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大陸英雄戦記  作者: 悪一
ラスキノ独立戦争
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帰路

「リンツ子爵閣下。今回のご提案、大変興味深い物でしたが保留とさせてください」


 エミリア殿下がそう返答すると、リンツ子爵は意外にも笑顔だった。

 ははーん? これは最初から期待してなかったな? どうやら、提案をするのが目的だったようだ。そして王女殿下が本当に信用できるかどうか、そのテストも兼ねていたのだろう。殿下は目先の利益に飛びつかず、かと言って拒否もしなかった。物事の道理が分かる王女殿下、カロル大公よりは話せる人だ、そんな感じだろうか。

 やれやれ、結局王女殿下はオストマルクとのパイプを持つに至ったのか。非公式かつ元戦場での急場の会談で、互いが身分を隠していたから外部に漏れる心配はないだろうけど、エミリア王女は親オストマルク派と思われても仕方ないだろうな。


「その返答が聞けただけでも十分な収穫です」


 リンツ子爵はそう言って笑ってみせた。こんな笑顔の子爵、もといカーク准将は今まで見た事ないな。オッサンだけど。


「それでリンツ子爵。私の方からも提案があるのですが、よろしいですか?」

「ほほう? なんですかな?」

「今回の件について、今後より話し合いをするためにも、信頼できる人をそれぞれの大使館に派遣するのはどうでしょうか」


 エミリア王女様の意向を汲んだ部下をエスターブルクのシレジア大使館に、そしてリンツ子爵の意向を汲んだ部下をシロンスクのオストマルク大使館に派遣する。そうすれば機密を守ったままその後の交渉ができる。間接的で少し手間がかかるのは仕方ないが。ちなみにこれはヴァルタさんの提案だ。


「承知しました。本国に帰って上司に相談しましょう。了解が取れ次第、大使を派遣します。シレジアからの使者は、こちらの大使がシロンスクについた時点で送っていただければ結構です」


 その後は特に何も提案も話もなく、会談は終了した。


 この10月28日の会談は、果たしてシレジアの未来をどう変えるのか。




---




 10月29日。


 我ら第33歩兵小隊がシレジアに帰れる日。およそ2ヶ月だからそんなに離れてないんだけど、気分的には2、3年いた感じがする。ともかく帰れる。たぶん死ぬ心配もない。

 そしてシロンスクの軍務省で卒業後の辞令が下る。


「……」


 ラスキノから出発して暫く経った頃、気づいたらサラがこっちをじっと見てた。なんかついてる?


「どうしたの?」

「いや、これでユゼフたちともお別れになるのかなって思っただけよ」


 あー、そうか。そうだな。普通に考えたら同期生が同じ勤務地になるはずないし。場合によっては反対方向に配属されるかもしれない。そうなれば、数年は会えないだろうね。


「なんだかんだ言って5年の付き合いだったから、いざお別れとなると感慨深いものがあるな」

「何言ってんだよ。もしかすると同じ勤務地になるかもしれないだろ」

「そうなってくれれば、寂しくはないんだけどねぇ……」


 あまり期待しないでおこう。僻地勤務じゃなかったら私はどこでもいいです。


「そう言えばこの第4班の偏った編成は誰の仕業なのかしらね?」

「そういえばそんなこともあったね」


 ラスキノじゃ別行動が多かったから同じ班として戦った感じがないけど。

 このことについては意外なことにヴァルタさんがクツクツと笑いながらその答えを教えてくれた。


「推測だが、答えが分かる気がするよ」

「え? そうなんですか?」

「あぁ。出撃前、つまり士官学校で教師たちから『上層部からの命令であるから行くな』という話があったのは覚えているかい?」

「あぁ、そんなのありましたね」


 確かにエミリア様とヴァルタさんが呼ばれたことあったね。あれか。


「エミリア様は軍務省からの命令だと思ったみたいだけど、私は違うと思うんだ」

「え? 違うんですか?」

「あぁ。彼らは“軍務省”とは言ってない。“上層部”と言ったのさ」

「別に軍務省を上層部と言い換えても問題ないのでは?」

「問題はないが、上層部だともっと広い意味があるからね。軍に命令できる“上層部”というのは、この国じゃ3つある」

「……まさか」


 軍の上層部と言ったら普通は軍務省だが、王制・貴族制国家の場合、王族や貴族の圧力がかかる場合がある。一応人事権は軍務省にしかないが、私利私欲のために王族貴族が横槍を入れることはままあることだ。

