王都シロンスク
シレジア王国内で最も人口が多く、経済力もある都市、それが王都シロンスクだ。経済だけでなく、政治・文化・学問の中心地でもあり、様々な施設と多種多様な人物が往来している。
歴史も古く、1500年以上前にはここにシレジア人が都市を作り、国を作っていたようだ。
そんな王都シロンスクの中心地、政治関係の施設が密集する行政区画に軍務省庁舎がある。
シロンスク郊外にある駐屯地内の仮兵舎を経由して軍務省庁舎についたのは11月3日のことである。俺らはそこで人事局ではなく経理局に通された。経理局ってことはあれか。給料かな。
経理局のお偉いさんだろうか。ハゲメガネデブという三倍役満の役人が俺らの挨拶にきた。すごいなお前。
「あー、長旅ご苦労だったね。今から君たちに士官学校5年間と、今作戦の従軍による俸給を与える。同時に休暇もね」
「……休暇ですか?」
「あぁ、そうだよ。人事局から連絡が……えーっと、どこに置いたっけな……。っと、あったあった、読むよ。『第38独立混成旅団第33歩兵小隊所属の士官候補生らには一時金と7日間の休暇を与える。また卒業後の配属先については休暇終了後に発表する』とのことです」
やったぜ。しかも一週間も休暇が貰えるのか。
「えー、では今から順番に呼ぶので給料を受け取るように。最初は……」
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給料と言っても全て現金が手渡されたわけじゃない。一部のお金を除いて給与明細と預金通帳を足して2で割ったようなもんを渡された。この預金通帳を王立銀行の窓口に提示すれば、預金が引き出される仕組みだそうで。まぁここら辺は前世と一緒か。
ついでに説明しておくと、この国の通貨は金・銀・銅の3種類の金属硬貨からなる。金貨は銀貨の10倍の価値があり、銀貨は銅貨の100倍の価値がある。なお紙幣はまだ誕生してない模様。銀行はあるし預金通帳もあるんだから紙幣もあったって良いと思うけど。
通帳に書いてあった数字は……うん、まぁ一生懸命働いて貯めたお金くらいの分は入ってたし、出兵手当があったせいかそれなりのお金が我が口座に振り込まれている。……死ぬ思いをした割には安いような気もするが……まぁ、いっか。
軍務省を出た後は休暇なのでもう自由行動だ。特に何もすることはないから仮兵舎に戻っても良いんだけど、5年間も士官学校にいたし、それに初めての王都だ。散策というか観光がしたいな。
「みんなはこの後どうするの?」
とりあえず参考までに元第334部隊メンバーに予定を聞いてみる。
「俺の家はシロンスクにあるから、ちょっと覗いてくる」
「え、ラデックってシロンスクに住んでるの?」
「言ってなかったっけ?」
「初耳だよ!」
王都在住とかボンボンだな。あ、そういや商家の息子か。貴族から注文があるくらいだからそれなりの家だろう。うん、気になる。
「俺も覗いちゃダメか」
「ダメだ」
「なんで」
「いや、なんとなく」
なんとなくで拒否られた。念願の友達宅訪問が! ま、いっか。そこまで行きたいわけじゃないし。
ラデックは他の3人と適当に挨拶するとそのまま駆け足で走り去っていった。なんかさらに都市の中心に向かって。……まさか都市中心部に住んでるわけじゃあるまい。あそこは貴族の領域だし。まさかね?
「エミリア様は……やっぱりお父様にご挨拶なさるんです?」
「当然です。聞きたいことが山ほどありますので」
でっすよねー。
あぁ、フランツ陛下。どうかお元気で。
「……手加減してあげてくださいね」
「それはお父様次第です」
これ絶対手加減しない奴ですわ。
お願いだから程度を考えてね。娘に嫌われたお父さんってなんかもう可哀そうだから。見てらんないから。
「私もエミリア様に同行することにするよ。陛下に報告をしなければならないしね」
「報告のついでに陛下の護衛もしてあげたらどうですか?」
「断る。私はエミリア様の護衛だ」
2人が結託して国王陛下を暗殺しようとしてるんじゃないだろうか。
エミリア様御一行が王宮に向かったのを見送ると、軍務省前は俺とサラしか残ってなかった。他の士官候補生たちも各々の行きたい場所に散ったようだ。
サラは特に何も言わず、借りてきた猫のようにじっとしている。そしてなぜかこっちと目を合わせようとしない。
「えーっと、サラはどうするの?」
「……」
「あのー? 生きてる?」
「……」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
いや本当にどうしたんだ。とりあえず、手を振ってみるか。
サラの眼前で手をぶんぶん振ってみる。やはり反応は……ん、あった? なんか、手を掴まれた。物凄い力で掴まれた。痛いですサラさん。とりあえず抵抗を試みてみたが……離してくれないどころかギリギリと締め付けが強くなる。ほ、骨がミシミシ言ってる気がするんですけど!?
サラは俺の手を掴んだまま歩き出した。自然、俺も引きずられる形になって歩き出す。
「あの、サラ? サラさん? どこへ行くのかな?」
「……」
へんじがない。ただのぞんびのようだ。
顔をこっちに向けてくれないので表情を読み取ることもできない。分かるのは相変わらずサラの髪の色が真っ赤に燃えてるってことだけだな。肩まで伸びてるけど、剣振るときに邪魔にならないのかな。
俺の疑問とささやかな抵抗を余所に、サラは俺をシロンスクの新市街まで連行した。
なんすかこれ。