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大陸英雄戦記  作者: 悪一
ラスキノ独立戦争
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戦後処理

 10月22日。


 オゼルキ、及びラスキノを包囲していた帝国軍は圧倒的多数で迫る義勇軍連合部隊を前になすすべなく撤退した。


 増援の義勇軍を指揮するジグムント・ラクス大将は追撃しなかった。敵が撤退した以上、戦略的な意味で戦う必要を見出せなかったためである。また追撃して帝国軍を壊滅させれば、激昂した帝国政府がさらに増援を繰り出す可能性もあった。

 しかしやりすぎるとまずい、と言うには些か遅きに失した感はある。帝国軍は既に甚大な被害を受けていたからである。特にラスキノを包囲していた帝国軍は、将兵19,680名の約4割である7,813名の戦死傷者を出していた。一方、ラスキノ防衛軍は729名を失ったのみであり、数字だけを見ればラスキノ独立軍の完勝と言っても良いものであった。だがラスキノ軍は食糧が枯渇しており、あと数日戦いが続いていれば戦勝者の名は変わっていただろう。


「閣下。ラスキノの防衛司令部から連絡です」

「なんだ?」

「はい。『来援に感謝す。現在我が“国”は糧食が不足しているため、物資の提供を求む』とのことです」

「腹が減ってどうにもならないということかな。了解した。物資の一部を分けてやれ。それと、本国に連絡して補給物資の追加要求もしてくれ」

「ハッ!」

「……やれやれ。5個師団の補給をどうにかするだけでも大変なのに。ここに来て1個師団増えるなんてなぁ」


 数日後、十数万人分の補給物資の要請を受け取ったシレジア王国財務尚書が貧血を起こして倒れたのは言うまでもない。




---




 10月24日。

 ラスキノに1ヶ月ぶりの平穏が訪れた。


「あぁ、久しぶりに生の野菜が食べられる……」


 ここ1ヶ月、瓶詰の漬物野菜(ピクルス)しか食べてなかったからね。野菜の生の味がする。おいしい。


「良く味わって食えよ。増援の奴らが気前よく渡してくれたんだからな」

「わかってるよ」


 補給の問題と言うのは古今東西どこの国でも頭を悩ませる話だ。悩んでるのは主にラデックだけど。

 前線部隊が、今回の場合は先遣隊と増援部隊合わせて12個師団。その12個師団を養えるだけの食糧、そして矢や剣などの武器、いったいどれくらいの量になるんだか想像もできないね。ちなみに1個師団を支えるのには1個師団の後方支援部隊が必要だと言われている。今回の場合は12個師団の後方支援部隊が王国内で動いていると言う訳だな。シレジア軍1個分がこの戦争に加担してるというのか。怖い。


「ラデックには頭上がらないな」

「そうだな。だから今度からその辺よく考えて戦ってくれ」

「保障はしかねる」

「おい」


 前線指揮官の要望に応えるのが補給参謀の仕事だよラデックくん。




 10月25日。

 ラスキノ市警備隊長ゲディミナス大佐が、ラスキノ市及びその周辺都市の独立を高らかに宣言した。どうたらこうたら演説をしていたけどあんた今回何もしてなかっただろ、というかまだ生きてたのか。大佐はここ1ヶ月の物資不足から自らの食欲を満足させる生活を送れなかったせいか、結構痩せていた……というよりゲッソリしていた。見てて可哀そうだったので追及するのはやめとく。

 独立宣言と同時に、カーク准将はラスキノ市警備隊の指揮権をゲディミナス大佐に返還した。大佐はとりあえず表面上は謝意を表明していたが、内心どう思っているのやら。


 ラスキノ市の詳細な被害がわかったのもこの日である。民間人の死者は合計で28名。原因は逃げ遅れたり、逃げるのを拒否したり、戦闘に巻き込まれたり。少ないか多いかはわからん。また建築物の被害は甚大だった。橋が4本通行不能、北側新市街も最終日に無秩序な上級魔術攻勢を受けたために85棟が全壊、その他の建物もなんらかの被害を負っているというものだった。こりゃ復興が大変だな。……でも半分俺のせいか。嫌になるね。


 だがそれ以上の問題がまだ残されていた。市街に大量に残された死体の問題である。

 この時代の、もしくはこの世界の死体処理は単純だ。武器も服も、下着でさえも、使えそうなものはあらかた剥ぎ取る。敵味方関係なく、死者に尊厳なぞなく、裸のまま放置される。戦死体が女性だった場合は別の使い道もあるだろうけど、基本放置だ。でも今回は籠城戦だったことや帝国軍が熱心に味方の死体を回収しなかったことから、町には死後数週間経った死体が多くあった。このままだと疫病の心配が出る。

 元新市街市民には「敗残兵が新市街に残ってる可能性がある」として旧市街に留まってもらっている。


「きついだろうが、死体を集めてくれ。武器や胸甲などの金属装備は剥ぎ取ってな。ある程度集まったら上級魔術で焼くから」


 本来ならば医務科や輜重兵科の仕事だが、俺らも参加するよう言われた。だから俺たちも死体集め。あちこちで死臭が漂っており、どう考えても衛生的ではない。あまりにも腐敗が酷いものはその場で中級魔術を使って火葬する。武器などは戦利品として本国に持ち帰ったり、住民に迷惑料・賠償金の代わりとして渡したりするらしい。それもそうか。農地や家なんか壊されてるだろうから、それがないと生きてけないか。


 翌10月26日午後5時30分。ようやく新市街北側の死体処理が終了した。しばらく肉は食べたくないな……。

 それと同時に、南側の仮設橋の架橋が終了したらしい。次は南側の死体処理……と思ったがそっちは増援部隊がやってくれるらしい。




 10月27日。第33歩兵小隊総勢28人が防衛司令部の作戦会議室に召集された。


「10月29日を以って、諸君らをラスキノ防衛の任から解く。代わって命令する。本国へ帰投し、王都にあるシレジア王国軍務省に出頭せよ。……おそらく軍務省で諸君らの卒業後の配属先が言い渡されるのであろう。本来ならば士官学校で行うものだが、今回は特別だ」


 そう言えば俺らまだ卒業してないんだった。卒業試験は終わったけど、卒業証書的なものは受け取ってないな。


「やっと本国に帰れるのね」

「短いようで長いようで……いややっぱり短いかな」


 召集されてからまだ2ヶ月くらいしか経ってないもんな。短くも濃厚な日々だったよ。あまり嬉しくないけど。


「王都への報告も滞ってしまったからな。エミリア様のお父上も心配してらっしゃるでしょう」

「そうですね。早く帰らないと心配をかけてしまいます」


 そんな会話をしながら会議室から出ると、そこにはカーク准将がいた。


「ヴィストゥラ様、本国にお帰りになるそうですね」

「はい。此度はお世話になりました。カーク准将」

「いえ、私もヴィストゥラ様を始め、多くのシレジア人に助けられました。こちらこそ、感謝申し上げます。……ところでヴィストゥラ様。少しよろしいでしょうか?」

「なんでしょうか」

「先日の会談の続きを、許可できませんでしょうか」


 そう言えばまだ途中だったね。オストマルクとシレジアが手を結ぶという話。


「分かりました。明日、この会議室でお会いしましょう。いくつか聞きたいこともありますので」

「承知致しました」

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