


「どうやらビビッて撃ってきたようだな。そんなんじゃ当たらねぇぜ!」

「ウサギ狩りだ。一気に距離を詰めて袋叩きにするぞ!」

「おう!」




  ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「意外とはえーなあのハゲ!」


 見た目に騙された! 恰幅がいいから太ってると思ったけど、あれプロレスラーの恰幅の良さだよ! こえーよ!


 レスラーが全力疾走しながら仲間と交代で水球(ウォーターボール)を連射する姿は下手なホラー映画より怖い。


 へ、へるぷみー!


 だが残念ながら助けはない。今は当たらないよう神に祈りながら逃げるだけだ。


「母なる大洋の神よ! 彼の者に其の力の片鱗を見せ給え!」


 後ろから詠唱が聞こえてきた。……詠唱? あ、それってまさか!


「死ねェ! 水砲弾(アクアキャノン)!」


 中級魔術だこれ!? まずい! てかガチギレじゃねーか!


 中級魔術「水砲弾(アクアキャノン)」。


 初級魔術「水球(ウォーターボール)」の正統進化魔術。水球(ウォーターボール)がバスケットボール程度大きさの水弾を射出するのに対して、水砲弾(アクアキャノン)は1メートル程の大きさの水の塊を高速で撃つ魔術……らしい。

 実物を見るのはこの時が初めてなのだ。


 まぁわかりやすく言うと水でできた軽トラが敵目がけて突っ込むイメージ。相手は死ぬ。


 俺は咄嗟にその場で伏せる。この手の魔術は掌から射出する関係上、地面すれすれの場所に隙間ができるのだ。


 その判断が功を奏したのか、水塊は俺の上を通り越し、通りの木を2、3本薙ぎ倒した。

 すげー威力だ。士官候補生ともなれば中級魔術程度は誰でも使えるってことか。


 だが、伏せたおかげで敵に距離を縮められてしまった。もう30もない。相手の表情どころか黒目がハッキリ視認できる距離だ。


 とりあえず俺は後ろに向かってたまに水球(ウォーターボール)を撃って敵を牽制しつつ、全力で逃げる。足には自信がないが、あとちょっとで目的地に着く。


 いくつかのカーブを曲がった後、視界が急に開けた。通りを抜け、さっきまで作戦会議していた広場に到達した。

 俺のすぐ後ろから追いかけてきたハゲ男たちも続々と広場に到着した。敵は合わせて5人。


 よし。うまくいった。




 俺たちの勝ちだ。


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