 そんで俺たちのことはヴァルタさんが王宮に定期的に送っていた報告書で知ってたんだろう。


「お父様ぁ……」


 エミリア様が項垂れていた。どうやら俺と同じ結論に至ったらしい。


「ま、まだ国王陛下と決まったわけでは……」

「いえ、十中八九お父様の仕業だと思います」

「その心は?」

「私が士官学校に入ったことを知っているのは宮廷内では王族と軍務尚書だけです」

「なるほど」


 王族と言うと国王と大公しかいないし、大公が意図してこの編成にする理由がわからない。軍務尚書がやったとしても、国王の無言の圧力だろうか。


「人事権の濫用をするなんて王族の恥です! こうなったらお父様に目に物見せてあげます!」


 国王陛下を弑逆(しいぎゃく)でもするんだろうかこの王女様。こわい。


「そ、そう言えばヴァルタさんって結局何者なんですか?」


 無理矢理話題を変えてみる。

 国王陛下の信任を受け王女を護衛、監視して定期的に報告書を送るなんて普通の人じゃできない。前から気になってたけど聞きそびれてしまった。


「言ってなかったか?」

「聞いた覚えはないですよ」

「ふむ……確かに卒業したらいつ会うかわからんしな。教える機会もないか。……よし、条件付きで教えてやろう」

「条件?」

「私のことをヴァルタと呼ぶのはやめて欲しい」

「? あぁ、偽名だからヴァルタじゃダメってことですね」

「違うそうじゃない」


 違うの? じゃあなんで?


「分からないか。よし、君はラスドワフ・ノヴァクのことを何て呼んでいる?」

「どうしたんですかいきなり。それとノヴァクって誰ですか」

「俺だよ!」

「あぁ、ラデックか。ラデックはラデックって呼んでますよ?」

「じゃあエミリア・ヴィストゥラ様のことは?」

「エミリア様」

「サラ・マリノフスカは?」

「サラさん」

「殴るわよ?」

「嘘ですごめんなさいサラって呼んでますはい」

「では私、マヤ・ヴァルタのことは?」

「ヴァルタさん」

「なんでだ。なぜ私に対してだけ余所余所しいのだ」


 いやなんでって、ヤンキーを名前で呼ぶことなんて私には無理です。言わないけど。


「私のことをマヤ、と呼ぶなら教えてやる」

「じゃあいいです。正体教えてもらわなくて」

「なぜだ!?」


 そこまでして知りたいと言う訳でもないし。なんか誰かに適当に聞けば分かりそうだし。

 ……いやヴァルタさんなんで涙目なんですかそんなに自分の正体教えたかったんですか。あ、泣いてないか。怒ってるねこれ。怒りながら涙を流してるんだね。怖いよ、ホラーだよ!


「ユゼフくん」

「な、なんでせう」

「私の正体知りたいよな?」

「い、いや別に」

「知りたいよな?」

「シリタイデス」


 お願いですから肩をそんなに強く掴まないでください折れるから。


「そうか、やはり知りたいか! そうだと思ったんだ!」


 元気だなー、この人。


「では、私のことは気軽にマヤと呼んでくれたまえ。そしたら教えてやろう」

「いえ、あの遠慮しま」

「呼べ」

「ハイ」


 故郷の両親へ。どうやら私は士官学校に通ってむしろ弱くなったようです。一人の不良の言うことを何でも聞いてしまう人になってしまいました。


「で、では、ヴァ……マヤさん。どうかあなたの正体をこの不肖の身に教えてくれないでしょうか」

「なぜそんなにへりくだるんだ……まぁいい。教えてやろう」


 マヤさんは一呼吸置いた後、威勢のいい声で教えてくれた。


「私は、マヤ・クラクフスカ。クラクフスキ公爵家の長女だ!」

「へー」

「反応薄い!?」


 いやそんなもんだろうとは思ったよ。王族の護衛をして報告書書いてその内容が信用される身分って相当身分高い人じゃないと無理だし。


「しかしクラクフスキ公爵家ですか。たしかクラクフスキ公爵領は裕福な都市でしたよね」

「あ、あぁ。南部シレジアでは一番の経済力を誇るぞ!」


 とりあえずおだてておこう。


「しかし公爵家の長女が士官学校って大丈夫なんですか? 家は継がないんですか?」

「ん? あぁ、大丈夫だ。私には兄が2人いるし、私自身内政というものには疎くてね。剣を振っている方が楽しいのだ」

「なるほど」


 一人っ子なのに家を出た身としては耳の痛い話だ。出世したら両親を都市部に呼ぼうかしら……。

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